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【番外編】傭兵はふわふわウサギの夢を見るか 2

決勝戦に勝ち上がってきたのは剣を使う男だった。


試合終了後、30分おいてからハンマーの男と双剣の男で三位決定戦が行われ、そのあと続けて決勝戦となる。

その前の試合が一瞬で終わっていたため、時間がどんどん前倒しになっていた。



三位決定戦が終わるのを待つ間、何となく小腹が空いたような気がして軽食を出している屋台の方へ足を向けた。


今回武闘会場として使用されているこの場所は、普段から様々なイベントが行われているらしく、常設の屋台が賑やかに並んでいた。

肉の焼けるいい匂いが漂ってきたので、数人が列を作るその後ろに付くと、オレの顔を見た奴等がズザッと場所をあける。

何だ?、と目をやると中の一人が話しかけてきた。

「あんた、さっきの試合出てた人だろ?」

オレが、そうだ、と頷くとワッと人に囲まれた。

「あんたすげぇなぁ!決勝戦も頑張ってくれよ」

「俺も次、あんたに賭けるからよ」

「今更賭けたって儲からねぇよ。倍率一倍だって話だぜ」

「それにしても、待ち時間に腹ごしらえたぁ余裕あるよな」

「おい、いつ三位決定戦が終わるかわからんぞ!順番譲ってやれよ」

あれよあれよという間に 、一番前に押しやられる。

屋台の親父が満面の笑みで、

「うちの串焼きを食って優勝してくれたら、宣伝料がわりに一年分タダにするぜ!」

と 言い出したので苦笑いするしかなかった。


串焼きの肉をかじりながら皆の取り止めのない話を聞いていると、今日臨席しているアイシャ王女は驚くほど評判が悪い。

わがままだの、厚化粧だの 言われ放題だ。


第1王女(アリス)様があんなにお忙しくならなければ、今日来られてたのはアリス様だったろうに、あんたついてないねぇ」

「いや、アリス様が無事にご公務を務めておられる事を、喜んで差し上げるべきだろ」


オレが不思議そうな顔をしたのに気づいたのか、誰かが教えてくれた。この国の王族、というか王子は何故か軒並み短命なのだと。

『呪い』説も流れたが、それよりも『謀殺』説の方が根強いらしい。

病死や事故死が続きすぎるのだそうだ。


一年前にもまた6歳の王子が病気で亡くなり、今や王子と名がつくのは生まれたばかりの赤子しかいないため、今までよりも更に多くの公式行事に顔を出すようになった第1王女は、このままでは王子のように命を落とすのではないか、と国民に慕われつつ心配されているのだそうだ。


オレとしては、第2王女との扱いの差に吃驚だった。



「なんでそんなに評判が悪いんだ?」

と聞くと中の一人が、噂だけど、と念を押しつつ教えてくれた。

城の料理が気に入らない、と自分担当の料理人を全員馘にして好きなもんばっかり食ってるとか、宝石を買い漁っては宝石風呂に入るのが好きらしい、とかまあそんな感じだ。

宝石風呂ってのは意味がわからんが、風呂桶が埋まるほどの宝石を集めてるって事だろうか?

さっきチラッとみた王女は確かに横柄そうで、さもありなん、という風情ではあるが、遠目で少し見ただけだし、その程度では人となりもわからない。

別にそれ以上の興味も湧かなかったし、試合がそろそろ終わりそうだ、と誰かが知らせに来てくれたので、順番を譲ってくれた連中に礼を言って会場内の控え室に戻った。


後ろで屋台の親父や俺に賭けたという連中が、がんばれよーっ!とでかい声で叫ぶのが恥ずかしかった。


三位決定戦ではハンマーの男が勝ったようだった。てことは双剣使いは4位だ。


やがて控え室から呼び出され、決勝戦が始まった。相手は目を血走らせ、初めから全力でかかってくる。


だがそんなに剣先がふらついてちゃあ、どうしようもねぇな。

右上段から斜めに切りかかってきた剣をヒョイとよけ、剣を持つ手首を掴んだ。勢いを利用して捻ると相手が剣を取り落としたので、そのまま撫でるように肩の関節を外し、悲鳴をあげる男に足払いをかける。

あっという間に、苦痛に顔を歪めた相手の男を地面に押さえつけていた。


この試合も一瞬で勝負をつけ会場内を唖然とさせたオレは、さすがに決勝戦くらいは少し見応えのある試合を演出するべきだったか、と反省したがもうあとの祭りだった。

しんと静まり返った観客席を居心地悪く見渡すと、口をポカンと開けていたみんなが一斉に凄い声で叫び出した。


慌ててオレの腕を持ち上げ、勝利者宣言をする審判。

オレは蹲る相手の男の前に屈み、外した肩をはめてやった。

キレイに外したから後遺症はないはずだ。男も痛みの残っていない肩を回し、不思議そうにしている。


そして会場を揺るがす割れんばかりの拍手に迎えられ、その場に設えられた雛壇へ追いやられたオレの前にそいつ(・・・)が立った。



モンスターかと思った。



とにかくちっせぇ。というより子供か?

