異世界でもこっちの世界でも、奇跡を起こしちゃう彼の話
「ねー、高田君!大変だよっ!」
あたしは待ち合わせた中庭で、ベンチの彼を見た途端叫んでしまった。
彼とあたしが、ここで一緒にお弁当を食べるようになってはや1週間。
あたしは今までになく、慌てふためいている。
「何が大変?」
自分の腕を枕にベンチで寝そべっていた彼は、ムクリと身体を起こした。
「今ここに来る途中でね、誰かが喋ってたんだよ。なんか、ここ怖いものがいるらしいの!ここに来ると大変な事になるんだって!片方の人はそれ知らなかったみたいで、二人でヒソヒソ話して、慌ててどっかに行っちゃった!」
だからあたしたちも早くここを離れないと!と、彼の腕をグイグイ引っ張ったけど、何故か高田君は動こうとしない。
「そいつ、どんな奴だった?」
「え?顔はわかんないけど、ツンツンした頭の背の高い男子生徒と、セミロングの女子生徒だったよ」
あたしがそう言うと、ツンツン頭か、と彼は呟いた。
高田君は落ち着いてるけど、逃げなくていいのかな?
いったい何を怖がってるのか内容はよく聞こえなかったんだけど、とにかく凄く怯えてたから、そりゃもうよっぽど怖いんだよ。
ビクビクと彼の制服の袖を掴みながら、あたしは辺りを見回した。
ここは異世界じゃないし、ましてや学校の敷地内だ。
魔物はおろか、危険な獣や武器を持った盗賊なんてものもいる筈がない。
………あれ?
じゃああの人たちは何をそんなに怯えてたんだろう?
「はっ!まさか幽霊っ…?」
うっかり思いついてしまい、一瞬で青ざめたあたしの腕を逆に捕らえて、彼は引っ張った。
ポスンとその膝の上に落とされる。
あたしが引っ張ってもビクともしないくせに、なんだか悔しい。
あたしと同じ高さになった彼の顔を睨むと、頭を撫でられた。
よしよし、じゃないってば!
「そんなことより、お腹すいただろ?」
そんなこと…。幽霊はそんなことなのか?そして逃げなくていいの?
釈然としない様子のあたしに彼は、仕方ないな、とため息をついた。
「ほら、宮野。あの窓、どの部屋の窓か分かるか?」
あたしたちのいるベンチの斜め後ろ側にある窓を、彼は指差した。
掃きだし窓になっているそこは換気のためか、いつも半分ほど開け放たれてカーテンが揺れている。その向こうは和室らしく畳が見えていた。
あたしたちがここで昼休みを過ごすようになってから、まだ一度もそこに人影を見た事はない。
表側や校舎内からなら、どの辺りが何の部屋かってのも分かるけど、普段来ない裏側にまわると位置関係もあやふやで、彼の示す窓がどこの部屋のものかなんてさっぱりだ。
あたしが、分からないと首を振ると、彼は言った。
「あれは生徒会室の中にある休憩室の窓。一般生徒は当然入室できないし、先生方でも鍵を持ってるのは一部の先生だけ。だからその、幽霊か何か知らないけど怖いものが来たら、取りあえずあそこに逃げ込めばいいんじゃないか?」
あたしは目を剥いて、窓を振り返った。
「あれって生徒会室なの?そんな、関係者以外立入禁止な場所に入れるわけないじゃん!」
「緊急事態なら、その限りじゃないよ。それに俺がいるんだから」
あたしの髪に鼻を埋める彼は、何でもないようにそう言った。
そう、高田君は生徒会長なんだよ。
それも、この高校の生徒たちから『上成東高校の奇跡』とか『奇跡の生徒会』とか呼ばれている生徒会の、会長様だったりする。
まだ入院してた時ミナちゃんからチラッと聞いてて、学食で遇った時もスマホを見て思い出したんだけど、本人に確認できないままうっかり日をまたいでしまい、あたしは結局その事を、友達から教えてもらう羽目になったんだ。
それはあたしが学校に戻って、まだ2日目の事。
なんだか朝からずっと誰かに見られてる気がしてて、でも目が合うのが怖いから俯いてたんだけど、あんまり気になるから教室でこっそりミサキとサチに聞いてみた。
「ねー。なんか今日あたしさ、凄く注目されてる気がするんだけど、何かあるのかな?きっと気のせいだよね?そうだと言って?」
そしたら彼女たちからは憐れむような視線をいただいた。
「みゃんちゃん、気づいてて知らん顔してるんじゃなかったんだ……。廊下でも校庭でも教室でも、明らかに物凄く注目されてるよ」
「自分でも心当たり、あるんじゃないの?」
そんなもんあるわけないよ!今のあたしは、ただの人見知りの女子高生だし。
あたしの訴える視線に、今度は二人揃ってため息をついた。
「……昨日私は学食で、幻を見た…と思った」
「……うん。私も夢かと思った」
…………?
