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彼があたしに癒された日

ユトさんは宰相さんらしき人を振り返った。

「重傷者は町の医療所に運んだんだったな?」

「はい、……殿下。ここに残したのは比較的軽傷の者ばかりで。……それが、それと……、十年前の私の古傷が……」

呆然とした面持ちで語る男の言葉に、ユトさんは呆気にとられる。

「え?まさか古傷まで治ったとか言う?」

「信じられない事に!」

実感が沸いてきたのか顔を上気させた宰相さんらしき人は、頻りに右の膝を気にしていた。


立っている時は違和感がある程度だけど、立ったり座ったりの動作をすると鈍く痛むんだって。

それが全然平気になった、って言ってあたしたちの前で屈伸して見せた。

ソルハさんはそれを見て、このような奇跡は聞いたことがない、と絶句している。



ユトさんは報告に来た兵士さんに、すぐ町の医療所へ確認に行くように命じ、みんなを見渡した。

「他に何か異変があった者はいるか?」

みんなが目配せしあう中、一人の男が手を挙げる。

「あの…、気のせいかもしれませんが、昨日呑みすぎて体調が悪かったのが急にスッキリと……」

一瞬みんなの間に笑いがこぼれたけど、直ぐにおさまった。

そして後は、信じられない報告ばかりが続いた。


昨日、城から避難する際に負った傷や打ち身は言うに及ばず、風邪気味だった者から歯痛を我慢していた者。

肩凝りに腰痛。

貧血症でダルいのが常態化していた女性は、今までになく身体が軽い、と言った。

みんな結構色々抱えてて驚いたよ。


「古傷の上にもしかすると慢性疾患まで!?何でも来いってか?」

ゼスさんも吃驚だ。


ソルハさんは高田君と安藤さんの前に跪き、慄く二人の手を握りしめ額を押し当てた。

「まだ気が早いと言われるかもしれませんが、教会には数多くの、身体の不調を訴える者も参ります。もしも彼らの苦しみが癒されたのだとしたら、どうか私からもお礼を言わせて下さい」


その姿は、いつかの高田君の言葉を借りるならば、まさしく聖者だった。

……あの黒いオーラはどこに隠しちゃったんだろうね?




ユトさんはすぐに調査班を組みたがったんだけど、さすがに今は手が回らないって悔しそうで、ソルハさんが教会からの調査を申し出た。小さな村以外は国中どこに行っても教会はあるから、通知を出せばある程度は把握できるだろう、って事だった。


「このような奇跡は未だかつて例がありません!最低限必要な調査項目を決めてしまいましょう。ゼス殿、手があいているなら叩き台の作成に協力して下さい」

ゼスさんは珍しく興奮気味のソルハさんに引きずられて行ってしまった。



高田君と安藤さんは疲労困憊の様子でその場から動けそうになく、なのにその周りを大勢の人たちが取り囲んで、お礼を言ってるのだか困らせてるのだか訳がわからない状態になっている。

二人が疲れきってるのなんて見たらわかるだろうに、みんな興奮しきってて何も見えてないんだ。


あたしは二人を囲む人たちに向かって、大声で吠えた。


いい加減にしてよ!二人が疲れてるの、見たらわかんでしょっ!静かにしてゆっくりさせたげてよ!


猫だから鳴き声にしかならないんだけど、心意気としては吠えてるつもりだ。

怒りに満ちたあたしの声に辺りはシンとして、慌ててユトさんがやって来た。

状況を把握して手を合わせる。

「悪い!配慮が足りなかった。ともかく一度テントに戻ろう。医者が必要なら手配する」

口にしてから、体調不良の悉くを癒した二人に医者を手配するという奇妙さに気づき、苦笑していた。


そして高田君はユトさんに、安藤さんは女性の騎士さんに肩を借りて、テントへ戻ったのだった。




あれよあれよという間に、みんな忙しくなってしまった。





世話係を置こうか?って、ユトさんが言ってくれたんだけど、却って気を使うから断った。

だから今テントの中は、またあたしたち二人と一匹だ。

安藤さんと高田君は、ぐったりと寝そべって反省会らしきものを行ってる。

二人とも、なんでこんな大袈裟な事になってしまったのか、と困惑してるんだ。


「だからお城の中でねー、回復魔法が使えたらなー、そしたら怪我した人みんな癒しちゃうのになー、ってずっと思ってたのよねー。まぁ他にもー、一瞬で外に出して下さいとかー、色々考えてたけどねー」

