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輪廻転生  作者: 香月薫
第4章
106/422

第99話  割れたカップとソーサー6

 数日が過ぎた午後。

 王宮の中にある白い東屋に、リーシャは一人で佇んでいた。

 このところ、クラージュアカデミーにも、王宮にも顔を出さないラルムのことを、待っていたのである。


 ナタリーたちと、何かあったのだろうかと、姿を見せないことを案じていたのだった。

 心配しているところに、ラルムからのメールで、呼び出される。

 いきなりの呼び出しにもかかわらず、足を運んだ。


「どうしたのかな」

 ソワソワしながら、周辺を窺う。

 庭木と、色鮮やかな花があるだけだ。


 そんな雰囲気が、下界と遮断されているようで、静かな装いである。

 いっこうに、姿を見せる気配がない。

 待ち合わせの時間が過ぎても、姿を見せなかった。

 お后教育の講義と、歴史の講義の合間を縫って、足を延ばしたのだ。

 戻らないと、いけない時間が迫ってくる中で、どうすべきかと戸惑う。


 頭の中に、分刻みのスケジュールが浮かぶ。

 そして、時間に、厳しいユマの顔。


(戻らないと、いけないのに……)


 手に持っているスマホに、視線を巡らせた。


(どうしちゃったのよ、ラルム)


 突然に、姿を見せなくなったので、ナタリーたちと心配し、何度もスマホに連絡したり、メールを送ったりしていたのである。

 けれど、返事の連絡が、全然、返ってこなかった。

 それが、いきなりラルムから、白い東屋に来てほしいと呼び出されたのだ。

 そして、スケジュールを管理しているユマに、無理に時間を空けて貰い、ここで待っていた。


 送られてきたメールの文面が浮かぶ。

 その内容は、日時と場所だけが書かれた、味気ないメールだった。


「みんなに心配かけて、何しているのかしら?」

 少し口調も、剥れ気味だ。

 スマホにかけようとしたが、やめた。

 怖い顔されるのを覚悟で、もうしばらく、待つことにしたのである。


(後、十分しても来なかったら、帰っちゃうからね)


 伏せていた顔を上げる。

 自分の落ち込んだ気持ちとは違って、空はキラキラと青かった。

 自然と、小さい嘆息を一つ零した。

「アレスのバーカ」

 か細い声で、姿のない相手の名を吐いた。


 ケンカして以来、あまり口を聞いていない。

 この数日は、話しかけるように努めていた。


 リーシャから声をかけない限り、無愛想なアレスの方から、話しかけてこないからだ。

 話す用事がない限り、自ら話しかけてこなかったのである。

 結婚当初から、そのスタイルが変わっていない。

 そんな寂しい現状に、心を痛めていたのだった。


(私に、話すこともないのかな?)


 徐々に、鮮やかな翡翠の瞳が沈んでいく。

「何で、アレスは結婚したんだろう……」

 二人の結婚は、両方の祖父が決めた政略結婚だった。


 二人の意思は、入っていない。

 それでも、考えてリーシャは結婚を決めたのだ。

 鳴らないスマホに、視線を注ぐ。


(結婚してから……、アレスから、何回来たのかな)


 アレスからの連絡や、メールの数を数えるが、指で数える程度だ。

 大きく、全身の力が抜けてしまう。

 忙しい立場を気遣ってでも、ラルムやナタリーたちからも、連絡やメールは頻繁に来ていた。

 それに、ユマたちやウィリアムの方が、アレスよりも多いのが現状だ。


(夫なのに……)


 目の前に、不機嫌なアレスの顔が浮かび上がる。

「きっと、ケンカしたことも、忘れているんだよね。それとも、腹でも立てて、私となんか、喋りたくないのかな……」

 身体が脱力していくのと合わせ、小さい嘆息も漏れた。

 上げていた頭が、がっくりと落とされる。

 嘆くこともままならぬほど、忙しい現実に、落ち込むしかない。


「……結婚したのだって、陛下に言われて、面倒だから結婚したって、言っていたじゃないの……、きっと、視界に入る人間が、一人増えたって、何も感じなんだよね、アレスにとって、私の存在は。そんな小さなものなんだよね……」

