第96話 割れたカップとソーサー4
明けましておめでとうございます。
去年同様に、週一の投稿ができるように頑張ります。
クラージュアカデミーから、戻ってきたアレスとリーシャ。
それぞれ、一言も喋らず、自分たちの部屋にこもってしまう。
そんな二人の姿を、目にした侍従や侍女たちが、密かに嘆息を零していた。
クラージュアカデミーで、元通りになっていることを、どこか期待していたのだ。
それとなく、様子を窺っていた侍従や侍女たちが、瞬く間に、それぞれの持ち場へ、消えてしまい、誰もいなくなる。
着替えを済ませたアレス。
書類を読む口実で、周囲に控える侍従たちを下がらせた。
誰もいなくなった部屋で、ぼんやりと過ごしている。
この後の予定は、夕食後に打ち合わせが入っているだけで、パーティーや公務などの行事が入ってない。
実際に、目を通さなければいけない書類が、山積みとなって、机に放置されていた。
だが、そんな気分ではなかった。
このところ、リーシャの様子が気になり、なかなか目を通すことができない。
そのためか、日に日に書類が溜まっていく状況だ。
「なぜだ。……なぜ一緒に、姿を消す?」
ただ、純粋に、面白くなかった。
二人で、行動を指し示したかのように、一緒にいることが。
休憩室から、訓練室に戻った時に、二人の姿がなかった。
イラッとしたが、その表情は、素知らぬ振りを通していた。
そして、聞きたくもない二人の様子を、ゼインたちから、聞く羽目になっていたのだ。
二人で、こそこそと話していたとか、互いに見つめ合っていたかと、のん気に笑い合っていたとか、そんなくだらない話を、永遠と聞かされていた。
その時でさえ、関係ないと言う振りを、表面上はしていたのだ。
(なぜ、いつも一緒にいる?)
リーシャを見かける時は、いつもラルムが傍にいた。
約束を、交わしたように。
そして、楽しげに、笑い合っている。
(今日は、何度、一緒のところを見かけた? 四回、いや五回か……)
特進科のある校舎の窓からや、グランドなどから見かけていた。
ゼインたちに気づかれないように、眺めていたのだ。
無意識うちに、傍にいないリーシャの姿を捜している。
最近二人が、一緒のところを見るたびに、目が離せなくなっていた。
何度も、見つめ合う姿を、眺めていたのである。
二人の周囲に、ナタリーたちもいたが、その存在が目に入っていない。
互いに、笑いかける姿を、目にするたびに、苛立ちを憶えるのだった。
ずっと、モヤモヤする気持ちを、解明することができずにいたのである。
結局、休憩室で、ステラと話をしても、気分が変わることがなかった。
それどころか、増したように感じていたのだ。
「いつまで、体力造りさせるつもりだ……」
目を細め、一点を見つめている。
その心は、そこにはない。
「……」
一緒に、訓練をさせているからだと、考えが及ぶ。
(素人とは言え、一緒に訓練させるべきだ)
別メニューにするから、未だに憶えられないと行き着く。
以前、渡したハーツのマニュアルを、全部読んでないことを承知していた。
読めるとも、思っていなかった。
だが、まだ数冊しか、読んでいなかったことを、すでにアレスは把握している。
アレスの予測よりも、リーシャの読むペースは、遥かに遅れていたのだった。
(クラスも一緒、ハーツの訓練も一緒にさせておくから、いけないんだ)
「実践させるべきだな。早急に」
カリキュラムの変更が必要だと、巡らしている。
数値が高くても、素人同然のリーシャのハーツの訓練のカリキュラムは、研究員たちとソーマとフェルサがかかわって組んでいた。
どういった内容の、カリキュラムにするかと言う話し合いに、アレスはかかわっていない。
パートナーとして、必要性があると思い始めていたのだ。
「提案してみる価値があるか……」
