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にゃんの華麗なる猫パンチ

あんどぉさん、あんどぉさーん。


あたしは頭をグリグリと安藤さんの胸に擦りつけ、鳴いた。

「どうしたの?にゃん。今朝は随分甘えたさんね」

昨日なんか変な夢見たんだよ。変だったの。でもあたし帰るわけにはいかないんだもの。

なんかあたし、猫になってからどんどんダメになってない?人間としてさ。

いや、猫だからいいのか?

わかんないからもういいや。


安藤さんはグズってしがみつくあたしを、優しいリズムで揺すり続けてくれた。それはとても気持ちよかったのだけれど、昨日の夢とはなんか違う、と思ってしまったのだった。






さあ、気をとりなおして、今日こそ魔王城の攻略だ!



昨日と同じように、魔物の一匹も現れない城の中を誰かの視線を感じながら進む。

昨日と同じ通路を、昨日はあちこち調べながら時間をかけて進んだのだけど、今日はザクザクと、大胆に、脇目も振らずに進む。


先頭を進む高田君がなんだか焦っているように思ったのは、あたしだけじゃなかったみたいだ。

また遅れがちになりつつある安藤さんを見て、ゼスさんが高田君に声をかけた。

「なぁ、ちょっと待てよタカダ」

振り向いた高田君に、もう少しゆっくり…、と言いかけたゼスさんは、安藤さんに遮られて目を丸くした。

「いいのよゼスさん、ありがとう。でも私たち急がないと。私頑張るから!」


どうやら安藤さんも密かに焦っていたようだ。

でも昨日までと状況は一緒だよね?何で急に焦りだしたの?


ゼスさんは困ったように頭をポリポリかいた。

痒いわけじゃないと思うよ。きっと手の持って行き場所がなかったんだろう。


「…ええとなぁ、こないだから思ってたんだが、あんたたちがそうやって先を急ぐのは、早く元の世界へ帰りたいから、なのか?昨日言ってたように、一人だけ歳をとるから?でもそれは問題ないって話だったよなぁ?」

ゼスさんは最後の方を、ソルハさんに確認するように振り返った。

ソルハさんも頷く。

「ええ、もちろん何の問題もありません」


あたしたちは、彼らが何を言いたいのかわからず戸惑った。

二人の焦り方はともかくとして、早く魔王をなんとかしないと、この世界が大変な事になるんじゃないの?


「そりゃ時間がかかりすぎるのはよくないけど、ここ暫くは素晴らしい勢いで進んできたんだし、折角の何十年に一度の魔王なんだから、もう少し余裕を持ってもいいんじゃないかな?」


ユトさんの言葉に、あたしたちは唖然とした。

え?そういうノリなの?



「ごめん、『折角の』の意味がわからない」

困ったような高田君。

うん、気持ちはわかる。単語の意味じゃなくて、そういう単語が出てくる状況がわからないんだよね。


ソルハさんがいぶかしげに言った。

「召喚された時に、大司教様からお話があった筈ですが、どのような、とお聞きしても?」

高田君と安藤さんは顔を見合わせた。

「魔王が復活してあちこちに魔物が出現しているから、魔物を浄化しつつ魔王城を目指し、魔王を倒してほしい……って言われたわ」

「この世界の者に魔王は倒せないから、異世界から来た俺たちだけが頼りだ、って言ってましたね。それと、魔王を倒さないと元の世界に戻れない、とも」

「ついでにこんなに力の弱い聖女様は聞いたことがない、って言ってたけどね」

ブラック安藤さんが降臨された。

ひぃぃ、あたしで癒されて下さいぃ。

頭でスリスリすると、いつもの安藤さんに戻ってカリカリしてくれたよ。よかったよかった。


「大司教様は失礼な上に、説明不足も甚だしい、と言わざるを得ませんね。王に謁見されたときも同じような感じで?」

二人はまた顔を見合わせて頷いた。


「いくら80年振りとはいえ、杜撰な説明だね。それじゃ勇者様と聖女様が焦ってもしょうがないんじゃない?」


ユトさんの言葉に二人は気まずそうに視線を逸らせた。


違うんだよね?今までだって急いでたんだろうけど、焦りだしたのは今朝からだもの。あたしにはわかんないけど、何かあったんだよね?



