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あたしをからかう事に生き甲斐を見いだしたのかもしれない彼の話

あたしと高田君が一緒にお弁当を食べるようになったのには、単純明快な理由があった。


二人とも、そして特に高田君が忙しすぎたからだ。


体育祭を控えた今の時期になると、授業の中に体育祭の種目がどんどん盛り込まれてくる。

そこに含まれないクラス単位の応援合戦の練習となると、毎日のように早朝学校に出てこないといけない。

そして学年単位でのダンスの特訓は、まだ見学のあたしも含めて放課後の居残りでやるんだ。


朝早くから夜遅くまでずーっと学校にいる日がしばらく続く事になる。



当然の事ながら、それに輪をかけて忙しいのが生徒会だった。



生徒会の当日までのお仕事は、各クラスから2名ずつ選出される体育祭実行委員を取り纏め、競技の種類を企画したり順番を決めたり、それぞれに出場する選手の人数を決めて時間を調整したりする事。

当日の競技毎の集合場所やその他の段取りとかは、毎年のマニュアルがあるから多少見直す程度でいけるらしいけど、それ以外にも各クラスの実行委員の相談に乗りつつ、プログラムの作成もしつつ、配布するプリントも作ったりって、考えただけで大変そうだよね!

こんな忙しい中、よく毎日病院に来てくれたなーって驚いたよ。


でも訊いてみたら、連日の会議でその辺りはもうあらかた終わってて、後は体育祭実行委員と生徒会で主催する競技種目だけが決まらなくて困ってるらしい。

プログラムもそこを空欄にしてあるそうだよ。


高田君が困ってるなんて想像つかないと思ったら、俺はその競技種目の件にはノータッチなんだ、って彼は言った。


今、二期目の会長職をやってるのも、高田君にとっては予定外だったらしく、スマホの件がちゃんと軌道に乗るまで責任を取れ、って言われて仕方なく引き受けたんだって。

だから今回は後期に会長に就任するであろう後輩を鍛えるために、あえて丸投げしてやった、と彼はお茶目に笑った。

でも放ったらかしてる訳じゃなく、ちゃんと以降の会議にも出席してるっていうし、それってある意味他の役員さんや委員長さん、実行委員さんにはプレッシャーのような気もするけど、知らん顔されるよりはきっといいよね、うん。






そんな訳で、早朝も放課後も忙しい彼とあたしに残されたのは、昼休みしかなかったんだ。



あたしとしてはさ、やっぱり向こうの世界があのあとどうなったか、っていうのが一番気になるところなんだよ。途中で離脱しちゃったからね。


それで先ずは初日、ベンチに並んでお弁当を食べた後に、向こうの話を聞かせてもらう事になった。



「えーっ!じゃあ結局あのあと2ヶ月も向こうにいたの?」

あたしが驚きの声をあげると、高田君はうんざりしたように言った。

「そう。安藤がなかなか資料を書き終わらなかったから」

「あの王宮の禁書庫で保管してたってやつ?歴代の勇者様や聖女様が書いてたっていう……」

「そうだな。あれって、いわゆるレポートみたいなもんなんだ。しかも日本語で書くから、向こうの連中には読めない。後々やってくる勇者や聖女に伝わりさえすればいいんだから、それなりに書いとけばいいのに、なんか妙に拘ってしまったみたいでさ」


ああ、なんかわかるよ。しーちゃんって一度拘るとものすごく凝るんだ。でも、そのくせ飽きっぽいんだよね。

とにかく最初は凝って凝って凝りまくるけどすぐ飽きちゃうから、例えば絵を描くとすると、下書きはすごく細かいとこまできっちり描くのに、色を塗り出すと雑になっちゃうタイプ。

そういえば魔王城も下の方はわりかしきっちりしてたのに、上階層にいくほど訳のわかんない造りになってたんだった。



あたしが、わかるわかる、と頷くと、高田君はいたずらっぽく笑った。



「資料といえば、あのあとソルハさんも教会用の資料を書き始めるって言ってたから、ちゃんと伝えといてやったぞ。にゃんが自分のことを『万人に愛されたもふもふアイドルだった』って書いて欲しがっているって」


何ですと!?


