第100話 割れたカップとソーサー7
祝100話目。
100話目で、第4章が終わるって、マジできりがいい。
そして、101話目から、新しく第5章。
気分を新たに、頑張ります!
二人だけの夕食を終え、アレスは自分の部屋に戻って、書類が置かれている、いい光沢を出している木製の机に向かう。
新たに書類や、ファイルの量が増えていた。
書類の束は、二人が食事をしている時に、置かれたものだ。
秘書官たちは、部屋の前までついてきたが、部屋の中へ、一緒に入る度胸のある者はいない。
二の足を踏んでいた秘書官たち。
顔を見合わせ、いったん下がる意見で一致し、重苦しい部屋の前から離れていった。
戻ってくる際のアレスの背中は、これ以上、近づくなと、訴えていたのだ。
そんな状況にいるアレスに、近づくことができない。
食事の席でも、不機嫌なオーラを出していたが、それに構わず、リーシャは一人で話していたのだった。
機嫌が悪いことを察知していたが、それを気にかけながらも、無言のアレスに話しかけていたのである。
次々と、書類に目を通していく。
何も言わなくても、書類だけは、溜まっていくのだった。
書類をチェックしながらも、頭の半分の思考は、庭で見かけた光景が占めている。
関係ないと抱きながらも、気にしていた。
トントンと、ノックする音が響く。
けれど、無視するアレス。
ドアが、ゆっくりと開かれた。
意外な人物が、立っていたのである。
(リーシャ……)
驚きが隠せないが、表情に変化は訪れない。
対照的に、訪ねてきた顔は、少しだけ笑顔を覗かせていた。
機嫌がいい理由を把握していたが、口を閉ざしている。
それを告げたところで、関係ないことだと思っていたからだ。
「アレス。ちょっといい」
次の書類に、目を通そうとしていた動きが止まる。
顔を上げ、ニコニコとしている方へ傾けた。
「入って、いいでしょ?」
ダメと言われても、入るけどねと、ブツブツと小さく零していた。
憮然とする視線を投げかけるだけで、返事をない。
そんな冷たい態度を気にせず、リーシャが部屋に入り込む。
いつもと変わらない態度だった。
部屋に入るなり、辺りをうろうろし始める。
「ちょっと、探し物をしようと思って……」
何かを探している姿に、困惑が隠せないアレスだった。
(何を探している?)
黙ったまま、探し回る姿だけを、目で追っていた。
突然、探している動きが止める。
「あった!」
「おい、それはっ」
意外なものに、リーシャが手を伸ばしていたのだ。
けれど、言うより先に、紙袋を手にとってしまっていた。
「見つけた」
無造作に、テーブルに放置してあった紙袋を、手にしている姿。
思わず、立ち上がり、狼狽えてしまう。
侍従や秘書官たちは、機嫌の悪い様子に、紙袋の存在に気づきながらも、片づけることができなかった。
更なる機嫌を、損ねることを恐れていたのだ。
(何をしている、あの者たちは!)
