【番外編】傭兵はふわふわウサギの夢を見るか 3
王女の後ろの方でチラチラ見え隠れする二人の女性も手招きし、4人でちょっと高級な料理屋の個室に入った。
その辺で立ち話、って訳にはいかんだろうからな。
それによく考えたら串焼きを食ったきり、昼飯も食いっぱぐれてる。
ちょうどいいや、とメニューの料理を片っ端から頼んだが、途中で店員がこれ以上はテーブルに乗りきらない、と言い出したのでそこまでで一旦ストップした。
オレたちが借りた部屋のテーブルは6人掛けで、その片側にオレが、向かい側に王女を挟む形で三人が落ち着いていて、彼女たちは早くできたものから順に次々と運ばれてくる料理を見て目を丸くしている。
といっても王女の顔はフードに隠れて見えないんだが、口があんぐりとあいていた。
庶民向けの店よりはいい店だが、王女様たちには珍しいのかもしれない。それとも単純に量に驚いただけか?
。
テーブルの上の湯気をたてる料理を勧めると、女性たちは目を見交わし頷きあって、先ずは自分達が口に入れ、それから王女のために取り分けた。
ふーん、毒味がいるのか。
やんごとない方は大変だな、と思いつつ目の前の料理を勢いよく平らげ、あらかたの皿が片付いたところで、追加をするか聞いてみた。
料理は殆どがオレの腹に収まって、彼女たちは小鳥がついばむ程度にしか食ってない。
あれじゃ腹は膨れんだろう。
だがそう思ったのはオレだけだったようだ。
女性が、もう充分です、と固辞するので残りの皿も結局オレが片付け、食後の茶を飲みはじめてから漸く女性の一人が切り出した。
「実はこちらのお嬢様は、さる高貴な血筋のお方なのです」
うん、王女様だもんな。
因みに彼女はまだフードをすっぽり被ったままだ。こちらからは口元しか見えない。
「お嬢様は今、大変危機的状況にあらせられます」
よくは知らんが、王子たちの不審死が相次いでいるからか?
「ですのでお嬢様の身を守るために、護身術を教えて頂きたいのです。先程の試合、感服致しました。然程力を入れているようには見えないのに、あのように簡単に相手をやっつけておしまいになる。あの技さえあれば、不埒ものなど、恐るるに足らず!」
女性がエキサイトし始めた。そして、アレを『簡単に』とか言っている時点で恐らく向いていない。
簡単そうに見えるが、それなりの筋肉も瞬発力も器用さも必要だ。素人が少しかじったくらいでどうにかなる、と思われても困る。
事情を聞くくらいはいいか、とは思ったが、ここに至ってもまだフードを取らない相手に、少し苛立ちを感じてもいた。
「人にものを頼むのに、名を名乗らず顔も見せず、身分まで詐称するつもりか?」
突然オレの雰囲気が変わったことに、女性たちがピクリと身を震わせる。
テーブルに肘をつき、脚を組み替え、うっそりと笑ってみせた。
修羅場慣れしていない連中は、この程度でも動けなくなることをオレは知っている。
案の定青ざめ言葉も出なくなった女性たちに代わり口を開いたのは、意外にも王女だった。
「待って下さい。わたくしからお話しさせてくださいませ」
さっきもだったが、ほわほわした丁寧な物言いは、あの武闘会場で尊大に振る舞っていた白いお面とは全く結び付かない。
たがオレの勘はこの少女があの王女だと言っている。何故そうなのかについては興味があった。
オレは、あの王女が観覧席でそうしていたように、腕を組み椅子にふんぞり返って言った。
「なら、話してもらおうじゃねぇか」
フードを取った王女はあの白塗りお面ではなかった。いや、それは予想できていたことだ。フードから覗く口元は紅も薄い普通の色だったから。
僅かに丸みをおびた顔に、パッチリした目と薔薇色の頬。厚くもなく薄くもない絶妙のバランスの唇には淡いピンクを乗せられている。
ごく普通の少女の顔、いやかなり可愛い部類に入る少女がそこにいた。
なんであんなお化けみたいな化粧してたんだ?
