表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輪廻転生  作者: 香月薫
第4章
107/422

第100話  割れたカップとソーサー7

祝100話目。

100話目で、第4章が終わるって、マジできりがいい。

そして、101話目から、新しく第5章。

気分を新たに、頑張ります!


 二人だけの夕食を終え、アレスは自分の部屋に戻って、書類が置かれている、いい光沢を出している木製の机に向かう。

 新たに書類や、ファイルの量が増えていた。

 書類の束は、二人が食事をしている時に、置かれたものだ。


 秘書官たちは、部屋の前までついてきたが、部屋の中へ、一緒に入る度胸のある者はいない。

 二の足を踏んでいた秘書官たち。

 顔を見合わせ、いったん下がる意見で一致し、重苦しい部屋の前から離れていった。

 戻ってくる際のアレスの背中は、これ以上、近づくなと、訴えていたのだ。

 そんな状況にいるアレスに、近づくことができない。


 食事の席でも、不機嫌なオーラを出していたが、それに構わず、リーシャは一人で話していたのだった。

 機嫌が悪いことを察知していたが、それを気にかけながらも、無言のアレスに話しかけていたのである。


 次々と、書類に目を通していく。

 何も言わなくても、書類だけは、溜まっていくのだった。

 書類をチェックしながらも、頭の半分の思考は、庭で見かけた光景が占めている。

 関係ないと抱きながらも、気にしていた。


 トントンと、ノックする音が響く。

 けれど、無視するアレス。

 ドアが、ゆっくりと開かれた。

 意外な人物が、立っていたのである。


(リーシャ……)


 驚きが隠せないが、表情に変化は訪れない。

 対照的に、訪ねてきた顔は、少しだけ笑顔を覗かせていた。

 機嫌がいい理由を把握していたが、口を閉ざしている。

 それを告げたところで、関係ないことだと思っていたからだ。


「アレス。ちょっといい」

 次の書類に、目を通そうとしていた動きが止まる。

 顔を上げ、ニコニコとしている方へ傾けた。

「入って、いいでしょ?」


 ダメと言われても、入るけどねと、ブツブツと小さく零していた。

 憮然とする視線を投げかけるだけで、返事をない。

 そんな冷たい態度を気にせず、リーシャが部屋に入り込む。


 いつもと変わらない態度だった。

 部屋に入るなり、辺りをうろうろし始める。

「ちょっと、探し物をしようと思って……」

 何かを探している姿に、困惑が隠せないアレスだった。


(何を探している?)


 黙ったまま、探し回る姿だけを、目で追っていた。

 突然、探している動きが止める。

「あった!」

「おい、それはっ」


 意外なものに、リーシャが手を伸ばしていたのだ。

 けれど、言うより先に、紙袋を手にとってしまっていた。

「見つけた」

 無造作に、テーブルに放置してあった紙袋を、手にしている姿。

 思わず、立ち上がり、狼狽えてしまう。


 侍従や秘書官たちは、機嫌の悪い様子に、紙袋の存在に気づきながらも、片づけることができなかった。

 更なる機嫌を、損ねることを恐れていたのだ。


(何をしている、あの者たちは!)


 苛立っている姿に、お構いなく、リーシャはどっかりと、ソファに腰掛ける。

 何の躊躇いもなく、紙袋から箱を取り出し、綺麗なラッピングを解いていった。

「勝手に、開けるな」


 顰めっ面で、駆け寄るが、ひと足遅く、箱を開けられてしまう。

 やりたい放題な振舞いに、脱力感が否めない。

「……」

 片づけて置かなかった侍従たちを、恨めしげに思う。


 普段だったら、いない間に、誰かが片づけていた。

 それが、今日に限って、そのままに置かれていたのだ。


「ホント、ラッピングまで同じ」

 ピンクのリボンや、結び方まで、同じ形に、感心の声が漏れた。

 見られてしまった以上、しょうがないと観念し、向かい側のソファに座った。

 勝手な振舞いを、直そうとしないリーシャに、目を細める。


「何で、知っている?」

 ぶっきらぼうな態度が変わらない。

 訪ねてきた際に、探し物と言って、紙袋を間違いなく、探し当てたことを考慮し、ここに来る前から、紙袋の存在を知っていたと推測したのだった。


 素直に、問いかけられたことに応える。

「パパから、聞いたの」

 あっけらかんと答える姿に、イラッとしていた。

「……」


(秘密だと、釘を刺しておいたのに。何てお喋りなんだ)


