閑話 (4)
第79話目の後の話になります。
リーシャとアレスがメイ=アシュランス子爵邸に出かけた仮宮殿。
多くの侍従や侍女たちが残っていた。
メイ=アシュランス子爵邸に行ったのは、二人と、警護するボディーガードしか行っていない。
侍従や侍女は、ついていなかったのだ。
極僅かな人数なのは、アレスの計らいによるものだった。
「今頃、お二人は、どうしているかしら?」
嬉しそうに、クララが呟いていた。
「さっき出掛けたばかりよ。まだ、ついていないわよ」
少し呆れながら、ヘレナが突っ込んだ。
二人が仮宮殿を出て、まだ十数分しか経っていない。
戻ってこなくても、掃除を休むことがない。
毎日、侍従や侍女が、快適に過ごして貰うために、掃除や整理、部屋の飾りつけを欠かさなかった。
常に、磨き上げていたのである。
このところ、二人が仕えているリーシャが、嬉しそうに、はしゃいでいた顔を、顔を緩めながら思い返していた。
弟ユークの養子先であるメイ=アシュランス子爵邸で、両親も訪れ、久々の家族団欒ができると喜んでいたのだった。
慣れない王室の生活に、必死に頑張っている姿が微笑ましく、侍従や侍女に映っていた。
そのせいもあって、彼らはリーシャに、好意的な感情を持っていたのだ。
「でも、きっと車内で、嬉しそうにしているでしょうね」
「そうね。このところは毎日、はしゃいでいたものね」
二人して、メイ=アシュランス子爵邸に、泊まりに行けると、わかってからの日々を蘇らせていた。
不意に、口元が緩んでしまう。
その脳裏に、指導係のユマに怒られても、ニンマリしているリーシャの顔を過ぎらせていたのだった。
「二人とも、手が止まっていますよ」
鉄仮面なユマが仁王立ちし、二人を窺っていた。
ユマの声音に、ビクッと、身体を硬直させる。
ゆっくりとした動作で、二人は声がした方へ顔を傾けた。
有無を言わせない顔があったのだ。
「「……」」
「王太子殿下、王太子妃殿下が、今日は帰らないからと言って、少し気が抜けているのではないですか」
「「も、申し訳ありません」」
身を縮こませ、平謝りのクララとヘレナ。
仮宮殿を担当している侍従や侍女は、持ち場のところで、お喋りしながら働いていたのである。
ただ、気を抜き過ぎている二人とは違い、ユマや上司の気配は巡らせていたのだった。
「いいですか? お二人がいなくても、いつも通りに、磨き上げていなければ」
「「は、はい」」
さらに、言いかける言葉を遮ったのは、リーシャの専属となったバネッサだった。
その顔は、微かに厳しい対応しているユマに対し、苦笑している。
「その辺にして置いたら、ユマさん」
「……」
何とも言えない顔を、ユマが覗かせている。
ユマとバネッサは、同時期に侍女として、王室に仕えていた。
バネッサが王妃エレナに、ユマがセリシアに仕えていたのだった。
そのせいもあり、二人はめったに顔を合わせることもなかったのだ。
だが、二人はリーシャの専属となり、ユマが少し上司になり、バネッサにやりづらい面を抱えていたのだった。
バネッサ自身は、同期のユマが上司になったことに、全然拘っていない。
きちんと仕事として、割り切っていたのだ。
けれど、ユマはモヤモヤとするものを残していた。
軽く息を吐き、気持ちを切り替え、クララとヘレナに視線を巡らせる。
「ここはいいから、お二人の部屋を、掃除するように」
「「はい」」
少しだけ甲高い声で返事し、瞬く間に二人は、この場から立ち去ってしまった。
対照的な顔で、見送っている。
完全に、二人の背中が見えなくなっていた。
まだ、ユマとバネッサは、その場に止まっていたのだった。
肩に力が入っているユマに対し、微笑ましく思えるバネッサだ。
「ユマは、少し気を緩むべきよ」
黙り込んでいるユマ。
どこか、苦々しく思いながらも、バネッサの正論を耳にしていた。
「そうしないと、疲れて、ユマ自身が倒れてしまうわよ」
「……」
正式に、リーシャの専属となってから、ずっと、ユマの肩に、力が入っている状況が続いていたのだった。
立派な王太子妃になって貰うためにだ。
一杯、一杯なリーシャ同様に、ユマ自身も、余裕がなかった。
そんな状態を憂い、気に掛けていたのは、同期のバネッサである。
「私は、大丈夫よ」
反発するユマ。
いつも、ゆったりなバネッサに、少しだけ危機感を憶えていた。
「意地を張るのは、やめた方がいい」
「……」
「リーシャ様に、負担が掛かっているわよ」
連日のお妃教育のことを、バネッサは言っていたのだ。
遅れ気味になっている状態で、秒刻みで、リーシャの休憩や、睡眠時間を削り、お妃教育の時間に充てていたのだった。
(わかっているわよ。でも……)
無理をしているとは、ユマ自身、理解していた。
元の主であるセリシアから、早く王太子妃として、振舞えるようにと、言われていたのである。
そして、そうであるべきだと抱いていた。
一刻も早く、自分の身を守れるようにと。
リーシャを慮って、厳しいお妃教育を入れていたのだった。
「ユマの気持ちも、理解できる。でも、リーシャ様は、王室ではない、まして、貴族の血筋が流れているとは言え、外の世界で、育った人よ。もう少し、ゆっくりした方がいい」
「……」
正論過ぎて、何も言い返せない。
(自分には、まだ足りないのに……、なぜ? バネッサの上司になってしまったの?)
嘆息を零しそうになるのを、ユマが堪えていた。
これ以上、弱いところをみせられないと、自分の心を叱咤している。
「それでなくても、アレス殿下のパートナーとして、デステニーバトルの、パイロットとしての教育だってあるのよ。いつか、リーシャ様が壊れてしまうわ」
「……」
黙って聞いているユマ。
けれど、リーシャには自分を守る盾が必要だと訴えていたのだ。
お妃教育は、リーシャを守る盾でもあった。
ユマの心の中で、せめぎ合っている。
もう少し、緩めるべきだと。
「……意見として、聞いておくわ」
「……相変わらずね」
「そう、人間は変わらないわ」
「そうかしら?」
クスッと笑みを漏らし、バネッサが首を傾げた。
口を結び、滞りがないかと見回りに行くユマだった。
読んでいただき、ありがとうございます。
次週は、新章に入ります。