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にゃんと刺客とアイドルの座と

高田君が叫んだときガシャンと物凄い音が響いた。

驚いて目を開けたあたしが見たのは、城の大きな窓のガラスを蹴破って躍り込んできた、一頭の巨大な黒い馬だった。

壁を斜めに走り天井を一蹴りして、重力の存在を無視した動きで暴れまわるそれは、やがて高田君の隣に降り立った。


馬は興奮していて、ブルル、ブルルと唸り、口元から泡をふいている。


けれど、高田君はとても嬉しそうな顔をして、お前だったのか、と呟いた。


高田君が、前肢でガツガツと床を蹴りいななく馬の、首筋をたたき鼻面を撫でると馬はだんだん落ち着き大人しくなっていった。


みんなが戦いの手を止め唖然と見守る中、高田君は床から剣をグッと引き抜くと馬具もつけていないその裸の馬にひらりと跨がり、すると馬は心得たように走り出した。


その身体はフワリと浮き上がる。



まるで現実とは思えないこの光景に、あたしは見とれるべきか。

それとももふもふアイドルの座を心配するべきか。


あたしがギュッとしがみつくと安藤さんもギュッてしてくれたけど、その視線はずっと、黒い馬と高田君に注がれていた。


真面目にアイドルの座を心配するべきかもしれない。あの馬はもふもふではないと思うけど…。



あたしの心の葛藤とは裏腹に、広間はとんでもない事になっていた。

今まで影も形も見えなかった筈の魔物たちが、何処からか現れ広間を埋め尽くす勢いで溢れ始めたのだ。


ユトさんはものすごい勢いで新たな結界をはり、ソルハさんを引きずり込んだ。


あたしと安藤さん、そしてゼスさんはまだ最初の結界の内側にいるけど、それでもその魔物の大群のえげつなさに眉間にシワが寄る。


いつもなら安藤さんは浄化する。

けど、今回にかぎっては、躊躇している。

この光景を作り出しているのが高田君だからだ。

「ったく、何考えてんのよ」

押し殺した安藤さんの呟きが聞こえた。


安藤さんと同じように、ユトさんとソルハさんも手を出せないでいた。

高田君が何を意図しているか分からないからだ。


高田君は広間の上空に浮かび上がり、足元の魔物たちや、あたしたちを襲ってきた男たちを睥睨した。


「あれは…、あれも魔王なのか?」

「魔王が二人いただと!?まずい、奴を殺してはいかん!」

男たちが叫んだ。

「一旦引けぃ!」


けれど、魔物たちがあまりに密集していて大規模な魔法を使うことができない。味方を巻き込む、というよりもしかしたら自分が巻き込まれる心配をしているのかもしれない。



その時、魔物たちの動きが変わった。


ただ溢れ、蠢き、意味のない音を叫び、手足を振り回していただけの魔物たちが、整然と動き始めた。


高田君は相変わらず上空から、敵の男たちを睨み付けている。

その姿はまるで、まるで……。





魔物たちが意思を持って男たちを取り囲んでいるのは、今や明らかだった。

「なんとっ!魔物を操る事が出来るのか!?」

男たちはあり得ない事態に驚き、慌てふためいていた。

あたしも吃驚したけど、よく考えたら高田君の一部である魔王が創った魔物なんだよ。高田君が操る?使役する?出来たって別におかしくないと思うよ。


魔物の中には毒を持つ奴もいるし、人を操ったり、眠らせたりする魔法を使う奴もいるみたいだ。何百匹、或いは千匹を越えるかもしれない魔物に押し潰されそうになっている男たちには、もはや抵抗する術はなかった。


