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輪廻転生  作者: 香月薫
第1章
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第10話  単細胞と捻くれている王太子

 シュトラー王との話も終え、与えられている部屋にリーシャが戻ってきた。ユマが部屋まで送り届けると、部屋に入ることなく下がってしまう。

 一人で部屋にいると、疲れがドッと押し寄せてきた。

 ふらつきながら部屋の中を歩いていく。

 フカフカのソファに倒れるように横たわった。


「結婚決めちゃった……。私、結婚しちゃうんだ」

 虚ろな目で、ただ前だけを見据える。


 シュトラー王と話していた出来事が嘘のように思えてくる。夢を見ている感じて、どうしても現実味がなく、信じられなかった。

「結婚するんだよね?」

 自分自身に問いかけた。


 けれど、答えは返ってこない。

 部屋は静寂に包まれている。


(大きな部屋がほしいと思っていたけど、大きい部屋って冷たいもんなんだ)


 横たわっていた身体を起き上がらせる。

 つい最近までいた自分の部屋と今の部屋の大きさを比べた。

 三倍以上は違うだろうと思えた。


(この部屋にいるんだから、どう考えても、……現実だよね。こんな豪華な部屋にいるんだもん。よりにもよって、何で私と王太子が結婚なの? あり得ない、あり得るはずがない。だって普通、こんな風に結婚はしないでしょ……)


 深いため息を零す。


(私、こんなことで結婚決めて、いいのかな……)


 もう一度、深いため息を零した。


(でも、決めたのよね。……決めちゃったのよね。私、一体どうなっちゃうんだろう、これから……。でも、決めたなら、進まないと。きっと、何も始まらない……)


 再度、溜息を吐こうとすると、いきなりリーシャに話しかけた人物がいた。

 その声がした方へ、視線を走らせる。


「何、ボーとしている?」

 目の前に数日後に夫となるアレスが、呆然としているリーシャを訝しげに眺め続けていたのである。頑なに拒み続けていたリーシャが承諾したと聞き、ラルムの話をしようと部屋に訪ねてきたのだ。

 ボーとしているリーシャに眉を潜める。

「聞いているのか?」


 目を丸くして驚くが、了承もなく無断で入ってきたことに怒りを示す。

「ちょ、ちょっと、ノックもなしに入ってこないでよ」

「なぜ、ノックする必要がある?」

「当たり前でしょう。私は女の子なのよ」

 今度はリーシャが困惑する番だった。


「それが?」

「着替えとかしていたら、どうするのよ」

「ここでするものではない。ドレッシールームで着替えるものだ」

「けど、ノックはするものなの!」

「だから、何だ。僕はノックして部屋に入ったことはない」

 王太子であるアレスはノックして部屋に入る習性がない。王太子アレスの上の身分には国王や王妃しか存在せず、誰の許可なしに大抵の部屋に出入りできたからだ。それに身分が上の二人に会う際も、筆頭秘書官ウィリアムが近くに控えており、部屋のドアの前には誰かしら立っていたので、ノックして部屋へ入るという習性がなかったのである。


「はぁ? だったら、次はノックしてよ」

「断る」

 横暴な態度に、怒りは増していく。


「普通、女の子の部屋に入る時は、ノックするでしょ? 家族でも何でもないのよ」

「だから、何だ。私はこの国の王太子だ」

「信じられない」

 横暴な言動に呆れてしまい、そっぽを向いてしまう。


「信じられないのは僕の方だ。なぜ、僕がノックをしなくてはならない」

「それが普通なの。次からはノックしてよね」

 二人は訝しげに互いを睨めつけている。


 アレスにとって理解不能なことだ。

 それに自分に異を唱える人間をシュトラー王以外で初めてだった。


 ふと、何でアレスが部屋に来たのかとリーシャは思い始める。そして、アレスの方も話の論点がずれ始めていることに気づいた。

 ゴホンとアレスは咳払いをする。

「承諾したようだな」

 リーシャはコクリと頷いた。

 その表情からは先程の怒っている表情は消えていた。


「よく我を張って、抵抗していたものだ」

「何で、あっさりと承諾したのよ。もっと違う方向にいっていたかもしれないのに」

 アレスがパートナーと結婚の件を承諾したというのを、部屋に閉じ込められた次の朝にユマから聞いて知っていた。その話を聞いた時、何を考えているのだろうと憤慨していたのである。