「わたくしはアイシャ・セオ・ラングール。この国の王女です」
とりあえずオレがいった通り、顔をさらし、名と身分を名乗ってみせた。
二人の女性はお付きの女官だということだった。
王女の話はほんわりと浮き世離れしていて、お世辞にも分かりやすいとは言いがたかったが、腹を括った女官たちが言葉を足し、説明を加え、どうにか形を成した。
だがそれは、嫌な話だった。
『この国の王子は、成人まで生きられない』
そう言われるようになって何年もたつそうだ。
実際もう何人もの王子が若いうちに命を散らしているという。
武闘会場でも、去年また一人亡くなった、と聞いたばかりだしな。
王子たちはそれぞれ年齢も場所も原因も、何もかも違う状況で亡くなっている。それは事故であったり、病気だったりと様々らしい。
ですから、と王女は身を乗り出して言った。
「この国の王家は、きっと呪われていると思うのです」
そりゃないだろう。
「でなければ、こんなに事故や病気が相次ぐ筈がないと思うのですわ」
王女様、世間には金さえ払えば何でもやる連中なんてたくさんいるんだぜ。
「我が王家には、もう男児は産まれたばかりの子しかおりませんの。この子をなんとか呪いの魔の手から救ってやりたいのですが……、わたくしはその子に近づく事を許されないのです」
王女は悲しげにうつ向いた。
「弟なんじゃねぇの?」
オレがそう訊くと、母親が違うので警戒されているのですわ、と返ってきた。
白塗りのせいじゃないのか?
この国の王は一夫多妻を許されている。普通に考えれば、自分の子供を王位につけたい母親やその親族が邪魔な王子を排除した、といったところだろう。
この王女もそれで警戒されているのかもしれない。
いや、だがそれにしては犠牲者が多すぎやしねぇか?
そもそも王位につけるべき王子が残っていないだろ。或いは王女を女王として担ぎあげようという考えだとしても、第1王女の兄弟も、アイシャ王女の兄も亡くなっているらしいし、妹姫たちだって同じようなもんだ。そもそも自分の息子を殺して娘を女王にする意味もねぇよな。
全く関係のない奴が犯人か?
たが何人殺そうが、王位なんてものはそう簡単に転がり落ちてくるもんじゃない。
そして何よりも、これが本当に殺人だとするのなら、これほど何度も繰り返されていて、犯人が捕まらない、というのも腑に落ちない。
ちゃんと調べてさえいねぇのか?
仮にも『王子』が殺されたというのに?
わからん事ばかりだ。
情報が足りなすぎる。
わからん事を憶測ばかりで考えてもしょうがねぇ。
オレの興味は最初から目の前のこの、珍妙な物体にだけあった。
この女の子の形をした物体は、話をしている最中からチョロチョロと落ち着かず、コップを取ろうと手を伸ばせば倒してこぼし、ドレスで拭こうとしたのか裾を引っ張り、捲れあがった裾をなおそうとして椅子から転げ落ちる、といった具合で目が離せない。
女官もその後始末で大わらわになっていて、余計に話が纏まらないのかもしれなかった。
「どうやったらこんな珍妙な物体ができあがるんだ?」
オレが呟くと、王女は真っ赤になった。どうやら自覚はあるらしい。
王女の白塗りには立派……、かどうかはわからんが、一応理由はあった。
女官から聞いた話だ。
王女がまだ7歳の時のこと。
当時彼女が仲良くしていた腹違いの兄がいた。
その日も兄のところへ遊びに行き、お昼どきになったので自分の部屋へ帰ろうとした。
ここの王族は晩餐会などの時以外は、それぞれ別に食事をとるらしい。
だがそこで昼食を勧められ、急遽一緒に食べることになった。
その当時から、王子の身が危険なことは周知の事実だった。だから身の回りの安全には警戒を怠らず、特に食事には万全の注意が払われていた、筈だった。
にも関わらず、食事の最中に王子は苦しみだし倒れ、それきり戻らぬ人となった。
オレなら毒を盛られたと考える。
