彼があたしにねだるご褒美は
高田君、あたしのこと心配してくれてるんだな、って思ったら心がほんわりあったかくなった。
ううん、別に何もないよ。でもさ、なんかね、アイシャ王女がすっごく幸せそうでね……。
うにゃうにゃと鳴きながら、彼の腕にほっぺをスリスリ。
「羨ましくなった?」
あー、そうだね。そんな感じ。
そう鳴いて返したら、彼があたしを抱く腕にギュッと力がこもった。
痛みの一歩手前の苦しさが嬉しくて幸せとか、あたし変なのかなぁ。
「俺もゼスたちが羨ましい」
どーして?
あたしの問いには答えず、彼はあたしの耳元で、早く向こうに帰りたい、と呟いた。
高田君、もしかしてホームシック?
そういえばさっきは何してたの?男子会?
ちょっと幸せ気分を味わったら、憑き物が落ちたように満足してしまった。
高田君の膝から降りて、さっきの光景について訊いてみた。
「男子会?そんな大したもんじゃないけど、これからどうするのか、的な事を訊いてた」
ゼスさんに?
「そうだな。ゼスは平民だろう?王女と婚約ってのは身分的にも大変じゃないのか、とか」
ああーっ!そうだね、ホントだね。
あたしたち、そんな話全然しなかったよ。大丈夫なの?
あたしは吃驚して鳴いた。そんなこと考えもしなかった。安藤さんも、デートしたことある?とか、プロポーズの言葉は?とか、そんなのしか訊かなかったし。
「ああ、今回の功績で先ずは子爵位が与えられる。これは元々決まってた事で、ゼスは辞退してたんだけど、受ける事にしたそうだ。それと、近衛師団長に就任が内定したらしい。これはユトの力業っぽいけどな」
子爵!近衛師団長!!ゼスさんってお貴族様になるの?剣使えるの?
大興奮のあたしに彼は、落ち着け、とばかりに背中をポンポンってした。
「ゼスは体術が突出してるから目立たないけど、剣もそこそこ使える。昔、傭兵になる前は、剣を使って冒険者もしてたって聞いた」
そうなんだ。何でもできるんだねぇ。
あたしが感心して鳴くと彼は、そうだな、と苦笑した。
「王女が降嫁するには、最低でも伯爵位は必要なんだそうだ。近衛師団長の地位は伯爵位相当らしい。あの師団長も元は平民から上り詰めたそうだぞ」
へぇぇ!
あのおっさんも、意外と苦労してたって事かな?だからって何してもいい、って訳じゃないけどね。
でもさ、傭兵さんがそんないきなり師団長って、みんな納得するのかなぁ?
なんだか心配になってきちゃって、あたしが高田君をを見上げて鳴くと、彼は顔を綻ばせた。俺も同じ事を考えた、って。
近衛師団っていうのは騎士団とは別物の所謂軍隊で、平民出身の者が多いらしい。
因みに騎士さんは貴族出身が殆どなんだって。
ゼスの実力は折り紙つきで皆認めてるし、最初は『嫁の七光りで出世した』みたいな事も言われるだろうけど、あいつなら実力で黙らせていくだろう、と彼は笑った。
凄いよねぇ、とあたしは鳴く。
王女のために、敢えて茨の道を歩いちゃうんだねぇ。やるねえゼスさん!
あたしがうっとりしてると、急に前肢を引っ張られた。
なに!?
傾いた身体をポスンと膝に乗せられる。
「あのな、俺の前であんまり他の男を誉めたりしないで欲しい」
えええっ!?だってゼスさんだよ?
わたわたして鳴くと、彼はあたしの顎に指をかけて視線を合わせた。
「関係無い。知らなかったけど俺、けっこう嫉妬深いみたいだ。宮野が他の男を誉めるの、聞きたくない」
高田君の瞳に篝火が映り込んで、赤く揺らめいてる。なんだか熱を感じてボーッと見つめてると、彼の顔が近づいてきた。
キス、される?
ーーー次の瞬間、あたしは全力で猫のお口をガードしていた。
ちょーっと待ってっ!ちょっと考えようっ!
勢い余って前肢にキスしてしまった高田君に、捲し立てた。
もしこんなとこ誰かに見られたら高田君、猫とキスする変態さんだと思われちゃうよっ!
