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彼とあたしの噛み合わないアレコレ

高田君の目に映るあたしは猫じゃなかった……という事実は、ここへきてあたしを打ちのめすのに充分だった。


最初聞いた時こそショックを受けたものの、近衛師団長相手の切羽詰まった状況で後回しにしてしまい、それからはなんだかマヒしてしまってた。


今改めてーーー、彼の頬を舐めちゃってた…とか、彼の背中で何かを煽る動きをしてた…とか聞かされて、もう身の置きどころがないってこのことだね。


他にも絶対何かやらかしてる自信しかないよ。

猫だからいいや、と自分を甘やかしてやってきた事の全てが、今あたしを追いつめている。


お腹丸出しでデローンと寝そべってたりとか、安藤さんやユトさんにモフられてウハウハしてるとことか、全部見られてるんだよ!?宮野あかりの姿で!



それに加えてあたしは思い出してしまった。


夢だとばかり思い込んでいた、いつかのゆらゆら揺すってくれた優しい腕。


高田君の声は、一緒に帰ろう、って呼びかけてくれた。

あたしが、帰ったら死んじゃうんだよ、って訴えたら、それはきっと間違いだから、って宥めてくれた。



ずっと夢だと思ってたアレが……、まさか現実だったなんてーーーっ!




もはやあたしのメンタルはボロ雑巾と化している。

あ、今魂が抜け出ていったような気がします。



脱力したあたしを見て、高田君は目を細め、フッと笑った。

「ああ、なんかもう可愛過ぎだろ、お前」


はあ?こんな脱力系女子、からかわないで下さいよー。

くったりと彼の腕にもたれて半眼で睨み、ため息混じりでにゃあと鳴くと、からかってなんかないよ、と優しい声が返ってきた。

「安藤が前に言ってた意味がよくわかった。お前がそうやって俺の前で気を許してくれてるのが、嬉しくてしようがない」


安藤さんが?それってもしかして『デレ』がどうとか『お任せ』がどうとか言ってたアレ!?

こんなのを『デレ』だと思ってくれるのは安藤さんと高田君くらいなんじゃない?


呆れたあたしが見上げれば、彼は甘やかに笑う。

「自然体の宮野を見てて、だんだん好きになった。俺は宮野が好きなんだ」





!!!!



サラッとなんか凄いこと言われた!?


一拍置いて、両目を限界まで開いたあたしが跳ね起きると、すげーリアクション、と高田君はまた笑った。


あ、なんだ冗談か。そりゃそうだ、冗談だよね。

ホッとしたような、がっかりしたような複雑な気持ちで顔をしかめて彼を見ると、思いの外真面目な顔と視線が絡む。

「お前の思い込みと早とちりは芸術レベルらしいからな。曖昧な言い方で誤解されるのは困る」



………えっと。



あのさ……高田君。その芸術レベルってのも気になるんだけどさ。

高田君ってどうしてあたしの事、そんなに分かってるの?あたしの名前も知ってたよね?もしかして何処かで一緒だった?でも、あたし半端なく顔覚え悪いけど、高田君みたいな人が同じクラスだった事があれば絶対一番で覚えるし、多分忘れないと思うんだよ!?

あ、ねぇ高田君?高田くーん?

大丈夫?どうしてため息なんて、ついちゃってるの?




あたしが矢継ぎ早に質問しだすと、彼は鉛を飲んだような顔で固まってしまった。心配したあたしが伸び上がって顔の前で肉球を左右に振ると、絶望の表情でうつ向き、ため息をつく。


何かブツブツ呟いてるので耳を澄ませてみると、まさかこれ程とは……、って聞こえた。

何の話だろう?



項垂れる高田君を前にどうしたものかと困ってると、彼は突然ガバリと顔をあげた。

「あれだけはっきり言ってスルーされるとか、正直『宮野あかり(・・・・・)』をナメてた……。いや、もうそういうところも全部含めて好きだ!」



え?さっきの……!?

冗談じゃなかった?