 足をブラブラと、前後に揺らしていった。


 ふと、以前、言われたことが、次々と思い出していく。

 アレスの言動に、このところ、ズキンと心が痛むのを憶えていたのである。


(仲良くなって、アレスと、楽しく笑い合えたと思ったのに……)


「あれは、気まぐれだったの?」

 少しは、打ち解けたかもしれないと言う瞬間を、感じたこともあった。

 けれど、この数日からの様子を思うと……。

 そう、思えなくなってきていたのである。


 真夜中に、二人だけで、王宮を抜け出したことがあった。

 それも、以前、二人で見つけた、自分たち以外は、誰もその存在を知らない、秘密の通路でだ。

 普通の人が寄り付かない、裏街の中を、探索した記憶が蘇っていく。

 怒りながらも、アレスは楽しい顔を、時々、垣間見せることもあったのだ。

 その時に、こんなふうに、いつも見せてくれる日が来るかなと、どこか期待していた。


 鬱蒼とする空気を、このところ浴びていると、とても、そんな日が訪れるとは思えない気がし、悲しく、泣きたくなってくるのだった。

「リーシャ」

 突然、自分を呼びかける声に、落としていた顔を上げる。


 すると、歩いてくるラルムの姿が、目に飛び込んできた。

 足早で、リーシャの元へ、駆け寄っていたのだ。

「ラルム……」


 ふと、首を傾げ、その光景を、ただ呆然と眺めている。

 いつもと感じが、どこか違っていた。

 ジャケットを着ている格好に、どこかへ、出かけていたことを察する。


 イギリスから戻って、ラルムは直行で、リーシャが待つ、白い東屋に向かったのだった。

 自分の荷物は、空港で待たせてあった侍従たちに渡し、一秒でも早く急いでいた。

 手に持つ、箱一つを持ってだ。


「ごめん。道が込んでて」

「それは、いいけど、どこかへ行っていたの? みんな心配してたのよ」

 白い東屋に到着し、待っていたリーシャの前で立ち止まる。

 元気そうな様子に、とりあえず、ひと安心した。

「ちょっとね」

 数日ぶりに会うリーシャの顔に、自然と綻ぶ。


「のん気ね。どれだけ、心配したと思っているの?」

「心配してくれたの?」

「当たり前でしょ。友達なんだから」

「……友達か」

 友達と言う響きに、悲しく抱くラルム。

 寂しそうな雰囲気を垣間見た気がし、リーシャの胸が騒ぐ。

「そうよ。……ラルムは違うの? みんなと……」


 首を傾げ、不安な顔で、見上げる姿に、軽く笑ってみせた。

 友達ではなく、王太子妃と見ていると意味を誤解したのだ。


 段々と、周囲の視線が変わっていくのを、悲しく憶えていたのである。

 それと同じように、ラルムの見方も変わったのかと、勘違いしたのだった。


「いいや。親友だよ」

「……そうね。親友だね」

 二人は、顔を見合わせて笑った。


「じゃ、何で、あんな顔したのよ」

「僕は、親友だと思っているのに、友達って言うから」

「そっか。それは、私が悪かったわ。ラルムは、私の大切な親友よ」

「僕もだ。大切な存在だよ」

 同時に揃って、ベンチに腰掛ける。

 そして、以前に見たよりも、元気になっているリーシャの前に、手に持っていた箱を、差し出した。


 数日前に、この場所で話して以来、会ってもいないし、声もメールのやり取りもしていない。

 離れた異国の地で、ずっと気が気でなかった。

 一人で、沈んでいないかと、心を砕いていたのだった。


(少しは、笑えているようで、よかった……)


