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にゃんと味方と王子の覚悟

「その前に言っておきたい事がある」


高田君が、王と教会への仕返しを唆した時、ユトさんが声をあげた。


ユトさんは、さっきの刺客が持っていた細く細く折り畳まれていた紙を取り出した。

因みに今は畳まれてないよ。あれ、広げるの大変っぽかったしね。


その紙には何か文字がズラズラ書かれていたけど、あたしには読めなかった。もちろん安藤さんにも高田君にも。


一緒に覗き込んだゼスさんやソルハさんには当然読めた筈だけど、多分内容は予想出来てたんだろう。読んでも驚いた様子はなかった。


ユトさんは、安藤さんと高田君に紙を指し示した。

「この部分に契約の内容が書かれている。勇者と聖女の一行の抹殺。但し魔王の消滅を見届けてから。殺害方法は任せるが、魔王との相討ちに見せかける事。報酬は半額先払い。残額は契約内容の完了後。確認方法は右腕、若しくは首」

ユトさんは淡々と読み上げた。

「右腕。なるほどね」

ありゃ、高田君の眉間にシワが…。

「安藤、確かお前も記念に手形が欲しいとか言われて押してただろう?」

「あーっ!あれそういう事なの?やけに右に拘ると思ったら…あいつら!」

ああっ、またブラック安藤さんが降臨しそうです。


右手で手形?つまり切り落とした右手が本物かどうか、その手形と照合するつもりだったって事?

それって最初から刺客を送る気満々だったって事でしょ?

安藤さんも高田君も、いったい何やってそんなに恨まれちゃってんの!?



でもブラックな安藤さんも可愛いな。

………あたしもお揃いで、ブラック聖猫(にゃん)様になるべき?


普通の聖猫様とブラック聖猫様、アイドルとしてはどっちが正解?

あたしは暫く考え、普通の聖猫様を継続することにした。やっぱりアイドルといえば王道だと思うのです。

アイドルに拘る理由はもちろん、安藤さんたちが日本に帰っちゃった後、あたしがここで生きていくためだよ。

野良の世界は厳しそうだし、どうせならヌクヌクと生きていきたい。

ユトさんについていくのもいいかもね、モフりNo.2だし。


そう思ってチラリとユトさんを見ると話はまだ続いてた。



「で、ここに書いてあるのが契約者の名で、こっちが依頼者」

ゼスさんは転がってる男にチラッと視線をやり、結構名の通った奴なのにこのレベルか、と苦笑した。

この刺客は、裏の世界の有名人らしい。国王から依頼がくる位だもんね。

「こちらのレベルを計る事もできない時点でその程度、という事でしょう」

ソルハさんもサラッと言っちゃってます。

刺客の顔が赤くなってるね。プライドがボロボロで再起不能といったところでしょうか。


ユトさんは最後の依頼者のところに置いた指に力を込めた。

「これが、俺の父親」


!!


その依頼者って国王じゃないの?ユトさん王子様なのっ!?


流石の高田君も驚いたらしい。安藤さんも目が真ん丸。


「俺は3番目の王子だった。因みにゼスを雇ってたのは俺の妹で2番目の王女。会ったことはないけどな」


そういうわけで身内が面倒かけてすまない、とユトさんは頭を下げた。


ゼスさんはさっき、覚悟を決めろ、って言ってた。この事を知ってたんだね。だから父親の名の書かれた契約書をユトさんに渡した。

ソルハさんもどうやら知ってたっぽい。この国の人なら誰でも知ってるってこと?


あれ?ちょっと待ってよ?

でもそれって、ユトさん、それじゃお父さんに命を狙われたって事じゃないの!?


