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帰還 «後編»

旅は順調に進んだ。


元々旅なれた人ばかりだ。

心配なのは教主サンとお世話係のトト少年くらいだったけど、教主サンはトト少年に上手いこと乗せられてご機嫌だし、トト少年は実はソルハさんに懐いているようで、彼がいる時はちゃんと表情がある。


こっそり教主サンに訊いてみると、彼はつまらなそうに教えてくれた。

ソルハさんは教会に所属する平民出身者の『希望の星』なんだそうだ。

神の名の元の平等を標榜する教会でも、見えないところに身分はある。貴族出身者と平民出身者ではその差は歴然としていて、更に貴族出身者の中でも、それぞれの実家の権力は大きな意味を持つんだって。


そんな中ソルハさんは、教主サンのお世話係に抜擢されたのを皮切りに、平民ながらメキメキと頭角を現し、その背後には恐らく彼のいう仲間の存在もあったのだろうけど、着実に教会の実力者としての地位を固めた。

その姿は教会内の目に見えない格差に泣く人々の希望となった、らしい。


(俺はあいつらが何を画策しようと興味はないけど、こないだ軟禁されたのだけは参った。退屈で死にそうだった)

教主サンはうんざりした声音で、悪ぶってそう言った。


だけどーーー。


(これでようやくさっぱりしたわ。ソルハが目を光らせてるから、当分悪いことを考える奴も出ないだろうしな。あいつ弱者に対しては清廉潔白なくせに、悪人相手には徹底的に腹黒いんだ)

そう言って笑う声はとても嬉しそうだった。




今回の旅は前と違って街道沿いを進むから、毎日キチンと宿に泊まれる。

例によって安藤さんはあたしと一緒に一人部屋。

教主サンとトト少年が同室で、ソルハさんと高田君が同室。護衛の二人と御者さんが三人部屋、というのが基本だけど、宿によっては教主サン、トト少年、ソルハさんと高田君の四人部屋になる事もあった。


教主サンは高田君の前では、やたらあたしを『可愛い可愛い』と誉めちぎるらしい。

あたしのこと『珍しい』としか思ってないくせに何で?高田君が機嫌悪くなるからやめて欲しいんですけど。


あっ、あと冗談でも馬車の中であたしを膝に誘うの、やめて下さい。

その度に高田君から暗黒のオーラがあふれでてるんだよ。

どうやら彼には冗談に聞こえないみたいなんだ。そんなに過剰に反応する必要はないのにね。



それで教主サンに、理由は言えないけどどっちもやめてちょうだい、って頼んだら聞こえない振りされた。何の嫌がらせだ?


時には安藤さんも参戦して騒ぐ中、トト少年だけは我関せずの態度を貫き通している。

最初からあたしに興味なんてないんだろうな。この世界に来て、ここまできっぱり無視されたのは初めてだよ。

ああ、あたしのアイドルのプライドが……。



その仕返しって訳でもないけど、馬車の中で、あたしは安藤さんや高田君の膝をウロウロすることはあっても、教主サンやトト少年の膝には一切近づかなかった。気が向いたらカバンを寝床に過ごす感じだったので、安藤さんの態度は軟化し、馬車の中の空気は格段に良くなっている。

あたしが昼寝してるときに、みんなで世間話してるときもあるくらいだ。あたしの話題でなければ、高田君も普通に会話してる。


そうそう、あたしと教主サンが内緒で話してる事は、高田君にはその日のうちに白状したよ。

彼に隠し事するのはあたしが嫌だからね。

話した時はすっごく嫌そうな顔したけど、ちゃんと教えてくれてありがとう、ってギュッとされた。

このギュッていうのが段々通常運転になりつつあって、ちょっと自分が恐いんですケド。



そういえば、次元の狭間で迷子がどうとかいうのは、まるっきり嘘八百だそうです。

教主サンから、心配すんな、ってドヤ顔ならぬドヤ声で言われたけど、そんな話すっかり忘れてたわ。髪の毛を通じて喋れる、ってのが衝撃的過ぎてさ。

でもそれにしたって、仮にも神を崇める宗教団体のトップがそう簡単に嘘をつくのは如何かと思いますけどね?



髪の毛の話もしとこうか?


