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彼らがあたしに見せた光景

結局ソルハさんはレイアス教主様に押しきられ、独断では決められないので他の方に相談してみます、と疲れた声で言った。

やった!と顔を輝かせた教主様は最早、自分がいく気満々だ。


誰でもいいけど、よろしくお願いしマス、とあたしはこっそり頭を下げておいたのだった。




そしてあたしたちは再び馬車に乗って、避難所に戻る。

今度はソルハさんも同乗していた。

黒い馬(やつ)を還すと聞いて、是非とも立ち会いたい、って言いだしたんだ。ソルハさんも大概奴のファンだよね。


でもさ。

教主様によれば、あたしも『神の祝福』的なものらしいよ?

別にいいけどさ。


昨日安藤さんはあたしのことを『神の御使い』だって紹介してくれたけど、どうやらあたしは奴の仲間に近いらしい。言われてみたらあたし動物(ねこ)だもんね。ちょっと納得しちゃった。



あ、そうそう。教主様は当然のように、自分もこの馬車に乗って行くって言ったんだけど、ソルハさんに断固として阻止され、むくれてたよ。





馬車ではソルハさんと高田君が並んで座り、向い側に安藤さんとあたしが並んでいる。足元にはもう場所がなくて蹴られそうだったからね。


ここに至っても頑なに抱っこを断るあたしを見て、ソルハさんは目を丸くした。

「にゃんは機嫌が悪いのですか?」

誰にともなく訊く。


そんなことないよ、でも約束なの。


そう鳴いたあたしを見て、高田君がちょっとだけ後ろめたそうな顔をした。

安藤さんは、機嫌は悪くないけど今は触られたくない気分みたい、とフォローしてくれた。ありがとう、安藤さん!



そうそう。羽が生えたっていう勇者様の話も気になるんだよね。

高田君、あの時なんか嫌そうな顔してたでしょ?


視線を合わせないまま、どーしてなの?って鳴いたんだけど、彼は知らん顔をしている。

聞こえてる筈だけどなんでかな?もしかしてご機嫌斜め?怒られるようなこと、してないよ?


チラリと彼の方を見ると、視線が絡んだ。

怒ってるふうでもないみたい。

ならどうして教えてくれないの?知りたい知りたい。




…………。


あたしはアホウだった。

彼が言わないなら聞かなきゃよかったんだよ。

調子に乗ったあたしの催促にため息をついた彼が、ソルハさんに何気なく話を振って、ソルハさんがそれに答えて。


あたしと安藤さんはウゲッと顔をしかめる羽目になった。

いわゆる翼じゃなくて、昆虫の翅だったのですね。

その勇者様の時は、人間サイズの虫がわさわさ出てきたそうです。どんな種類かまでは言わなくていいです。


安藤さん、巻き込んでごめん……。





やがて避難所に戻ったあたしたちは、テントから少し離れた開けた場所に移動した。


ユトさんもゼスさんも、それから他にもたくさんの人たちが円を描くようにあたしたちを取り巻いている。

多分宰相さん、と思われる人もいた。


高田君が呼ぶと、どこからともなく奴が空を駆けてくる。奴は手を差し述べる彼を目がけて降りてきた。

ふわりと着地した奴を人々は取り囲み、ユトさんたちも思い思いに声をかけ労っていた。


その光景を見てて、あたしはフッと思い出した。


昨日、お城の大広間の天井に残された奴の蹄の跡。

あれ、大事に置いとけば観光名所になるかも、って思ったんだけど、ユトさんに伝え損ねちゃったんだよね。きっと今はもう粉々だ。


でもまだ間に合うのかな?

こいつにあたしの言葉、通じると思う?

昨日空で、戻ってっ!、って頼んだ時は無視されたけどさ。



あたしは奴のところへ向かった。


人垣で奴が見えなかったから、退いてぇぇ通してぇぇぇ、と大声で鳴いたらみんなスッと場所を開けてくれたよ。


あ、違った。奴があたしの方に歩き出したから、みんなが避けたんだ。


崩れた人垣の隙間から姿を現した奴の前に四肢を踏ん張って、あのさぁ!、とあたしは声を張り上げた。

奴はその首を下げ、あたしの前に顔を持ってきた。黒い馬と黒い猫の息詰まる対決。


いつも怖がってたのに珍しい、って安藤さんの声が聞こえた。

あれは怖がってたんじゃないから。震えてしがみついてたのは仕様だって言ったでしょ?