高田君があたしを?

それに今なんか不自然に、あたしの名前強調されてなかった!?



今度はあたしが固まる番だった。



さっきのは冗談じゃなかったの?と恐る恐る訊くと、冗談なんか言わない、と彼は苦笑しながらまたあたしをホールドした。


「宮野、好きだ。迷惑ならそう言ってくれていいけど、ただお前をこの世界に残していきたくないんだ。頼むから……ユトではなく、俺を選んでくれ。俺と一緒に帰ろう」

あたしの肩口に顔を埋め、声を震わせる。


本気で言ってるのかな。

でも彼は、冗談じゃない、って言った。そんな嘘をつくような人じゃないって、あたしは知ってる。

けど、え……?今何回好きだって言われたの?あたし。

ホントに本気なの!?


ああ、でもどうしよう。


迷惑だなんて事ある筈がない。

けど、あたしが自分の心に素直になれないのには、病気の他にもう1つ理由があった。


安藤さんだ。





でもね……、でもさ、……安藤さんは?

あたしは彼の腕の中から、躊躇いがちに問うた。

安藤さんと付き合ってるんじゃないの?

だって旅してる間、隠しきれない親しさが伝わってきてたよ。それに、あたしたちがユトさんとゼスさんに助けられて避難所に着いた時、彼女はあんなに泣いて高田君の名前を呼んでた。

あたしが知らない高田君の名前を……。




あたしの鳴き声に、彼は瞠目した。

「……もしかして、それが俺の告白をきれいさっぱりスルーした理由?」

や、さっきのはホントに冗談だと思い込んでたんだよ。


気まずげに視線をさ迷わせるあたしに、思い込み…ね、と高田君はため息をついた。

「わかった。なんかもう今の時点で既に、色々勘違いや早合点されてそうな気がするから、お前の疑問を1つずつ片付けていこうか。あと、あの時・・・安藤は真っ先に、お前のこと呼んでたからな!」


そ、そうでしたっけ……?





そうして彼は語り始めた。

あたしをギュッと抱き込んだまま。







高田君の名前は、(まこと)という。


あたしと安藤さんは2年生。彼は同じ高校の3年生だった。


高田君と安藤さんはご近所で、いわゆる幼馴染みってやつ。小さい頃から『まこちゃん』、『しーちゃん』と呼びあってた癖が中学まで抜けなくて、安藤さんがたまたま高田君と同じ高校に進学する事になったときになんとなく、お互い名字で呼ぶことにしよう、ってなったんだって。


因みに安藤さんの名前は詩音ちゃんっていうんだよ。名前も可愛いよね。


夕方、安藤さんが泣きながら『まこちゃん』って呼んじゃったのは、相当動転してたんだろう、って高田君は言った。

お互いにおねしょしてた歳まで知ってるような仲だから、恋愛感情なんて生まれない。強いていえば兄妹のようなものだ、と。



ーーーそれなら、あたしは我慢せずに手を伸ばしてもいいんだろうか。




そこまではいいか?と、彼があたしを見る。コクリと頷くと、彼は続けた。



高田君が初めてあたしを見たのは、1年と少し前。あたしたちの入学式の翌日だったそうだ。

その日の事はあたしも覚えていた。なんだかものすっごく嫌な予感がビシバシなんですケド……。



入学式の後ぞろぞろ連れだって入った1年6組の教室は、階段を3階まで上がってすぐ右側の教室。

中学3年のときの教室は、2階の階段横右側で、階数が違うだけの似たような場所。


だからって3階と2階を間違える人はそうそういないと思う。


でも、それを間違えちゃうのがあたしだった。


あの日、あたしは3階まで上がらないといけないのに、階段を上がってるうちについ癖で2階の右側の教室に入っちゃって、自分の席のつもりの椅子にストンと腰を下ろしてしまった。


教室には誰も知ってる顔がいなくて、けど顔覚えの悪いあたしにはそれが当然の事。基本、人の顔を見るのが怖いので、うつ向き加減だったせいもある。

知らない男子生徒が、そこは俺の席だよ、教室を間違えてるんじゃないかな?って言いに来てくれるまで自分の席だと信じて座り続けていた。


それが当時の高田君のクラス、2年6組だったらしい。

ほら、嫌な予感大当たりだったでしょ?