「でも、今日のこの状況を見るに、どうやらアレは幻じゃなかったみたいよ」
「ねぇ、みゃんちゃん。……いつからあの生徒会長と知り合いだったの?」
グッと顔を近づけてくるお二人。
「……えーっと。みんな高田君のこと、知ってるの?彼ってホントに生徒会長なの?」
あたしの間の抜けた答えに、二人はがっくりと机に突っ伏した。
そしてあたしは二人から散々お説教を食らったんだ。
この学校にいて、あの生徒会長を知らないなんてあり得ない事らしいよ。
「しかもあんなに親しげに喋ってて!」
「なにあの優しげな微笑み、目が眩んだわっ!」
二人とも声がでかいよっ!落ち着いて下さいっ!
もちろんあたしだって『奇跡の生徒会』の偉業は知っていた。なにしろ、今あたしたちが正々堂々とスマホやケータイを持って校内をウロウロできるのは、全て『奇跡の生徒会』様のおかげだからね。
去年、あたしたちが新入生として入学してきた時、この学校はスマホ・ケータイ・及びそれに準ずるモバイル、全てが禁止されていた。
学校の言い分は色々あると思う。いじめの温床になる、授業中遊ぶ奴がでる、授業に身がはいらない。それに高校生には危険なサイトもあるからさ。
全国ではどうか知らないけど、この近辺だけでいうなら、ケータイ・スマホ持ち込み禁止の高校は11校中約半分の5校。
あたしたちの高校は、その中にバッチリ入ってた。
禁止されてるのが解ってて受験したんだろ、と言われればそれまでなんだけど、やっぱり今時の高校生であるあたしたちにとっては、スマホ・ケータイの持ち込みは悲願と言ってもよかったんだ。
だって1年の時は、アドレスの交換をするのも一苦労だったからね。メモに書いて渡したり、放課後お互いの家に寄り道したり、休みの日に待ちあわせたりしてさ。
高田君は一昨年、1年の後期に生徒会会計を務め、2年の前期に副会長、後期から生徒会長を務めて、3年前期の今は2期目になるんだそうだよ。
スマホ解禁については、彼が1年の時からアンケートを取ったり署名を集めたりしてて、高田君主導のもと微に入り細に渡った資料も揃え、去年前期の半年をかけて先生方を説得。見事今年度からのスマホ解禁を勝ち取った。
彼の凄いところは、その資料にあったらしい。
耳障りのいい、先生たちが喜びそうな利点ばかり並べるのではなく、学校側が顔をしかめるようなマイナス点も全て網羅していた。
後で高田君に訊いたら、物事には何でも裏と表があって、誰もが諸手を挙げて喜ぶような事はあり得ないそうだ。
1つ利点があったとしても、裏を返せばそれはマイナス点ともなる。そういったものを包み隠さず顕にした上で、それでもスマホ解禁は学校側にも利がある、と説得した。
具体的には、ラインやメールを活用した担任と生徒の、そしてクラス単位や学年単位の連絡網。
一言でいえばそれだけでも、これは先生たちにとっても、生徒一人一人を把握する上でとても楽になったし、生徒との距離が密になったと喜ばれた。
具体的なマニュアルと、予測される問題点への対応策まで用意されて、頭ごなしに反対するつもりだった生徒指導の先生も唸ったそうだよ。今ではその生徒指導の先生が一番熱心に、ラインでのやり取りをしてるって噂だ。
もちろんいきなり完全に解禁になる訳じゃない。今はお試し期間ってやつなんだ。
あたしたちがバカをやって、やっぱりこんなものを持ち込ませるのは良くない、って学校側が判断してしまったら、全てはチャラになった上に、恐らくもう永遠にうちの高校でのスマホ解禁はなくなってしまう。
去年の後期には、それに関するプリントがくどい程配られ、今年の入学式・始業式では生徒会長自らが壇上に立ち、これから先何十年に渡ってこの高校に入学してくる生徒たち全員から、恨まれ続ける覚悟がないなら、決して規則を破るな!と恫喝してみせた。
ほんの2ヶ月前の事だけど、その恐ろしさといったら語り草になるほどで、あたしなんか怖くて一切前を見なかったからね。
「あ、そっか。だからあんなに格好いいのに……」
……顔、覚えてなかったんだな……。
ふと思いついたあたしが呟くと、ミサキとサチは呆れたように言った。
「格好いいのは認めるけど、あんな恐そうな人は無理!」
「笑った顔なんて想像できないっ!」
そんなことないよ。よく笑うし優しいし、甘やかしてくれるし、甘えてきたりもするよ。
心の中でそう思った途端、二人の声がはもった。
「「そう思ってたのに、あの微笑みは反則っ!!」」
ああ、うん。その気持ちならとってもよく分かりマス。
その日の夜、高田君にメールで『生徒会長だなんて知らなかったよ?』って送ったら、『うん、お前が知らないって事は知ってた』って、ややこしい返信が来た。
『どーして教えてくれなかったの?』ってメールには、『いつ気がつくのか楽しみにしてた。思ったより早かった』って、……鬼かっ!
