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輪廻転生  作者: 香月薫
第5章
111/422

第102話  行方不明1

 体調を崩し、寝込んでいた王妃エレナの元へ、テネルの父親で、以前にパーティーで、息女たちから、嫌がらせを受けていたリーシャを助けた、ジュ=ヒベルディア伯爵であるルシードが、近況を伝えるために、面会に訪れていた。


「それで、どうなの?」

 ベッドの中で、座っている王妃エレナ。

 部屋の中では、二人の他に、侍女二人が、少し離れた位置に控えている。

 王妃エレナの部屋は、国王夫妻が住まう、スティリア宮殿でも、日当たりがいい場所にあった。


「変わりませんよ」

 ベッドの横で、苦笑しているルシードが椅子を置き、腰掛けている。

「そう。こちらに、顔を見せてほしいものね」

「それは、無理かと思います」

 申し訳ない気持ちで、いっぱいだった。

 王妃エレナが会いたがっている人物は、こられないだろうと掠めている。

「そうね。いつになったら、仲良くなってくれるのかしら」


「……」

 難しい返答に、困り果ててしまう。

 頭の中に、話題となっている二人の顔が、浮かんでいる。

 互いに、眼光を光らせ、睨み合っている光景だ。


 どう考えても、いがみ合っている二人が、打ち解けないだろうと、思えてしょうがない。

 長年の間、歩み寄ることを、拒み続けている二人に、王妃エレナやルシードは気にかけていた。

 だが、どうすることもできず、月日だけが、無意味に流れていった。


「これほど、喜ばしいことはないと、思わない?」

「……そうですね……」

「でも、仲良くしているところも、へんよね。不仲の姿が、見慣れ過ぎて」

 クスッと、笑っている王妃エレナ。

「……」

 そうですねとも、言えない。


「どう思う?」

「さぁ……、どうでしょう……」

 僅かに、頬を引きつりながら、惚けるしかなかった。

 そんな二人の会話が、耳に入りながらも、忠実な王妃エレナの侍女たちは、顔色一つ変えず、控えている。


「何か、いい方法は、ないかしら?」

 更なる問いに、ぎこちなく笑うしかない。

「方法ですか……、関係ない人間が、介入するのは……」

「でもね……、これでは、一生このままよ」

 もっともだった。

 二人が死ぬまで、このままの状態が続くと思うほどだ。

 けれど、肯定することもできない。


「……そうかも、しれないですし、違うかもしれません」

 考えた末の苦渋の答えを、口にした。

 何か、妙案がないかと、逡巡していた王妃エレナの顔が、ぱっと明るくなった。

「こうなったら、とことん、言い合いをして貰いましょうか」

「えっ」

「悪い膿を出し切ってみたら? 言い合いをして貰って、すっきりすれば……」

 いい考えねと喜んでいる姿に、思わず頬が引きずってしまう。


(血の雨が降ってしまう……)


 言いにくそうに、ゆっくりと口を開く。

「……それは、やめた方がいいと、思いますが」

「どうして?」

 可愛らしい仕草で、首を傾げた。

 お茶目な、おばあ様と称しても、いいぐらいだ。


(血の雨が降るかもしれないからです)