ダルそうに語尾を伸ばす安藤さん。


「俺はやっぱりアレだろうな。昨日腕を縫ったとき、麻酔が殆ど効いてなかったのが地味に辛かった。今まで怪我らしい怪我をしなかったから気づかなかったけど、この世界の医薬品事情はそんなに良くないみたいだからな」


そして二人揃ってハァとため息をついた。

麻酔が殆ど効いてない状態で縫うなんて、考えただけで涙目になるんですけど。

昨日治療が終わってテントから出てきた高田君が、やけにぐったりしてたのはそのせいだったんだね。


高田君はホントはね、もし『祝福』の内容に干渉できるなら、もっと効き目のある麻酔やお薬の材料になるような薬草を作れないかな、と思ったんだって。

その二人の思いが合わさって、こういう事になったのかな?

でもこんな凄いことになったのに、どうして二人はこんなに落ち込んでるっぽいんだろう。



テントの外はどんどん騒がしくなってくる。

近くの町や村からは次々と『祝福』についての報告が届いてるみたいだった。

遠くの町や村からは当然まだだけど、お城の大広間を中継していた泡が途中で潰れちゃったから、地方の人たちは今お城がどんな状態なのかわからなくて気になってる筈。『祝福』が現れたらすぐ報告するように言われてたらしいし、きっと報告がてら、王や大司教や近衛師団長がどうなったか、直接様子を窺いに来るだろう。

高田君はそう言った。


じゃあ様子を見に来た人たちは、この崩れたお城を見たら、きっと吃驚するだろうね。




やがて高田君はユルユルと身体を起こし、胡座をかいた。

安藤さんはまだ無理みたいだ。

「あー、もうなんか気力体力根こそぎ持ってかれた感じ」

うつ伏せに寝ころがったまま、膝から下だけをパタパタと動かす。


「そうだな、もう何も考えたくない」

それ?それが二人がそんなに元気がない理由?



首を傾げるあたしを安藤さんが、おいでおいでー、って呼んだ。

「にゃんー、まだ抱っこ嫌かなー?」

あたしは一瞬高田君を見たけど、結局彼女に飛びついた。

高田君だってさっき抱っこしたんだし、こんなに疲れてる安藤さんを放っとけないよ。

あたしを腕の中に抱き込んだ安藤さんはホッとしたように笑った。




それから暫くしたら安藤さんは眠ってしまって、あたしは彼女の腕の中からスルンと抜け出した。


疲れた顔で、あたしをずっと見てる高田君。

なんでそんなに落ち込んでるの?気力体力根こそぎ持っていかれたから?

彼の膝に飛び乗り、安藤さんの言葉をそのまま繰り返して鳴くと、彼はあたしをギュッと抱き締めた。


「なんていうか、それもあるけど……かすり傷や古キズ。それに慢性疾患まで?怪我も病気もってことだろ?それも一人二人じゃなく、もしかしたら国中?もう俺の許容範囲を超えた、っていうか、何がなんだかわからない。多分安藤もそうなんじゃないかな?」

あたしは黙って彼の言葉を聞く。

「ソルハさんは喜んでくれたけど、それが良いことなのかどうか、俺にはわからない。重い怪我や病気ならともかく、国中の些細な病気や怪我までが無くなってしまったら、医者や薬屋は困るんじゃないのか?その家族や、そこで働いてる人は?