そんな感じのてんやわんやの末、あたしは昼休みを高田君と過ごす事になったんだ。
ミサキとサチは、いつでも戻ってきていいからね、と暖かいんだか暖かくないんだか解らない言葉で送り出してくれた。
しーちゃんには勿論速攻で話したよ。高田君は有名人だし、他所の口から耳に入るより、あたしが自分の口で伝えたかったからね。
そしたら、なんと久しぶりにブラック安藤さんが降臨された。
「もうっ!みゃんちゃんは絶対あいつの好みだと思ったのよっ!……に、そっくりなんだもの。油断も隙もないわっ」
眉間に皺寄せ、低く唸るしーちゃん。
にゃんを手懐けたのみならず、みゃんちゃんまで私から奪うなんてっ!って呟いたのは聞こえなかった事にしておきマス。
うん。また今度、久しぶりにうちに遊びにおいでよ。高田君はまだ来たことないからね。お焦げも熱烈歓迎で待ってるし、最近撮った写真もお見せしましょう。
そしてあたしと彼は、お昼になったら高田君指定のこの場所で待ち合わせるようになった。
そもそもここは、中庭とは銘打ってるけど学校の敷地でいえば隅っこの方に近い。
L字型校舎の外側と、クラブ棟の裏側に挟まれてて、放課後ならともかく昼休みにわざわざここにくる人なんていないと思うよ。なんでこんなとこにベンチがあるのかもわからないし。
漸く膝から下ろしてもらったあたしは彼の隣に腰掛け、モソモソとお弁当を広げた。
なのに、彼は自分のお弁当を広げようともしないで、にこにことあたしを見ている。
じっと見られてたらとっても食べにくいんだけど。
「高田君、もしかしてまた先に食べちゃってるの?」
昨日も一昨日も、あたしが来る前に食べ終わってたもん。
「宮野が来るの、待ってる間手持ちぶさたなんだよな」
「それって一緒にお昼食べる意味ある?てゆーか何でそんなに早く来れるの?あたしいつも最短ルートを通って来るのに、途中で会った事もないっ!帰るのもあたしが先だしさ」
プーと膨らせた頬を、人差し指で潰される。
「食べる意味ならあるよ。やっぱり、たまには充電しないと調子が出ないだろ?」
爽やかに笑って言ってるけど、その『食べる』は絶対お弁当の話じゃないよねっ!
真っ赤になってしまったあたしは、彼がズルいルートを使った最短距離でここへ来ている事にも、この場所にいるという『怖いもの』の正体にも、この時には全く気づかなかったのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
先日、完結設定にしてからのアクセス数が、当社比でものすごい事になっておりまして、ここ数日一人でアワアワしてました。
新たにたくさんのブクマや評価をいただいたお陰で、縁がないと思っていたランキングにもかなり上位のほうに名前を載せていただきました。
多くの方に読んでいただけるチャンスを作って下さった事も合わせて、心から感謝致します。
豆腐メンタルなので、嬉しいと同時にプレッシャーでオロオロしておりますが……(笑)
【後日談】は番外編なので何の事件もなく、今後もこんなふうにまったりとした話になると思います。
よろしければまた、読みにきていただけたら嬉しいです。
本当にありがとうございました!




