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にゃんの華麗なる夢

たいくつたいくつ、ここは退屈だわ面白いものが何にもない、足りない。

鬱蒼とした森の中で唐突に私は存在した。


過去も何もなく突然現れた存在に空気が軋み、空間が裂け、空中から歪みが溢れる。

ただの森だったその場所は創世の場へと変貌していた。


ふと私に寄り添う影に気づく。


黒い獣。

しなやかな体躯に漆黒の鬣。見上げるほどに大きい。


仲間だ、と不意に感じた。



退屈は何処かへ消えた。




城が必要だ、と誰かが囁いた。

そうね、必要だわ、ならあれがいいわ。

思いついたのは白く輝く美しい城。イメージはパッと浮かんだ。何処かで見たような?どこだっけ。

城の中は?舞踏会を開く大広間。かけ降りる広い階段。あとは何がいる?


問うように黒い獣を見た。

知らん顔をしている。好きにやれということか。

幾つかの部屋をつくり階段をつくり、ああもう面倒くさい。

城はもうあとでいいや。

創りかけでほったらかし、辺りを見回す。花があればいいのに。たちまち茎が伸び蔓が巻きつき深紅の花が咲き乱れる。でもまだ何か足りない。

黒い獣が、うっそりと動いた。


コオオァァァァァ

大きく口をあけ喉の奥から障気を吐きだす。

澱んだ気で充満した空間に魔物が涌いてでた。


嫌だ!これは嫌だわ、かわいくない。この城にこれはいらない。

私はジトリと黒い獣を見た。

いらないいらないいらない。

小鬼(ゴブリン)人喰い鬼(オーク)骸骨(スカル)火竜(サラマンド)虫鬼(ワーム)怪物像(ガーゴイル)

次々と涌き出る魔物。

形をとるや否や、城から飛び出て散っていく。何処へいくつもりなのか、戻って来なければいいのに。

私の城はもっとかわいいものでもっともっと埋めつくさなくては、ああもっともっともっと。



けれど、高揚した気分はあっという間に墜ちていく。


足りない。たりないたりない。


何が足りない?







◇◆◇◆◇◆





あたしは今、自分が何を間違ってしまったのか一人反省会を絶賛開催中である。


高田君を癒してあげようとマッサージを試みた、までは間違っていなかった筈だ。


そのあとか?


マッサージの筈が、いつの間にかダンスのステップを踏んでいたのが不味かったのか?


みんなが爆笑する中、高田君は不意に飛び起きて、勢いよくほりだされたあたしを空中でキャッチした。

いきなりの事に固まっているあたしを腕の中に納め、人が我慢してりゃいい気になりやがって、と獰猛な顔で言いがかりを呟いた挙げ句、何故かあたしは彼の胡座の上でホールドされている。



高田君は、自分の左腕にあたしの両前肢をちょこんと乗せ、胡座のど真ん中にあたしのおしりを置いて右手で頭をずっと撫で続けているのだ。なぜに頭?

あと、時々あたしの首筋に鼻を埋めてスンスンするのもやめてほしい。

ずっとお風呂入ってないんだから。


でもなによりも、あたしの白い腹が皆様の視線に曝されて、いや猫だからいいんだけど、でもやっぱり元女子高生としては、この大股開きのポーズは如何ともし難い。

……なので、


そろそろ失礼しまーす!

あたしはズリンと身体を滑らせ、腕のホールドから脱け出し速攻で安藤さんの元へ逃げ帰った。

「おっかえりぃ、にゃん!」

満面の笑みで迎えてくれる安藤さん。

何故か男共3人に順番に肩を叩かれ、慰められてるっぽい高田君。


もしかしてステップのときにうっかり爪が出ちゃったのかな?痛かったのなら、ごめんね?

今日のマッサージは失敗したけど、きっとリベンジするから背中鍛えて待っててね。









「そもそも、この世界に現れたこの世界の魔王を、異世界から召喚した者しか退治できないというのがおかしいとは思わないか?」

高田君はそんな言葉で始めた。


彼の感じた違和感は、そんなところから始まったのだという。

「世界は環の中で閉じている。この世界で生まれた魔王なら、この世界の中に倒す鍵がある筈だ、と俺は思う」


「『異世界人の召喚』という手段も含めての環の中じゃないのか?」

ゼスさんの言葉に、今度は安藤さんが言った。

「でもゼスさん、例の『共通認識』は恐らく魔王にとっても『共通認識』だと思うの」


例の『共通認識』というのは、『お菓子の城』、『エイリアン』、『ノイシュヴァンシュタイン城』、又は『シンデレラ城』の事だろう。

あたしたち日本人は、このキーワードでおおかた同じようなものを連想できる。

安藤さんは『魔王』もこのキーワードで同じものを連想しているのではないか、と言っているんだ。


実はあたしもそれはチラリと考えた。

でもそうすると、それはとても怖い考えになってしまう。

あたしたちと同じ日本から何らかの手段でやって来た、或いは連れてこられた人が魔王となり、世界を滅ぼそうとしているとしか考えられないもん。

何十年に一度、日本人が異世界を滅ぼすためにやって来る、とかなんだそれ。SFやファンタジーにしても出来が悪そう。



「まだあるぞ。この世界と俺たちの世界は恐らく時間の流れが違う」

高田君はみんなを見渡し、続けた。

「俺が読んだ、過去の召喚者の資料。ソルハさんも言ってましたね。全て本人の手書きでした。昔の物は紙やインクこそ古びていたものの、俺でも読めました。でもそれがおかしいと気がついた」

ああっ!あたしも思い出したよ。お城の中でその資料の話を聞いたとき、あたしも変だって思ったんだよね。

だってそんな、200年近く前の人が書いた文章。同じ日本人でもサラサラと読めるとは思えない。


「少なくとも3代前までの召喚者は、俺たちとそう変わらない年代から来ていると思われる。でないと、『共通認識』も成り立たない」

高田君は、例えばの数字だけど、と前置きして言った。

「こちらの世界で1ヶ月を過ごしても、日本では1日もたっていない可能性が高い」


ダメじゃん!!