脳裏に、スマホが連想される。
けれど、どこか躊躇する部分もあった。
自分には、関係ないと抱くところもあるからだ。
これまで他人に対し、かかわったことなどなかった。
その僕が、なぜこんなことをしなくてはならないと言う思いがある。
「無視すべきか……、だが、変わらない状況が続くな……」
そう抱かせる態度が、余計に腹立たしく思えてしょうがない。
断固として、対処すべき事柄だと強く巡らす。
「総司令官と副司令官か……」
祖父シュトラー王と同年代で、何を考えているのか、読めないソーマとフェルサの顔が、目の前にちらつく。
対照的な表情をしているが、全然、思考が読めない点では似ていた。
「面倒だな……、だが……」
手っ取り早く、カリキュラムを変えるには、二人に伝えた方が早かった。
シュトラー王の重臣の二人を、どこか苦手としていた。
けれど、研究員に話しても、埒が明かないような気がしていたのである。
「いくだろうな……」
二人から直接に、誰よりも、知られたくない相手であるシュトラー王にも、この件が伝えられることは明白だ。
策にハマったようで、話が伝わるのはいやだった。
「……検討が必要だな。ひとまず、この件は保留だ」
悔しさが滲むが、カリキュラムの変更を先送りにする。
当初から、考えなければならない問題を、優先すべきと抱いた。
頑なな態度を、軟化させるには、どうすればいいのか、考えを巡らしていく。
変更も大切だが、剥れ面や、沈んだ顔を、早く解消すべきだと、重点を置き直したのだった。
(割れた食器ぐらいで、あれほど怒る必要も、あるまい)
無残に、割れたカップとソーサーの記憶が蘇る。
砕けた欠片が、床に散らばっていた。
(すべての元凶は、あの食器だ! 食器が悪い)
悲しみに濡れる顔が、鮮明に浮かび上がっていた。
「……」
胸を、締め付けられるような痛みを憶える。
リーシャと出会う前には、感じたことがない痛みだ。
出会ってから、すでに何度も、この痛みを味わっていた。
それも、すべてリーシャが要因で。
なぜだと問うが、答えがわからず、そのまま放置してきた。
そして、今回も無視して、考えなくてはならないことに、重きを置く。
「……どうすればいい? どうすれば……」
(結婚の祝いの品が、何だって言う? ただの、物に過ぎないだろうが。それをなぜ? あんなに拘る。……それに、あんなに頑な態度を取る? 新しい物を、用意させてもダメ、同じ物を用意させても、ダメって、どうすればいい? 壊れた物は、元通りなんて戻せないのに……。それとも、戻せるとでも言うつもりか?)
割った際に、リーシャが噛み付いた言葉を、思い返していた。
それが、余計に気分を重くしていった。
「……思いを込めた祝いの品って、言ったって、物は物じゃないか……」
消えそうな声音だった。
頭を抱えるほど、悩んでいる。
思い入れと言う感情が、薄かったのだ。
物に対し、自分の物だと所有欲があっても、割れたり、壊れたりすれば、そこで終わっていたのである。
だから、割れた物に、拘る気持ちが、全然理解できない。
(どうすれば、元に戻る)
とにかく、アレスの願いは、リーシャが元通りの姿に、戻ってほしいことだった。
笑ったり、剥れたりする顔が、何よりも、見たかったのである。
(父親が作ったカップとソーサー……、父親が作った……)
何度も、何度も、心の中で呟くのだった。
「!」
一つの名案が、浮かんだ。
浮かぶまでの時間が、掛かり過ぎだと、自分自身を叱咤する。
「何をやっているんだ、僕は」
小さく、口角が上がっていた。
「父親に、もう一度、まったく同じように作って貰えば、いいんじゃないか」
即行動に移そうとし、スマホを取り出した。
手にしただけで、動きが止まっている。
「……」
次の行動が、移せない。
ポルタのスマホの番号を、知らなかったのだ。
