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気高き聖女の資格をにゃんは持たない «後編»

お立ち寄りいただきありがとうございます。


本日2話更新してるので、まだの方は前話からお読み下さい。


階段にお尻が嵌まり込むという有り得ない事態に、あたしたちは一瞬呆然とした。

みんな多少はお尻や腰を打ったみたいだったけど、その痛みより驚きの方が勝っていた。


座るんじゃなくて、嵌まり込む。

ジェットコースターに乗って上昇していく時のあの角度を、普通の階段で。

安藤さんなんか素で、なんじゃこりゃ、って呟いてたよ。どこの人だよ、可愛いから許すけど(笑)。

それに、にゃん大丈夫だった?って、すぐに撫でてくれたからね。

あたしはもちろん、安藤さんのお腹クッションのお陰でノーダメージですとも。


ともかく、みんな一瞬動きが止まって、キョロキョロしてようやく階段が、ーーー本来斜めであるべき階段がほとんど水平に近くなっている事に気づいた。



その時あたしたちの中で、事態を正しく理解していたのは恐らく騎士さんたちだけだったと思う。

彼らは二人が先頭に、残り二人が最後尾に付いててくれてたんだけど、先頭のうちの一人、例によって赤い上衣の騎士さんが、様子を見てきます!と走っていった。

階段のとがった部分がノコギリの歯のように上を向いていて、そこを踏んで走っていたので凄く危なっかしい。

けど踊り場まで行って下を覗き込んだ騎士さんは首を振り、顔を強ばらせて戻ってきた。

先頭のもう一人の騎士さんと小声で話し合い、彼も下を覗きに行く。

すぐに戻ってきた彼は、あたしたちに向かって大きな声で叫んだ。

「上へ向かいます!ゆっくり立ち上がって、後ろを向いて下さい!」

どういう事だっ!、と声が上がった。

みんなざわついている。

そりゃそうだよ。やっとここまで来たのに。


赤い上衣の騎士さんの顔は強ばったままだ。

もう一人の騎士さんがまた口を開いた。

「今の震動で、恐らく一階が潰れたと思われます。この階段の下は瓦礫で埋まっていて進めませんし、まずはそのドアからここを出て、城の上部を目指した方がいい」

そう言って、さっきあたしたちが通り過ぎてきた踊り場についているドアを示した。

ドアは辛うじてそこにある、といった風情で半分割れてひしゃげ、向こう側が少し見えている。

その言葉を聞くなり後方にいた騎士さんたちが後ろを振り返り、階段数段分を走って戻り、本来内開きのそのドアを蹴りつけた。

外側に向かって歪んでたから、内側に引いても開かないだろうことはわかる。


階段が水平になっている分踊り場の床は斜めになっていて、ドアもその回りの壁もまっすぐじゃなくて床から斜めに生えたようになっていた。

だから騎士さんの蹴りには体重も乗っていて、あんなボロボロのドアだからすぐに開くと思ったのに、そいつは歪む一方で隙間はほんの少ししか開かない。

息を潜め見つめるあたしたちの前で、二人の騎士さんはその僅かな隙間に手をかけ、ガタガタと揺すり、とうとう外してしまった。

外したドアを踊り場の反対側、さっき降りてきたばかりの階段の方に投げ、向こう側に足を踏み出し辺りを確認して、先頭の騎士さんたちに合図する。

その時にはもう、あたしたちはみんなヨロヨロと立ち上がって後ろを向いていたから、さっきまでの先頭は最後尾になってたけど。


多分もうみんな疲れ果ててた。

考える気力もないときは、言われた通りに動くのが一番楽だもん。

安藤さんも、何だか思い詰めた表情で口を開かない。



騎士さんの後についてぞろぞろと歩いた。

階段室を出るときチラッと見たら、騎士さんがドアを投げ捨てた方の階段は直角に近い角度になってて、もしあたしたちがあちら側にいたとしたら雪崩のように全員滑り落ちて、恐らく怪我どころじゃ済まなかった。


きっとあたしたちは運が良かったんだよ。

もっと早く進んでて一階に着いてたとしたら、さっきの酷い震動でみんな埋まってたかもしれない。


階段室は狭くてその分壁が密集してるから、外の広い空間より丈夫で崩れにくかった。

だからきっとあたしたちは運がよかった。


それにさっきから、気のせいか揺れが小さくなってる。ていうか、揺れ方の種類が変わった?