 心の中では、ストレートに言うことができた。

「総司令官殿や、副司令官殿が、大変かと……」

「ソーマと、フェルサが?」

「はい。仲裁に入る二人に、これ以上の迷惑は……」

 ぎこちないルシード。


 最後まで言わないまでも、仲裁する二人の過去の姿を振り返って、納得するのだった。

 実行しようとする意気込みを削げ、安堵の表情が滲む。

 やり兼ねない恐れが、王妃エレナにあったからである。


「ホント、どうしようもない人たちね」

「……はぁー」

 これ以上の話題を避けるため、そろそろ退室しようかと、巡らせているところに、息子テネルの話題となる。


「ところで、テネルは、大きくなったかしら?」

「はい。私の言うことを守る、賢い子ですが、……少々、内に、こもるようなところが、あるようです。私のせいでも、ありますが、未だに、友達ができないようで……」


 以前から、友達がいないことを、気にかけていた。

 けれど、何もできず、そのまま放置していたのだった。

 父親一人では、目が行き届かないのである。


「それは、いけませんね。友達を作らないと」

 自分の孫のように、テネルを可愛がっていた。

 たびたび訪れるルシードを、息子のようにも思っていたのである。

 ルシードの実母は、若くして、亡くなってしまったが、ルシードを身籠るまで、王妃エレナの忠実な侍女として仕え、厚い信頼をかけて貰っていたのだった。


「はい」

「でも、なんだか、小さい時のルシードに、似ていますね」

 慈愛のこもった微笑みを注ぐ。

「そうでしょうか」

 僅かに、瞳が揺らいでいる。

 自身も、幼い頃、友達が少なかったのだ。


「小さい時のあなたも、そうでしたよ。いつも母親の後ろに隠れて……」

「それは……」

 恥ずかしい昔話に、口籠ってしまう。

 母親に連れられ、王妃エレナに面会する際、母親の背後に隠れ、話しかけられても、出てこられなかった。

 赤面している大人のルシードに、王妃エレナが小さく笑う。


「この話は、止めにしましょうね」

 胸を撫で下ろすルシードだった。

「そうしていただけると、助かります」

 背後にいる侍女の存在が、あるからだ。


「仕事も、大事ですが、外に、連れて行って上げなさい」

 真摯に、王妃エレナの話に、耳を傾けた。

「テネルには、母親がいないのですから」

「……はい」

 言われている通りだと、従順に返事した。

「あなたが、一緒に外の世界へ、いってあげないと」


 仕事にかまけ、息子を、ずっとほっといてした。

 できるだけ、一緒にいようと、心掛けているものの、外に出かけ、遊ぶ時間がとれず、家の中に、ずっと閉じ込めていたようなものだった。

 幼いテネルを、一人で外に行かせられず、結局、家の中で、遊べるような本や、おもちゃを揃えただけだった。


「そう、いたします」

「もう亡くなって、何年になるかしら」

「テネルが、一歳の時ですから、四年になります」

 ルシードと同様にテネルも、母親を亡くしていた。

「もう五歳」

 衝撃的な話に、目を丸くする。

 記憶に残っている姿が二歳か、三歳だったのだ。


「子供の成長は、早いわね」

「近頃は、一層そう感じます」

「今度、つれてきなさい」

「そうします」

 王妃エレナが病弱のため、幼い子供を会わせられないと抱き、会いたがっていると、わかっていても、控えていたのである。


「リーシャとは、会ったかしら?」

「……はい。先日のパーティーの際に」

 急に、リーシャのことを振られ、戸惑いながらも、困ったような笑みが零れてしまう。

 話してもいいだろうかと、自分の立場がちらつくからだ。

「どうでしたか? 可愛らしい子でしょ?」


 慣れないパーティーで、どうしていいのか、戸惑っている姿が頭を掠めた。

 王太子と、結婚したリーシャが、気に入らないようで、息女たちの一部から、嫌がらせを受けていたのである。

 その姿が痛ましく、感じていた。

 だから、接触しないようと抱きつつも、助けてしまったのだった。


「陛下も、私も、可愛くってしょうがないの」

「そのようですね。噂は、いろいろと耳にします」

「噂? どんな噂が、広まっているの?」

 愛くるしい表情を、王妃エレナが覗かせている。

「二人が、競い合うように、可愛がっていると」

「……そうね。そうかも、しれないわね」

 無邪気に、笑ってみせる。


「話を、したのかしら?」

「少しだけ」

「どうして? ちゃんと、話さないの」

 母親が息子を窘めるような眼差しだ。

 ルシードが母を失って以来、王妃エレナは、自分の息子のように、接してきたのである。

「すいません」

「……しょうがない子ね」