苛立っている姿に、お構いなく、リーシャはどっかりと、ソファに腰掛ける。
何の躊躇いもなく、紙袋から箱を取り出し、綺麗なラッピングを解いていった。
「勝手に、開けるな」
顰めっ面で、駆け寄るが、ひと足遅く、箱を開けられてしまう。
やりたい放題な振舞いに、脱力感が否めない。
「……」
片づけて置かなかった侍従たちを、恨めしげに思う。
普段だったら、いない間に、誰かが片づけていた。
それが、今日に限って、そのままに置かれていたのだ。
「ホント、ラッピングまで同じ」
ピンクのリボンや、結び方まで、同じ形に、感心の声が漏れた。
見られてしまった以上、しょうがないと観念し、向かい側のソファに座った。
勝手な振舞いを、直そうとしないリーシャに、目を細める。
「何で、知っている?」
ぶっきらぼうな態度が変わらない。
訪ねてきた際に、探し物と言って、紙袋を間違いなく、探し当てたことを考慮し、ここに来る前から、紙袋の存在を知っていたと推測したのだった。
素直に、問いかけられたことに応える。
「パパから、聞いたの」
あっけらかんと答える姿に、イラッとしていた。
「……」
(秘密だと、釘を刺しておいたのに。何てお喋りなんだ)
苦虫を潰したような、顰めっ面の裏で、何も考えておらず、へらへらと笑っているポルタの姿が、脳裏に浮かび上がっていた。
もっと、しっかりと念を押して、おくべきだったと突きつめる。
気持ちが急いていた分だけ、抜けてしまったと、冷静に自己分析しているのだ。
段々と、衝撃的な出来事から、いつものアレスに戻っていた。
ニコニコと、満面な笑みで、不満顔のアレスを見ている。
(持っているなら、さっさと、渡せばいいのに。素直じゃないんだから……)
夕食が終わって、部屋に戻ってきたら、ポルタからスマホに掛かってきて、事の仔細をすべて聞いたのだった。
そして、その足で、アレスの部屋に訪れたのである。
部屋に戻ったリーシャは、ベッドに寝転んだ。
無理して、口を結んでいるアレスに、話しかけていたので、疲れきってしまったのだった。
いつも黙って、食事をするので、リーシャが話しかけない限り、寂しい食卓になってしまうのだった。
このところケンカして以来、ずっと冷たく味気ない食事をしていたから、どうにか、暗い雰囲気を打開しようかと、無理して、思いつくままに、話しかけていたのだ。
そんな食事をしていたので、身体が鉛のように重かった。
「疲れた……」
目を虚ろにし、呟いていた。
華やかな天蓋が、侘しく思える。
すると、スマホが鳴り、飛び起きた。
「もしもし……」
『リーシャ、元気にしていたか?』
久しぶりの父親の声に、顔が自然と緩んでしまう。
だが、瞬く間に、顔を曇らせる。
不吉なことが浮かんだ。
「パパ! どうしたの? もしかして、ママか、ユークに、何かあったの?」
めったにない連絡に、母親か、弟に、何かあったのかと、思い起こさせたのだ。
『違うよ』
いつもと変わらない、のん気な口調だ。
ひと先ず、安堵を憶えた。
「じゃ、どうしたの?」
『殿下から、受け取っていないのか?』
「殿下って? ……アレスのこと? 何を、アレスから受け取るの?」
話の内容が掴めない。
ただ、眉間にしわが寄っていく。
『うーん。受け取ってないとなると、話してもいいものかな……』
独り言を呟く声は、困惑気味だ。
ブツブツと漏らしているだけで、いっこうに何も言わない仕草に、切れてしまう。
「パパ!」
『えっ、何かな? リーシャ』
「何よ、アレスより、娘が大事じゃないの」
少し剥れ気味な声で、何も話そうとしないポルタに、怒ってみせた。
ポルタのツボを、心得ていたのだ。
『そんなこと、ないよ。けど……』
「そう。パパって、そういう人だったって、ことね」
『……しょうがないな。秘密だと、釘を刺されていたんだが……』
言葉とは裏腹に、次が出てこなかった。
最後の一押しを、忘れない。
「話さないと、パパとは、口を聞かないから」
『それは困る』
「じゃ、話して」
勝ち誇った声音に、ポルタが観念した。
愛する妻や、子供たちに、勝てない。
『以前に贈った、結婚の祝いのカップとソーサー、割れてしまったそうだね?』
「う、うん…。そうだけど、どうして、知っているの?」
『殿下が、それと、まったく同じように、作り直してほしいって、言われたんだよ』
「アレスが?」
意外な展開の行方に、仰天してしまった。
自分に対し、無関心だと思っていたアレス。
だが、そんな行動を取るとは、全然、予想だにしていなかった。
意外過ぎる事実に、思考が止まってしまうほどだ。
そんなこととは知らず、ポルタが話を進めていく。
