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【番外編】傭兵はふわふわウサギの夢を見るか 5

そんな日が近い将来くることは分かっていた。


第1王女はもう何年も前から隣国の王太子と婚約していたにも関わらず、ここまで輿入れが遅れたのは、相次ぐ王子たちの死亡により多忙になった公務と、その喪に服する期間のタイミングに依るものらしい。

隣国の王太子からは再三に渡って、早急に嫁に来て欲しい!と催促されており、第1王女自身も、これ以上引き延ばすのは無理、と判断しての事で、どこからも異論の出る筈もなかった。


だがアイシャ王女にとって姉ちゃんは数少ない味方だ。

心細さもひとしおだろう。


幸せを喜ぶ気持ちはもちろんあるから口には出さないが、気落ちしているのはよく分かる。口数が減り、ため息が増えた。

どうしたものかと数日見守っているうちに、第1王女からお茶会へと誘われた。


使いのものが、ぜひ今からどうぞ、と待っているので、王女はリアル馬を被り、いそいそと姉ちゃんの部屋へ向かう。

彼女からの誘いを断ることなど思いもつかないのだろう。

第1王女の部屋には当然オレも一緒に向かった。


王女が姉ちゃんの部屋に入ったらその扉の前で待機しつつ、第1王女付きの近衛騎士と世間話などをして過ごすのはいつもの事だ。



第1王女や他の王族にはそれぞれついている近衛騎士が、アイシャ王女にはいない。

他にも本来王女についていて当たり前の特典がアイシャ王女に限ってはない。

それは全てアイシャ王女側の都合によるもので、ぶっちゃけていえば以前退職した料理人と同じような理由だ。

そしてそんな、少しずれた思いやりは全て、王女の我が儘と受け取られている。



けれど何よりも。


そんな事よりもこの城は、ただ気持ち悪い。


たった2年、この城で過ごしただけのよそ者のオレにもわかる。いや、よそ者だからこそわかるのか?


政務にも子供にも興味を示さず、後宮に入り浸る王。そのくせはりぼてのような王位には執着し、しがみついている。たまに見かけるその姿は怠惰にくたびれきっているか、眼にギラギラと狂気を宿しているかのどちらかだ。