だが彼女たちは、王女が無事だったのだから料理が問題なのではなく、やはり呪われているのだ、と考えたらしい。
なのに調査で発表されたのは、食中毒だった。王子付きの料理人たちが全て責任を取らされる形で処刑されたのだそうだ。
口を塞がれた、という事だろうな。
王女たちは恐ろしくて、違う!、と声をあげることもできなかった。
そしてそれ以来、王女はまともに食事を取れなくなった。
三日たち、一週間たち、スープをすするのが精一杯の日々が続く。
元々小さかったのがもっと小さくなり痩せ細った。頬は痩け、目の下に隈が浮いた。
やがて少しずつ食べられるようにはなったものの、痩けた頬も隈も治らない。
ある日、女官の一人が思いついて化粧を施してみた。
まだ7歳だし早いか、とは思ったものの、痛々しくて見ていられなかったという。
ほんのり薄化粧の王女は、前ほどではないものの、少しは健康そうに愛らしく見えた。王女自身も明るくなったような気がした。
けれど城の中には常に不穏な空気が漂っている。
幼い頃にはわからなかったそれは、成長すると共に肌身で感じるようになった。
気がつけば、城の中では軍隊が幅を利かせていた。それはもう、自分達が王の代理人であるかのような尊大さで。
彼らは傍若無人な振る舞いで城の中を練り歩く。目をつけた女性を卑猥な言葉でからかい、酷い時は空き部屋につれ込む事さえあったという。
呆れてものが言えねぇ。城は金を払って痴漢を雇ってるのか?
そんな痴漢野郎はちゃんと相手を見てちょっかいを出してくるらしい。
煩い後ろ楯がついているような相手には手を出さない。
嫌な思いをするのは下働きの娘や下級貴族出身の女官がほとんどだ。
アイシャ王女はこの頃既に我が儘王女として認識されていて、立ち位置も微妙だった。
王族には必ずつく筈の、護衛の近衛騎士がいない、というのも原因の1つかもしれない。
アイシャ王女付きの女官たちもすっかり目をつけられてしまっていた。
本来の王女は気弱で消極的な少女だ。
でもそれでは痴漢どもに立ち向かえない。
女官たちを守れるのは、王女という肩書きを持つ彼女だけだというのに。
だけど。
お化粧をすると、少し違った自分になれる気がした。
女官たちを守れる強い自分に。
そうして日に日に念入りな化粧が施されるようになっていった。
だがその一方、軍人たちの横暴も日を追うごとに増していく。もはや王女の威光もたいして役に立たない。
自らを鼓舞するために、化粧はますます濃くなっていく。
「……その結果が、あの白塗りか?」
女官たちは項垂れた。
「ありゃ酷すぎるだろう。あんたらもどこかで止めようとは思わなかったのか?」
「違うのです、わたくしが」
王女が身を乗り出した。
そして尻すぼみに小さな声になって言った。
「わたくしがもうすっかり、素顔を見せるのが怖くなってしまって……、素顔が全くわからない状態でないと、城の中を歩けないのです」
そう言ってへにょりと眉を下げる。
「あの白塗りの時はやたら偉そうだったが、あれはお芝居なのか?」
オレが問うと、王女は首を振った。
「最初はそうだったのですが、いつの間にかああして顔を隠すと、勝手にあんな物言いになってしまうようになってしまって、だから今はお化粧を落としてきたのです。あれではお願いどころではありませんから」
そりゃそうだ。最初からあの態度で来られてたら、その場で逃げている。
因みに女官によると、あれはもう亡くなった第一妃の真似をしているそうだ。
尊大な性格の第一妃に、小さい頃から構われいじられていた王女の中では、彼女が強い女性の代名詞として君臨しているらしい。
だが、これはどうしたもんだろう。
話してみろ、とは言ったが、正直ここまでぶっちゃけられるとは思っていなかった。
三対の眼差しが期待に満ちてオレを見つめている。
オレはため息をついた。
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