「えええーっ!?そんなの通訳しちゃったのっ?」

あたしは目を剥いた。


ソルハさんが教会側の資料を書くって聞いたときに、確かにそう言っちゃったけどさ。そこは空気を読んで、冗談てことでスルーして欲しかったよ?

いや、あのときは結構本気だったけどね。

ああもう、アイドルがどうとか言ってたあの頃の自分を封印したいわ。


このやりきれなさをどうしてくれようとジト目で睨むと、彼はプッと吹き出した。

「冗談だよ、冗談。そんなの、どうしてわかったのか、って突っ込まれたらどうするんだ」

あ、そっか。そうだよね。ソルハさんはあたしと高田君が喋れるって知らなかったんだから、そんな事言ったら、何故わかったのかって不思議に思うに決まってるよね。ああ、よかった。



うん、よかったけどさ!


あたしはむーっ、と唇を尖らせ高田君を睨んだ。

「もうっ!そんなのでからかうとか酷いよっ!にゃんの『アイドル発言』は着々と、あたしの中の黒歴史に分類されつつあるのにっ!」

そう叫んだら彼は一瞬目を見開き、今度はクツクツと笑い出した。

「……されつつあるんだ?現在進行形とか、お前面白過ぎっ」


「そっちは笑いすぎだよ!高田君だって絶対向こうで、黒歴史の1つや2つこさえてきてるでしょっ!」

怒りながら彼の胸を叩く振りをすると、伸ばした手を掴まれ引き寄せられた。


ぽふんと彼の胸に倒れ込む。

あたしの頭をギュッと抱えて、困ったように彼は言った。

「どうしよう。俺、お前の笑った顔が好きなんだけど、怒った顔も可愛いと思うし、拗ねた顔も見たいんだ……」



「ええっ!?……えっと、それはもしかして、マニアの域に入ってるんじゃないかな?」

胸に顔を押し付けたままモゴモゴ言うと、あたしの頭に覆い被さるようにしてた彼が顔を傾け、その吐息が耳を擽った。

次の瞬間温かい何かが耳朶を掠め、濡れた感触が残る。


「え!?」


な……、舐めた!?


一瞬で頭に血がのぼったのがわかった。

「あ……、あの?今……?」

グイッと身体を離し、アワアワするあたしを見て、彼はクッと笑った。

「宮野、真っ赤だ。前の仕返しだよ」



前の……?それって、まだ異世界にいた時に彼の頬を舐めた事を言ってる?


熱くなった頬を両手で押さえて、あたしは涙目で唸った。

けど、そんなあたしを見て彼は、ごちそうさま、と嬉しそうにまた笑ったのだった。





そんなふうにしてあたしたちは毎日お昼休みに待ち合わせ、色んな話をした。



しーちゃんが持ってたにゃんの写真は、パソコンで合成したんだって。

場所が特定されないように、わざわざ遠くの公園まで背景の写真を撮りに行ってくれたんだ。


それで、しーちゃんがハンカチに書いてたアドレス宛に、写真と一緒にメッセージを送った。

『うちの子が2週間ほど行方がわからなくなって心配していたら、ハンカチを持って元気に帰ってきました。迷子になっていた間、可愛がっていただいたみたいで、ありがとうございます。うちでも安藤さんに負けない位可愛がるので、どうか心配しないでください』


そんな感じのメッセージ。


だからしーちゃんは、寂しがりながらも安心して笑えるようになったんだね。


すごいよ。あたしなんて、全部ぶちまけて謝る事しか思いつかなかった。

もちろんその場合、あたしのメンタルは粉破微塵になること間違いなしだけどね。


高田君は、そのためだけに作ったアドレスからしーちゃんに連絡して、2~3回やり取りしてから、もうそのアドレスは削除しちゃったんだ。

もしまた写真が欲しいって言われたら困るから。


だってにゃんの写真は、あの時異世界で撮った同じアングルの写真しかないからね。

きっと連絡がつかなくなったしーちゃんはがっかりするだろうけど、もうそれはしょうがないって諦めてもらうしかないんだよ。



それからユトさんの戴冠式の事も聞いた。ゼスさんの叙爵式と近衛師団長の任命式の事も。

アイシャ王女との婚約発表は、お城では誰も驚かなかったんだって。

デートも密かに目撃されてたし、みんな普通に二人が付き合ってるって思ってたらしいよ。当事者の二人だけが知らなかったみたいで吃驚してた、って高田君は可笑しそうに笑った。