高田君は言った。

その時教室にいた生徒たちは全員、1年生が教室間違えてるよ、とすぐに気づき、誰が声かける?、と目配せしあっていたんだって。

結局間違えられた席の主が声をかけてくれたのだけど。


そしてあたしの恐ろしいところは、同じ間違いを3日間連続で繰り返してしまった事だった。2日目はさすがに席に座るまではいかなかったものの、教室に一歩足を踏み入れ、失礼しましたーっ!と慌てて逃げ出した。

3日目は教室の手前で気がついて回れ右した。


そしてその3日間とも、高田君は教室にいて一部始終を見ていたのだそうだ。

てんぱってるあたしには教室内を見回す余裕なんてある筈がなくて、その存在に気づく事もなかったけどね。




ああ、心底記憶から抹消したかった黒歴史の3日間が、1年以上を経て異世界で甦ろうとは欠片も思わなかったよ。

しかもそれを高田君の口から聞かされるなんて。


話を聞きながら居たたまれなさにモゾモゾするあたしを、彼は逃がすものか、とばかりに抱えなおした。



彼のクラスはしばらくその話題で盛り上がってて、四日目ともなるとまたあたしが来るかどうかで賭けてる人たちもいたらしい。

今更そんな話知りとうなかったわー、とがっくりした。

さすがのあたしも四日目はちゃんと自分のクラスに向かったよ。でもあの時、もしまた間違えてたら賭けしてた人たちが大騒ぎしてたのかもね。


間違えなくて本当によかった。




そのあと彼は、安藤さんと一緒にいるあたしを何度か見かけたそうだ。

それで、安藤の友達なのか、って頭の片隅に記憶された。あたしがみゃんちゃんって呼ばれてるのは、その時知ったらしい。


廊下でも何度かすれちがった、って高田君は言ったけど、あたしは基本的に歩くときは、他人と視線を合わさないようにうつ向き加減で歩く人だ。街でも近所でも、学校でも一緒。

だって誰か目が合った人に、親しげに声をかけられたらどうする?

相手が誰だかわからないときの、あの身が竦むような気持ちはできれば味わいたくないもの。


友達(かのちゃん)が一緒のときは、安心だったんだけどなぁ。もしもの時は彼女が助けてくれたもんね。

今はもう学校が離れて、彼女の知らない友達が増えちゃったから無理だけどさ。


そんな訳で、あたしは高田君の存在には全く気づいてなかった。

そもそも間違えた教室に彼がいたことすら気づいていない。


そう言うと高田君は、俺もまだまだだよな、と肩を落とした。

「でも多分そうだろうな、とは思ってた。お前ときたら、『安藤さん安藤さん』って、安藤の事ばかりだったし、俺の事は多分認識されてないってわかってた」

ええっと、その通りだけど落ち込む必要はないよ?同じクラスの人でさえ、顔と名前が一致するのに何ヶ月も、下手したら一年かかるんだから、あたしの場合はね。




あたしの本名はクラスで話題になって知った、と高田君は言った。

へ?……と目が点になるあたし。


なんで?なんであたしの名前が他の学年のクラスで話題になるの?

まさか入学早々3日連続で教室を間違えたおマヌケさんとしてですか?


初めて知った衝撃の事実にあたしが絶望の鳴き声をあげると、彼は困った顔をした。

「そんな理由じゃないよ」

他に一体どんな理由があるっていうのさ?


不貞腐れた可愛いげのない猫を大事に抱えた勇者様は、

「去年の一学期、誰かに告白された覚えはないか?」

と、とんでもない事を言いだした。




そんな記憶はさっぱりございませんが……!?。





ここまで読んでいただいて、ありがとうございました!

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