「安心しろよ?お前たちは殺さない。生き証人だからな」

そう言う高田君の唇がきれいな弧をえがく。




「なんか、あいつの方がよっぽど魔王らしいわね」

呆れた口調で呟いた安藤さんに、ゼスさんが、全くだ、と苦笑した。

実はあたしもさっき、そう考えてました。ごめんね、高田君。




魔物に神経毒を注入され動けなくなった男たちは、念入りに縛られ、魔法を使えないよう腔内に布を詰め猿轡をされた状態で転がされていた。

どのみち毒の効果が消えるまで、あと数時間は動けない筈だ、と高田君は言った。

あれほど溢れ返っていた魔物たちも、みんな何処かへ行ってしまった。





「見事な青馬だな」

と、感心しているのはゼスさん。

魔王の黒い馬の事だ。


黒なのに青なの?、と不思議そうな安藤さんに、こういう濃い黒の馬を青馬というんだよ、とユトさん。


ソルハさんも含めて、みんなで黒い馬を取り囲んでいる。

ツヤツヤの黒い馬は、今はすっかり大人しくされるがままで。


「先程の少女が聖女樣の『魔王』で、この馬が勇者樣の『魔王』なのですね」

ソルハさんが感慨深げに言った。

「まさか『魔王』が二人いたとはね。それで召喚されたのも二人だったってわけだ」

ユトさんが肩を竦めて言うと、次はゼスさんが口を開いた。

「今回の魔王復活は、異例のことだらけ…って事だな」

言いながらあたしを見た。


あたし?あたしですか?


「そうだな、こいつの事を忘れちゃいけない」

高田君がそう言って、敵の男たちの回りをウロウロしていたあたしの脇に手を入れ、びろーんと抱えあげて抱っこしてくれた。

と思ったらそのまま馬に近づき、その背にヒョイとあたしをのせた。


落ちる!?落ちちゃうよっ!!


凄く高いところに急に乗せられて、慌てて鳴くあたし。

「大丈夫、こいつはお前を落とさないよ」

と言いながら高田君は、馬に必死でしがみつき毛を逆立てるあたしの背中をポンポンとたたいた。


確かに馬は大人しく、あたしは恐々身体の力を抜き爪を引っ込めた。

あ、爪は反射で出ちゃったんだよ。悪気はないの、ごめん。



「あの少女といい、『魔王』とは随分大人しいものなのですね」

馬の鼻面を撫でながら、もっと荒ぶったものを想像していました、とソルハさんが言うと、高田君は驚く事を言った。

「正確には今のこいつは『魔王』じゃない。完全に正気だからな」


その言葉にギョッとして高田君を見たみんなは、すぐに馬に視線を戻した。


「ではあなたは、まごうことなき『神の祝福』なのですね。まさか神話の存在に直接相まみえる事ができようとは…」

馬の前に膝をつきかねない勢いでソルハさんが言うと、他の二人もやっとそれが頭に染み込んだらしい。

「え!?本当に?」

「マジなのか?」

と、口々に言いながら恐る恐る馬に手を伸ばす。


あたしは馬の背中にへばりついたまま、その光景を複雑な気持ちで見つめていた。

みんなあたしに対する態度と全然違うんですケド。



けれど、馬の背中で不貞腐れていたあたしを見てソルハさんが、

「やはり、にゃんは聖猫(にゃん)さまですね。『神の祝福』の背にのって、そのように自然体でいられるとは」

とかなんとか持ち上げてくれて、更にそこに便乗した安藤さんが、

「そうよ。その上、『神の御使い』である聖女さまをこんなにメロメロにしちゃってるんだから!」

と引っ張り下ろして抱っこしてくれたので、あたしはなんだかもう全部どうでもよくなってしまった。


安藤さん!一生ついていきますっ!!





さて、その頃。

高田君は、縛り上げた男たちを爪先で蹴り転がしてあちこちのポケットや隠しから取り出したものを床に並べチェックしていた。


男たちはそれぞれ、多種多様な武器や怪しげな小瓶、携帯食糧と思われるものなど、とても沢山のものを持っていたのだけど、それを見たゼスさんがツカツカと近づき高田君に言った。

「これで全部だと思うか?」


「いや、依頼書か契約書のようなものがないかと思ったんだが、そういったものは口頭で済ませるのかな?」

高田君が若干困ったように言うと、ゼスさんは破顔した。

「目のつけどころは悪くねぇ」

そして、一番最初に現れた男、そして後から現れた3人を指し示し、

「こいつと、こいつらは毛色が違うだろ?」

と言った。

最初の男は、少なくとも見かけは普通の旅人のような服装をしていた。例えその中に頑丈な鎖かたびらを着込み、服のあちこちに隠しポケットをつけて怪しげな装備を身につけていたとしても。