ソルハさんが司教になった時は、内輪の任命式だけだったそうだけど、司教の正装で式に臨んだソルハさんは、そりゃもう煌びやかだったらしい。


あたしは、ふーん、と相づちを打つにとどめた。

迂闊な反応を示すと、いつ高田君のスイッチが入っちゃうかわかんないからね。

前に、俺以外の男を褒めるな、って言われたこと、ちゃんと覚えてるよ。

心配しなくても、高田君が一番格好いいと思ってるんだけどなぁ。




そしてあたしは、ずーっと不思議に思ってる事がある。

待ち合わせのこの場所にくるのに、あたしはいつもチャイムが鳴るのと同時に教室を出てくるんだけど、一度も途中で彼と出会った事がないんだ。

確かに彼の教室の方が少し近いけど、そんなに差がつくほどじゃないんだよね。後ろ姿を見かけるくらい、あってもいいと思うんだけど。まさかの全力疾走?

それともこれがコンパスの差ってやつなのかな?



不思議不思議と思い続けた5日目のお昼、来てみたら高田君はなんとお弁当を食べた後だった。

それこそないない。


幾ら何でもお弁当を食べる時間まではない筈だよ。

校舎を正面玄関からでて、グルッと回り込んでくる以外に道はないんだから。

あたしはまだ走れないから早足だけどさ、絶対10分もかかってないんだよ。なのに、なんでお弁当食べ終わってんの?


唖然とするあたしに、彼は空のお弁当箱を振ってにっこり笑った。

「宮野はゆっくり食べたらいいよ。今日は何の話が聞きたい?」




そうやって、その日もその次の日も煙に巻かれた更に次の日。

あたしの耳に、なんとも恐ろしい話がきこえてきた。

この中庭に幽霊が出るっていうんだよ!幽霊がっ!


幽霊といえば、夏場のテレビの怖い番組でしか見たことないけど、あたしは絶対いるって信じてる。

でなきゃ心霊写真なんて、あるわけないでしょ?


なのに高田君は全然気にした様子がないんだ。

幽霊、怖くないのかな。

もし出てきたら生徒会室に逃げ込んだらいいとか言ってるしさ。

それでやっぱりお弁当は食べた後なんだよ。

わけわかんなくて追及したら、なんかからかわれて誤魔化されて有耶無耶にされちゃったし。

あたしはガックリと肩を落として、ため息をつくしかなかった。








ーーで、その翌日の昼休み。


あたしは中庭に向かわずに、教室から真っ直ぐ生徒会室を目指していた。

階段を降りて、一階の廊下を右に曲がる。突き当たりの1つ手前が生徒会室だ。一般生徒のあたしには縁がない部屋だけど、場所だけは知ってた。

廊下を曲がって先を見通した所で、あたしは口角をあげた。

「みーつけた」


ドアに手をかけたまま振り向いた高田君は苦笑する。

「とうとうバレたか」



教室からここに来るまで、一分もかかってない。そりゃお弁当食べるヒマだってあるよね。

「何かあたしに言うことは?」

「あーー、ズルしてごめんなさい?」

「なんでこんなことしたの?」

「宮野が慌てるのが可愛かったから」


あたしが顔をしかめるのを見て、もうズルはしません、と彼は両手をあげてみせた。




中庭に移動したあたしたちは、今日は二人でお弁当を食べた。でも彼は食べるの早いから、結局最後はあたし一人で食べる事になる。


「だいたい昨日、なんでこんなに早く着くのか訊いたとき、どーして教えてくれなかったの?」

食べ終わって気づいたら膝の上なのもいつもの事だ。


不貞腐れたあたしに、彼は甘く笑う。

「いつ気づくか楽しみにしてたんだよ。けどヒントはやっただろ?」



あの窓が生徒会室だって教えてくれた事だよね。

分かりにくいわっ!!

あたし、そんなに鋭くないんだよ。後になって、漸く気づいたんだからっ!






いつも楽しそうにあたしをからかう彼に、お詫びとしてあたしの知りたい事には正直に答える事を約束してもらい、その日のお昼休みは終了したのだった。

ここまで読んでいただいてありがとうございました。


この2週間で過分なほどのブクマ、評価をいただきました。

本当にありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいのですが……。

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