帰還 «前編»
あたしは今、漸く帰還への旅路についていた。
始まりの場所であるサナの森へ向けて、馬車による6泊7日の豪華ツアーである。
どのくらい豪華かというと、お伴に勇者様、聖女様。更に某宗教団体の教主様御本人、及びそのお世話係の少年。
馬車の外には司教の座にお付きあそばされたソルハさん。この国の暫定最高権力者であるユトさんから遣わされた護衛の騎士さん×2、そして専属の御者さんという、8名からなる超豪華メンバー、プラス1匹。
そう。内容ではなく、メンバーが豪華な旅。
この中で一番ショボイあたしがメインとか、皆様お手数をおかけしてホントスミマセン。
けどソルハさんが来てくれてて本当に良かった。お礼とお別れ、言いそびれたかと思った。
「……ゃん!」
次の休憩で馬車を降りたらお礼を言いにいこう。あれ?あと1週間は一緒だから慌てなくていいのか?
「落ち猫ちゃん!」
………。
「おーい!?落ち猫ちゃーん。聞こえてるー?」
人間、誰にでも一生に一度はビッグウェーブとやらが来るという。いわゆるモテ期ってやつだ。
あたしのビッグウェーブは、こんな場所でこんな面子で猫の姿のまま消費されてしまうのだろーか。
その争いはほんの20分ばかり前から始まった。
「やっと起きたのか、落ち猫ちゃん。割りと寝ぼすけなんだな。ほら、こっちにおいで」
目覚めたばかりで安藤さんの膝上でキョロキョロするあたしに、教主様は満面の笑顔で、当然のように手を広げた。
ピクリと眉を動かす高田君。
顔をしかめる安藤さん。
無表情を貫く少年。
意味がわからず強ばるワタクシ。
「寝ぼすけってほどでもないよな。まだ馬車が動き始めて2時間も立たないし。今日は完全に日が落ちるまでに、進めるところまで進むらしいぞ」
高田君がさりげなくあたしをフォローしつつ、状況を説明しつつ、小窓のカーテンを捲って外の様子を見せてくれる、というトリプルな技を披露してくれた。
窓の外では、カーテンが捲れたのに気づいたソルハさんが馬を寄せてきて覗き込み、目覚めたあたしに手を振ってくれる。
安藤さんは、馬車の反対側に護衛の騎士さんたちもいてくれてるからね、と教えてくれた。
護衛の騎士さんたちは、私服で教会まで送ってくれた騎士さんたちだ。
そして今馬車を動かしてくれているのは、教会総本部で挨拶してくれたおじさんだろう。
あたしは車内をグルリと見回し、教主様の横の少年に目を留めた。
肩の辺りまでの赤っぽい茶色のおかっぱ。13~14歳くらいかな?
教主様の横に居るからには教会関係者と思われる。
あたしの視線に何かを感じたのか、少年はペコリと頭を下げた。
「おはようございます。教主の世話係のトトです。うちの教主がご迷惑をおかけすると思いますので、先に謝っておきます」
………。
お世話係でしたか。
教主様はあさっての方を見て知らん顔だ。
お世話係からのあんまりな挨拶に対して突っ込みの1つもないとは、主従でご迷惑をかける気満々らしい。
「で、落ち猫ちゃんはどこに座りますか?特に支障がないのであれば、うちの教主でお願いしたいんですけど、………」
ーーお世話係の少年!今、メンドクサイから、ってちっちゃい声で言ったよね。今絶対メンドクサイからって最後につけ足したよね。
しかも超無表情で。いったいナニが君をそんなにしたのっ!?
