第98話 癒しを求める重臣と仕事を片づけたい重臣
「どうしたものか……」
渋い表情で、ソーマが溜息を漏らした。
実年齢よりも、若く見られる顔に、疲れを滲ませている。
「そんなに、溜息をついても、解決できない」
「他に、かける言葉がないのか?」
労わる態度を見せない相手に、不満顔だ。
「溜息を吐きたいなら、自分の部屋でしてくれ。はっきり言って、迷惑だ」
容赦なく、フェルサが切り捨てた。
そんな冷たい態度に、さらに渋面する。
自分専用の部屋があるにもかかわらず、副司令官の部屋に居座り、陰気な顔で、溜息を何度も吐いていた。
仕事をこなしているフェルサとしては、仕事をしないソーマの存在が邪魔で、早く自分の部屋に戻り、仕事の一つでも、片づけて貰いたいと願っていたのだった。
「仕事、仕事って、うるさいぞ、息抜けをさせろ」
冷たい視線を浴びせられても、食い下がらない。
どんなに、突き放した態度をみせても、決して見捨てないことを、長年共にいるので把握していたのだ。
一見、人を寄せ付けなく、冷たそうなに見えるフェルサだった。
だが、ソーマと同じように、面倒見がよく、熱い面も持っていたのだ。
「するのは、勝手だが、自分の部屋で、すればいいだろう」
「いやだ。一人だと、つまらないだろうが」
邪魔だと言っているのに、ケロッとして、立ち去る気配さえない。
「部下がいるだろう。さっさと戻って、部下と話せ」
「仕事を、運んでくるだけだろうが」
「話し相手ぐらいは、なるだろう」
時には厳しく、面倒見がいいと慕われているソーマも、何事も冷静沈着な行動するフェルサの前では、リラックスするように甘え、頼るのだった。
「面白みに、欠ける」
「付き合えん」
「そう、言うな」
老齢の表情に、笑みが零れている。
「奥方は、元気にしているのか?」
「変わりはない」
邪険に扱おうとしても、問われれば、素直にフェルサも答えていたのである。
「それはよかった。今度、久しぶりに遊びにでも、窺うかな」
「年中、顔を合わせているだろう、こうして」
やや眉間にしわが寄り始めていた。
「奥方とは、会っていないぞ。部下を連れて、遊びに行くから頼む」
「そんなに、パーティー好きだったか?」
嫌味を、フェルサが口走った。
「気軽な身内だけのパーティーならな」
あどけなく、ソーマが笑っている。
このところシュトラー王や、リーシャに合わせるように、貴族たちのパーティーに、二人も、出席の回数を増やしていた。
それまでは、フェルサや部下、実の弟に任せてばかりで、ソーマ自身、疲れるや、肩がこるなどを言い訳に、あまり出席していなかった。
「……伝えておく」
「よろしく、頼む」
いつの間にか、フェルサの手が止まっていた。
いっこうに、仕事が片付かない。
溜息を吐きたいのは、自分だと巡らす。
忙しい時に、部屋に居座られると、溜まっていく仕事が減らないのだ。
「フェルサ。お前、冷た過ぎるぞ」
「ここで、溜息を吐くのが、お前の仕事なのか? 陛下だって、仕事をしたんだ」
シュトラー王のことを、引き合いに出した。
仕事をサボるシュトラー王を、窘めて仕事をさせたばかりだった。
それにもかかわらず、ソーマは仕事をしないで、溜まっている仕事をしたい、フェルサの部屋に居座っていたのである。
さっさと、帰れと視線で促す。
「緊急のものは、すべて終わらした」
そっけなく返答した。
上に立つ者としての仕事を、一通り終わらせてから、訪ねたのだった。
(自分が片づけたからと言って、こちらの仕事は、終わっていないぞ)
自分本位なソーマに、目を細める。
息抜きに来ているソーマ同様に、緊急でしなければならない仕事は、すでに片づけていた。
でも、少しでも片づけて、机の周りに積み重なっている仕事を、減らしたいと思っていたのである。
いっこうに動こうとしない。
「だったら、次の……」
「大丈夫だ。一日ぐらい遅れたって」