教主サンは移動するとき自分の髪は自分で持って歩く。そのための肩掛けカバンだ。

でないとトイレまでついてきやがるから落ち着かないだろ、と彼は言った。


けど、教会では以前ソルハさんがしていたように、専用の装飾の施された箱に詰める事も多いらしい。特に来客や公式行事などの、教主としての威厳が必要な時だ。

立っているときは必要ないように結い上げてるけど、座ればどうしても床を掃除できちゃう長さだもんね。

あれ以上高く結い上げたら首の骨が折れるかムチウチになるわっ!と本人は申しておりマス。

髪関係は世話係の仕事で、基本はトト少年が箱を持ち歩く。洗うのも結うのも少年の仕事だ。

ソルハさんはもうとっくにお世話係じゃないから本来そういった事はしないんだけど、この前は内容が内容だけに人払いをしてたから、少年の代わりに箱詰めしてたんだってさ。


この髪が地味に重くて肩が凝る、って教主サンはぶーたれた。

3歳で次期教主に選ばれたから、結局産まれてから一度も切った事がないそうだよ。

いつか引退したらその場でスキンヘッドにしてやる、と決意を表明しておられた。

それはそれで見てみたい、とちょっとだけ思ったのだった。



なんであたしは猫の姿になったのか、っていうのを訊いた事もある。


(猫になりたいとか、飼いたいとか思った事ないか?)

(小学校の時は飼いたかったよ?でも中学でお父さんが仔犬貰ってきたら、犬も可愛くてすっかり忘れてた!まさかそのせい!?)

(……多分そのせいだな)

神様理論は摩訶不思議だ。




そんな風に旅の日々は過ぎて、サナの森には予定通りに着いた。

大体の場所はソルハさんと高田君が覚えていた。

因みに安藤さんは実は方向音痴だという事を、あたしは知っている。



森の入り口に馬車と、御者のおじさんと、護衛の騎士さんの一人を残し、あとの6人と1匹で森へ分け入った。


あたしを見つけてもらったのは森の入り口近くだったと思う。だってあの時、あの場所に魔物の気配は殆どなかったから。魔物は奥の方ほど、その数が増えるらしいんだ。


懐かしい森の姿に、勇者様御一行のメンバーにはなんだか感慨深いものがあるようだった。

「あの時私がにゃんの事を、魔物かもしれない、と冗談で言ったら、ゼス殿が、浄化してみたらどうだ、と返してくれたんですよね」

「みんな酷いこと言ってたわよねー。穴ぼこの中に嵌まってて、なかなか見つからなくて焦ったわ。魔物が多い場所じゃなくて、ホントによかったよね、にゃん!」

そうだね、あの酷い台詞が出会いだったよね。そして、確かに魔物のただ中に放り出されてたら、と思うとゾッといたしマス。


途中からは教主サンが先導するようになり、あたしたちはなんとなく覚えがあるような無いような、微妙な場所に辿り着いた。

「ここで間違いないよ」

彼がそう言って茂みを掻き分けると、そこには深めの穴ぼこが。

ああ、なんかものすごく既視感があるよ。



教主サンはあたしを見て、それからみんなをグルリと見渡した。


もう帰してもいいのか、と言ってるんだ。



あたしはソルハさんに駆けよって、その服の裾にしがみついた。たちまち抱き上げられて、彼の顔が間近にくる。


ソルハさんソルハさん!最後まで、こんな所までついて来てくれてホントにありがとう。

いつも優しくしてくれてありがとう。

教主サンはあんなだけど、実はツンデレだよ。ソルハさんが頑張ったらきっと助けてくれるよ。

だからソルハさんが目指す教会の姿に近づけるように頑張ってね。

でもソルハさん真面目だから、頑張り過ぎないでね。


伝わらないのはわかってるけど、とにかく言っておきたかった。

それに、気が向けば教主サンが伝えてくれるかもしれない。


あたしの鳴く声をジッと聞いていたソルハさんは、口許を綻ばせた。

「最後までにゃんは一生懸命ですね。そんな姿を見て、いつも初心に返らされましたよ。向こうの世界での、にゃんの幸せを祈ります」

とても美しく微笑んで、そっとあたしを降ろしてくれた。



安藤さんは手に、ハンカチを斜めに細く折りたたんだものを持っていた。

「これを持っていて欲しいの。こっちの世界の物は向こうに持ち込めないかもしれないと思って、……このハンカチは、私が向こうから来たときに持っていた物だから、きっと持っていける。だから無くさないでね」