『何もかも、再現して作ってほしいと、言われたよ。その時の気持ちもと言われて、びっくりしたよ。難しい注文だなと思っていると、それに加えて、次の注文が……とんでもなくってさ。何だと思う?』
「わからない」
『それがね、作った時と同じ服で、作ってほしいって、言われた時は、正直、困ってしまったよ。だって、何を着ていたかなんて、憶えていないし……』
「そんなことまで、言ったの?」
『そうだよ。渡せていないと言うことは、きっと、渡すタイミングが、わからないんだろうね』
「……そうだね、パパ」
『割れてしまったのは、可哀想だけど、ちゃんと、同じように思いを込めて、一生懸命に作ったから、大切にしてほしいな、リーシャ。それと、殿下の気持ちも、加わっているから』
「……ありがとう。大切にするね」
『殿下に、よろしく』
「うん」
『話したこと、代わりに、謝っといてくれないか』
「わかった」
箱から取り出し、記憶の残っている、以前のものと比べていた。
寸分の狂いもないぐらいに、同じものだった。
家族を思い出すたびに、見ていたので、色合いや模様など、事細かく憶えてしまっていたのだ。
「同じ柄だし、色も同じ……、まったく同じものね」
深い感心を漏らしていた。
視線の先を、ばつが悪そうにしているアレスへと移した。
「もう必要ないだろう……」
視線を合わせようとしない。
「どうして?」
「ラルムに、直して貰ったって、食事の席で、話していたじゃないか」
「確かに、そうね」
夕食の席で、壊れたカップとソーサーを直して貰った話をしていた。
その場にいたことは告げず、黙って、その話を聞いていたのだった。
何度、その口を塞ぎたかったかと、心の中で吐き捨てている。
「私の話、ちゃんと、聞いていたの?」
「目の前で、話しているのに、聞いていないやつなんて、いるのか」
「だって、何の反応も、示さないじゃないの」
「とにかく、それを置いて、出て行け」
強い声音で、部屋から出るように促した。
(今度こそ、捨てる)
けれど、立ち上がろうとはしない。
「い・や・よ」
「なんだと……」
開き直っているリーシャを、強く睨む。
ポルタから事情を聞き、急いでアレスの部屋に駆けつけた。
せっかく作り直したものが、処分されると思ってだ。
直して貰ったことを、知っているアレスのことだから、もう必要なくなったと、捨ててしまう恐れがあったからである。
「壊したこと、気にしてたのね」
「……別に気にしてない。ただ、剥れているのが、鬱陶しかっただけだ」
「剥れているって……、ないと思うけど」
「どうしてだ? 剥れていたじゃないか。それにだ、公式の行事や、パーティーで、失敗もしていただろう、他にも、お后教育にも、身が入ってなく、遅れていると、報告が、ここまで上がっていたぞ。忘れているようなら、上がっている失敗談でも、話してやろうか?」
「それは……」
事実だったので、何も言い返すことができない。
形勢は逆転し、自分は間違っていないと、自信に満ちた顔だ。
「間違ったことを、言ったか?」
「……間違っていないけど」
「だから、僕は気にしていない。ただ、リーシャが起こした失敗で、恥をかきたくなかったからだ。僕は、この国の誰もが、羨む王太子なんだ。そんな僕に、これ以上の迷惑をかけるつもりだったのか?」
(どうして、ごめんって、言えないのかしら)
口を尖らせているリーシャ。
「直ったのだろう。だったら、失敗せず、お后教育も、ちゃんとしろ。それと、必要ないのだから、それは置いていけ」
これ以上、話すことはないと言う顔に、反抗心が生まれる。
「いやよって、言ったじゃない」
「お前な……」
互いに、睨み合う二人。
しばらくの間、沈黙の空気が流れる。
破ったのは、リーシャだった。
これ以上の押問答をしたところで、自分に勝ち目がないことを知っていたからだ。
「これは、ちゃんと貰っていく」
「……」
「パパが、作り直してくれたものよ。大切にしないと。それと、……ありがとう、アレス」
突然のお礼に、目を見張るアレス。
出したカップをしまい、簡単に包装を戻し、紙袋へと仕舞った。
何も言わず、眺めているだけだった。
「じゃ、ね」
そんなアレスを残し、自分の部屋に、戻ってしまったのである。
一人残され、いなくなった後も、しばらくの間、動けずにいた。
「……」
けれど、その口元が笑っていた。
ありがとうと口にした顔が、脳裏に、はっきりと焼きついていた。
(嬉しそうな顔をしていたな……)
四客のカップとソーサーは並べられ、リーシャの部屋に、飾られていたのである。
読んでいただき、ありがとうございます。