因みに数えたら、短剣は7本持っていた。


あとの3人のほうは同じ薄鼠色のローブともマントともつかない物を羽織っている。中に着込んでいるのはそれぞれ違うものだったけど。


「この、最初の男は『はぐれ』だな。こいつらは口約束なんざ信用しねぇ。必ず契約書を持っている筈だ」

そういうなり、仰向けに転がっていた最初の男を蹴り転がしうつ伏せにさせ、服の襟元を探った。けれど思い当たるものがなかったらしく、何ヵ所か縫い目に当たる部分を探って、胸元の袷の内側をナイフで引き裂いた。

丁寧に細く細く折り畳んだ紙が出てきて、男は身動きが取れないまま悔しそうに顔を歪ませる。

ゼスさんはそれを何故かユトさんに放った。


怪訝な顔つきで受け取ったユトさんはそれを広げ一読し、嫌そうな顔でゼスさんを見た。

「なんでこれを俺に?」


ええっ、何?何なの?

気になるんだけど。あたしも見たいんだけど。


けど、ゼスさんは、

「そろそろ覚悟がいるんじゃないかと思ってな」

と、謎の言葉を残したきり、今度は3人の方に向き直った。


「こっちの3人は、ソルハが知ってそうだな」

ソルハさんはため息をついた。

「御明察です。そのローブは教会の暗部ですね」


あたしたちは顔を見合わせた。

正確には安藤さんと高田君とユトさんが顔を見合わせて、あたしもひっそり仲間に入った感じで。


「つまり、王も教会もよっぽど俺たちが邪魔だって事か」

「魔王を迎え入れるまで待っていた辺りで、王の手先か教会の暗部としか考えられなかったですが、両方とはね」


つまりみんな、あの嫌な視線は王か教会だとわかってたんですね。魔王の視線かも、とか思ってたのはあたしだけだったのですね、ふーん。


だって、しょうがないじゃん。あたしは特別頭が良いわけでもない、ただの元女子高生で今は猫なんだから。

と、思って今も女子高生兼聖女さまの安藤さんを腕の中から見上げると、ポカンと口をあけていた。

「えええっ!?じゃあ私たち、王と教会から命を狙われてたの?あんなに私たちだけが頼りだって持ち上げといて?」



ああ、安藤さん。あたしの癒し……。




そしてね、あたしは高田君にお礼を言わないといけないの。


あたしは安藤さんの腕からズリンと抜け出した。

ええっ!?、と声をあげる安藤さん。


ごめんね。でもね、高田君にお礼を言いたいの。


あたしは高田君に駆け寄って、その膝にジャンプした。

高田君は驚きながらもあたしを抱えあげてくれた。


あのさ、あのさ、


あたしは一生懸命鳴いた。

あたしの言葉が伝わってるのかわからないけど、伝えずにいられなかった。


安藤さんのために、あいつらを殺さないで済むようにしてくれてありがとう。


高田君ももちろんだけど、魔物の浄化ならともかく、人間相手に戦うのはやっぱりあたしたちには無理なんだよ。

だって相手は生きてる人間だもの。


例え自分が手を下さなかったとしても、目の前で死んじゃったとしたらやっぱり耐えられなかったと思うんだ。


あたしは高田君の腕にしがみついて、一生懸命鳴き続けた。


だからね、お礼を言おうと思ったの。

安藤さんの心を守ってくれてありがとう。


高田君は目を見開いて、それから見とれる程のとても優しい目をして笑った。

ーー俺は、お前のことも護ったつもりなんだけどなーー


そう聞こえたのは、空耳だったのかな?






「さあ、みんなどうする?」

と、高田君がみんなを見渡した。

「俺たちを虚仮にしてくれた王と教会をどうしたい?」


みんなは顔を見合わせた。


「俺たちには『神の祝福(まおう)』がいて、勇者(おれ)がいて聖女と聖猫がいる。魔物を操ることもできる。連中に、一泡吹かせたいとは思わないか?」



高田君は悪戯っぽく笑った。

ここまでお読み頂き、ありがとうございました。

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