「ダメじゃん!!」

あたしの鳴き声と安藤さんの声が揃って、あたしたちは顔を見合わせた。

この世界の男たちはキョトンとしている。

高田君は、肩を竦めた。


あたしたちは視線で譲り合い、当然安藤さんが口を開く。だってあたし猫だから喋れないもん。

「私は即日日本に帰る事を希望します!」


慌てたのはソルハさんだった。

「待って下さい、どういう事ですか?」

安藤さんは頬を膨らせてソルハさんを見た。

「だってソルハさん、私だけ年取っちゃうじゃない」

ピンとこない様子のソルハさんに、安藤さんは重ねて言った。

「ソルハさんも言ってくれたでしょう?全てが終わったら、召喚されたその日、その時間に送り返してくれるって」


あ、召喚にはソルハさんが関わってたんだ。教会が主体で召喚したってことかな?

あたしは、安藤さんたちが帰れないかも、という心配がなくなってホッとした。ソルハさんが、帰すって約束してくれたなら安心だよ。


「こっちに来たばかりの時はそんなこと考える余裕なかったけど、でも今言われて気づいたわ。例えばこっちで半年過ごして元の時間に戻ったとしたら、私だけみんなより半年分歳取ってるのよ」

悲愴な顔の安藤さんと呆気にとられた皆さんの顔の対比が凄まじいわ。

安藤さん、無理だよ諦めよう。所詮男には女心はわからないんだよ。


ややあって、ああそれで、とソルハさんは呟いた。

「それで理解できました。なるほど、そういう理由で…」

一人納得した様子のソルハさんを、あたしたちは訝し気に見た。


「すみません、きちんと説明しておくべきでした」

ソルハさんは頭を下げた。色の薄い金髪が、サラリと前へこぼれる。

「召喚者を元の時間へ送り返した時、召喚者の時間も元に戻るのです」

安藤さんが目を見開いた。

「神の御技ですから、聖女さまの仰るような心配はご無用ですよ」

ニコリと笑ってソルハさんは付け足した。

「歴代の勇者様はこの世界を楽しまれる方が多いのに対し、聖女様は皆一様に早く帰りたがられる、と資料に残っていました。男女の違いかと思っていましたが、そういう理由もあったのかもしれませんね。これは今後の参考にすべきでしょう」


そのとき高田君が口を開いた。

「ソルハさん、資料は禁書庫だと言っておられましたね」


そうだ!確かにお城の中でそう言ってた。あたしを含め、みんなの視線がソルハさんに集中する。


ソルハさんは気まずげに顔を逸らした。

「聖女様があんまり可愛らしい事を仰るので、つい口が滑りました」

うんうん。安藤さん、可愛いよね!わかるよ。


「……資料が禁書庫というのは本当です。私に閲覧権限がないというのもね。けれど私は生粋の教会育ちですので、色々裏道を知っている、ということです。禁書庫の中身は10年ばかり前には全部読んでいました」


隠していて申し訳ない、とソルハさんは再び頭を下げた。

「けれど、それをいわれるなら王宮の資料も同じ扱いを受けている筈。いくら勇者様とはいえ、そう易々と見られるものではないと思いますが?実際聖女様は見ておられないのでしょう?」


今度は高田君が目を逸らす番だった。

「まあ、協力者がいた、とだけ言っておきます」


なんかみんな、往生際が悪いなぁ。全部ぶちまけてしまえばいいのに。

あたしは安藤さんの腕の中でため息をついたのだった。




「俺の予想が正しければ、恐らく魔王と戦う必要はない、と思う」

高田君は逡巡しつつ言った。

「確実ではないから、用心に越したことはないけど」


高田君の頭の中では一体何がわかつてるんだろう。正直あたしにはちんぷんかんぷんだ。

安藤さんはわかってるんだろうか。

二人がちゃんとわかってるなら、あたしは二人についていくだけだよ。

大丈夫、信頼してるから。

あたしは、ふわあああと大きな欠伸をしてみんなの地鳴りのような『可愛い』コールを聞きつつ寝てしまった。

だって疲れてたんだよ。ダンスもしたしね。









ゆらゆら


ゆらゆら


穏やかで気持ちいい



あたしをゆらゆら


揺する大きな手




なんであんたがここに来たのか、来てくれたのかわからないけど、全部終わったら、俺たちと一緒に帰ろう。



これは高田君の声?


ゆらゆら



心地のいいリズムの中で


ゆらゆら揺られてあたしは答える


無理だよ。だってあたし、


戻ったら死んじゃうんだもん。



夢の中でも猫語とか


融通きかないなぁ神様



あたしを揺する手がとまって


身じろぎしたらまた揺れだした



それはきっとあんたの勘違いだと思う。


また高田君の声



そんなことないよ、だって、


あたしちゃんと聞いたんだから。


病気なんだよ…。





それはきっと間違いだから、帰ろう。


帰ってあんたがいなかったら、きっとあんどうが悲しむ。



俺も、


だから。

なぁ、みやの…、帰ろう。



ゆらゆら


変なゆめ…


高田君があたしの名前知ってるわけないのに



でも


誰かがあたしを必要としてくれる


なんて幸せで、悲しい夢




ゆらゆら

読んでいただいて、ありがとうございました!

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