彼はあたしに、教えてやろうか、と言った
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ええっ!?なんか凄い過分に誉められてる?
優しいとか、思いやり?勇気?それ全部、安藤さんの事だよね!
そそ、それに選ぶって?選ぶって何を?誰が?
高田君の膝の上でキョドって口をパクパクさせるあたしを、彼は宥めるように撫でた。
「落ち着いて、宮野。俺が言ってるのはお前のことだよ。それにお前、このままこの世界に残ろう、とか考えてるだろう?」
うわーっ!心の声駄々漏れてるよっ!
でも少なくとも今は、絶対この世界に残ろう、なんて事は考えてないよ?
今度は必死ににゃあにゃあと弁解するあたし。
端から見たらきっと怪しい光景だろうな。膝に乗せた猫と大真面目に会話する勇者様なんて。
高田君はため息をついた。
「ならいいけど、前にユトに向かって『面倒見て欲しい』って言ってたから」
あたしは目を瞬いた。
確かに何度か考えた事はある。モフリは安藤さんの次に上手だし、なんてったってリアル王子様だしね。食べない飲まない、トイレもいらないあたしを気味悪がらずに飼ってくれそうなのは、勇者様御一行のみんなくらいだもん。
でもそんなこと、口にだして言ったかな?
あたしは高田君を見上げてにゃあ?、と鳴いた。
そんな事、あたし言ってた?
言ってたな、と彼は面白くなさそうに口を開いた。
「魔王城で、ユトがみんなに手を貸して欲しいって言った時に、お前は真っ先にあいつに味方するって宣言して、だから面倒を見てくれ、って言っていた」
………。
そう言われれば、そんな事を言ったような気も……。
他人の口から聞くと、あまりの打算的な言いぐさに泣きそう。
それで、あの時高田君はなんだっけ…。あたしをユトさんから取り上げて……。
そう、あとで覚えてろ……って言ってた。
そして……。
あたしは余計な事まで思いだしちゃったよ。
そのあとで高田君は………。
あ た し の お 尻 触ったぁーーーっ!!
確かに撫でた!お尻撫でてた!
最近モフるようになったなー、って思った記憶があるもん。
あたしは勢いよく膝から飛び降り、ジト目で睨んだ。
エッチ!あの時あたしのお尻触ったよね!
激しい抗議の鳴き声に、彼はたちまち真っ赤になった。
てことは覚えてるんじゃん!
「あれは…出来心、というか…ごめんっ!ついっ!」
いつもの落ち着いたイケメンっぷりはどこへ行ったのか、しどろもどろに謝る彼に、なんだかわからない怒りが込み上げた。
黙れーーっ!そこになおれーーっ!
出来心ってのは何事よっ。そんなんで乙女のお尻触って許されると思ってんのかぁっ!!
触るんなら、ちゃんと許可取ってから触れやぁっ!!
あれ………!?
あたしなんか妙な事口走ったような?
と思った時は遅かった。
一瞬目を見開いた高田君は、さっきと同じく、器用に右手一本であたしを捕らえ今度は左腕も使って閉じ込めた。
卑怯だよ!これじゃ左腕が痛いのわかってるから動けないじゃない。
仕方なく大人しくなったあたしの首筋に顔を埋めて、彼は囁いた。
「この前のは謝る。でも、……許可を取ったら触ってもいいのか?」
ええと……。そういう事になる?
許可さえ取れば、触ってもいいって意味になっちゃう?
えええっ!?
……でも、許可を出すかどうかはあたし次第、って事だよね。
あの時はただモフられてるだけだと思ってた。
人間のつもりで触られてた、ってわかった今でも、嫌な感じはしない。
ただ、もし遊び半分で触られたんなら悲しいし、もうそんなことしてほしくないなって思うだけだ。
今、もし彼に許可を求められたら、あたしは何て返事するんだろう。
答えを躊躇うあたしに、彼は言った。
「宮野、その日の夜のこと覚えてる?」
その日の夜?お尻触られた日の夜って事?