 箱と、ラルムの顔を、交互に見比べる。

「どうしたの?」

「開けてみて」

 言われる通りに、頑丈に梱包されている箱を、丁寧に開けていく。

 それを、じっと目を細め、眺めていた。


「!」

 驚愕する顔を、ラルムに傾ける。

「どうしたの? これ……」


 箱の中は、以前に預けたカップとソーサーが、修復された状態で、収められていたのである。

 恐る恐る、優しく箱から、一つのカップを取り出そうとした。

 触れただけで、またバラバラになってしまうのではないかと、頭を掠めている。

 もう、そんな姿は、見たくなかった。


 意を決して、カップを持ち上げる。

 手にしても、欠け落ちることがない。


 パズルのようになっていた欠片が、一つの形を形成していた。

 割れていた部分に、金色の線が描かれている。

 その線が、以前、割れた証拠を、示していたのだ。

 カップやソーサーの側面に、その線がいくつも描かれていた。

 その金色の線を、優しく指でなぞる。


「綺麗に、修復できなくって、ごめん」

 唐突な謝罪に、ブンブンと、首を大きく振る。

 一生懸命に、直そうとしてくれたラルムの優しさが、伝わってくるからだ。


 二客のカップと、ソーサーを、交互に手にとって、翡翠の瞳で眺めた。

 沈んでいた心が、ほのかに温かさを灯していたのである。


「凄いね」

「割れていたのがわかっちゃうけど……」

「ラルムが直したの?」

 手にしているカップから、首を傾げ、隣にいるラルムに顔を巡らした。


「違う。友達に修復士がいて、頼んだんだ。ちょっとだけ、僕も手伝ったけど」

 イギリスにいる、修復士の友達ジャスティに、頼んだことや、修復作業にラルム自身も、携わったことを掻い摘んで語ったのである。

「……」

 意外な話に、目を丸くしている。


「リーシャ? もしかして、気に入らなかった?」

 勘違いしたラルムが、不安な顔を覗かせていた。

 驚きの表情を、気に入らないと、読み違えたのだ。


「ごめん。余計なことしちゃったかな……、ジャスティに一人に任せ……」

 できるだけ、元通りに修復したかった。

 だが、これが、今のラルムにできる、精いっぱいだった。

 納得できないかもしれないと、不安がどこかあったのだ。


「そんなことない!」

 強い声音に、下げていた視線を戻す。

「ラルムも、手伝ってくれたって聞いて、凄く嬉しかったよ」

 目の前で、少し怒っているリーシャの顔を覗く。

 怒っているけれど、その口元が笑っていた。


「ラルムに、そんな技術があったのかって、驚いたのよ。それなのに、勘違いしちゃって……。意外と、ラルムって、うっかりしているところがあるのね。いつも穏やかで、物静かなイメージとは違って」