「無駄な。無駄なことはしない主義だ」

 あっさり答えた。

「無駄って、自分の一生のことでしょ? それのどこが無駄なのよ」

 目の前にいるアレスの思考がわからず、思わず頭を振った。

 アレスは諭すように、そしてある意味皮肉を込めて、ゆっくりと語り始める。

「いいか。決めたのはこの国で一番偉く、すべての権限を持っている人間である国王陛下だ。つまり、逆らえないと言うことだ。理解したか?」

 アレスの言い方にカチンとした。

 リーシャの口角は引きつっている。

「おい。僕の話を理解したのか?」


 話が続かないと思い、リーシャはできるだけ感情を抑えた。

「……だからって、大昔の話じゃないのよ、そんな無理が通るなんて。きっとなかったと思うけど? どこぞの王太子さえ、あっさりと承諾しなければ」

 アレスに向かって、顔を突き出した。


「……。結婚させるために、法律まで変えた人だ。わかって言っているのか」

「法律?」

「……相当、抜けているな。いくつだ、お前」

 まだ、根本的なことに気づかないリーシャに呆れる。

「十五」

「僕もだ」

「……、あ!」


 アメスタリア国の法律では、結婚できる年齢は男女ともに十六からとなっていた。それを思い出し、リーシャの中で希望の光が見え始めた。

 キラキラと瞳を輝かせるリーシャに、この状況を面白く感じ始めているアレスは落ち込む一打を打ち込む。

「さっき、僕が言った言葉を忘れたのか? 法律を変えたって」

 いたずらな笑みを浮かべている。


「……えっ?」

「法律を変えた」

 一音、一音はっきりと伝えた。

「……嘘でしょ」

 輝いていた翡翠の瞳は色を失い、その場で身体を硬直させていた。


「嘘じゃない。その日のうちに法律を変えた。つまり、僕たちはもう結婚できることになっている。今すぐ、書類でも持ってこさせようか?」

 力なく首がうな垂れる。

 しょんぼりと落ち込んでいる姿に、アレスはつくづく呆れていた。


「ようやくその単細胞の頭でも、把握できたようだな」

 うな垂れていた顔を上げる。

「単細胞? 何それ」

 眉間にはっきりと見えるしわが出ている。


「言葉通りの意味だ。単細胞」

 自分が単細胞と言われたことに気づく。

 いくら周囲から少しにぶいと言われても、そんなバカにした言葉を言った人間は、今まで生きてきた中で一人もいなかった。憤慨の感情そのままに、リーシャは面にストレートに表した。

 眉間に深いしわを寄せた顔を見ても、アレスはシラッとしたままだ。


「……私、単細胞じゃありません。王太子って、性格がこぉーなにも、捻じ曲がっているのね。私、初めて知った」

 ムカついている感情をむき出しにしている。

 アレスは一瞬だけ睨めつけたが、すぐさまに見せかけの笑顔を作る。


「僕は素直なだけだ。単細胞」

 負け時に見せかけの作り笑顔を作った。

 アレスの完璧な美しい作り笑顔に対して、頬を引きつっている少し滑稽な作り笑顔になっていた。

「何が素直よ。どこをどう間違ったら、優しそうな陛下から、こんな捻くれている王太子ができるのよ。ホント、信じられない」


「優しい陛下……。お前こそ、どこをどう見れば、優しいなんて単語、浮かんでくる。単細胞」

「はぁ! 優しいじゃないの」

「言っておくが、無理やりお前をここに連れてきたのは、その優しい陛下なんだぞ。わかって言っているのか?」


「……わかっているわよ」

 言葉とは反対にすっかり原因の元がシュトラー王と言う事実を忘れていた。でも、アレスとのやり取りの状態であっさりと認めるのは癪だったために、無謀と言える強気な態度を取り続けていた。

 それを冷ややかな目でアレスは眺める。

「……確かに無理やりだったけど。陛下は優しい人だと思う。だって、捻くれている王太子と違って、優しく接してくれたもん。……私に紅茶を淹れてくれたり……」


(紅茶? 陛下が自ら紅茶を淹れたのか……)


 言い合いを忘れて、リーシャは両手を合わせて無邪気に話し始める。

「そうだ、たくさん写真を見せてくれて、おじいちゃんの話をしてくれたの。いい陛下でしょ?」

 段々と憮然とする表情を通り越して、眉間に深いしわが寄っている。

「写真? 何だ、それは?」

「写真がいっぱい飾ってある部屋よ」

「写真……」

 抑揚のない声で呟き、アレスは考え込む。


 そんなアレスにリーシャは気づいていない。

「陛下やおじいちゃんが若かった頃の写真。びっくりするほど、写真がある部屋。展覧会だって、あんな数の写真、展示しないわよ」

 アレスに部屋の名前を言おうとするが、すぐに出てこない。

「えっと、何て言ったっけ。あの部屋の名前。陛下のプライベートの部屋で……、えー、鳳凰の間じゃなくって……」

「もしかして、瑠璃の間か」

 不機嫌な顔でアレスが答えた。


「そ! それ。瑠璃の間よ。けど、何でいちいち部屋に名前なんか付けているのよ」

「あそこに入ったのか?」

 自分を凝視しているアレスに気づき、素直に問いかけに頷いた。

「あそこに入ったのか……」

 考え込む仕草に、今度はリーシャが何か変なことを言った?と食い入るように凝視する。


「……限られた人しか、入れないんでしょ? 確か、そう言っていた」

「ああ。限られた人物しか入れない。王妃様、それに数人の重臣しかな」

「入ったことないの?」

 しまったと言う顔で、口が勝手に尋ねてしまった。

「僕は一度もない」

「そう。そうなんだ……」


(まずかったのかな。言っちゃって……)