それに間近で顔を合わせて見ると、あれ?そんなに思ったほど怖くもないや。

今までなんであんなに怖がって…ごふん、震えてしがみつく仕様だったんだろう。


ずっと、高い場所の奴を見上げたり、背中にへばりついて見たりしてたからかな?


こいつは高田君の一部なんだ、と初めて感じた。




あたしは奴に向かって鳴いた。

せっかくだからさ、記念に蹄の跡の1つでも遺していったらどうかな?

珍しいものだからきっとみんな喜ぶと思うんだ。

お城も崩れちゃったし、新しいのを造るのにお金かかるでしょ?拝観料とまでは言わないけど、みんなが観光に来たら寄付金くらいは集まるかもしれないもの。


奴は返事をしなかったけど、グルリと周囲を見回した。

おお…好感触!でもテントはやめとこうか。きっと一蹴りで潰れちゃうからね。


そしたら今度は、奴はユトさんの背中に翻るマントに目を止めた。


昨日までのローブじゃなくて、今日の彼は王子様っぽい詰め襟の衣装に、滑らかな生地のマントを装備している。


奴の熱い視線を浴びたユトさんは嫌な予感がしたのか、ちょっと顔を引き攣らせ、後退った。


その時、あたしは背後から伸ばされた片腕で掬うように抱き上げられた。



高田君!?

触っちゃダメだって言ったのに!


たちまちバクバクし始めた心臓を抱え抗議の鳴き声をあげると、彼はあたしの耳元で、ごめん、と囁いた。

でもこうでもしないと話も出来ない、と。


……そんなこと言われたら、これ以上怒れないじゃん。



そしてこの中でただ一人、あたしが奴に喋った話を聞いていた彼は、奴に向かってこう言った。

「ユトはやめておいてやってくれ。蹴ったら怪我じゃ済まないから」


その言葉に狼狽えるユトさん。

「え?俺なんか悪いことした?怒らせるようなことした!?」

その様子がなんだか笑えて、あたしが高田君の腕の中で一人クスクスしているうちに、彼は奴から聞いた風にしてユトさんに上手く説明してくれた。


恐怖から一転、感激の表情を浮かべるユトさん。そんなに喜んでもらえるなら、発案した甲斐がありましたとも。


高田君は、アレはどうだろう?、と崩れた城の上部を指し、ユトさんも頷いた。

あんなところに何があるのかな?

あたしが伸び上がって見ようとすると、奴が助走もなく空へ翔け上がる。

訳もわからず人々が歓声をあげる中、頭上でクルリと旋回しそのまま城へ向かった。


皆の注目を浴びながら城の上部に舞い降りた奴。

仔犬程の大きさに見える奴の一蹴り二蹴りで、瓦礫がまるで発泡スチロールのように、いとも簡単に飛び散っていった。


それを目の当たりにしたユトさんは、蹴られなくてよかった、と本気で青ざめていた。



やがて方向を変えた奴が後ろ肢で蹴り飛ばしたものが、ゴグヮーンヮンヮンと形容し難い音をたて、城の横手へ転がり落ちていく。


ユトさんの指示で荷車に乗せて即回収されてきたそれ(・・)は、巨大な鐘だった。



ああ、鐘だったのか。そういえば広間の上で鳴ってたよね。

うん、これはいい案かも。



あたしは高田君の腕からヒョイと飛び降りて覗きに行った。

歪にへこみ、幾つかの傷が目立つその鐘には、見間違えようもないほどくっきりと奴の蹄の形が刻まれている。



「こりゃあいい記念になるな」

「教会にも何か記念が欲しいですね。うちにはにゃんの手形でも貰いましょうか?」

ゼスさんとソルハさんがのんびり笑う横で、ユトさんはさっきより尚一層青ざめていた。


蹴られなくて本当によかったよね。怪我どころか、もしかしたら穴があいてたかもだよ。






そしていよいよ奴とのお別れがやってきた。


「どんな『祝福』にお目にかかれるのか、楽しみだな」

「プレッシャーかけるのやめてよ、ゼスさん。私たちにも何が起きるかわからないんだから。すっごくショボイ奇跡だったらどうしよう」

小声で言い合うゼスさんと安藤さん。


大丈夫だよ、きっと。少なくとも聖女様や勇者様は喜ぶ奇跡らしいから、回りは気にしなくてもいいんじゃないかな。



固唾を飲むみんなの前で、高田君は奴に右手を差し出した。鼻面を擦り付ける奴の耳元に彼が何か囁いて。


奴の姿は朧になり、一瞬でかき消えた。



あっという間だった。呆気ない程の。




それから彼は、何かを確かめるように右手をかざし、辺りを見回し、少し困った表情を浮かべた。


そうだ!奇跡は!?