「……」

「それに、直してくれたこと、凄く感謝してるよ」

「……」

「もっと、もっと、大切にしないとね、だって、これにはパパの思いと、もう一つラルムの気持ちが加わったから」

 嬉しそうに、自分の気持ちを語った。

 直そうと、頑張ってくれたことが、何よりも嬉しかったのだ。


 満面な笑みで、カップとソーサーを眺めている顔を、愛しそうに、ラルムが見つめていた。

 余計なことは、何も考えない。

 ただ、頭の中は、嬉しそうなリーシャの顔で、満たされていた。


「よかった。リーシャが気に入ってくれて」

「当たり前でしょ。ラルム、ありがとう」

「喜ぶ顔が見れて、よかったよ」

 二人は、互いに見つめ合って、微笑んでいる。




 その光景を、少し離れた場所で、見ていた人間がいたのだ。

 ポルタから受け取った、新たなカップとソーサーが入っている箱が、入った紙袋を携えてアレスが立ち尽くしていたのである。

 それも、ラッピングも、以前と、同様にして貰うように、細かく指定し、当時に贈ったままの形、そのままにした拘りだ。


 待ち兼ねていたものを、侍従から受け取り、渡すべき相手リーシャの姿を捜していた。

 仮宮殿の中に、姿がなかった。

 だから、庭園に捜しに出て、ようやく、白い東屋で、一人佇んでいる姿を見つけたのだった。


 ようやく見つけ、声をかけようと思った瞬間……。

 ひと足早く、別な方向から、現れたラルムが声をかけていた。

 僅かに、声をかけるタイミングをはずしてしまう。

 そして、この一部始終の光景を、見る羽目になってしまったのだ。


 呆然としと、足が動かない。

「……」

 視線の先に、嬉しそうな姿がある。


 その隣には、自分ではなく、ラルムの姿があった。

 もう少し早ければ、そこにいるのは間違いなく、アレスだった。

 向けられずはずだった笑顔もだ。


 ただひたすらに、二人のやり取りを眺めていた。

 見る必要もない光景なのに、視線が外せない。

 さらに、頭の中へ、その映像が刻まれていく。


「ラルム……」

 紙袋を持つ手に、力がこもる。


 矛先を、リーシャ一人だけに注ぐ。

 これまで沈んでいた顔が、嘘のように、楽しげに笑っていた。


「笑うな。……あいつに、そんな顔を見せるな」

 目を細め、呟いた。

 リーシャを所有しているのは、自分だと吐き捨てたい気分になる。


(そんなもの壊してやる……)


 直ったばかりのものを、奪い取って、投げ捨てたい。

 陽だまりのような光景の中へ、飛び込んで、何もかもぶち壊したい。

 ラルムに傾ける、リーシャの笑顔をなくしたい。

 次から次へと、負の衝動が巻き起こるが、足に根が生えたように、ピクリとも動かずに立ち尽くしていた。


 頭の隅に、泣き顔のリーシャがいたのだ。

 それに、常に、冷静でいることが大切だと、教え込まれた鎖で、身動きが取れない。


 話に夢中になっているリーシャたち。

 アレスの存在に、気づくことがない。

 ラルムがいない間の出来事や、修復の話に、花を咲かせていたのである。


 躊躇いがちに呟く。

「……僕には、関係ないことだ」

 必要がなくなった紙袋に、視線を落とした。

 ピンクのリボンがかけられた、行き場を失った箱が窺える。


 ラルムが渡していた現場を目撃し、自分が手にしているものを、渡せなくなってしまった。

 紙袋を手にしている力が、徐々に、失われていく。

 笑わなくなったリーシャに、笑顔を取り戻すため、頭を巡らせ、ようやく辿り着いた答えが、ポルタに、もう一度作って貰うことだった。


 これまでのアレスだったら、こんなこと、考える余地もなく、捨てていた。

 けれど、どうしても、いつもの明るく、楽しく、はしゃぐ姿に、戻ってほしかったのだ。

 笑った顔が見られると、抱いていた矢先に、その願いは、先に現れたラルムによって、計画が無残に壊されてしまう。


(こんなこと、しなくっても、よかったのか……)


 姿を見せなくなったラルムが、壊れたものを直しているとは、露とも知らなかったのだ。

 微かに、震えたった心が、一気に冷え切っていく。

「必要なくなったな……」


 結局、手から離すことができない。

 閉じていた指が、開かなかったのだ。

 辛うじて、指に、紙袋の紐がかけられている。

 茫然自失のような虚ろな眼差しで、紙袋を見つめている。

 少し前のアレスだったら、確実に捨てていた。


(ラルムがいなかったら……、これで、リーシャが笑うはずだった……)


「無意味なことをしたな……」

 どうしても、手放すことが、できない。

 もう少し早ければ、これで、笑顔が見られたはずだと抱くと、余計に捨てられなかった。


 話している二人に、食い入るように視線を注ぐ。

「……関係ない」

 紙袋を手にしたまま、その場から離れていった。


 途中で、不要となった紙袋ごと、侍従や侍女に、捨てるように命じることもできたが、それもしないで、そのまま部屋に持ち帰り、テーブルに置いたのだった。

 その後のアレスに、誰も近づこうとはしなかった。

 近づける雰囲気を、醸し出していなかったのである。


読んでいただき、ありがとうございます。

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