いろいろ順番を間違えてるあたしと彼の話
とても間があいてしまいましたが、読みに来て下さってありがとうございます。
少しでもお楽しみ頂ければ嬉しいです。
あたしが昼休みに中庭に行かなくなってから3日が過ぎた。
体育祭での、実行委員会&生徒会主催の競技が漸く決まり、高田君たちは昼食もそこそこに打ち合わせで集まったり、保護者の参加を募集するプリントを作ったりと大忙しみたいなんだ。
そんな訳で高田君から、しばらくは昼休みも忙しくて会えない、って言われたあたしは、またミサキやサチと一緒に食堂に通うようになっていた。
でも一昨日、久しぶりにミサキたちと食堂にやって来たその日、少なくともあたしにとっては衝撃的な事実が発覚する。
それは、あたしのお弁当袋の中身の事だった。
高田君は前に、中庭の幽霊のお祓いを先生に頼んでくれるって約束してくれたんだけど、それはいつになるかは分からない、とも言われた。今は学校中バタバタしてるからね。
だからあたしはお弁当の袋の中に、例の幽霊撃退グッズをずっと入れっぱなしにしてた。
そう。
今日から食堂だって分かってたその日も、ついうっかりそのまま。
そして席料代わりの唐揚げを買ってきたあたしが、さあ食べよう!とお弁当箱を取り出した途端、その1つが床に転がり落ちた。
隣に座ってたサチが、なんか落ちたよ?と拾ってくれる。
「あっ、ごめん、ありがと」と、割り箸で作製した歪な十字架を受け取ったあたしに、サチは不思議そうに言った。
「……みゃんちゃん。訊いてもよければそれって何?」
「え!?なになに?」とテーブルの向こうからミサキも覗き込む。
それであたしは、この前中庭で高田君に披露した時のように、テーブルの上にそれらを並べて見せる羽目になったのだった。
二人はなんとも言いがたい、酢を飲んだような顔をした。
「これは…ニンニク?」
「そう!国産は高いからこれは中国産なんだよ。でもちょっと萎びてきたし買い換えないとダメかな。やっぱり新鮮な方が効き目ありそうな気もするし」
「ーーー効き目……」
「……この瓶のは?」
「塩だよ、台所にあったやつ」
般若心経を手に取ったミサキは、そのままそっと戻した。
サチが十字に組んだ割り箸をつつく。
「もしかして、これは十字架……って奴かな?」
「あ、やっぱり分かる?定番だもんね!」
「いや。多分、形だけじゃ分かんなかったね……」
二人は顔を見合わせた。そして同時にあたしの方を向いた。
「「どういう状況でこれが必要になるの?」」
相変わらず見事にハモってます。
でもお祓いの事は内緒って高田君と約束したから言えないんだ。ということは、幽霊の話もできない、って事なんだよね。
「えーっと、そこら辺は秘密って事で…」
だから、あたしはちゃんとそう言いかけたのに、二人はあたしの話なんか聞いちゃいなかった。
「もう、お弁当の袋で持ち歩いてるって辺りで想像がつくね」
「要するに昼休みって事だよね」
ええっ!何でそんな事で分かっちゃうの?
