聖女さまの聖猫さま «完結»
いつもありがとうございます。
本日最終話を三話まとめて投稿しておりますので、ここから来てくださった方は二つ前からお願いします。
結局その日は夕食の時、看護婦さんに起こされるまで寝てた。
高田君はあたしが寝ちゃったあと看護婦さんに挨拶して、あたしの事を頼んで帰ったらしい。ここは完全看護だし、別に誰か付いてないといけない訳じゃないからね。
晩御飯だよー!と起こしてくれた看護婦さんは高田君の事を根掘り葉掘り訊き、けどあたしだってそんなに知ってる事ないんだよ。おんなじ学校のいっこ上で、あとは名前知ってるくらい。
そしたら、まだ付き合い始めたばかりなの?って生暖かい目で見られた。
ナースステーションでは、中々目醒めない彼女の様子を毎日見に来ては、すぐ帰るイケメン彼氏の話で持ちきりだったらしい。
「いっそ彼氏にキスしてもらえば目が醒めるんじゃないのby眠り姫キャー!、って意見も出てたんだけどね、私たちがそれを言う訳にもいかないしね」
と個室なのにヒソヒソ声で仰るおねーさん看護婦さん。
途中のby眠り姫キャー!の意味はわかるけどわかりません。
そして何故か、彼氏はちゃんと親に紹介しとかないとダメだよー、とお説教も頂きました。
連日ドアの前でUターンするイケメンの姿は、白衣の天使様たちの同情票も集めていたようです。
けど、なんかいつの間にか彼氏彼女認定されちゃってるんだけど、……間違ってないよね、多分。
翌日の朝食の後には4人部屋の奥のベッドに引っ越した。前とは違う病室だ。
明日には退院するから、一晩だけなんだけどね。
午前中にやってきたミナちゃんに付き添われて抜糸を済ませ、その時高田君が何度も来てくれてたのが看護婦さんたちの話題になってた話をした。
そしたら彼女曰く、目が醒めたら連絡します、って何度も言ったけど、近くだから気にしないで下さい、って言われたんだって。
あたしの病室は、意識が戻らなかった間はずっと面会謝絶になってて、お母さんとミナちゃんが殆どの時間交代で付き添ってくれてた。
だから彼が来てくれた時は必ずどっちかがいたんだけど、誰も彼の事知らなかったから、意識のないあたしの病室に入れる訳にもいかなかったらしい。交際してるならちゃんと家族に紹介しときなさい!とミナちゃんにも怒られた。
そしてそのあとは、彼のおうちは何処なの?いつから付き合ってるの?何がきっかけなの?と次々質問が飛んでくる。
ところがあたしはそれらに何一つまともに答えられないばかりか、彼のスマホの番号すら知らなかった。
さすがのミナちゃんもこれには胡乱な視線を向ける。
あれ、やっぱりあたしが彼女ってのは気のせいだったか?
そんな基本的な事も知らない彼女なんて、あたしも聞いたことないよ。
首を傾げるあたしに、ミナちゃんはため息をついた。
「ま、いいわ。今度彼の方に聞くから」
うわぁ、ごめん高田君。
そしてミナちゃん、お手柔らかにお願いしマス。
その日の夕方も学校帰りに寄ってくれたと覚しき高田君は、このあと用事があるらしく急いでた。
けど明日退院するって伝えられてよかったよ。無駄足踏ませたら申し訳ないからね。
彼は、じゃあ次は学校で会おう、ってあたしの頭を撫でて帰っていったけど、あたしの目は彼の制服に釘付けでそれどころじゃなかった。
昨日あたしが大惨事な状態にした制服が、すっかり元通りになっていたんだ。
ウォッシャブルな制服万歳デス。
彼は開けっぱなしのドアのとこで振り返り、手をあげ綺麗な笑みを見せる。
小さく手を降り見送ったあと、ふと気づくと同室の他の患者さんたちにガン見されてた。
とりあえず布団被って寝る事にした。
更に翌日の朝、あたしは無事に退院し、土日を家でゆっくり過ごしてからの月曜日。
久しぶり過ぎてちょっとおどおどしながら学校に向かった。
でも、あたしにとっては数ヶ月振りの学校も、こっちでは10日しか経ってない。
「おーっ!おはよう、みゃんちゃん。手術どうだった?」
「おはよう!ちょっと痩せたんじゃない?」
次々に声をかけられ、あっという間に日常に戻っていく。なんだか向こうの世界が夢だったような気さえしてきた。
だけど夢じゃない証拠は、昼休みに向こうからやって来た。
あたしはお弁当だけど、いつも友達と一緒に学食でお昼を食べる。混むのが分かってるから授業が終わったらダッシュで行くんだ。
何も頼まずに席だけ取るのは申し訳ないので、いつもはサイドメニューの中から一品だけ頼む。