ビビるあたしを抱えたまま、安藤さんがにっこり微笑む。
「だから!にゃんは私の膝が一番落ち着くと思うの。いつも私が抱っこしてるから」
「いつもいつもじゃ落ち猫ちゃんも飽きるだろ、って言ってんの。君も重くて疲れるだろうし、たまには俺が代わってやるよ」
「にゃんは軽いから全然苦になりませーん!女の子なのに重いなんてゆっちゃうとかあり得なーい」
ニコニコ顔で殊更ケンカ腰の安藤さん。
二人の間にバチバチッと火花が飛ぶ。
「にゃん、誰の膝に行くのか決まるまで、俺のとこに避難してるといい。そこは怖いだろう?」
いい人ぶった高田君が参戦。
でもその差し出された手に、フラフラッと前肢を伸ばしかけたら、教主様の声が。
「横から掠めとろうとは、今回の勇者はずいぶんセコいな」
「人聞きの悪い。宮野が困ってるのを見過ごせないだけだ」
ああ、ここにも火花が……。
「そんな風に揉めるならいっそ、落ち猫ちゃんは僕が預かりますよ。それなら平等ってもんでしょ」
トト少年が無表情に参戦。
「はあ?巫山戯んな。お前実は猫派だな!?」
「レイアス様、アホですか?僕の膝に乗せてしまえばこっちのもんでしょーが。あんた隣に座ってるんですから」
「なるほど。よし、もっと言え!」
この辺りであたしの気力は尽きた。
どうやらあたしが寝ていた間に、誰があたしを抱っこするかで既に一揉めし、これが二度目のバトルらしかった。
まばらに立ち並ぶ家々と夕焼け空。
収穫前の畑には何かわからない野菜が整然と並ぶ。
王都の近郊ってとこかな?
あたしは安藤さんの膝から伸び上がり、窓とカーテンの隙間に頭を突っ込んで外を見ている。
騎士さんの一人が馬で並走していた。もう一人は多分後ろだろうか。
ずっと旅してたから、都会と田舎とド田舎の区別位はつく。王都からきっとまだそんなに離れてない。
そうしてあたしは考えを巡らす。
もちろん現実逃避ですとも。
みんなの声なんて聞こえませーん。
ましてや教主様の声なんて、全然聞こえませーん。
「……ゃん!」
あたしは考える。
次の休憩で馬車を降りたらお礼を言いにいこう。あれ?あと1週間は一緒だから慌てなくていいのか?
「落ち猫ちゃん!」
聞こえない………。
「おーい!?落ち猫ちゃーん。聞こえてるー?」
だから聞こえないってば………。
「落ち猫ちゃん、いい加減にしないと耳掃除すんぞ」
うっわー……めんどくさっ!そんなのしなくてもあたしの耳はいつもピカピカだよっ!
渋々振り返ったあたしを待っていたのは勝利の笑みを浮かべた教主様。
そして敗北感にうちひしがれる高田君と安藤さん。
あたしが現実逃避してる間に一体何が!?
「落ち猫ちゃんは、うちの教主の膝に決まったので、どうぞこちらへ」
と、トト少年が隣の膝を指し示した。
少年はなかなか出来るお世話係だと思われる。
いつの間に何でそうなった?と、その場から動けないあたしの動揺を察したのか、或いは全く話を聞いていなかったことを勘づいたのか、彼は懇切丁寧に無表情に説明してくれた。
「ですからね、落ち猫ちゃんはうちの教主の魔力だけを頼りに向こうへ帰る訳ですから、今のうちに少しでも魔力を馴染ませとかないと、次元の狭間で迷子になる可能性もなきにしも非ず、ってことらしいですよ。魔力を馴染ませるなら、身体の一部を触れあわせとくのが一番手っ取り早い、とうちの教主が言ってます。本当かどうかは知りませんが」
トト少年よ。最後の一言は、教主様的には多分余計だったと思うぞ。
でもそうか。あたしの安全を盾に取られて、高田君も安藤さんも身を引いてくれたんだな。
そりゃあそこまで言われたら、これ以上突っぱねられないよね。
あたしは、はぁ…、とため息をついた。
なんだか馬車の中は雰囲気悪いし、それもこれも我が儘な教主のせいだよ。もう『様』なんていらないや。
ジト目で彼を睨んだあたしは、ふとあるものに目を留めた。
教主とトト少年の間に置かれ、半分教主のマントに隠されたそれ。
肩から下げられる大きめの旅行カバンのようなそれを見て、あたしはピーンと閃いた。
安藤さんの膝からトト少年の膝へピョンと飛び乗り、目を剥く少年の膝からそのカバンへ前肢を伸ばす。片側の持ち手に引っかけて全体重をかけて引き摺り落とそうとしたんだけど、半分しかずり落ちなくて、あたしはみんなの足元に着地した。
みんなが唖然とする中安藤さんが、そのカバンは……、と絶句する。
目を逸らす教主の横から、それはうちの教主の髪の毛ですよ、とトト少年。
うん、マントに隠れてた部分が出て来ちゃって、見えてますから。みつあみ状の、カバンの中にとぐろを巻く白い髪の毛が。
盛りもりにして尚且つ引き摺りそうだった髪が何処にいったのか、と思ってたらこんなところにいらっしゃったよ。
高田君が静かな声で言った。
「髪の毛は、当然身体の一部だな」
その通りだよ、高田君!