「それで問題は幽霊か、吸血鬼か?」
「中庭で吸血鬼は有り得ないでしょ」
「でも、それにしたって…」
二人はあたしの方を向いた。
「中庭に幽霊が出るなんて、聞いたことないんだけど?」
「でも出るって聞いたんだもん」
あっ、しまった言っちゃった……。
慌てて口を押さえるあたしを見て、サチとミサキは同時に吹き出した。
二人とも酷いよ。
「言ったらダメだったの?」
まだ半分笑ってるミサキの言葉にコクコクと頷くあたし。
「どうせ相手は生徒会長様でしょ?なら、それはいいや。でもこれだけは気になるんだけど、なんで幽霊にニンニクと十字架なのさ?」
「あれ、違った?」
「みゃんちゃん、これもしかして生徒会長様にも見せたの?」
「何も言われなかった?」
「見せたけど、何も言われなかったよ?」
うん、確かに何も言われなかった。ちょっと慈愛に満ちた生あったかい目で見られただけだ。
あと、何でかキャッチセールスの怖さについて熱心に語り、クーリングオフという制度についても詳しく教えてくれた。何をするにも必ず相談しろ!とのお言葉付きで。
あたしの言葉に二人は顔を見合わせた。
「なんでこの怪しい品からキャッチやクーリングオフの話になるのかはわからんけど…」
「少なくとも、みゃんちゃんの取り扱い方はよく解ってるよね」
ーーーなんか失礼な事を言われている、ってのは解りマス。
そしてあたしは昼食後、あたしのささやかな勘違いについて、ミサキとサチから懇切丁寧かつ簡潔な指導を受けることになったのだった。
その日の夜、あたしが高田君にメールで抗議の文書を送ったことは言うまでもない。
『ニンニクや十字架は幽霊には効かないって知ってたんなら、その場で教えてくれたら良かったのにっ!』
それに対して、彼からの返事はいつもの如く。
『あんまり可愛くて、いつ気がつくのか楽しみにしてた。どうせなら俺の前で気づいてくれたらよかったのに。残念(>_<„)』というドSなものだった。
返事を読んだあたしが不貞腐れても仕方ないと思う。
そして、あたしのお弁当袋の中からニンニクと十字架が姿を消し、更に2日が過ぎた。
今日の食堂での話題は週末の事だ。
今週末の日曜日、あたしと高田君は初デートなんである。
実は4日前の中庭で、しばらく昼休みに会えなくなる、って話を高田君から切り出された時に、彼がものすごく悲壮な顔つきだったんだ。
それでどんな大変な話を聞かされるんだろう、って緊張してたらそれだったからさ。安心して思わず笑っちゃったら、盛大なため息と一緒に膝抱っこからのギュッからの、耳朶をはむっと甘噛みっていうフルコースに襲われた。
もちろん高田君にとってのフルコースだ。
今までに耳朶や頬を舐められたことは何回もあったけど、甘噛みされたのは初めてだった。吃驚して耳を押さえて騒いだら、しばらく会えないと思ったら我慢できなかった、ってしょぼんとした顔で謝られて、もう笑って許すしかなかった。
あたしってば、どんだけ彼に甘いんだろうね。
それでその時に、今週末の日曜日にデートしよう、って約束したんだよ。
今日はもう金曜日だから、明後日には初デート。
これまで平日はずっと毎日のように顔合わせてたし、今だって1日に何回かはメールのやり取りをしてるのに、学校以外の場所で会うって考えただけで妙に緊張するのはなんでかな。
「それで何着ていくの?」
「いやいや、先ずは何処に行くの?」
あたしは食後に席料のチュロキーをかじりながら、興味津々のミサキとサチに答えた。
「うん、朝日が丘に行こうかなって」
「おー、遊園地ね」
「定番だね」
「なんかね、絶叫マシンでスカッとしたいらしいよ?」
朝日が丘遊園は、この辺りでは初めてできた室内型の遊園地だ。そんなに大きくはないけど、電車で20分位の朝日が丘駅から直結だから雨が降っても関係無いし、手頃なデートスポットとして定番になってる。あたしは中学のときにかのちゃんと行ったきりだけどね。
「服はねー、明日しーちゃんと買いに行くんだ」
あたしがそう言うと二人は目を丸くした。
「安藤さんと?土曜はバイトじゃないの?」
「うん、新しい服買おうかなって話してたら、たまたま明日は夕方からのシフトだって言うから、じゃあ一緒に買いに行こう、ってなった」
「あー、じゃあ丁度いいんじゃない?」
あたしが、何が?と首を傾げると、サチが言った。
「今月、安藤さんの誕生日でしょ。何か欲しいものがないか、こっそりリサーチしてきてよ」
「あ、なるほど。りょーかい」
今年の誕生日のプレゼントは個別じゃなく、みんなでお金を出しあって買おうという事に決めていた。
しーちゃんはそのトップバッターになる。
実はしーちゃんの喜びそうなものには心当たりがあるんだけど、念のためリサーチもちゃんとしておきますとも。