 置かれている、難しい立場を弁え、迷惑をかけないように、気遣っているルシードを、哀れに思えてしょうがない。

 そして、それを乗り越えてほしいと、ずっと願っていた。


「今度、お茶会に、二人を招待するわ。勿論、リーシャもね。だから、その時は、ちゃんと、お話をするのよ。ちゃんとできないと、テネルに笑われるわよ」

 茶目っ気たっぷりに、笑ってみせる。

「……はい」


 一人の侍女が、血相を変えた様子で、部屋へ入ってきた。

 何かを感じたようで、和やかな表情から一変し、王妃らしい気品ある、凛々しい表情へと変わった。


「落ち着きなさい。何があったのです」

 入室してきた侍女が、逡巡した後、当惑しているルシードの顔を窺っている。

「ジュ=ヒベルディア伯爵ですか?」

 王室に関することではなく、瞬時に、侍女の様子から、ルシード側に、何かあったと察する。


「は、はい」

 乱れた呼吸を整えた。

「……テネル様が、行方知れずになって、しまいました。周辺を捜しましたが、いっこうに、姿が見当たりません」

 衝撃的な事実を告げられ、座っていた椅子から、飛び上がってしまう。

 大切な存在がいなくなったと耳にし、身体の力が抜けていくようだった。


「至急、手の空いている者を総動員して、宮殿内と、庭園を捜させなさい。それに、他の宮殿にも、行っている可能性が、あるかもしれません。他の宮殿にも伝えて、捜索に当たらせるように。できるだけ、大事にしないようにしなさい。それに、テネルは小さい子供です。そのことを踏まえて、捜索に当たるように。大人では、考えもつかないところに、いるかもしれませんから」

 てきぱきと、冷静に侍女に命を下した。

 侍女は、その命を伝えるため、そそくさと出て行った。


「ルシード。まず、あなたが、落ち着きなさい」

 捜索を命じている間、動揺を隠せず、愕然と立ち尽くしていたのだ。

「は、はい」

 いつも、言いつけを守るテネルが、いなくなるとは思ってもみないことだった。

 それだけに、動揺が大きかった。


「そんなに、遠くには行っていないでしょう。それに、ここは王宮内です。外で行方がわからなくなった訳ではありませんよ」

「はい……」

 心、ここに非ずといったようで、ソワソワしている。

「王宮に、小さな子供がいれば、目立ちます。だから、心配はいりません」

「はい」

「いつものところに、いたのでしょう」

「はい」


「だったら、大丈夫です。きっと、この近くに、いるはずですから。……今、あなたがすることは、落ち着くことです」

 落ち着きある王妃エレナ。

 狼狽し、何もできなくなっていたルシードを窘めつつ、安心させていたのだった。


「はい。……でも、いつもは、おとなしくしているのに、今日に限って……」

「何か、興味を惹かれることでも、あったのかもしれません」

「興味ですか?」

「鳥や虫を見つけて、それを、追いかけてしまったとか」

 それは、違うと巡らす。

 鳥や虫に対し、興味があるとは思えなかった。


「昔、私もそうでしたから。よくそれで、姉に怒られたものです」

 浮かない相槌しか、出てこない。

 頭の中は、テネルでいっぱいだった。

 やれやれと、王妃エレナが首を竦めている。


「深呼吸をして」

「はぁ?」

「深呼吸です」

 言われるがまま、ルシードが深呼吸をした。

「ここを、出てからもしなさい」

「?」


「きっと、捜してくれるのを、待っているかもしれませんよ」

「! そうでした」

「では、ここを出たら、深呼吸をすることを、忘れないように」

「は、はい。それでは王妃様、失礼します」

 頭を下げ、ルシードが大慌てで、飛び出していった。




 姿が見えなくなったテネルを捜す部隊に交じり、王宮の広い庭園を捜し回る。

 いなくなったテラス周辺を捜すも、その姿がなかった。

 懸命になって、テネルを捜しているが、いい知らせが入ってこない。

 落ち着こうとするものの、亡き妻から託されたテネルの所在がわからず、焦りだけが募っていく。


 各宮殿内も、王妃エレナの命に従い、捜索に当たっていた。

 だが、姿を見つけられない。


 珍しく、侍従や侍女と顔を合わせずにいたテネルとリーシャは、かくれんぼして遊んでいたのだ。

 バラ園の茂っているところに、上手く隙間を見つけ、隠れているテネル、それを懸命にリーシャが見つけようと捜していた。

 まさか、大勢の人間が、忽然と姿を消したテネルを捜し、大騒ぎになっているとは思ってみなかったのである。


読んでいただき、ありがとうございます。

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