 苦虫を潰したような、顰めっ面の裏で、何も考えておらず、へらへらと笑っているポルタの姿が、脳裏に浮かび上がっていた。

 もっと、しっかりと念を押して、おくべきだったと突きつめる。

 気持ちが急いていた分だけ、抜けてしまったと、冷静に自己分析しているのだ。

 段々と、衝撃的な出来事から、いつものアレスに戻っていた。

 ニコニコと、満面な笑みで、不満顔のアレスを見ている。


(持っているなら、さっさと、渡せばいいのに。素直じゃないんだから……)


 夕食が終わって、部屋に戻ってきたら、ポルタからスマホに掛かってきて、事の仔細をすべて聞いたのだった。

 そして、その足で、アレスの部屋に訪れたのである。



 部屋に戻ったリーシャは、ベッドに寝転んだ。

 無理して、口を結んでいるアレスに、話しかけていたので、疲れきってしまったのだった。


 いつも黙って、食事をするので、リーシャが話しかけない限り、寂しい食卓になってしまうのだった。

 このところケンカして以来、ずっと冷たく味気ない食事をしていたから、どうにか、暗い雰囲気を打開しようかと、無理して、思いつくままに、話しかけていたのだ。

 そんな食事をしていたので、身体が鉛のように重かった。


「疲れた……」

 目を虚ろにし、呟いていた。

 華やかな天蓋が、侘しく思える。

 すると、スマホが鳴り、飛び起きた。

「もしもし……」

『リーシャ、元気にしていたか?』


 久しぶりの父親の声に、顔が自然と緩んでしまう。

 だが、瞬く間に、顔を曇らせる。

 不吉なことが浮かんだ。


「パパ! どうしたの? もしかして、ママか、ユークに、何かあったの?」

 めったにない連絡に、母親か、弟に、何かあったのかと、思い起こさせたのだ。

『違うよ』

 いつもと変わらない、のん気な口調だ。

 ひと先ず、安堵を憶えた。


「じゃ、どうしたの?」

『殿下から、受け取っていないのか?』

「殿下って? ……アレスのこと? 何を、アレスから受け取るの?」

 話の内容が掴めない。

 ただ、眉間にしわが寄っていく。


『うーん。受け取ってないとなると、話してもいいものかな……』

 独り言を呟く声は、困惑気味だ。

 ブツブツと漏らしているだけで、いっこうに何も言わない仕草に、切れてしまう。

「パパ!」


『えっ、何かな? リーシャ』

「何よ、アレスより、娘が大事じゃないの」

 少し剥れ気味な声で、何も話そうとしないポルタに、怒ってみせた。

 ポルタのツボを、心得ていたのだ。

『そんなこと、ないよ。けど……』


「そう。パパって、そういう人だったって、ことね」

『……しょうがないな。秘密だと、釘を刺されていたんだが……』

 言葉とは裏腹に、次が出てこなかった。

 最後の一押しを、忘れない。

「話さないと、パパとは、口を聞かないから」

『それは困る』

「じゃ、話して」

 勝ち誇った声音に、ポルタが観念した。

 愛する妻や、子供たちに、勝てない。


『以前に贈った、結婚の祝いのカップとソーサー、割れてしまったそうだね?』

「う、うん…。そうだけど、どうして、知っているの?」

『殿下が、それと、まったく同じように、作り直してほしいって、言われたんだよ』

「アレスが?」

 意外な展開の行方に、仰天してしまった。


 自分に対し、無関心だと思っていたアレス。

 だが、そんな行動を取るとは、全然、予想だにしていなかった。

 意外過ぎる事実に、思考が止まってしまうほどだ。


 そんなこととは知らず、ポルタが話を進めていく。

『何もかも、再現して作ってほしいと、言われたよ。その時の気持ちもと言われて、びっくりしたよ。難しい注文だなと思っていると、それに加えて、次の注文が……とんでもなくってさ。何だと思う?』