あの日、あたしは酷く落ち込んじゃってて、そのせいか存在が姿ごと消えかけたんだった。どうやら身体がないらしいって気づいたのもその時だ。
みんなに心配かけて、高田君にも心配かけた。
それでその夜も、今日みたいに二人で夜の散歩に出掛けて………。
出掛けて、高田君を……。
何故だか無性に彼が愛おしく思えて、頬を……舐めた……!?
猫だからね、別に舐めたってちょっとザラついて痛い程度。
……うん、猫ならね。
彼にとっては人間なんだったねっ!
ジワジワと顔が熱くなった。
なんであたし、あの時舐めたりしたんだ?
もう思考まで猫になっちゃってる!?
うわあああっ。あり得ないっ!
ショックで、硬直するあたしを高田君は優しく揺すった。
「思い出したか?」
恐る恐る見上げた彼の瞳には、熱が散らついていた。
「あんな風に煽られて、俺よく我慢したと思う」
頭を抱えたくなった。
お尻を触られて怒ってた筈が、自分も大概なことしてたなんてっ!
焦りのあまり声も出ないあたしの頭を撫で、彼は小さく笑った。
「まあ、いいよ。少なくとも俺の事、嫌いじゃないと思っていい?」
あたしは目を逸らし、ゆっくり頷く。
嫌いだなんて思ったこと一度もないし、むしろ一緒にいたい、と思ってる。
そうはっきり伝える勇気はまだないけれど。
高田君は全身で柔くあたしを抱きしめ、よかった、と囁いた。
あたしはといえば、動いたら彼の左腕が痛むから、って自分に言い訳して、振りほどく事もせずジッとしていたのだった。
それからあたしたちは、もう少し話をした。
あたしが向こうの世界で、もう治らない病気だったってこと。
手術をするとなったあたしの枕元で、お母さんと叔母さんが泣いた。
そんな治療意味がないのに、って泣いてた。もう余命も僅かなのに、ってお母さんが言ったら、叔母さんが、そんなこと言ったらダメでしょっ!、って怒ってた。
それから二人で、あの歳であんな病気になっちゃって、ってまた泣いた。
あたしは寝た振りをしたまま、起きる事ができなかった。
そうか、手術したって意味ないんだ。
どうせすぐに死んでしまうんだから。
あの日、手術室まで自分の足で歩いた。
ベッドに寝るように指示されて、看護婦さんたちが慌ただしく準備を始める。
あたし、本当はなんの病気なんだろう。こんなギリギリになっても誰も本当の事を教えてくれない。
白衣を着たお医者さんが二人入ってきて、一人が注射の準備を始めた。
あたしが涙を流してるのに気づいた看護婦さんの一人が、脱脂綿でそれを拭って、眠ってる間に終わるから怖くないよ、って笑ってくれる。
でもあたしには、眠ってる間に人生が終わるから……、としか聞こえなかった。
もうあたしの人生は終わってしまうんだ。ここで終わってしまう。
あたしはまだ何もしてない、できてないのに。
ああ神様、一生に一度のお願いですーーー。
注射器を持ったお医者さんがあたしの傍らに来て、大きな声で数を数えてください、と言う。
虚ろな声が手術室に響いた。
……いーち、
……にーい、
ーーーーあたしは異世界で、聖女さま…に…なりたい。
さん…で意識は途切れた。
あたしの話を黙って聞いていた高田君は、小さく吐息を漏らした。
「そうか、訳がわからないままで怖かったんだな」
耳の後ろを撫でてくれる手付きが優しくてなんだか涙が出そう。ついスリスリしてしまう。
はっ!あたしは人間、人間だよっ!!
自分を見失わないように気をつけなきゃ!