「どうやらオレたちの間には、多大なる認識の違いがありそうだな」


ゼスさんが話し始めた。

「これは、オレたちの方の『共通認識』ってやつだ。教会の方ではどうなってるか知らんが、オレらみたいな庶民の間では『魔王の復活』は、一生に一度お目にかかれるかどうかのイベント、祭りみたいなもんなんだ」

「神の気まぐれだから、いつ来るかもわからないんだけどね」

、とユトさん。

「わかってるのは、魔王が復活すると魔物が発生する。勇者、もしくは聖女が魔王を倒せば魔物は浄化されて、神の祝福で満ちる……、って事かな」


声も出ないあたしたち。それってなんか、あたしが思ってたのと全然違うんですけど?

神の祝福って何さ?


「魔王や魔物の姿が毎回違う、ってのは昨日初めて聞いたがな、魔物が発生するってのはわかってる。当然備えもしている。そりゃあ、魔物に襲われて怪我したり、命を落とす奴もいないでもないが、そんなもの野生の獣に襲われるより少ないくらいだ」

「来る途中の街や村でも、そんな悲壮感とか絶望感ってなかったでしょ?むしろ活気があったってゆーか」


そう言われればー!


やたら歓迎されたあれは、お祭りのノリだったのかー!?


ゼスさんとユトさんが代わるがわる説明してくれるそれに、あたしたちはもはや呆然としていた。

いや、あたしは途中参加だし、抱っこされてるだけだからいいとして、良くはないけどいいとして!安藤さんと高田君はここまで必死になって頑張ってきたのに。

それってないわー。


だんだん毛が逆立ってきたあたしに気づいた安藤さんが、ヨシヨシと撫でてくれる。


ご、ごまかされ、ないんだからねっ。


そして、ここまで黙っていたソルハさんが口を開いた。

「教会の不手際については、お詫び致します。この世界を救うために急いでくださったのですね」

そのことばに安藤さんと高田君はまた、気まずそうな表情をした。

「魔王の事についてお話致しましょう。但し、外部に秘匿された情報も混じりますので、他言無用に願います」


みんなは顔を見合わせた。

「オレたちも聞いていいのか?」

「少し離れてようか?」

気をつかうゼスさんとユトさんに、ソルハさんはにっこり笑った。

「お二人とももう当事者ですよ。お伽噺のようなものだと思って聞いて下さい」


お伽噺?



ソルハさんの話は、古い古い時代から始まった。


【昔々、何百年の昔、とても貧しかったこの国に神は祝福を与えられた。

それは人間の女性の姿をしていて、彼女が創造したあらゆる物が、地に満ち、潤し、人々を救った。やがて神の御使いが彼女を迎えに来て、彼女は去っていった】


「全く何の具体性もないこれが、そもそもの始まりです」


【『神の祝福』と呼ばれたそれは、ときに男性であり、子供であり、獣であり、女性であった。

数十年に一度現れ、この国に様々な恵みをもたらした。それはあるときは新種の作物であり、数百年に一度の大豊作であり、空から酒が降ってくる、という奇跡が起きた時もあった。

そして、神の御使いと呼ばれる『異世界人』が迎えに来て帰っていった】


「異世界人は倒しに来るんじゃなくて、迎えに来るのか!?」

「『神の祝福』がなんで今は『魔王』になってるのさ!?」

ゼスさんとユトさんが叫んだ。

自分たちの知ってる話と全然違うから驚いたのかな?


「『神の祝福』が『魔王』になった。それこそが、この歴史が秘匿された理由なのです」


ソルハさんの話は続く。


【『神の祝福』によって、貧しかった国は少しずつ豊かになっていった。そして数百年が過ぎた頃のある時代、王と教会は腐敗していた。腐った権力者は『神の祝福』を何故返さねばならないのか、と考えた。ずっと国に留め置けば祝福の与えられ放題だ、と考え『神の御使い』を召喚せず、『神の祝福』を城に閉じ込めた】


「当時の『神の祝福』が女性の形だったので、妃となるよう強要したようです」


あたしたちは言葉もなかった。


酷いよ。そのくそジジイ。ジジイかどうかは知らないけど、あたしが決めた。そんなジジイ、あたしがそこにいたら成敗してやったのに!!