のん気な言い分に、小さく息を吐いた。
シュトラー王に、無理やり仕事をさせたと言うのに、自分は先延ばしにするのかと呆れ気味だ。
気を許しているソーマと、シュトラー王を重ね合わせた。
互いに、似ていないと豪語している二人。
だが、気分が乗らないと、仕事をしないところは、昔からそっくりとだと、常々感じていたのである。
最近は、互いに否定するから、口に出していないだけだった。
しょうがないと、ペンを置いたところで、ソーマの口が開く。
「それよりも、リーシャと、アレスの問題だろう」
「殿下と妃殿下だ」
誰もいないことを口実に、呼び捨てにするソーマを窘めた。
副司令官の部屋に、主であるフェルサと、来客者のソーマしかいない。
周りにいる部下たちは、ソーマが勝手に下がらしたのだった。
他の人間が聞いたのならば、不敬に当たるが、ここにはフェルサしかいなかった。
十代の頃より、共に過ごしてきた友にリラックスし、軽口をついていたのである。
二人は、元デステニーバトルのパートナーで、共に戦った仲間でもあった。
「相変わらず、硬い性格だな、フェルサ」
「お前の方が、緩すぎる」
長年に渡って、続けられている掛け合いだ。
ふんと、鼻先でソーマが笑い飛ばす。
「問題を、どうする? ゲイリー邸で、二人に、何かあったのは確かだ。車内の雰囲気が、悪かったって、報告にあったじゃないか」
長ソファに仰向けになって、ラクにしていた。
(お前の部屋ではないぞ)
帰れと言わないことをいいことにし、さらにリラックスしている。
「お二人の問題だ。たぶん、いつものケンカだろう」
「それにしても、まだ続いているだろうが」
当惑しているフェルサの方へ、顔だけを傾ける。
「……」
メイ=アシュランス子爵邸からの車内の様子や、仮宮殿での二人に関する報告が、上がっていたのである。
由々しき事態に、ずっと溜息を漏らし、ケンカを繰り返す二人に、頭を痛めていたのだった。
自分だけでは、判断できかねる問題に、フェルサの元に訪れたのである。
「ケンカをしていたとしても、様子がおかしいだろう」
一理あると、フェルサも巡らせている。
「剥れて、口を聞かないとしても、長過ぎる」
「……」
「顔を合わせても、口を聞いていないそうだ。仮宮殿でも、アカデミーでもだ」
「……少し、大きいだけだろう」
夫婦の問題に、やはり他人の自分たちが、かかわるのはよくないと巡らせ、素知らぬ振りを通そうとしている。
仮宮殿の侍従や侍女からも、リーシャの様子がおかしいことが上がっていた。
話に乗らないフェルサ。
ダメ押しを加える。
「現に、シミュレーションの結果だって、如実に現れている」
どうするか考えろと、訴えっているソーマの顔を窺った。
けれど、未だに迷いが生じていた。
「だがな……」
「夫婦のケンカに介入するな、か?」
「そうだ」
「普通の結婚とは、訳が違う」
「……」
午後に行われたシミュレーションの結果が、部下たちにより、二人のところまで伝わっていたのである。
研究員たちにより、少し遅れて、報告が上がってくるが、ダイレクトで結果を知りたかったために、部下たちをホワイトヴィレッジに、潜入させていたのだ。
次期国王であるアレスの警備などで、普段から部下たちを、警備に当たらせていたが、王太子妃となったリーシャが加わったことで、警備の数も増大していた。
以前に、行った測定検査の時とは違い、リーシャのシミュレーションの結果は、散々に悪いものとなっていたのだ。
全然、集中力が欠けていて、ポイントを上げることができなかったのである。
すべてにおいて、波形の線が乱れていた。
対照的に、アレスは普段と変わらない結果を収めている。
けれど、精神面を表す波形が、多少の乱れを見せていた。
「シミュレーションの時のリーシャの様子も、おかしいだろう。アレスの方に、視線も、声も、掛けなかったそうじゃないか」