師団長は己を王の代理人と言って憚らず、金や権力に吸い寄せられるアホウどもが、寄ってたかってそれを増長させている。


(まつりごと)は宰相一人の手に委ねられ、公務に走り回るのは適齢期の王女たち。


当時僅か7歳だった子供の我が儘で退職や異動が決まる使用人や騎士たちがいて、それに対して誰も、駄目だ、といさめる事ができなかったという異様な状況。


貴族たちは城の人事を金で買い取り、身内を要職につけ利益を吸い上げる事に忙しい。

出世するためには金が必要で、城の中は賄賂が飛び交っている。


欲深い奴等だけが生き生きと輝き、それ以外は、諦めた目でそこにある仕事をこなすだけの日々を送っているのだ。


この澱み、歪みきった城。


期間限定で雇われているオレには関わりがないしどうしようもないが、あと3年でこの歪な城に彼女を残していく事を考えるのは、何故か無性に後味が悪かった。




そんなモヤモヤした気持ちを隠し近衛騎士と下らない話をしていると、第1王女の部屋のドアがパタリと開き、女官が手招きする。

「アリス様がお呼びです。こちらへどうぞ」


こんな風に呼ばれるのは、今までになかった事だった。


招かれるまま初めてのその部屋に足を踏み入れると、馴染んだアイシャ王女の部屋とは全く違っていた。なんというか、全てが数ランク上だった。

アイシャ王女の部屋のテーブルは普通のものだったが、この部屋に置かれたそれは猫足で華奢なフォルムをしている。

華やかな色のカーテンにはたっぷりとドレープがとられ、タッセルには花飾りがあしらわれていた。

飾り戸棚にも精緻な意匠が彫り込まれ、足元のカーペットは乗せた靴が半分沈む程に分厚い。

これが一般的な姫君の部屋だというなら、アイシャ王女の部屋は一体何なのだろう。

決して質素とまでは言わないが、あまりにも違いすぎる。


唖然とする気持ちを押し込め、オレはソファーの方へ進んだ。

そこには初めて近くで見る第1王女と、リアル馬を脱いだアイシャ王女が寛いでいる。


アイシャ王女はオレの前に慌てて立ち上がろうとした。

「ごめんなさい、ゼスさん。お姉さまがどうしてもゼスさんに会いたいって仰るのぉぉぉーーおっ!?」

ドレスの裾を踏んづけてこけかけるのはもはやデフォルトだ。

すかさず差し出した腕に捕まり、王女は息を吐いた。


「あらーー、息がぴったりなのねー」

ニコニコと笑う姉ちゃん。

「いつも噂は聞いていましたのよ。初めまして、ゼスさん?」

笑顔だが、目は笑っていない。

「こちらこそ、初めまして。庶民の出身なもので、無調法だが勘弁してもらいたい」

王族相手の礼儀作法なんぞ、心得ちゃいないからな。


オレの言葉に姉ちゃんは気を悪くした様子もなく、少しお話ししておきたい事があってお呼びしたのよ、とソファーを勧められた。


「この子はもう17になります。いつお嫁に行ってもおかしくない年頃なのに、いつまでもあんなあり得ないお化粧をしたり、こんな気味の悪い馬を被ったりしているから、いつまでたっても縁談の1つも来ないのです」

そう言ってため息をつく。

「以前被っていたウサギならまだ少しは可愛げもあったものを、どうしてこんな……」

と、リアル馬に目をやり、すぐに顔を背けた。

オレもいたたまれず視線を逸らせた。


しかしこの城で、王女のあの姿に興味以外の言及をされたのは初めてだった。

姉ちゃんの話は続く。

「この度わたくしが城を出ることになって、心残りはこの姫のことだけなのです。こんな城は早く出てしまった方がいいのに、出るにはお嫁に行くしかないのに、こんな様子ではいつまでたっても嫁の貰い手が見つからないわ」

そう言ってオレを見た。


「アーシャはずいぶん貴方、ゼスさんに懐いていると聞きました。貴方からもあの変な化粧や、被り物をやめるように説得して欲しいのよ。そうすれば、この子はこんなに可愛いのだもの。きっとすぐにこの城を出られるわ」


話の主役であるアイシャ王女は、居心地悪そうに身動ぎしている。

そちらへ視線を向けて、姉ちゃんは言った。

「ねぇ、アーシャもそう思うでしょう?いつまでもあんなお化粧に頼ってちゃいけないわ」

王女は小さくコクンと頷く。



なるほど、そうか。

王女が嫁に行って城を出たなら、オレもここに彼女を残していく罪悪感を感じなくていい。

この国の貴族どもはろくでもなさそうだが、他国ならマシなやつもいるだろう。

いい考えだ、と思うのに何故か重苦しい気分になった。


オレの顔を見て姉ちゃんは首を傾げる。

「あまり乗り気になれない?」


「いや、いい考えだと思う。オレもこの城にこいつを置いておくのは反対だ」



第1王女の婚約者である隣国の王太子が、早く早くと急かす気持ちがものすごくわかる。

二人は6年前に文化交流会なる催しで初めて顔を合わせて以来、とても仲がいいと聞いた。

誰だってこんな薄気味悪い城にいつまでも、好きな奴を置いておきたくねぇだろう。


………。



いったいオレに、誰のどんな気持ちがわかるってんだ?