今までみたいにぐらぐら揺れてるんじゃなくて、少しずつずれていってるような傾いていってるような。

それは城の崩壊に拍車がかかったとしか思えなかったけど、それでもさっきまでよりは揺れと揺れの間隔が長くなって、歩きやすくなったような気がする。


だからきっとあたしたちはーーー。



そうとでも思わなければあたしたちはーーーー。


ああ、神様。お願いです。

このギリギリの運のよさが、どうかみんなが助かるまで続きますように。





ドアがあった部分を通り抜けたら、さっきどうしてドアがあれ以上外に開かなかったのかがわかった。

あたしからは、みんなが邪魔で見えてなかったけど、そこには崩れた壁が倒れかかってきてて、ドア枠の下の方を塞いでいたんだ。


それを踏んづけてくぐり抜けたあと、騎士さんたちは辺りの様子を窺って、もう一度四人で短く話し、また前後二人づつに別れた。

あたしたちは屋上を目指す事になったらしい。



床がかなり傾斜してるから、みんな騎士さんたちが探して進む足場を辿り、斜めの床にお尻をつき、後ろ手をついて進む。



そうやって十数メートル程も移動した時だった。

突然後ろの方で誰か女の人が金切り声をあげた。

「わぁぁっもう無理!無理よぅっ!これ以上どうしろってのよみんなここでこのまま死ぬんだぁぁっ!ううっ」

顔を伏せて嗚咽をもらす。



まわりのみんなが、とうとう言ってしまった、って表情をしたのがわかった。


みんな同じ気持ちで、誤魔化し誤魔化し、ここまで進んできたんだもんね。




誰一人かける言葉が見つからず黙り込む中、最後尾にいた赤い上衣の騎士さんが器用に瓦礫伝いにその人に近づく。

「大丈夫です。もう少し、みんなで頑張りましょう。そこの崩れた壁の向こうの部屋は城の外壁に面しています。その部屋の窓からでも外へ出られるなら、この城の傾き加減なら地上までそんなに距離はないかもしれません。近くに誰かいれば救助を求める事もできます。私が様子を見てきますから、もしダメでもまた違う方法を考えて、みんなで助かりましょう」


