あらゆる意味であたしを心配してやまない彼の話
今回最初の方に、別の人視点が少しだけあります。
放課後、廊下に出てきたその人を呼び止めた。
下級生が何の用だ、と周囲の視線が刺さる。
「君たちは?」
事務的なものだとはっきりわかる、温度の低い声。素っ気ない口調。
「宮野あかりの友人Aです」
「同じくBです。みゃんちゃんの事でお話があって来ました」
ビビりながら彼女の名前を出した途端、明らかに空気が変わった。
「ああ、いつも宮野と一緒にいる……」
どうやら私たちを見知っていてくれたようだった。
場所を変え、用件を済ませたあと帰ろうとすると、さっきは悪かったね、と謝られた。
最初の対応の事だろう。
「ちょっと勘違いしたもんだから」
「告白されるとでも?」
「こらこら、ミサキ」
サチが慌てて私の袖を引っ張る。
「否定はしないよ。世の中にはチャレンジャーが多いみたいだ。何故かここ最近、特に」
可能性が0%という意味か、それとも自分を卑下しての言葉か。
どっちの意味のチャレンジャーだろう、と思ったけど口には出さなかった。
苦笑する奇跡の生徒会長様は、すっかり柔らかい雰囲気を纏っている。
これがみゃんちゃん効果だとしたら、ーーそれ以外考えられないけど、大したもんだと私は舌を巻いた。そして、それもわからずに特攻をかけるチャレンジャーたちに、内心手を合わせておく。
「宮野をこれからも頼むね」
と微笑む彼に会釈し、私たちは辺りを気にしながらそそくさとそこを離れた。
安藤さんとクラスが離れてからは私たちが保護者のつもりでいたけど、いつの間にか彼にチェンジしていたのだなぁ、とぼんやり思った。
「はい、それでは次の質問です!どーして高田君はいつもあたしの方ばかり見てるのでしょーか?あたしが高田君の方を見ると、必ず目が合うんだよ。絶対ずーーっとこっち見てるよね?」
「えーっと、ほらお前、向こうじゃずっとパジャマだったろ。パジャマ以外の服が珍しくて、ついな」
にこにこして言われた。
珍しくて…って、ただの制服だよ?これ。だったら私服だとどうなるのさ?
あたしはため息を飲み込んだ。
いつもの昼休み、いつもの中庭での会話だ。
ズルしてた高田君に何でも答えるって約束してもらったから、あたしの知りたい事をせっせと質問中なんである。
けど、ちゃんと答えてもらってる筈なのに、どこかはぐらかされてるように思うのは気のせいか?
「はい、それでは更に次の質問です!どーして高田君は、あたしが食べてるとこをいつもいつも熱心に見つめているのでしょーか?」
同時に食べ始めても断トツで向こうが先に食べ終わるから、ジッと見られてめちゃめちゃ食べにくいんだよ。
「……そりゃ、アレだろ。食べてる口許がエ……、いや。お前向こうの世界じゃ全然飲んだり食べたりしなかったから、ちゃんと食べてるの見たら安心するっていうか…」
あの時は随分心配した……、と目を伏せて言われた。
ぐぬぅ……。心配かけてた自覚があるだけに、それを言われるとね!
「じゃあ、次の質問です!」
「まだあるのか?」
「これが最後っ!」
あたしは彼の膝の上から、彼の制服の襟を掴んで言った。
「どーしてあたしは、いつもいつもいつも気づいたら高田君の膝の上にいるのでしょーかっっ!!」
異世界から帰ってきて、猫から女子高生へと無事転職を果たしたあたしには、人に言えない悩みができた。
高田君とお昼休みを過ごすようになって、ベンチに並んで座ってて、ふと気づくといつの間にか、ナチュラルに膝に乗せられてたりするんだ。
向こうに居たときは猫だったからね。膝抱っこはデフォルトだったけど、こっちの世界でそれはないと思うんだよ。
あっ、今もう人間だった!って思い出すたびに恥ずかしくなるでしょ?膝抱っこなんて、子供じゃあるまいしさ。
いつの間に膝に乗せられてるんだろう、と思って意識するようにしてたら、キュッと腕を引かれて膝裏に腕を回され、フワッてしたらもう彼の膝の上だった。
いったいどんな裏技使ったの?