父親(あいつ)はもう、長い間病んでる。誰もが自分の王位を狙ってると思い込んでるんだ」


ユトさんの話は続く。感情の籠らない声で。

「この20年程の間に、王位継承権を持つ王子が8人暗殺されている。死因は病死、事故と様々だけどね。俺は暗殺から身を守るために、5歳の時死んだ事にされたんだ。」


ユトさんがポツポツ語る言葉を、みんな黙って聞いていた。


「ゼスはなんで俺の事知ってた?」

ユトさんに突然話を振られて、ゼスさんは足を組み直した。

「アイシャ王女に頼まれた。ユークリフト兄様を助けてくれ、と。お前は助ける必要もない位強かったけどな」

内緒にしてくれって言われてるからバラすなよ、と言ってゼスさんはニヤリと笑った。


ユトさんは本名をユークリフトさんって言うんだね。


「アイシャは俺の同母妹だ。研究施設にやられるとき、あいつはまだ母上のお腹の中にいたんだ。産まれて来るのを楽しみにしてたけど、結局一度も会ってない」

そうか、あいつ俺のこと知ってたんだ、とユトさんは優しい顔で笑った。


「俺に、魔王の資料をこっそり見せてくれたのもアイシャ王女だよ」

そう言ったのは高田君だった。

みんなが驚いて高田君を見ると、彼は気まずそうに目を逸らした。

「流石にユトのことは聞いてない。俺が頼まれたのはゼスだ」

「オレを?」

ゼスさんは目を見開いた。

「少しでも魔王を倒す参考になるならと、禁書庫の鍵を貸してくれた。そしてゼスを必ず無事に帰して欲しい、と。約束は出来ないと言ったけどな」

これも内緒らしいからよろしく、と高田君はお茶目に笑った。

ゼスさんは苦虫を噛み潰したような顔をしてる。でも耳が赤くなってるよ。


それにしてもみんな、随分たくさん隠し事して誤魔化して嘘ついてたもんだね。

仕方ないとはいえ、さ。


ゼスさんから『我が儘王女』って聞いてたけど、それも本当かどうか怪しくなってきたよ。きっとアイシャ王女ってホントはとっても可愛い人なんだね。顔は知らないけどね。でもユトさんの妹なら、きっと顔も可愛いんだろうな。




そしてソルハさんが口を開いた。

「私が知ったのは教会経由ですよ。ここ十数年、教会と国王の癒着は甚だしいですからね、様々な情報が集まります」

教会の情報網はとても優秀なのですよ。腐ってさえいなければね、と彼は残念そうに笑った。

「そして、この3人ですが」

ソルハさんは床に転がる3人に、冷ややかな視線を送る。

「教会の闇そのものといえます。教会にとって、都合の悪い全てを葬り去るための機関であり、あらゆる事を教会にとって、都合のいいように転がすための組織なのです。暗殺から脅迫、誘拐、拷問、あらゆる犯罪を行いますが、ここ数年は国王の依頼で動いていた節があります」


えーっと?教会って教会だよね?

人類を救い、正しい道へ導く…的な?

それとも異世界の教会って、あたしの知ってる教会とは主旨が全然違うの!?


そう思ったとき高田君が、

「とても、教会の話をしてるとは思えないな」

と言った。

そしたらソルハさんが、全くお恥ずかしい限りです、と眉を下げて頷いたので、やっぱりあたしの認識は間違ってなかった、と思ったのだった。



「ゼスは、俺に覚悟を決めろと言ったな」

ユトさんはゼスさんを睨み付けるように見て、それから一同を見渡した。


「今の王太子はまだ3歳だ。今に王女に婿を取るという話でも出てくれば、次はアイシャが狙われる事になるだろう。俺はもう覚悟を決めた。どうか教会の不正を明らかにし、国王の罪を正す事に力を貸して欲しい」

そう言ってユトさんはガバリと頭を下げた。


「……覚悟とは、どのような覚悟ですか?」

冷んやりした、ソルハさんの声が響いた。

「生半可な覚悟では何も成せない。あなたの覚悟はどれ程のものですか?」


厳しい声だった。


シンと静まりかえる中、ユトさんは身を起こした。

「この国を背負う覚悟がある!この国に害をなす存在ならば、例え父親であろうとも容赦はしない!」


目に強い光が宿っていた。

国を背負う覚悟。

それって国王になるっていう事?

言葉にすれば一言だけど、その重圧はどれ程だろう。

きちんと管理され、整えられた国を受け取る訳じゃないんだよ。


貴族は私利私欲のために王に媚びを売り、役人は人々に賄賂を要求し、教会が神の名の元に罪を犯す、そんな国なんだ。改革するって言っても、あたしならどこから手をつけたらいいかすら分からないよ。


けどユトさん…ユークリフト王子はやるって言った。

あたしは助けてあげたい。

あたしに出来ることなんて何にもないんだけど、それでも何かしてあげたいよ。

みんなはどうなの?