もう一人の騎士さんが目を見開いた。

それでわかった。

それは多分一度検討されて、取り下げられた案だ。

きっと凄く可能性が低い。


それよりも上階を目指した方が助かる確率が高いと判断して、彼らはそう決めた筈。


だから、赤い上衣の騎士さんはあの女の人を宥めるためだけに、助かる方法はまだ幾つもあるんだ、と示すためだけにそこへ行くんだ。

もちろん騎士さんが言ったように僅かでも可能性はあるんだろうけど。


だからかな。他の騎士さんたちも止めなかった。


赤い上衣の騎士さんが瓦礫に手をついて方向を変えたとき、傍にいた騎士さんが彼の腕を掴み引き留めた。

「俺が行こう」

「いえ、自分の方が身軽ですから。大丈夫ですよ」

にっこり笑って足場を探る。




頬に涙の筋をつけたその女の人も、あたしたちも、赤い上衣の騎士さんが瓦礫に手をかけ、ヒョイヒョイと進んでいく後ろ姿をただジッと見つめる。

あたしたちが進んでいた方向からずれた方へ進む彼を。








なのに。


どうして………、どうしてこんな事になるんだろう。




彼が崩れた壁を乗り越えようと瓦礫に足をかけた途端、城がグラリと揺れた。

足を取られて咄嗟に手を付いた横の壁が音もなく倒れかかる。


それは、まるでスローモーションのようにあたしの目に焼き付いた。



騎士さんに向かってのしかかるように倒れる壁。


彼は目を見開く。


押し戻すように、壁に向かって両手を突きだし。


彼の口が『あ』の形に開くのが見えた。



そのまま声もなく、壁と一緒に騎士さんは倒れ、あたしたちの視界から姿を消した。




地響きを立ててそこに横たわった壁と、弾みで割れ転がった壁の一部。

その下から覗いている赤いものは、血じゃない。そんな筈はない。


あれはきっと。


そう、きっと彼が被っていた赤い上衣の端だよ。





ガクガクと身体が震えた。


ーーーー怖い。





「カインッ!」

騎士さんの一人が走り出した。

続けてもう一人。


残った最後の騎士さんは歯をギリギリと食い縛り、険しい顔で、視線は倒れた壁に固定され、それでもあたしたちの側から離れない。

恐らくは責任感から。

向こうに走った騎士さんの声が届いた。

「腕が見えてる!意識はあるか?」

「カイン!今助けてやる、返事をしろ。……ああ、血が。くそっ」




安藤さんのお腹にしがみついて考える。

なんで、あたしは猫なんだろう。この世界に来てから何度も思った。

あたしにはなんにもできやしない。

こうやって安全なところでブルブル震えてるだけで。




その時。


唸り声が聞こえた。




あたしは吃驚して顔をあげた。安藤さん!?


「何がっ!何が何が聖女さまよっ!」

安藤さんがその倒れた壁を睨みつけながら吠えた。

「なんで私にはみんなを助ける力がないの?みんなを安全な場所に連れていく事もできなけりゃ、回復の力もないっ。聖女さまなんて持ち上げられてたって、目の前で危険な目にあってる人がいても、何もできないっ!」


みんな、突然叫び出した安藤さんを唖然として見つめた。


安藤さんは上衣の前をくつろげ、中で目を真ん丸にしてるあたしを引き摺りだした。

普段の安藤さんからは想像もつかない乱暴な手つきで。


「ごめんね、にゃん。危ないから絶対来ちゃダメだからね!」

目と目を合わせてそう言うなり、あたしを横にいた女の人に押し付ける。

「この()をお願いします」

そして呆然とするあたしと女の人を置き去りに、倒れた壁の方へ必死に移動し始めた。

足元に構ってなんかいないから、あちこちにゴンゴンぶつけてるのがここからでも分かる。

でも安藤さんはようよう向こうに辿り着き、二人の騎士さんと一緒に素手で瓦礫を掘り、壁の下に隙間を作ろうとしていた。

「カイン!返事をしてくれっ」

騎士さんの悲痛な声が耳に刺さる。








ああ、あたしは気づいた。気づいてしまった。








この場所から一歩も動けず、固唾をのんで見守るだけの文官さんたち。それが悪いんじゃない。彼らはもういっぱいいっぱいで、自分を支えるだけで精一杯だ。



そして、あたしも彼らと一緒なんだ。




あたしは今までにいったい何をしてきた?

いつだって、猫だからって言い訳して、応援しか出来ないからって誤魔化して、これが精一杯って言い張って。


何一つしてこなかった。



浄化の光?

そんなの安藤さんがいなければ、あたし一人じゃどうしたらいいのかすらわからない。

今だってブルブル震えてて、名前も知らない女の人にしがみついているだけで。


猫だから、なんて言い訳に過ぎない。今もしあたしが人間だったとしても、動けるとは思えない。


目の前に助けが必要な人がいて、なのにあたしは一歩を踏み出す事も出来ない。



怖い。ーーー怖い怖い。ただ怖くて足が竦む。

目の前で誰かの命が失われるかもしれない、って恐怖。






神様は正しかった。

こんなあたしが聖女さまになんて、………なれる筈がなかったんだ。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


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