そう言ってあたしの首に括りつけた。


ごめんね、安藤さん。ホントのこと言えなくてごめん。それに向こうに戻ったらもう、にゃんには会えないんだよ。きっと心配かけると思うけど許してね


そして高田君はあたしを抱き上げ、耳元で囁いた。

「俺たちはもうしばらくこの世界にいるけど、向こうに戻ったらすぐに会いに行くから、……待ってろ」


うん。

うん、待ってるから。


待ってるからね。




あたしは彼の腕から飛び降りた。


護衛の人も、お世話をかけたね。ありがとう。これからはユトさんを助けてあげてね。


トト少年は教主サンが迷惑をかける、って言ってたけどそれほどでもなかったよ。

二人は結構いいコンビだと思う。元気でね!






そうしてあたしは教主サンのところへ向かった。

穴ぼこの茂みの脇に佇む彼のところへ。




「お別れは済んだか?」

そう言いながら、彼はあたしの前に屈み込んだ。

カバンをドサリと地面に降ろし、耳の上の方の髪を一本無造作に引き抜く。

教主サンの髪は全部、後ろでひとまとめにされ、みつあみにしてカバンに突っ込まれている。髪を一本引き抜いたって、みつあみの部分で引っ掛かるに決まってた。

だけどその髪は、まるで生き物のようにみつあみの束からスルスルッと抜け出して、あたしの前に現れた。

彼が手を差し出すので、その上にちょんと自分の前肢を乗せる。

途端に声が流れ込んできた。

(誰がツンデレだこら)


あ、真っ先にそこにきましたか。


(あと、頑張れとか頑張り過ぎるなとか、結局どっちだよ)

そこはほら、ニュアンスでさ。

……無理だろうな。


(えっと、ツンデレは自覚症状が無さそうなので、まず自覚してください。あと頑張ることはいい事ですが、何事も過ぎたるは及ばざるが……)

鋭い視線を感じて言葉を切る。


(あいつの頑張りなんか、ずっと見てきた。今更他人に指示されるような事じゃない)

彼はあたしにひたりと視線を合わせる。

(ほんの僅かな期間一緒に居ただけで、あいつの努力を勝手に見積もるな)

声は静かだけど、明らかに怒りが混ざっていた。



(……そうだね、ごめん。でもそれでも心配せずにはいられないよ。僅かな期間でも一緒にいて、彼の事を知ってしまったんだから)

泣きそうな声になってしまったと思う。

友達として心配するのも余計なお世話なんだろうか。


あたしの姿は教主サンの身体で隠されて、みんなからは見えてないよね。

今の顔を高田君に見られたら、こっちが心配かけてしまう。





(悪かった……)

やがて教主サンはため息をついた。

そして、手にした真っ白の髪をあたしの前肢にクルクル巻きつけていく。

(あいつの事は心配いらない。無理しないようにちゃんと見とくから、落ち猫ちゃんはこれから帰る事だけ考えな)

あたしは頷いた。今、何を答えても出すぎた返事になってしまう気がする。

前肢に巻きつけた髪は、ずり落ちたり外れたりすることなく、あたしの前肢にピッタリ嵌まっていた。

(悪かったよ。あいつを心配してくれてありがとう)

彼は最後に、決まり悪気にそう言ってあたしの前肢を離した。


「向こうの世界に無事着いたら、その髪を引きちぎってくれ。そうしたら俺には分かるから。いいね、光を目指すんだよ」


彼はあたしを抱え、穴ぼこの中に入れる。

手を離す前に声が聞こえた。

(彼氏とお幸せに、な)

ニヤリと笑う教主サン。


知ってたんかーいっ!!

性格悪いわ。知ってて彼を煽るような事ばっかして!


トト少年!前言は撤回する。あんたらの教主はホントにご迷惑な人だっ!!


覚えてろーーーっ!!








あたしの心の声は誰にも届かないまま、全てが闇に呑まれていった。


ここまで読んで頂いて、ありがとうございました。

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