「それにしてもみゃんちゃんの『しーちゃん』呼び、すっかり定着したね」
「そだね、何かきっかけでもあったの?」
きっかけはあったけど、それはあの異世界転移があっての話で高田君以外誰にも言えない事だ。
だから適当な理由をでっち上げた。
「しーちゃんが1年の時『みゃんちゃん』って呼びだしたら、回りもみんなそう呼んでくれるようになったからさ。あたしも『ちゃん』付けで呼んでみようと思って」
「実験か?」
「あー、でもいいんじゃない?安藤さん、見た目はお嬢様な委員長タイプだからつい名字で呼ぶようになってたけど、実物は委員長からは程遠いもんね」
「固いとこなんてないしさ」
「誕生日からあたしらも『しーちゃん』に変える?」
「いいっ!それ!」
「安藤さん、どんな顔するかなぁ」
楽しみがまた1つ増えた。しーちゃん、喜んでくれたらいいなぁ。
そうして土曜日のしーちゃんとの買い物デートも終わり、あたしはいよいよ日曜日の朝を迎えた。
約束は駅前に8時半だから、8時過ぎに家を出たら充分間に合う。それなのになんと6時前から着替えて準備して、我ながら気合い入り過ぎかも。
緊張して早く起きすぎた、ってのが真相なんだけどね。
時間をもて余していつもより長くお焦げの散歩に付き合ったけど、帰ってきてもまだ7時半だった。
家に居ても落ち着かないし、早すぎるけどもういいや。ゆっくり歩いていって、向こうで待ってた方が気が紛れるだろう。
そう思って、待ち合わせの駅前まで殊更ゆっくり歩き、それでも約束より30分も早く着いちゃったのに、駅の柱のとこに何故かスマホを弄る高田君が!
慌てて駆け寄って、ごめんね待たせた?あたし時間間違えちゃったのかなっ!って謝ったら、高田君も吃驚した顔で時計を見て、なんでこんなに早く来たんだ?って言った。
それであたしたちは、二人とも同じような理由で早く着いたんだと分かって笑いあったのだった。
初めて見る私服の高田君は、白のTシャツに黒のアンクルパンツ。胸元にはゴールドのペンダント。グレーの薄い生地のパーカーを引っかけている。足元は黒のモカシン。
シンプルな服だけど、異世界のコスプレっぽい服と制服しか知らないあたしにはとにかく新鮮だし格好いい。
そう思ってガン見してたら、あたしもガン見されてた。
あたしが着てるのは生成りっぽい生地のゆるい長袖カットソーにモカブラウンのサロペット。昨日しーちゃんと買ってきた服だ。
足元はサンダルだけど、足首をベルトで留めるからコースターに乗っても脱げる心配はない。
自分ではまあまあかな、と思うんだけど…、と高田君の反応を窺うと。
「パジャマと制服以外の宮野って初めてだ」
そう言って嬉しそうに笑うから、またおんなじ事考えてるよ、って可笑しくなった。
そうして、さあ行こうか、ってなったとき、高田君がスッと手を差し出した。
「手、繋いでいい?」
びっくりして見上げると、照れくさそうにそっぽを向いて、許可がいるんだろ、って言う。
いつの話だーっ!?って思ったけど、よく考えたらあたしたち今まで、手…繋いだ事なかったっけ?
いつもナチュラルに膝抱っこされてるからマヒしてたけど。
一瞬触れたりとか引っ張られたりとかはあったかもだけど……。
うん、確かに手を繋いで歩いたことって、ないんだ。
呆然としてるあたしに、高田君はずっと手を出したまま待っててくれてる。
そしたら思い出した。
こんな事、前にもあったって。
あの時は異世界で、あたしは猫で。
崩れかけたお城から脱出する時に、やっぱりこうして手を差し出してくれてた。
あたしは高田君を見上げた。
あの時と同じ、ちょっと不安そうな顔。
「ねぇ、あたしたちってさ、なんか色々順番がグチャグチャだよね」
あたしが笑ってそう言うと、高田君も少し笑った。
「何しろまともに知り合ったのが異世界だからな。しょうがない」
そうだね、知り合ったのが異世界でなければ、手を繋ぐ前に膝抱っこなんてあり得ない。
一人でクスクス笑うあたしに、高田君は焦れたように返事を促す。
あたしがちょっとはにかみながら、どーぞデス…と手を差し出すと、彼はそっとあたしの手を取って、蕩けるように甘やかに微笑ったのだった。
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございました!
実は『聖女さま~』をお休みしてた間にこっそりと、『魔法使いの弟子から嫁にジョブチェンジ』という話を連載しておりました。
私の大好きな異世界トリップもので、本編完結済み。気が向いたときに番外編を更新しております。
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