こうして!こうして!こうしてやるのにっ!!


エキサイトしたあたしは安藤さんの腕から飛び出し、渾身の猫パンチを繰り出した。というか、猫パンチにしかならなかった。




ごめんなさい、みなさん。あたしのショボい猫パンチで癒されないでください。恥ずかしいです。

あと、一人だけ安定の心配目線の高田君。今なんか残念なものを見る目が混じってませんでしたか?

人生が辛くなってくるので、やめてください。……あれ?猫生??


ソルハさんは咳払いして続けた。


【迎えを待って待って待ち続けた『神の祝福』は徐々に壊れていった。そしてとうとう『神の祝福』が、完全に壊れてしまったその日、空から毒虫が降り注いだ。川の水は腐臭を放ち、山は燃え、井戸から泥水が溢れた。教会と王は慌てて異世界人を召喚しようとしたが、間に合わなかった。それらは三日三晩続き、全てが終わった時『神の祝福』は事切れていた】


ソルハさんは、みんなを見まわした。

「これが当時の教会と王が犯した罪です」


あたしは安藤さんにギュッとしがみつき、安藤さんもあたしを抱く手に力を込めた。


「…何てバカなことしやがる」

「いつの時代も、欲の皮のつっぱった奴ってバカなんだな」


其々の感想にソルハさんは頷く。

「全ての事実を教会と王は必死になって隠したのですよ。『神の祝福』に関する書物を焼き、資料を禁書として。100年もすれば、真実を直接知るものは誰もいなくなりますからね」


「それで…『神の祝福』の代わりに『魔王』が現れるようになったという事ですか?」

高田君だった。

「正確には、現れるのは同じものです。見た目は違っていたとしてもね……。

ただ、それは壊れたままなのです。それを『神の祝福』と呼び続ける事はできなかったのでしょう」


あたしたちは息をのんだ。

壊れて息を引き取った『神の祝福』は、壊れたまま復活してくるのだ。


……それが、『魔王』。



「『魔王』は恵みの代わりに自らの城を創造し、魔物を創造します。城を創るのはもしかしたら、王に城へ閉じ込められたせいかもしれません。魔物は自身を守るためと考えられています」


「…じゃあ、私たちの役目はどういう事になるの?魔王を守るはずの魔物をたくさん浄化してしまったわ」


呆然としたまま、言葉を紡ぐ安藤さん。

「構わないのですよ。勇者様や聖女様が魔王を連れ帰ってくださったら、魔物は浄化され『祝福』という名の恵みが残るのです。それは今まで浄化してきた魔物も同じこと」

ソルハさんは優しく安藤さんを見た。

「幾ら備えているとはいえ、魔物が増えすぎるのも困ります。ですので、浄化の力をお持ちの聖女様には行く先々での魔物の浄化をお願いしているのです。浄化の力を持たない勇者様には、短期で決着をつけるため直接魔王城を目指してもらっているようです」


ただ今回は、とソルハさんは言った。

「お二人というイレギュラーな事態だったため、こんな中途半端な事になってしまいました」


沈黙がおちた。


あたしたち異世界人にとって、考えられないような話だけど、この世界の人にとっても今までの常識がひっくり返るような話だったみたいだ。


誰も口を開く者はいない。


あたしはなんだか心細くなってきてモゾモゾした。あたし何のためにこの世界に来たんだろう。困ってる、苦しんでいる人達を助けたい、と思ってたけど、それがお祭りだったって言われてもなぁ。


安藤さんがモゾモゾするあたしに気づいて揺すってくれる。

でも……なんか違うんだ。


あたしは高田君をジッと見つめた。

昨日の変な夢であたしをゆらゆらしてくれたのは高田君だった。


なんだか、必要だ…って言われてるみたいで安心したんだ。



その時、


高田君がこっちを見て、視線がバッチリ合ったその瞬間あたしは安藤さんの腕を飛び出し、高田君がさしのべた手にすがりついていた。

読んでいただき、本当にありがとうございます!

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