「わからない」

『それがね、作った時と同じ服で、作ってほしいって、言われた時は、正直、困ってしまったよ。だって、何を着ていたかなんて、憶えていないし……』

「そんなことまで、言ったの?」


『そうだよ。渡せていないと言うことは、きっと、渡すタイミングが、わからないんだろうね』

「……そうだね、パパ」

『割れてしまったのは、可哀想だけど、ちゃんと、同じように思いを込めて、一生懸命に作ったから、大切にしてほしいな、リーシャ。それと、殿下の気持ちも、加わっているから』

「……ありがとう。大切にするね」

『殿下に、よろしく』

「うん」

『話したこと、代わりに、謝っといてくれないか』

「わかった」



 箱から取り出し、記憶の残っている、以前のものと比べていた。

 寸分の狂いもないぐらいに、同じものだった。

 家族を思い出すたびに、見ていたので、色合いや模様など、事細かく憶えてしまっていたのだ。


「同じ柄だし、色も同じ……、まったく同じものね」

 深い感心を漏らしていた。

 視線の先を、ばつが悪そうにしているアレスへと移した。

「もう必要ないだろう……」

 視線を合わせようとしない。


「どうして?」

「ラルムに、直して貰ったって、食事の席で、話していたじゃないか」

「確かに、そうね」

 夕食の席で、壊れたカップとソーサーを直して貰った話をしていた。

 その場にいたことは告げず、黙って、その話を聞いていたのだった。

 何度、その口を塞ぎたかったかと、心の中で吐き捨てている。


「私の話、ちゃんと、聞いていたの?」

「目の前で、話しているのに、聞いていないやつなんて、いるのか」

「だって、何の反応も、示さないじゃないの」

「とにかく、それを置いて、出て行け」

 強い声音で、部屋から出るように促した。


(今度こそ、捨てる)


 けれど、立ち上がろうとはしない。

「い・や・よ」

「なんだと……」

 開き直っているリーシャを、強く睨む。


 ポルタから事情を聞き、急いでアレスの部屋に駆けつけた。

 せっかく作り直したものが、処分されると思ってだ。

 直して貰ったことを、知っているアレスのことだから、もう必要なくなったと、捨ててしまう恐れがあったからである。


「壊したこと、気にしてたのね」

「……別に気にしてない。ただ、剥れているのが、鬱陶しかっただけだ」

「剥れているって……、ないと思うけど」


「どうしてだ? 剥れていたじゃないか。それにだ、公式の行事や、パーティーで、失敗もしていただろう、他にも、お后教育にも、身が入ってなく、遅れていると、報告が、ここまで上がっていたぞ。忘れているようなら、上がっている失敗談でも、話してやろうか?」

「それは……」

 事実だったので、何も言い返すことができない。

 形勢は逆転し、自分は間違っていないと、自信に満ちた顔だ。


「間違ったことを、言ったか?」

「……間違っていないけど」

「だから、僕は気にしていない。ただ、リーシャが起こした失敗で、恥をかきたくなかったからだ。僕は、この国の誰もが、羨む王太子なんだ。そんな僕に、これ以上の迷惑をかけるつもりだったのか?」


(どうして、ごめんって、言えないのかしら)


 口を尖らせているリーシャ。

「直ったのだろう。だったら、失敗せず、お后教育も、ちゃんとしろ。それと、必要ないのだから、それは置いていけ」

 これ以上、話すことはないと言う顔に、反抗心が生まれる。

「いやよって、言ったじゃない」

「お前な……」


 互いに、睨み合う二人。

 しばらくの間、沈黙の空気が流れる。

 破ったのは、リーシャだった。

 これ以上の押問答をしたところで、自分に勝ち目がないことを知っていたからだ。


「これは、ちゃんと貰っていく」

「……」

「パパが、作り直してくれたものよ。大切にしないと。それと、……ありがとう、アレス」

 突然のお礼に、目を見張るアレス。


 出したカップをしまい、簡単に包装を戻し、紙袋へと仕舞った。

 何も言わず、眺めているだけだった。


「じゃ、ね」

 そんなアレスを残し、自分の部屋に、戻ってしまったのである。

 一人残され、いなくなった後も、しばらくの間、動けずにいた。

「……」

 けれど、その口元が笑っていた。

 ありがとうと口にした顔が、脳裏に、はっきりと焼きついていた。


(嬉しそうな顔をしていたな……)


 四客のカップとソーサーは並べられ、リーシャの部屋に、飾られていたのである。


読んでいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