「別に異世界でどう思われようと構わない。どうせもうすぐ帰るんだし」
不満そうに呟く彼。
いやいや、あたしが構うからっ!
あたしファーストキスの思い出が猫の姿なんて、絶対やだからっ!!
激しく抗議すると、彼は目を見開いた。
「ファースト……、そっか」
顔を赤く染めた彼は、右手で口許を覆った。
ややあってガックリと項垂れた彼は、やっぱり早く日本に帰りたい、とため息をつく。
あたしは大変な事に気づいてしまった。
これはもしかして、人間に戻ったらキスしてもいい、って言った事になるのか?
そしてついこの間も同じパターンでやらかしてなかったか?
ばっくんばっくんの心臓を抱えたあたしは、墓穴という言葉について考え、途方にくれるのだった。
さて、安全圏まで飛び退いたあたしは、ふとある事を思い出した。
高田君に訊かなくちゃ、と思ってた事だ。
あのねぇ、訊こうと思ってたんだけど。
彼の手が届かない辺りから呼びかける。
ソルハさんに、一刻も早くあたしを帰したいって言ったんでしょ?何か理由があるの?
……はっ!……まさかソーユーコトしたいからっ!?
急に閃いた考えに自分で吃驚して毛を逆立てると、高田君は苦笑した。
「違うからそんなに警戒するな。悪かった。もうしないから、こっちにおいで」
そんなにニコニコしながら謝られてもなぁ。
顔をしかめながらもソロソロ近づくと、眉間をグリグリと擦られた。
「お前を早く帰したい理由は全然別だけど、今教えてもしょうがないから、どうしても知りたいなら向こうに帰ってから、な」
えー、今知りたいのになぁ。あ、そーだ。もう一個聞こうと思ってたことあった。
じゃあさ、昨日あたしからのご褒美が欲しいって言ってたでしょ?
何貰ったら嬉しい?
あたしの鳴き声に彼はギョッとした顔をした。
「え?俺そんな事言った?」
えー?覚えてないの?
神様からのご褒美だから、って話してて、そしたら高田君が、ご褒美ならあたしから貰った方が嬉しい、って言ったんだよ。
んー、でもあのときもしかしたらもう半分寝てたのかな。
疲れてたもんね。
覚えてないなら、もういらない?
見上げて鳴くと、かぶせるように、欲しい!って返ってきた。
そして暫く考え込んだ彼は、やがてポケットからスマートフォンを取り出した。
あ、持ってたんだ。今まで見たことないよね?
あたしが鳴くと、彼は頷いた。
「ずっと電源を切ってた。何ヵ月も立つから本来は無理なんだろうけど、ここは異世界だし使えないかなと思って……」
言いながら操作する手元が光る。
使えそうだよ、よかったね。
因みに安藤さんのは、最初に使いすぎてとっくに充電切れになったらしい。
彼はあたしに、写真を撮らせて欲しい、と言った。
猫の姿のあたしを見たことないからって。
確かにずっと人間に見えてたなら、そういう事だよね。
いいけど、そんなのでご褒美になるのかな?
首を捻りつつ彼を見上げる。
彼は画面を見て目を丸くしながら、何枚もあたしを撮った。
そこには草むらにペタンと座る黒い猫が写っていた。フラッシュのせいか目は針で、お腹が白い。
彼は、これが皆が見ている宮野なのか、ってポツリと呟いた。
……彼は満足そうだけど、なんだかこれじゃ申し訳ないからご褒美は別に考える事にしよう。
あ、そうだ!もうついでだから、もう1つ聞いちゃおうかな?
そしてあたしは、おっさんがアイシャ王女の寝室に忍び込んだ話を語って聞かせた。
あんな大の男がか弱そうなお姫様に近づけなくなるくらいスゴ技な最終手段ってなんだと思う?
安藤さんもなんか知ってるっぽいんだよね。でもあたし訊けなかったから、知ってるなら教えて欲しいなぁ。
ねぇ、なんでそんなに顔引き攣ってるの?
「……それは別に、宮野が知る必要はないから」
ややあって返ってきた回答に、あたしは盛大に不満の鳴き声をあげた。
異議ありでーす!知りたいでーすっ!