向こうでなら、見た目は人間でも重さは猫レベルだった、っていうからわからないでもないけど、今はちゃんとそれなりの体重はあるからね。そんなキュッフワッで隣の膝に移動できるような軽さじゃない筈だよ?
そう言ったら彼は、重さは感じるけど吸い寄せられるように、スルンと身体を寄せてくるから全然気にならない、と仰った。
それは、私の方から膝抱っこされに行ってる、って事か?
あり得ん。
あたし的には高田君がムキムキだからだと思いたくて、上着を脱いで腕捲りして見せてもらった。
ってゆーか正確にはあたしが上着を毟り取ったんだけど、綺麗に盛り上った筋肉に血管の浮いた腕は細マッチョとでも言うべきもので、ゼスさんみたいな、いかにもって感じじゃなかった。
でもその腕はあたしの腕とは全然違ってて、ついペタペタ撫で回してたら、急にトスンと膝から下ろされてしまったのはなんでだろう。
下ろして欲しい時は、腕を撫でればいいってことかな?
え?
無自覚天然娘、ってあたしの事ですか???
「とにかく、宮野が横に来ると条件反射で引き寄せてしまうんだよな。そのうち(お前が)慣れてくるから、それまで我慢しろ」
制服をちゃんと着直した彼に、すっごい笑顔で言われた。
でもあたしも恥ずかしいくせに嫌じゃないから困ってるんだよ。このままじゃいつかの『お触り禁止令』みたいに、なし崩しになりそうでさ。
「ホントに早く慣れてね?もうあたし、いっぱいいっぱいなんだよ?」
再び乗せられた彼の膝の上でそう返したあたしは、彼の言葉の中にカッコが混じってたことなんて、もちろん気づいていなかったのだった。
「じゃあ次は俺が訊いてもいい?」
続く高田君の言葉に、あたしはキョトンと彼を見上げた。
「いいけど、何?」
「さっきから気になってたんだけど、これ何だ?」
彼が指差したのはあたしがお弁当箱を入れてる手提げ袋………、から覗いているあれこれだ。
おお、よくぞ気づいてくれました!と、あたしは笑顔でそれを披露した。
高田君とあたしはそれぞれベンチの両端に座り、真ん中にそれらを並べていく。
小さいジャムの空き瓶に詰めた白い細かい結晶。ーーー塩だ。家の台所から拝借してきた。
それから、ビニール袋にいれたニンニク。中国産。
国産のは鬼のように高くて、スーパーの棚の前で目を剥いた。大丈夫、きっと幽霊には産地なんて関係無い筈。
そして、割り箸を二本組み合わせて紐で括った十字架…らしきものと、100均のレジ横で見つけた手の平サイズの般若心経。
だって高田君が早くここに着いてる謎は解けたけどさ、幽霊はまだ解決してないんだよ。
もう生徒会室は使ってないから窓も開いてないし、いざってときそこから逃げる訳にもいかない。
なら、足止めできる何かが要ると思うの。十字架は、ホントは雑貨屋さんに可愛いペンダントのがあったんだけど、うちの学校はアクセサリー禁止だからね。割り箸で作成してみました。
「ほらほら、これだけあれば完璧じゃん?」
得意気に彼を見遣ると、なんとも言えない微笑ましげな表情を浮かべていた。
なんというか、すごくバカな事を大真面目にやってるちっちゃい子を眺めてるみたいな、慈愛に満ちた顔つき?
何で?
首を傾げるあたしに、彼は言った。
「わかった。宮野がそんなに怖がるなら、先生に頼んでこっそりここをお祓いしてもらおう」
「えっ!?そんな事できるの?」
お祓いって、霊能者を呼んでお経や祝詞を唱えてもらうアレだよね?ホラー漫画じゃ定番のやつだ。
「でも誰にも内緒だぞ。学校っていうのは、そういう事には保守的なんだ。表向きには幽霊なんて絶対認めないし、お祓いなんて事もしない」
うんうん、それも定番だよね!