うちの学食、サイドメニューが結構充実してるんだよね、安いし。
でも今は食事制限があるからデザート用にプリンを買っていると、頭の上から声がした。
「昼メシ、それだけ?」
まさか、と笑って答えた。
見なくても声でわかる。高田君だ。
「お弁当がちゃんとあるよ。席料として何か1つ買う事にしてるの」
「弁当って自分で作ってるとか?」
滅相もない。母上様に頼りきりでございます。
表情で答えが見えたのか、彼は口角をあげる。
「俺も昼はいつも弁当だな。放課後小腹がすいた時は学食で食べてる。昼休みには滅多に来ないけど、今日はたまたま弁当がなかったから来たんだ。ここで宮野に会えるなんてラッキーだった」
そう言う彼は、手に引き換え用の半券を三枚も持っている。定食とうどんとサイドメニューの唐揚げだ。ガッツリだね、野菜も食べた方がいいよ。
そういえば高田君も向こうの世界では割りと肉系を食べてたように思う。一番食べてたのはゼスさんだったけどね。
「そうだ、今スマホ持ってる?」
高田君はそう言って、自分のスマホを取り出した。向こうでも見た覚えのある奴だ。
「あー、あたしガラケーなんだよ」
言いながらあたしが制服のポケットから出したのは、二つ折りのベビーピンク。ストラップは小さな柴犬のぬいぐるみだ。
「へぇ?」
「中学の時に連絡用に契約して貰ったんだ。高校ではスマホにすればいいよ、って言われてたけど、なんか使いなれてるし不自由もないからそのまま使ってんの」
「ふーん、宮野らしいね」
彼は目を瞬かせ、柔らかく微笑んだ。
そのとき、騒がしい食堂が一瞬シーンと静まりかえった事に、話し込んでたあたしは気づかなかった。
ストラップから犬の話になり、柴犬を飼ってるというと、高田君は不思議そうな顔をする。どうせ猫が犬を飼うなんて、とか思ってるんだろう。むー、と唇を尖らせると面白そうに目を細めた。
それからササッと番号とアドレスを交換して席に戻った。
別れ際に、今日安藤さんに会いに行くつもりだって言ったら、ペットの話をするといいよ、って言われた。携帯に写真があるなら見せれば?、とも。
けど、理由は笑って教えてくれなかった。
写真なら1年の時に、何度か見せた事あるんだけどな。
スマホの話題になった時に、あ、と思った事があるんだけど、今度時間がある時でいいや。
ともかく今日連絡先が聞けてよかった。こないだも顔を見てるときは忘れてて、後で思い出したんだよね。
ぼんやり考えてたら、キツネうどんを持ったミサキと唐揚げ丼を持ったサチが戻ってきたから食べ始めた。でも、気のせいかな?なんか二人ともいつもより静かだったような?
瞬く間に放課後はやって来る。
さあ、今日のあたしにはミッションがあるんだ。
緊張する心を奮い立たせ、普段は行かない方向の廊下の突き当たりを目指した。
今年安藤さんは1組だ。2組と1組の生徒たちが階段めがけて歩いてくる中、あたしは隙間を縫って逆行する。
押し寄せてくる生徒の中に安藤さんの姿はなかったと思うから、きっとまだ教室にいる筈。
前側の開きっぱなしの戸から覗き込むと、窓際の席で3人の女の子と喋ってる彼女を発見した。
先週高田君は彼女が落ち込んでるって言ってたけど、お喋りしてる姿は元気そうに見えた。
安藤さんも髪型やら何やら、異世界に居たときとは少し雰囲気が違う。
学年が上がって2ヶ月。全然会ってなかったし、声かけづらいな。
なんとなく逡巡してると、向こうが気づいてくれた。
「みゃんちゃん!!」
「あー、安藤さん久しぶり」
椅子を蹴って立ち上がった彼女に近づいた。
やっぱり、いきなり名前で呼ぶのは唐突過ぎるよね。
「どうしたの?っていうか、手術したってミサキに聞いたよ!大丈夫なの!?」
「うん、盲腸をね。傷口も小さいからそのうちわからなくなるって」
教えてくれたらお見舞い持って行ったのに、と拗ねる安藤さんは以前のままで、2ヶ月会ってないとは思えないほど話が弾んだ。なんで今まで意地張って会いに来なかったのかな。
あ、異世界はノーカンですよ。あれはあたしじゃなくてにゃんだから。
安藤さんと一緒にいた女の子たちも交えてしばらく喋ってたけど、彼女たちはクラブがあると言って鞄を抱えて出ていった。
「安藤さん、今日バイトは?」
「5時からだし、直接行くからあと少し時間あるよ」
時間を確認する彼女にペットの話もしなくちゃだけど、なんて切りだしたらいいかな。