あたしも慌てて辺りを見回したけど特に何も変わった様子はなくて、皆の中に困惑が拡がっていく。

安藤さんもちょっと不安そう。


その時高田君が、表情を変えた。

布で吊って固定していた左腕を持ち上げ、布をむしりとった。

勢いよく回してみて袖を捲り上げ、包帯も取ってしまう。

現れた左腕の何処にも傷はなかった。


その横で安藤さんも自分の手足を見て怪訝な顔をしている。



「え?傷が治ったの?あんなにパックリいってて、何針も縫ったのに?」

彼を見て痛そうな事を真顔で言うのはユトさん。


やっぱり縫ってたんだね。あたしが何回聞いても、大したことない、って教えてくれなかったけど、やっぱり縫ったんじゃん。


あたしが半眼で睨むと、高田君は気まずげに視線を逸らせた。

でもまあ、治ったんならよかったよ。

ホッとした。


けど。


奇跡はこれだけでは終わらなかった。


高田君と安藤さんの身体が徐々に発光し始め、目を剥く二人と目を瞠るあたしたちの前で、その光は白の奔流となる。


もう眩しくて目を開けていられなかった。


ややあって焼け付くような瞼の裏の輝きが薄れ、あたしはようよう目を開けた。

がっくりと膝をつく二人の身体から離れたその光は、既に空高く煌めきを増している。


眩しいそれはたちまち広がり、光のシャワーのように降り注いだ。


今まで何度もあたしや安藤さんの光が、空を覆って魔物を浄化したり国中に広がったりしたけど、その光をほんわりと優しい光だと形容するなら、この光は激しく苛烈で恐ろしい程清らかだ。


その圧倒的な質量の煌めく光のシャワーは、あたしたちのいるこの場所だけでなく、王都全体ーーーううん、もしかしたらこの国全体に数十秒に渡って降り続け、少しずつ薄れ、やがて消えていった。




「……恐ろしい程、神々しい光景でしたね」

感極まったようにソルハさんが呟き、ユトさんが頷いた。

「恐いくらい綺麗だった。夜ならもっと綺麗だったかもな。ちょっと惜しいことをした」



とうとう座り込んでしまった安藤さんと高田君に、大丈夫か?、とゼスさんが声をかけに行き、あたしも二人に近づいた。


凄かったね、凄く綺麗だったよ。ありきたりな言葉しか出てこないけど、感動しちゃったよ。

あたしが二人の前でそう鳴いたとき、テントの方からどよめきが上がった。


何事?とみんなが振り返る。

一人の兵士さんが走ってきてユトさんの前に膝をついた。

「ご報告申し上げます!奇跡が……」


……?



そんなことはみんなわかっている筈だよね。今の光のシャワーはテントの中にいたって感じとれたと思うよ。

それほど凄まじい光だった。


何故か言い淀む兵士さんを促すように、ユトさんが首を傾げた。

「その……奇跡が起きて、信じられない事に医療テントの患者たちの怪我が全快致しましたっ!」


「は?全快って……?」


言いながらユトさんの視線は高田君の左腕に向かう。

周りで聞いていた人々の目も、同様に高田君に向いた。


「えーっと……、医療テントにいたのは軽傷者ばかりだったか?その怪我が全部?」

「はい!かすり傷に至るまで、全て!」

まだ今一つ信じられない面持ちで語る兵士さんは、高田君の左腕の怪我が治った事を知らない。


そのうちにみんな自分の手足を見て叫び始めた。いつの間にやらみんなの傷も治っていたらしい。




もしかして、高田君と安藤さんの起こした奇跡って、ものすごーくとんでもない事なんじゃないの!?

ここまで読んで下さってありがとうございました。

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