「あらあら、こんなに長い髪。馬車の中のどこに居たって届くわね」
勝ち誇ったように笑う安藤さん。
仰る通りでございます。
「レイアス様、詰めが甘いですよ」
ボソリと呟くトト少年。
眉間にシワを寄せ、頬を膨らせる教主。
こうしてすったもんだの末、馬車の中でのあたしの定位置は、みんなの足元に置かれたカバンの中に決定した。
大きい馬車だからね、足元も広々。
カバンの口を大きく開けたまま、白い髪の毛をクッション代わりに寝そべるあたし。
寝心地はイマイチ。
けど、教主が何故あんなにあたしの抱っこに固執したのかはすぐわかった。
あたしがカバンの中に蹲って落ち着いた途端、頭の中に声が響いてきたからだ。
(落ち猫ちゃん、聞こえる?)
声とは明らかに違うそれに、あたしはびっくりして耳をピクピク震わせた。
(頭の中で答えてくれたらいいよ?)
(え?何これ。教主……サン?)
辛うじて『サン』をつけたのは、小市民なあたしのささやかな自己保身ってやつだ、と白状しておく。
頭の中で笑ったような気配がした。
(ちゃんと聞こえてるみたいだな、良かった。色々話しときたい事があったんだけど、落ち猫ちゃんが人間だってこと隠しておきたいっていうからさ)
(髪の毛に触ってるから話せるってこと?)
(そう。君のお仲間たちのガードが固いこと固いこと。大事にされてるよな)
笑いを含んだ声に、ちょびっと恥ずかしくなった。甘やかされてる自覚も、甘えてる自覚もありマス。
それならそうと言ってくれれば、……っていうか言うためには先ず触らないといけないのか。
(けど、ちょっと撫でるくらいなら安藤さんだってあそこまで頑なに断りはしないと思うよ?高田君はともかくさ。一体何を言ったの?)
カバンの中で寝た振りしながら会話する。
(……別に↑。フツーに抱っこ、させてくれって言っただけ……ダヨ)
(声が超キョドってるっ!さては下心があったね?)
考えたらこの人の目には、あたしが人間に見えてるんだよ。初対面で『猫の女の子』って言ってたから、普通の人間に見えてるかは怪しいけど。
(猫の女の子なんて珍しいもの初めて見たし、もう会う機会もないだろうからさ。ねぇ、ちょっとでいいから俺の膝に来てみない?)
下心オンリーじゃん!?絶対行きません!そして安藤さん、頑張ってくれて心の底からありがとうっ!!
あたしたちはそれから少し、真面目な話をした。
あたしはこの世界に飛ばされたその日その時間に戻れる訳ではないらしい。
なるべく近いところに戻すよう努力する、と教主サンは言ったけど、多少の誤差は出るかもしれない、と。
安藤さんや高田君は、初めから帰るための道も含めて様々な、神の構築した術式を織り込んで喚んでいるんだって。だから元の場所、元の時間に元の姿で帰る事ができる。
けどあたしは、いつの時代かの『神の祝福』が通った一方通行の道を通ってきてしまった。
『神の祝福』は『神の御使い』が迎えに来ないと帰れないんだよ。帰り道がないからね。
あたしはこの世界に現れた場所から、通ってきた道を無理矢理逆に辿り、帰らせてもらう。だから同じ場所に戻ることができる。でも時間はその範疇に入らないって事だ。
あんまりずれなければいいなぁ。
こっちに来たときは、あとの事なんて考えてなかった。
なのに、いざこうして戻れるとなると、向こうのことばかりが気にかかる。
向こうはどうなってるだろう。戻ったらどうなるだろう。
早く帰りたいのに、帰るのが怖い気もする。
無性に、高田君と話したいなぁ、と思った。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
後編は、明日には投稿できるかと……。