少し考えたけど思いつかなかったので、直球でいく事にした。
「こないだうちの『お焦げ』の面白い写真が撮れたんだよ」
お焦げはうちの柴犬の名前だ。毛皮の色が焦げたパンの色みたいで、そう付けた。
ケータイのデータフォルダから、去年の冬撮ったお焦げの写真を選び出す。
こないだじゃなくてだいぶ前のだけど、日付はないからバレないだろう。
この写真はまだ見せた事ない筈。
突然始まったあたしのペット自慢に目を丸くした安藤さんは、それでもノリよく喰いついてくれた。
液晶画面いっぱいに仰向けに転がったお焦げは、両前肢と両後ろ肢を大きく広げ、お腹丸出しのだらしないスタイルで熟睡している。口許も緩んでいて幸せそうだ。
「うっわ、お焦げちゃん、こんなに寛ぎきっちゃって」
ペットラブな人ならわかってくれると思うけど、みんな自分ちのペットが世界一だと思っている。例え貶そうが文句を言おうが、内心ではそこが可愛いと思ってるんだ。もちろんあたしもそう。
「寝言で吠えるし、いびきもかいてたよ。次は動画で撮ろうかな」
愛でるためにね。
「ほんとに!?犬もいびきかくんだ!……あ、でも猫もいびきかく時あるもんねー」
「へえ……。そう、なんだ?猫も……?」
安藤さんの言葉に、とてつもなく嫌な予感がするのは気のせいか?
そこはかとなく眉間にシワが寄るあたしに気づかず、安藤さんはなんだかモジモジし始める。
嬉しそうに自分のスマホを取り出した彼女は、衝撃の写真をあたしに見せた。
安藤さん……、誰も教えてくれなかったけど、もしやあたしは異世界でいびきをかいていたのでしょうか?
たまに…?きっとたまにだよね。そう信じたい。
彼女があたしに見せた写真には、どこかの公園を背景にペタンと座るカメラ目線の黒猫が写っていた。前肢の隙間からは、真っ白のお腹が僅かに覗いている。
うん、これあたしだね。背景は全然違うけど、同じ写真見たことあるもん。
高田君のスマホでね!
「事情があって3ヶ月近くこの子を預かっててね、めちゃめちゃ可愛かったんだ。そのままうちで引き取りたかったんだけどなぁ」
飼い主さんのとこに戻っちゃった、と寂しそうに笑った。
「でもこの写真、飼い主さんが送ってくれたんだけど、すっごく寛いだ表情でしょ?飼い主さんが大好きなんだなーって思ったら諦めるしかないしね」
あたしにはただのカメラ目線にしか見えないよ…。
そして写真を撮った飼い主さんは、高田君ですね。
内心汗だくのあたしに、安藤さんは言った。
「気を悪くしないでね。この子の仕草がみゃんちゃんそっくりで、見ながらずっとみゃんちゃんを思い出してた。今日から学校来てるって知らなかったけど、私から会いに行こうと思ってたのよ」
なんだか間があいちゃったけど、また仲良くしてもらえるかな、って目を逸らしながら言う安藤さん。
「……っ!しーちゃんっっ!!」
もうたまんなくて、異世界にいた時のようにギュッと抱きつき、いつの間にかそう呼んでた。
目を白黒させる安藤さん…いや、しーちゃんに、心の中で叫ぶ。
もう猫じゃないけど、これからもよろしくお願いしマス!
ここまでお付き合い下さって、本当にありがとうございました!
思いがけず長くなってしまいましたが、二つ目に書き始めた小説に、どうにか初めての完結マークをつける事ができました。
それも、こんな初心者の小説にブクマをつけて下さり、評価を下さり、読みに来て下さった皆さまのお陰です。
感謝しかありません。
初めて書いた、まだ連載中の小説の方で、最初に伏線をバラまき過ぎて回収に苦労したので、『聖女さま~』には極力伏線を張らない、と決めて書き始めたのですが、結果あと出しの設定が山ほど出てきて反省する事になりました。何事もほどほどが大事なのですね。
そんな訳で、途中からちょこちょこ張るようになった伏線で、まだ回収できていないものが幾つかあります。
ここから先は聖女さまとにゃんの話ではないので、一旦完結マークをつけさせていただきましたが、近いうちにその後の話を幾つか番外編として、伏線を回収しつつ書いて、それで本当の完結にしようと思っています。
豆腐メンタルなので、皆様の反応にプルプルしながらですが……。
本編では高田君にだいぶ我慢させてるので、番外編ではもっと仲良くさせられたらいいな、とは思ってますがどうなるかな。
もしどこかで見かけましたら、また読んで頂ければとても嬉しいです。
本当に本当にありがとうございました!!
プリン