少しでも、時間が惜しい気持ちを抑え、スマホでウィリアムを呼び寄せる。
ポルタのスマホの番号を聞き出した。
その間、ソワソワしながら、刻々と過ぎていく時間を、苛立ちながら待っていたのだ。
すぐに、ポルタのスマホの番号がわかる。
そして、何事かと思っているウィリアムを、迅速に下がらせたのだった。
すぐさま、自分のスマホから掛けた。
鳴っている間も、心の中で早く出ろと、訴えかけている。
『もしもし』
「ポルタ・ソフィーズ氏のスマホですか」
はやる気持ちを封じ、いつもの冷静な口調で問いかけた。
何事も動じず、冷静に行動するようにと、教え込まれていたからである。
『はい、そうですが?』
のん気な声が返ってきた。
「アレス・ロゼア=フェリシアです」
『アレス? ロゼ……? で、殿下……! 殿下なのですか?』
スマホから、驚愕している姿が垣間見える。
まさか、じかに婿のアレスから、電話が掛かってくるとは思わないからだ。
そんなことも気にせず、要件を口に出していく。
「そうです。細かい挨拶は抜きにして、早速本題に入ってよろしいですか」
『あっ……はい。な、何でしょうか? 殿下が、わざわざかけてくださるなんて。も、もし、もしかして、リーシャに何かありましたか?』
とんちんかんな成り行きに、イラッとする。
それが、声にもありありと現れている。
「いいえ、違います!」
萎縮し、しゅんと沈むポルタ。
『そう……ですか……』
「父君は、僕たちの結婚の祝いに、二客のカップとソーサーを贈りましたね」
『は、はい。それが?』
「そのカップとソーサーが、ちょっとしたアクシデントで、割れてしまいまして、できれば、同じ物を作って貰えれば、嬉しいのですが? それに、できるだけ早くです」
僅かに、静かな間が空く。
瞬時に、アレスの言葉を、把握できなかった。
『アクシデント?』
「そうです! アクシデントです」
苛立ちを隠さない。
それよりも、気持ちが急いていた。
『……そんな気にするものじゃ、ありませんよ』
「とにかく、同じ物がほしいんです」
強い口調に飲まれ、ポルタの声が困惑気味だ。
『は……、それは構いませんが……』
「では、一寸の狂いもなく、同じ物をお願いします」
『一寸の狂いもなくですか……』
更なる要求に、困惑の色を増していく。
「そうです!」
容赦ない返事に、声が引きつり始める。
『わ、わかりました』
「それと……、ここが、重要なのですが。……作った時のことを思い出して、その時のことを、すべて再現して、作って貰いたいのです。その時の気持ちを込めてと、いいますか……」
最後の方は、しどろもどろになっていた。
言い馴れない言葉が、気恥ずかしかったのである。
『再現ですか?』
「そうです。その時に、着ていた服装、髪形、その時の思考も、全部再現してください。とにかく、すべて再現して、作り直してほしいのです」
『は……』
難しい要求に、歯切れの悪い返事を返した。
無茶ですとも言えず、途方に暮れるしかない。
黙り込んでいるポルタに、追い討ちをかける。
「必ずですよ」
『……わかりました』
「でき上がったら、至急連絡ください。取りに窺いますから」
『はい。わかりました』
「では、お願いします」
ポルタとのやり取りも終わり、満足げにスマホを切った。
これまでの重荷が、すーと取れたように、安堵の表情が、僅かに滲んでいる。
ふと、至急と伝えたが、今すぐやるか不安を憶え、一人の侍従を呼び寄せた。
細かいことは侍従に伝えず、自分が頼んだ物を、今すぐして貰いたいことと、経過を逐一報告させるために、向かわせたのだった。
自分の目で監視したかったが、そんなことが詰まっているスケジュールではできなかった。
だから、せめて侍従を置かせ、報告するように命じたのだ。
読んでいただき、ありがとうございます。