「……らしいな」
「測定検査の際は、不安げに、何度も視線を注いでいた。今回は、ずっと傍らに、ラルムがついていて、常に一緒だったと聞いた」
「前回もだろう」
「そうだが、今回は違うらしい。常に、寄り添って、傍についていたと聞いた」
同じような報告を、フェルサも部下から、聞いていた。
「当初の計画よりも、時間があるからと言っても、結果が悪過ぎる」
「予想していたものより、酷かったな」
ボソッと、フェルサが真実を述べた。
予想を大きく下回って、悪かったのである。
「アレスとは違う。リーシャは、感情で左右されるようだからな」
「それを、直していくべきだな」
神妙な面持ちで、分析しているフェルサに呆れる。
「直すのは無理がある。天真爛漫な子だからな」
「けれど、後々が大変だ」
「直すよりも、気持ちを安定させるべきだ」
「一時的なものだ」
きっぱりと吐き捨てた。
「クロスの孫であると同時に、フランの孫でもある。あの人は、感情に左右されていたからな」
昔を振り返り、ソーマがクロスの妻フランの面影を、リーシャとダブらせる。
二人とも、フランと面識があった。
明るく無邪気な姿は、クロスとフランの要素を、受け継いでいたのである。
「これ以上、こじれたら、どうするつもりだ?」
「……確かに、安定も必要だとは思うが、長いスタンスで、直す方向も取るべきだ」
ソーマの意見に、納得しながらも、自身の意見も曲げない。
「そうだ。やる必要性ある」
「で、どうする? 二人の問題に、介入するつもりか?」
「夫婦の問題は、夫婦で解決して貰いたいが……。とにかく、そこが問題なんだ」
思案のしどころで、穏やかではない顔を、ソーマが天井に傾ける。
このところ、会う暇もなく、直接本人から、話も聞けていなかった。
何かあるごとに、それとなく近づいて、話を聞いていたのだった。
だから、今回のケンカの原因を、掴めていない。
そのせいもあり、なかなか新たな動きが取れなかったのだ。
「それとなく、リーシャ様に接触して、聞き出すのか?」
「そうだな……」
「やはり、もうしばらく、様子を見るか?」
迷うソーマ。
反対するフェルサを説き伏せながらも、介入することに迷っていたのである。
デリケートな問題に。
「ケンカに、他人が介入すると、こじれる場合がある」
「わかっている。けれど、シュトラーにも、報告するしかないんだ。黙っているかが問題だ、勝手に動いて、後始末を押し付けられる前に、俺たちで対処した方が、問題が小さく収まる。この前のことだって、どうにか収めさせたんだぞ」
パーティーでの一件を、ソーマが持ち出していた。
複雑な表情を滲ませる。
前に、出ようとしたシュトラー王を、どうにか止めたのだった。
「わかっている」
「難しいな……」
「とりあえず、陛下への報告は、もう少しわかってから、するべきだ」
「そうだな。けど、自身で、勝手に動く時があるからな」
二人を通さず、リーシャたちの動きを、直接《コンドルの翼》を使って、探らせている時があるのだ。
「それについては、気をつけておく必要性があるな。ゲイリーのところへは?」
「あそこは、誰も口が堅い。何があったか、知るのは難しいかもな」
「……直接、私がゲイリーに会って、聞いてみるか」
どこか、ゲイリーに会うことに躊躇いがあった。
反シュトラー王派の動きが気になるからだ。
「そうしてくれ、フェルサ」
面倒を押し付けて、悪いなと無言で謝った。
自分が会うよりも、フェルサが会った方がよいと考えていたのである。
派手にソーマが動くと、反シュトラー王派を、刺激することにもなるからだ。
「仮宮殿は頼む」
「わかった。と言うことで、少し傍観するしかないか」
「何も、わかっていないからな」
「だな」
笑ってみせるソーマ。
それにつられるように、フェルサの口が緩む。
読んでいただき、ありがとうございます。