なんで誰も何も言わないの?

なんで誰も動かないの?


あたしは高田君の腕から飛び降りた。

そしてそのままユトさんの膝めがけて突っ込む。

吃驚した顔で抱き止めてくれるユトさん。あたしが自分からユトさんのところにくるの、初めてだもんね。


あたしはユトさんに向かって、ニャーニャー鳴いた。伝われ、と思って鳴いた。

大丈夫、あたしが味方だよ。

なんにもできないけど応援するから。

もふもふアイドルの応援なんて、なかなかレアだと思うよ?


だから、もしもの時は、あたしの面倒みてね?






「くくっ」

と、ゼスさんが笑った。

「誰が一番に動くかと思ったら、にゃんとはな」


なんですと?


「私はもちろん最初からユト殿の味方ですよ」

すました顔で言うのはソルハさん。

「これは私にとっても、教会の在り方を問う大きな機会ですからね」


なな、なんですと?


みんな、誰が最初に動くのかを牽制しあってたっていうの!?

分かりにくいんですけど、皆さん。

あたしが思わず半眼になってグルリと見回すと、高田君がツカツカと近づいてきた。

ユトさんの腕から素早くあたしを奪い取り、がっちりホールドした上でユトさんに言った。

「俺は最初から手助けすると言っている。わざわざ訊くまでもないだろ?」

と、口角をあげた。


あ、なんか男っぽくて格好いい、って下から見上げてたら、彼はあたしに、お前あとで覚えてろよ、と囁いた。


え?なんで!?

あたし何かした?

腕から飛び降りてユトさんのとこに行ったから、怒ってんのかな。

だってあたしの将来もかかってるんだもん。



あたしが訳わかんなくてキョトキョトしてたら、高田君は大きな手で頭を撫で、顎の下のラインを辿り、わき腹から尻尾の辺りを擦りだした。

そうなの。前は頭撫でるだけだったのに、今では割りとあちこち触るようになったんです。

ついにモフりの魅力に目覚めたのかな?。



ユトさんはうつ向いたまま、小さな小さな声で、

「ありがとう」

と、言った。







ユトさんが言うには、彼のいた研究施設の所長さんはユトさんの母親のお兄さんなのだそうだ。前に聞いていた魔力の暴発とかは本当にあった事で、それに巻き込まれて王子は死亡したことになったらしい。所長さんはもちろん全ての事情を知って、平民の子としてユトさんを受け入れてくれた。

もし秘密がばれたら自分の身も危ないのにね。

魔力の研究施設というところは、その研究対象が魔力という事もあって、とてもセキュリティに力を入れている。その中に居さえすれば、ユトさんの身は安全な筈だった。

けど、どこから漏れたのか、色々な人がこっそり接触してくるようになってしまった。

このまま隠れていればいい、と言ってくる者もいれば、王位継承権を復活させようと言ってくる者もいる。

騒がしくなった周辺に、このままでは所長に迷惑がかかってしまう、と思い悩んでいたときに国王から、この旅に同行するように、と敕命があった。


とうとうバレた。殺される、と思ったそうだ。


「正直この旅に参加した最初は、隙を見て魔物にやられた振りをして遠くへ逃げようと思っていた。でも、お前らがあんまり気持ちいい奴等だからさ。魔王を退治するまでは付き合ってもいいか、と思って」

実際命を狙われてみたら悔しさが先にたった、とユトさんは笑った。

「旅の途中で街や村の現状を見ただろ?田舎の辺りでも何かにつけ賄賂が飛び交っていたが、王都に近い所ほど酷いもんだった。こういうのは普通、王の目の届かない田舎の方が酷い筈なんだ。だけど王や側近が率先して不正を働くから、周囲も当然真似をする」




ユトさんがしみじみ話しているその時、あたしは不意に、ここまで安藤さんが一言も発言していない事に気がついた。


安藤さーん?


そこであたしの目に飛び込んできたのは、ぼろぼろ涙を流す安藤さんの姿だった。


ええっ、安藤さん!?どうしちゃったの?


お読みいただき、ありがとうございました。

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