気づいたときには猫になってて森にいた、と言うと高田君は少し顔をしかめた。
「つまり俺たちみたいな召喚の儀式はなかった、って事か」
そうなんだよ。だから帰れるかどうかもわかんないし、帰れたとしても、あたしきっと死んじゃうんだよ。
もしかしたらもう死んでるのかも……。
高田君に向かってそう鳴きながら、段々気分が沈んでいくのがわかった。
だって、もしこの世界に残ったとしても、あたしには身体がない。いつかのようにフッと消えてしまってそれきりかもしれない。
戻っても、ここに残っても、あたしの未来はーーー。
「なぁ、宮野」
うつ向くあたしの顎をすくい、彼はひたりと視線を合わせた。
「お前、自分がおっちょこちょいだって自覚あるか?」
キョトンとするあたしに、彼は重ねて言う。
「勘違いや、思い込み。誤解、早とちり。しょっちゅうやらかしてないか?」
ああ、うん。高校に行って、クラスに知り合いが一人もいないのをいいことに絶対言わなかったけど、実は小学校の時のあだ名は、一時期サザ○さんだった。
その辺から察していただけるとありがたい。
気まずげに目を逸らすと彼は、やっぱり、とばかりにため息をつく。
でもね、人間には学習能力ってもんがあるんだよ。○ザエさんだったのは小学校の時の話だし、あたしはちゃんと自覚してるから、ここ2~3年は少なくとも人様に迷惑はかける事はしていない、……筈。
高田君は続けた。
「じゃあ、お前のお祖父さんやお祖母さんは元気?もしくは曾祖父さんか曾祖母さん」
じいちゃんばあちゃんはどっちも元気だよ。あと母方の曾祖父ちゃんが93歳でピンピンしてる。
いぶかし気にそう鳴くと、高田君は僅かに表情を緩めた。
それがどうしたっていうの?
先を促すと、彼はあたしを囲う腕に力を込めた。
「宮野……。前にも言ったけど、やっぱり俺にはお前が何か勘違いしてるとしか思えない。頼むから、俺たちと一緒に帰ろう」
勘違い?どうしてそう言い切れるの?いくらあたしが元サ○エさんでもさ。
それに、前にも言った?そんな事あったっけ?
首を傾げるあたしに高田君は、頷いた。
「あのとき、宮野は寝ぼけてたから覚えてないかな。魔王城の前で夜営した時、お前パタンって寝てしまって、安藤がトイレに行ってる間俺が抱いてたんだ。ほら、お前が『足崩せ』とか『寝そべって』とか言って、俺の背中に乗って何かしてた日だよ」
背中で?
それってマッサージしてあげた日の事だよね?
あたしがそう鳴くと、彼は目を見開いた。
「マッサージ?」
そう、マッサージ。
高田君疲れてたみたいだったから癒してあげようと思ったんだよ。
でもあのとき、なんか凄く機嫌悪くなっちゃったよね。もしかして無意識に爪が出てたかも、って反省してたんだ。ごめんね?痛かった?
この際だから謝ってしまおうと畳み掛けるように一気に鳴くと、高田君はがっくりと項垂れた。
「あれがマッサージ……。あり得ん」
えーっ!どうしてー!?そりゃちょっと調子にのっちゃったかもだけど、肉球マッサージはいい案だと思ったのに!
彼の腕の中でにゃーにゃー抗議すると、高田君は右腕に更に力を込めた。
う…動けないよ。
プルプル震えて見上げるあたしに、高田君は獰猛な笑みを向け、顔を寄せる。
「俺には、お前が猫に見えた事なんか、一度もないって、言 っ た よ な 」
一音づつ区切るようにそう言った。
そそそ、そうでした。人間には肉球なんてないのでした。
じゃああたしのあの行為はいったい?
「気になる子が背中で、四つん這いでモゾモゾ動き回ったら、男がどんな気持ちになるか、……教えてやろうか?」
あたしが撃沈したのは言うまでもなかった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
手術前の描写について、ご指摘を頂きましたので、一部修正致しました。
ありがとうございました。




