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輪廻転生  作者: 香月薫
第4章
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第95話  静かな仮宮殿

 仮宮殿の主である二人が、クラージュアカデミーに行っている間、侍従や侍女たちは、それぞれの持ち場で、掃除や、点検などの雑務をこなしている。

 二人に、よりよい環境で、過ごして貰えるようにだ。


 ここ数日の仮宮殿の様子は、がらりと違っていた。

 淡々とする、静かさが漂っていたのだ。

 侍従や侍女たちの活気が、なくなっていた。


 その原因は、いつも以上に、冷淡な様子のアレスと、普段はお喋りなリーシャが、固く口を結び、無口な状況になっていることだった。

 仮宮殿内は、居た堪れなさと、消沈した空気が立ち込めていた。

 仮宮殿に、嫁いできたばかりのリーシャの姿があれば、楽しげな声や笑い声、歓喜の声など、様々な響きが、木霊していたのだ。

 現在の状況は、主が失ったかのように、静寂そのものだった。


 メイ=アシュランス子爵邸から戻ってから、王太子アレスとケンカしたようで、元気がなく、仮宮殿にいても静かで、誰もが口に出さないが心配していたのである。

「元気ないわね、リーシャ様」

 掃除の手を休め、クララが嘆息を零した。


 この時間帯は、年若い侍女の二人が、リーシャの部屋の掃除だった。

 このところの二人の様子が気になり、掃除に身が入らない。

 何度か、ユマに怒られることもあるほどだ。


「そうね。アレス殿下と、ケンカしたようね」

 食卓での、二人の様子を思い浮かべるヘレナ。

 連日のように、侍従や侍女たちは暗澹とした気分を、味わっていたのである。

 口を聞かない二人を見れば、ケンカしたことは一目瞭然だ。

 いつものリーシャのお喋りがない。


 メイ=アシュランス子爵邸から、戻ってからの食卓の天気は、曇よりと曇っていた。

 これまでの食卓が、明るかったかと言えば、そうでもなかった。

 だが、小さく笑ってしまう暖かみが、どこかあったのだ。

 今度は、二人揃って、嘆息を吐く。


「いつもだったら、ケンカしても、元気で、いらっしゃるのに」

「どうしたのかしら……」

 お喋りだったリーシャが、黙り込んでいる様子からは、その深刻さぶりが垣間見え、どうにも落ち着かなかった。

 仕えている人が落ち込んでいる様子に、自然と、二人も落ち込んでいった。


 気鬱な状態が続き、掃除も、より一層捗らない。

 ますます、遅れる一方だった。


「アレス殿下って、冷たいところあるから……、何か酷いことでも、言われたのかな」

 少しでも、元気な姿になってほしいと、クララが原因を模索していた。

 自分たちでできることがあれば、手を尽くしたかったのだ。

 違う立場だったが、誰に対しても、優しさがあるリーシャの役に立ちたかったのである。


「誰かに、聞かれたら、どうするの?」

 迂闊なことを口走るクララに、眉間にしわを寄せた。

 王室の人間に対し、侍従や侍女たちが、意見するのは禁じられている。

「だって、心配じゃない。リーシャ様の様子が」

「それは、そうだけど……」

 ソワソワしながら、周りに人がいないかと、ヘレナが気を配っていた。

 発言一つで、問題視されるからだ。


「私たちだって、目が廻りそうなのに……」

「……」

「あんなに、頑張っているのよ」


 元気ない中でも、スケジュールが空くこともない。

 決められたスケジュールの予定を、粛々とこなしている状況だ。

 全体的に、お后教育などが、遅れ気味だったのである。

 落ち込んでいる時間さえ、与えて貰えない。

 心の整理さえ、ままならなかったのだった。


 講義の時間も、ここに心あらずのようで、何度も、外部からの講師や、講師も務めているユマからも、注意の声をかけられていたのだ。

 そのせいもあり、いつもの終了時間になっても、講義の時間が多く延びてしまい、睡眠時間などの削られる部分で、時間を削られていた。

 二人の目からしても、過酷とも言えるスケジュールだった。


「大丈夫かしら」

「ホント……」

 二人は、掃除の時間にもかかわらず、手が動かず止まっていた。

 筆頭侍女のユマは、アレスの母セリシアに呼ばれ、仮宮殿にいない。

 最終点検を行うユマがいないことで、どこか気持ちが、おおらかになっていた。


「どうすれば、元気になっていただけるのかしら」

 いいアイデアも浮かばないヘレナ。

 嘆息だけ零した。

 先に、手を止めたクララを、窘めるのも忘れている。

「早く、戻ってほしいわね」

 ポツリと、クララが呟いた。


「うん、そうね」

「ここも静かで、何だか寂しい気がするから」

 不意に、クララが周囲を窺っている。

 しんと、静まり返っていたのだった。

「私も、そう思う……」


 二人が同時に、嘆息を零していると……。

「手が、止まっているわよ」

 突然の声に、ビクッと、身体を震わせる二人。

 身体を同時に、声がするドアに振り向けた。


 すると、そこに、同じようにリーシャ専属で、先輩のバネッサが立っていたのだった。

 持ち場の仕事を終え、顔を出さない二人の様子を、見に来たのである。


「「す、すいません」」

 呼吸を合わせ、二人が謝った。

 部屋のほとんどの掃除が、できていない状態だ。

 しまったと怒られると、しゅんとしている。


「ユマが戻ってくる前に、終わらせなさい」

「「は、はい」」

 驚きつつも、声を揃え、返事をした。

「リーシャ様のこと、気になるのはいいけど。仕事は、ちゃんとしないと、いけないわ」

 二人が何を考えていたのか、察していたのである。


「「……はい」」

 背筋を伸ばし、バネッサの話に耳を傾けている。

「こういう時こそ、気持ちのいい部屋にしないとね」

 軽く微笑むバネッサ。

 窘めつつ、二人の心を解く。

 それに、つられるように二人が笑う。

「「そうですね」」


「じゃ、後はよろしくね」

「「はい」」

 今度は案じながらも、手を休めることなく、掃除を最後まで終わらせた。


読んでいただき、ありがとうございます。

今年、最後の投稿となります。

次回から、投稿する時間が少し早まり、0時です。


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