「わかった!誰にも言わないから、早急にお願いしマス!あ、でもさ」
広げた幽霊撃退グッズを片付けつつ、あたしは言った。
「ちゃんとお祓いしたよ、って言ってあげないと、みんな怖がったままなんじゃないかな?」
ここから逃げるように去っていった、ツンツン頭の彼氏とその彼女とかさ。
どこの誰かわかんないし、あたしの推測だけど、あの二人はきっと付き合ってると思うんだ。
そしたら今度は高田君が首を傾げた。
「もしお祓いしたって噂にでもなったら、昼休みここにも人が来るようになるかもしれないぞ」
「待って!それは困るっ!」
即答だ。少なくとも膝抱っこが改善されるまでは、絶対誰にもここに近づいて欲しくない。
いつの間にかまた乗せられてる彼の膝の上で、あたしはプルプルと首を振った。
「俺、お前がちょっと……かなり心配かも」
あたしを膝に乗せたまま、高田君がポツリと呟いた。
「へ?」
「キャッチセールスとか、本当気をつけろよ?うまい話なんて世の中にはないんだぞ。何かあったら必ず相談しろよ?」
突然噛んで含めるようにそんな事を言い出した高田君は、一体何を心配してるんだろう。
「うん?自分が騙されやすいって自覚してるから、気をつけてるし大丈夫だよ?」
彼にギュッてされながら、あたしは内心首を捻ったのだった。
「あっ、アラームだ!」
鳴り響くメロディに、あたしは彼の膝からスルンと飛び降りる。この時ばかりは邪魔されないので、簡単に降りる事ができるんだ。
予鈴がなってからじゃ間に合わないから、ケータイにアラームをセットしてるんだよ。
今は本鈴の10分前。
「早く戻ろ?」
「ああ」
あたしはお弁当箱を入れた手提げを抱え、彼と歩き出した。
昨日病院で診察してもらって食事制限もなくなったし、走ってもいいんだけど、なんとなく並んで歩いて帰る。
高田君の教室は一階だけど、あたしの教室は二階だ。校舎の表まで回って中央階段のところで別れ、階段をかけ上がった。
廊下に出たところで、また誰かとすれ違いざまに腕をぶつけてしまう。
「あ、ごめんなさい!」
反射で謝ると、
「俯いて走ってるからでしょ!調子に乗ってるんじゃないわよ!ちゃんと前、見なさいよねっ」
と小声でいつもの言葉が返ってきた。
それで顔を見ると、松尾さんだった。
何でだか、ここしばらくやたら彼女にぶつかるんだよ。
何日か前、渡り廊下でぶつかった時にたまたま見てたサチが、あれは3年の松尾さんだね、と教えてくれた。
高田君ほどじゃないけど、美人のお嬢様で有名なんだって。
それからなんとなくでも顔を覚えられたのは、ぶつかったあと必ず『調子に乗るな』『前を見ろ』って言ってくれるからだよ。
制服じゃなくて台詞もなかったら、きっとわからないけどね。
彼女は言い捨ててサッサと行ってしまい、あたしも本鈴ギリギリで教室に駆け込むと既に先生が立っていた。
「宮野!教室間違えてるぞ」
ギョッとして回りを見回すと、ミサキとサチが手を振っていた。それにそもそも次は現国で、目の前の佐々木先生の時間だ。
からかわれたとわかってムーッと睨むと、こんなギリギリに駆け込んでくる方が悪い、と笑われた。
去年担任だった佐々木先生は、入学式当日先生の顔が覚えられずに三回も自己紹介をしちゃったあたしを、ずーーっとこうして一年間からかい続けて下さった先生で、それはどうやら担任を外れた今年も継続するつもりらしかった。
授業が終わると早速ミサキとサチがやって来る。
「相変わらずサーセン、みゃんちゃんをからかう気満々だね」
サーセンっていうのは佐々木先生の事だ。
「いやもう、あの反応が面白くて仕方ないんだよ。からかい甲斐があるもんねぇ」
そんなもんはいらない。
不貞腐れるあたしにサチが言った。
「最近視線はどう?まだ見られてる?」
「うん、でも前みたいじゃないし、理由もわかったから別に気にならないよ」
あたしをジロジロ見る不特定多数の視線はもう殆どなくなった。
ただホントの事いうと、原因さえ分かれば見られるのは割りと平気なんだよね。もしも話しかけられたら、と思うと恐いだけ。
知り合いか初対面かわからないからさ。
みんな小学生の時みたいに名札を付けてくれないかな、とかなり真剣にあたしは思ったのだった。
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