第97話 割れたカップとソーサー5
アレスたちより少し遅れ、クラージュアカデミーから母と住まう屋敷に、ラルムも戻ってきたのである。
侍従の一人が、ラルムに近づいていった。
帰宅を、別な侍従から報告を受け、エントランスに姿を現したのだ。
「お帰りなさいませ、ラルム様」
「ただいま」
軽く微笑んで、侍従に気軽に挨拶を返した。
「先ほど、ジャスティ様から、お電話がございました」
「ジャスティから?」
「はい」
「わかった。後は?」
「メリナ様から、今日の夕食を共にとのことです」
「わかった」
侍従からの話の聞き、急ぎ足で、自分の部屋に戻った。
着替える時間も、惜しむように海外に住んでいた時の友達ジャスティに、電話をかけるのだった。
ジャスティと、連絡を取りたいために、電話を掛けたが、その際に不在で、留守電に電話がほしいと、入れておいたのだ。
その相手からの知らせに、気持ちがはやっていたのである。
「ジャスティ。僕だよ、ラルム」
『久しぶりだな。そっちは、どうだ?』
「楽しく、過ごしているよ」
浮き立つ気持ちを、押さえ込んでいる。
そんな声音に、ジャスティが勘違いするのだ。
『だからか? ずっと連絡くれなかったのは?』
「すまなかった」
『本当に、そう思っているのか? ずっと、連絡も、くれなかったくせに』
話す内容とは違い、声は軽快そのものだった。
海外から戻ってきたラルムは、海外の友達と連絡を、ここ最近取っていなかった。
戻った当初は、何人かの友達と連絡しあっていたが、再会を果たしたリーシャと、親しくなっていくうちに、連絡の頻度が落ちていって、この数ヶ月は、全然、取り合っていなかったのである。
「ホントに、すまなかった」
非礼をわびた。
『なら、いい。ピットやマーレイも、たまには連絡してやれ』
「ごめん。後でメールでも、送っておくよ」
互いに、年齢が違うが、海外生活で、知り合った美術品を愛する仲間だった。
『そう言えば、王太子の結婚で、アメスタリア国も、騒がしいだろう。急な結婚だもんな。結婚を発表したら、一週間ぐらいで、挙式だろう、一体どうなっているんだ? そっちの国は?』
王太子の結婚は、海外の国も、大々的にテレビや、ネットで流れていたのだった。
それを知ったラルムの友達は、詳しく話を聞こうと、連絡を取ったが、いっこうにラルムからの返信がなかったのだ。
「……さぁね」
言葉を濁した。
他国の人間に、リーシャの情報を渡せない。
ハーツに関係ない人間だとしても、どこから漏れるか、わからないのだった。
ジャスティたちは、ラルムがアメスタリア国の王子であることを、知っていた。
『ラルムは、結婚しないのか? 同じ年の王太子が、結婚したんだ、そういう話は、出ているんだろう? 王太子なみの盛大な挙式じゃないかもしれないが、一国の王子の挙式だからな、派手なんだろうな……、友達なんだから、一応は、招待してくれよな』
軽快な語り口で、非がないとわかっていても、結婚の話題はしてほしくなかった。
「勝手に、僕の結婚話なんて、しないでくれよ。僕には一切、そんな話ないから」
『そうなのか? てっきり次は、ラルムの番かと』
意外そうな声。
「違うよ。僕には、そんな話、出ていないから。変な噂、流すなよ」
お喋り好きな性格を見越し、余計なことを話さないように、釘を刺しておく。
「こっちに戻ったばかりで、いろいろと、大変なんだ」
『そうか。大変を口実に、色恋から逃げるなよ。昔から、ラルムにはない話だからな』
「そうだったかな」
惚けるラルム。
初恋の相手リーシャを、一途に思い続けていたために、他の女に目もくれずにいた。
けれど、ジャスティたちは、リーシャの存在を知らない。
誰にも、話したことがなかったからだ。
『まぁ、いいか。そんな話は。ところで、俺に頼みって、何だ』
「割れた食器の、修復作業なんだ」
『現物を見ないとな。何とも言えない』
「それで、できれば、今すぐしてほしい」
『今すぐって』
「だから、今すぐにも、取り掛かってほしい」
『無理だろう。こっちに輸送したりと、時間が掛かるぞ』
無茶な依頼に、戸惑いが隠せない。
「今すぐに、そっちに行くよ、僕が」
『行くよって……、あっさり言うな』
「早く、直して貰いたいんだ」
『マジかよ……』
「これから、チケットを取って、そっちに向かうから、アトリエで待機しててくれ。どこにも、行くなよ。それと、現状を見て貰うために、メールで写真を添付するから、すぐにできるように、準備しててくれないか」
『本気か』
真剣な問いかけに、ラルムも真剣に応える。
「本気だ」
『俺にだって、予定ってもんがある?』
「すべて、キャンセルしてほしい。どうしても、復元してほしい食器なんだ」
『仕事を断れって、言うのか?』
「無理な頼みだってことは、わかっている。とても大切な食器なんだ、どうしても、直したい。頼める人間が、ジャスティしかいなかったんだ」
声音からも、必死な懇願だと言うことが察する。
電話口から、頭を掻く音が伝わってくる。
『……わかった。ラルムがそこまで言うのが、珍しいからな。やるだけはやるが、復元できるかは、わからないからな』
「ありがとう。ジャスティ」
話し終わったスマホを、机に置いた。
次の行動を移すために、エントランスで話していた侍従を、呼び寄せたのである。
部屋にくる前に、制服から出かける服装に着替え、少しでも時間を短縮できるようにしていた。
「お呼びですか。ラルム様」
「イギリス行きの早いチケットを取ってくれ。少しでも、早い便なら、座席はどれでも構わないから。よろしく、頼む」
「……これからですか?」
支度を整えているラルムに、声をかけた。
その表情から、弾かれたような顔が覗かせている。
唐突な主からの頼みを、飲み込めないのだった。
「ああ。そうだ」
「ですが、メリナ様とのお食事が?」
「お母様には、謝っといてほしい。迷惑をかけてしまうが」
急なラルムの断りで、メリナが詮索するのはわかっていた。
けれど、詳細を明かす訳にはいかなかった。
「……心配なされますよ」
「どうしても、イギリスに行く予定ができたんだ。それと、クラージュも、休むことになると思うから、連絡を頼む。後、何かあったら、スマホに」
「わかりました」
「お願いします」
これから、会いにいくジャスティは、海外生活の時に知り合った友達であり、美術品の修復復元をする若手だった。
リーシャの大切なカップとソーサーの話を聞き、ふとジャスティの顔が浮かび、復元して貰おうと抱き、連絡を取ったのだった。
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