自分で責任を取れない事態ってのが、こんなに気力を削るものだとは思わなかった」

そう言いながら彼は、あたしを抱いたままうつ向き、小さなため息をついた。


あのさ、高田君。


あたしは精一杯明るい声を出した。


きっと今は疲れてるだけなんだよ。そういう時って、何でも悪い方に考えちゃうもんでしょ?

例えば、今怪我が治ったとしても、明日には新しい怪我をこさえてるかもしれないよ?病気だって、生活習慣病なんかだったら、生活態度を改めない限り、またおんなじ病気になるんじゃない?

一生病気も怪我もしない身体になったわけじゃないと思うんだ。だったら、やっぱりお医者さんは必要だよね。

それにさ、大事な事忘れてるよ?

ソルハさんも言ってたでしょ?『祝福』は神の領域だって。

だから何かあったら、責任を取るべきは神様なんだよ。

でもこれはご褒美なんだから、もし誰かに誉められたらそれは、偉そうな顔して受け取っておけばいいと思う。


ふと気づくと高田君は顔をあげて、マジマジとあたしを見てた。

ペラペラ喋っちゃったけど、あたし何か変な事言ったかな……?

心配になって様子を窺ったら、彼はプッて吹き出した。


「お前、人のことになるとやたらポジティブだよな」

クツクツと笑う彼は、少しだけ元気になったように見えた。

「そうだよな、医者がいらなくなる訳じゃなし、まだ何もわからないうちから気にして落ち込んでもしょうがない。……宮野がいてくれて本当によかった」

そうして彼は、あたしを抱っこしたままゴロリとまた横になった。

「……それと、ご褒美ならお前からもらったほうが嬉しいな。けど俺、お前に格好悪いとこばかり…、見せてる気がする」

そう言いながら二回欠伸をした。


そんなの格好悪いなんて全然思わないよ。むしろ気弱なとこも可愛いってゆーか、そういうとこ見れて嬉しいってゆーか、そんなこと言ったら怒る?……あ、寝てるわ。


高田君はいつの間にかスースー寝息をたてて寝てしまった。

安藤さんといい、よっぽど疲れたんだろうな。ソルハさんから聞いた、前の『祝福』の時の話では、そんな風でもなかったみたいなのにね。

それに、あたしからのご褒美っていったい何が欲しいんだろ?

そんなことを思いながら彼の少し幼い寝顔を見てたら、ついついあたしも寄り添ったまま眠ってしまった。

人の体温と寝息ってのは魔物だと思う。睡魔っていう名のね。


夢うつつでソルハさんの、なんとも微笑ましい光景ですね、って声が聞こえた気がした。

それからユトさんの、もう明日にしようか、って声も。




あたしはそれから結局一度も起きることなく、目覚めたら次の日になっていた。



安藤さんも高田君もとっくに起きていて、あたしは彼女の腕の中だった。


うーん、お触り禁止令がなし崩しに無かった事になっている。

どうしたもんだろう。


「あ、にゃん。目が覚めた?」

安藤さんがすぐに気づいて声をかけてくれた。

いつも通りの明るいトーンの声にホッとした。



あたしが寝てる間に二人は食事も済ませてて、ユトさんたちと話をしたんだって。

これまでに近在から集まった情報からすると、『祝福』の奇跡はやっぱり相当なものだったらしい。

昨日話題に上がった怪我や病気以外にも、先天性の病気や不具に悩んでいた者たちが教会に詰めかけ、涙を流し喜びの祈りを捧げたという。

ただ、怪我や病気で仕方なく身体の一部が欠損してしまったような人たちは、さすがに元に戻りはしなかったのだけど、彼らを悩ませていた幻肢痛がきれいさっぱり無くなったとかで、彼らからもとても感謝されているそうだ。


『祝福』のもたらされた範囲がこの近辺だけなのか、国中に及ぶのかは今日にでもわかるだろうという話だった。





そしていつの間にやら、あたしが向こうの世界へ戻る日も決定してたらしかった。

ここまで読んで下さって、ありがとうございます。

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