でも幾ら粘っても、なんでか彼は教えてくれなかったので、向こうに帰ったらネットで検索してみよう、と思う。
翌日あたしたちはこっそりと、少ない荷物をまとめた。
予定では、お昼過ぎに王都見物って名目で避難所を出て、教会で用意されてる馬車でサナの森に向かうらしい。
だから今のうちに、お世話になった人たちに挨拶をしておこうと思うんだ。
安藤さんと高田君はまたこっちに戻ってくるから、そんな必要はないけどね。
あたしは避難所の中を歩き回って、ユトさんとゼスさんを捜し、お別れを告げた。
二人は今最高に忙しいから、何日もかかる旅についてきてもらうのは無理なんだ。
名残惜しいけどしょうがない。
二人ともすごく喜んでくれたさ。ここぞとばかりにモフられたけど、高田君には内緒にしといてあげるよ。
……主にあたしのためにね。
そんなこんなで昼食も済んで、さあ出掛けようってときに、ユトさんとゼスさんが顔を出した。
えー、なんで来ちゃうかな。こういう改まったの苦手なんだよ。
だから前もって挨拶に行ったのに。
あたしはもう挨拶済ませたからいいよ。
安藤さんにしがみついてソッポを向いてたけど、ユトさんやゼスさんがいつもと全く違う優しい手つきで頭を撫でてくれて、なんかもう、気づいたらボロボロ泣いてた。
多分本物の猫はこんな風に泣いたりしない。
わかってたけど止まんなかった。
結局あたしは泣いたまま二人とお別れする羽目になった。
あたしの泣き顔を見て愕然とする二人に対しては、甚だ失礼千万だと思ったけど、最後だし赦す。
あと高田君が挙動不審でみんなに心配されてた。
あたしの泣き顔、そこまで変か?ちょっと落ち込んじゃうぞ。
ユトさん。ゼスさん。
二人ともこれから大変だと思うけど、頑張ってね。
あたしはもう、ただの応援すら出来ないけど。
この国の未来が明るいものでありますように。
あたしに優しくしてくれたみんなが幸せでありますように。
そう祈るから。
安藤さんと高田君は旅装束の上から魔法使いのローブをすっぽり被り、あたしは安藤さんの服に顔を押しつけてしがみついている。
泣きすぎて、今絶対すっごい顔ブスだから。
お触り禁止令?なんですか、それ。
………人間諦めが肝心だよね、まだ猫だけどね。
護衛役の騎士さんが二人、私服でついてきてくれてて、あたしたちは徒歩で教会へ向かった。
彼らはこのまま、あたしたちの旅に付いてきてくれる事になっている。
心配したユトさんが手配してくれたんだ。腕はゼスさんの保証つき。
途中賑やかな商店街なんかも通って、結局王都見物すらしていない事に気がついた。
でも食べ物とかいらないもんね。
行列のできてる屋台を横目で見ながら通り過ぎた。
やがて教会に着いて、奥に通されたとき案内してくれたおじさんが、今回の旅の御者さんらしい。
よろしくお願いします、と丁寧な挨拶を頂いた。
こちらこそヨロシクでございます。
お世話になりマス。
そして奥の部屋で待っていたのは、すっかりお出かけ仕様で大きなカバンを肩にかけ、マントを羽織ったレイアス教主様だった。
けど髪の毛がやけにすっきりしてる。
あの盛りもりの髪の毛は何処へ!?
は!もしやあたし人違いしてる?
あたしの場合、人を見分けるときはまず服装と髪型だからね。
でも間違えてなかった。超ハイテンションなお出迎えは間違いなくご本人でした。
けどね、正直今そういう気分じゃないんだな。
あたしはもぞもぞと身体を丸めた。寝た振りの一択だよ。
ーーーのつもりが、あれ?
いつの間にか本気で寝ちゃってた!?
慌てて身体を起こすと、安藤さんの膝の上だった。
6人掛けくらいのゆったりした馬車に、安藤さんと高田君。向かい側に教主様と、初めて見る……と思う男の子。誰だろう?
いつから馬車に?今何時?
キョロキョロするあたしの背中を撫でて、安藤さんが笑った。
「にゃん、気持ち良さそうに寝てたねー。今そんなに寝たら、夜寝られなくなっちゃうかもよ」
そう思うのならば是非とも起こしていただきたかったです。
ここまで読んで下さってありがとうございます。