 いつでも来ていいと言っていたシュトラー王の言葉を思い出す。

 瑠璃の間に入ったことを言わない方がよかったのかと思う反面、何を考えているか読めないアレスの表情にどんなリアクションを取っていいものかと躊躇われる。

 逡巡した後、とにかく、明るく行こうと決める。

「鳳凰の間だっけ、あの部屋よりも小さくってね、若い頃の写真がたくさんあって、それから……」

「別に興味がない」

「そう……」

 困っているリーシャを横目で眺め、何者なんだ?と観察する。自分の周囲にはこれまでいないタイプでどうすればいいのかと思うアレスだった。


「そうだ! 好きな人とはいないの? その人と結婚したいって言えばいいのに」

 虚を突かれ、一瞬だけ言葉を失う。

 結婚すれば私はこんなことにならなかったのにとぼやき続けていた。

 アレスの脳裏にステラの顔が浮かび上がる。

「……関係ない」

「関係なくない。私には白馬の王子様がいるのよ」

 少し照れながら、リーシャが話した。


「白馬? 何だ、それは」

 訳がわからず、アレスは眉を潜める。

「私の白馬の王子バラト様よ。知らないの? 人気若手俳優の」

「……」

「有名な俳優を知らないなんて、王太子でも、知らないことはあるのね」

 意外ねと驚きを隠せない。


「知っている。ただ、あまりにくだらないことに唖然としただけだ」

「格好いいよね。私の白馬の王子様」

 瞳をキラキラさせている顔に、夢見る少女かと呆れてしまった。

「五、六歳の子供か」

「失礼ね。私は十五よ」


「そんな夢物語、あまりのくだらなさに言葉にならない」

「いいじゃない。私が誰と結婚したいと思っていたって」

「本当に結婚できると思っていたのか?」

 さらにアレスは眉を潜めた。

 あまりのくだらなさに声のトーンが下がっていく。

 目の前にいる夢見る少女と、結婚をしなければならないかと思うだけで、自分の不幸を嘆きたかったのである。


「いけない? 私がバラト様と運命的な出会いをして、結婚しちゃ、いけないの?」

「以下だな」

「何が?」

「訂正する。三、四歳だ」

 近くにあったクッションをアレス目掛けて投げつける。


「出て行って! 今すぐに出て行って。顔も見たくない!」

「……僕が王太子と言うこと、忘れてないか?」

「忘れてないわよ! 王太子が何だと言うのよ。たかが陛下に次いで二番目に偉いってだけでしょ。そんなことぐらいで、威張らないでよね! いいじゃないの、私が誰と結婚したいかって、夢抱いたって。どこが悪いって言うのよ! ほっといてよね! ……何してるの、早く、この部屋から出て行って!」

 思いっきり、ドアを指差した。


 自分に反抗する態度に、アレスはイラつく。

 これまで自分に楯突く人間がいなかったからだ。

 一歩も譲らず、互いに睨め合う。


「……わかっていないようだな、数日後にはお前は僕の妻となるんだぞ。言っておくが、妻は夫に従うと言うこと、忘れてないか?」

「早く! 出て行って!」

「ここまでひどいとは」

 何を言っても無駄だと諦めた。

 アレスは訪ねてきた理由も忘れて、部屋を出て行ってしまった。




 怒りがまだ収まらず、近くにあるクッションを何度もボコボコに殴り始める。

「何が王太子だ! ふざけるのも、いい加減にしてって感じ。……王太子が何様……」

 何度も殴っていた拳の力が弱まり、クッションに拳が当たる前でピタリと止まる。


「王太子?……。アレス……王太子。あ! 王太子じゃないの!」

 今までの自分の態度に冷や汗を流す。

 出て行ったドアを眺めた。


 先程までの自分の行動に後悔し始めた。

 力なく、うな垂れる。

「嘘でしょう。……私、何言っちゃったのよ」

 抑揚のない言葉が漏れ、目の前が真っ暗になる。


「これは幻、そう幻よ」

 頭を抱えて自分がした出来事が幻覚だと思い込もうとした。

 幻覚だと思うにはあまりにも無理があり過ぎた。


「王太子じゃないの。この国で二番目に偉い……、どうしよう……」

 それからしばらく頭を抱え込みながら、暗闇の渦の中をグルグルと彷徨っていた。




 自分の部屋に戻ってきたアレスはどっかりと椅子に座り込んだ。

 その脳裏にはリーシャとの会話が蘇っていた。

「何だ、あの単細胞は……」


 王太子と言う身分をわかっているのかと腹を立てずにはいられなかった。

 リーシャの言葉をさらに思い出す。

「……たかが、二番目に偉いか……。面白いこと、言うじゃないか」

 その顔は微かに笑っていた。



読んでいただき、ありがとうございます。

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