急に黙り込んだオレを、アイシャ王女が下から見上げた。

2年前も小さかったが今でも小さいままだ。



うん。こいつを危険な目に合わせるのは嫌だな。

今危険なのは王子だが、その状況がいつ変わるかなんてわからねぇ。

姉ちゃんが嫁に行ってしまえば、アイシャ王女は姫君たちの中で一番格上の立場になる。実際の扱いはともかくとしてだ。

いつ命を狙われ始めるかなんて、病んだ奴の思考を読むのは不可能だ。



こいつをこの城に置いておくのは嫌だ、と強く思った。


「わかった。『変人』の文字が取れるようにやってみよう。つーか、お前もやる気があるんだよな?」

確認すると、彼女は瞬時に赤くなり涙目になった。そして、

「わたくしも普通に歩けるようになりたいですわ」

と、小さな声で呟いた。



そりゃ年頃の娘が変人なんて呼ばれるのは恥ずかしいに決まってるだろうさ。


この城での王女のイメージは、『我が儘変人王女』という陰口に集約される。

『我が儘』は言わずもがな、料理人に端を発する一連のあれこれだ。

そして『変人』はあの奇怪な化粧と被り物からきている。それにその状態での高飛車な物言いにも問題があるな。


だが高飛車なのは顔を隠しているときだけだから、被り物を取り化粧をやめれば問題ない。

忙しく考え始めたオレは第1王女と幾つかの言葉を交わし、再びリアル馬を被った王女を伴って、姉ちゃんの激励の言葉を背に彼女の部屋を退出した。



帰り道、高飛車に姉を誉めるという器用な事をしていた王女にふと沈黙が落ちたので、思いついた事を言ってみた。

「姉ちゃんはあんたの事を、アーシャって呼ぶんだな」

今まで二人の会話を聞いた事がなかったので知らなかった。


なんの気なしの言葉に、王女が馬の首をこちらへ向ける。

じっと見られている気配がなんだかむず痒い。

なんだ?と聞くと、馬は腰に手をあてツンと顎をあげて、そのくせ頼りなげに言った。



「そう呼ぶのは母上と姉上だけだ。お前も………別に、呼びたければ呼んでもいいぞ」

そのまま、フイと馬の頭を逸らせた。



…………。


なんだろう、この気味悪い頭をした可愛い物体は。


取り合えずそっぽを向いた馬の、ゴワゴワの鬣を撫でて見た。

「ふーん、アーシャか。うん、まあいいんじゃねぇか?」




何やってんだ、オレは。こいつは王女で、オレはあと3年でここを出ていくただの通りすがりだぞ。




そして内心の困惑を隠すように、王女を急き立て部屋へ戻ったのだった。






王女の部屋でオレは女官を集め、姉ちゃんの考えを話して聞かせた。

この計画には女官の協力が不可欠だからな。

女官たちも王女の決意を確認し、それならばと話が進み始める。

だがやはりいきなり素顔に戻るのは難しい。


そこで、素顔で城の外へ出るところから始めてみてはどうかと、意見が出た。

考えたらオレと初めて会ったときも素顔だったしな。王女は公務以外で城から出ることはなく、出る時は必ずあの化粧をしている。

オレに会いに来たあの時が例外だったわけだ。



王女は、外へ行くなら行ってみたいところがある、と言い出した。

教会の付属の孤児院だという。


なんだってそんな所に?


怪訝な顔をするオレに、女官の一人が教えてくれた。

「実は姫様は、もう何年も前からずっとその孤児院に匿名で寄付をされていたのです」



女官の話はこうだった。

以前退職した、王女付きの女官だった娘がとあるきっかけで孤児院の現状を知った。

そこでは多くの子供たちが思いきり食べる事もできず、古ぼけた服を着て寒さに震えているらしい。


その娘経由の話に心を痛めた王女は、けれども公然と寄付をするわけにはいかなかった。

孤児院が教会の管轄だったからだ。

教会と王家は長い間、対立するわけではないが仲良くもないという微妙な関係が続いている。

王女の名で寄付する事は揉める一因になると思われた。


そこで公にできないお金を捻出するために、第2王女に対して毎年支給される王室費から、宝石を買い始めた。一旦購入した宝石を国外で売り、それで手に入った現金をもと女官の娘を通して匿名で寄付してきたのだという。

大変回りくどい上に損をするのはわかっていたが、他に思いつかなかった、と女官は言った。


確かに巧いやり方とはいえねぇ。宝石を売り捌くための仲介業者がいるんだろうが、そいつらは間違いなくあこぎな手数料を取ってる筈だし、何より王女が宝石を買い漁ってるなんて不名誉な噂が流れてしまってる。

オレが以前聞いた噂の正体はこれだったのか、と脱力した。


もう今は宝石の購入はしてません、と女官は言う。

「ゼスさんがここに来られた頃に、噂になっていると教えて下さいましたからね」

そして王女を見た。

「孤児院はずいぶんマシな状態になったと聞いております。姫様はそれを自分で確認されたいのでしょう?」


王女は真剣な顔で頷く。



そしてお忍びの外出が決まったのだった。

ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。

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