背が足りないからか、膝の高さ位の段に乗っている。

小柄な身体を精一杯反らしたその首の上は、白のお面だった。


いや、お面のように分厚い白粉だった。

白粉の壁の上に目と鼻と口が付いている。目の上にはキリリと吊り上がった濃い眉、唇はどぎつい赤。頬にはくっきりとピンクが乗せられていた。

これはアイシャ王女……なんだよな?


叫ばなかった自分を誉めてやりたい。

これは厚化粧とかいうレベルじゃないだろう。元の顔かたちが想像すらつかない。


だが、何だろう。何かが違う気がする。ーーー何が?




彼女は顎をツンと上げ眉間にシワを寄せた。目を細め、睨みつけるようにオレを見る。

「良い試合を見せてもらった。今後も一層精進し、我が国のために、陛下のために力を奮うがよい」

低い声で傲然といい放ち、優勝の記念品らしき短剣と賞金を押しつけるように手渡された。

そして段からピョンと飛び降りるやいなや、スタスタスタと歩き去る。

オレはその後ろ姿を、呆然と見守るしかなかった。



場内は再び何ともいえない沈黙に包まれる。



この微妙な雰囲気をどうにかしろよ、とオレが司会者を睨むと、そいつは上ずった声で大会の終了を告げた。二位から八位の出場者には別室で賞金を渡すらしい。

なんとも尻切れとんぼな幕切れとしか言いようがなかった。





なんだかわからないうちに噂の人となったらしいオレは、オレを探して右往左往する観客たちをかい潜って会場を脱け出した。

そのままギルドへ寄って金を預け、無事宿へ帰りつく。

途中昼を報せる鐘の音がなっていたから、今はまだ昼過ぎ位だろう。

本来の予定では午前中に準決勝の2試合と三位決定戦、午後から決勝戦という段取りだった。つまり本当なら今頃はまだ会場にいた筈だ。

だから宿の女将がオレを見て、準決勝で負けたと思っても仕方ない。


「最後の4人に残っただけでも大したもんだよ!」

と、些かズレた慰めを口にする女将に、

「オレがサッサと優勝して大会を終わらせちまったから、こんなに時間が余る事になったんだ」

と言うと、負け惜しみの冗談だと思ったようで、ケタケタ笑いながら言った。

「ならもうじき、仕官の話を持って軍人さんでもやって来るんじゃないかい?」

「優勝すると仕官できるのか?」

そんな話は初耳だった。できたとしてもする気はないが。

「10年前の大会の時は、優勝者と準優勝者が仕官したと聞いたような気がするねぇ」

と首を傾げる女将。


もしそれが本当だとして、断れるならいいが問答無用だったら面倒くさい。

大会も終わったし賞金も貰った。

速攻でここを離れよう、と部屋に戻り僅かな荷物を手に取ったとき、階下から女将の慌てた声がオレを呼んだ。


遅かったか?



仕方なく下の食堂へ降りると、三人の男がオレを待っていた。


王都へ来てから時おり軍人を見かけたが、それによく似た軍服に金モールの飾緒をぶら下げ、金糸で織られた肩章やら飾り帯やら、これでもかと飾りたてている。

これは正装だろう?街中を歩く服じゃねぇよな。


それに人を見下すような目で見る、嫌な感じの男たちだ。オレのこの手の第一印象は外れた事がない。

お近づきになりたくねぇな、と一目で思った。


そしたらそれが思いきり顔に出ていたようだ。


無言で睨み合うオレたちに、遅い昼飯を食っていた客たちが怯え始める。

ドアをくぐって入るなり、後ろを向いて出ていく奴もいた。

オレは、青筋を立てた女将に追い出される前に、連中を連れて外へ出る事を選んだのだった。


「オレに何か用か?」

表に出て、少し離れたところでオレが口を開くと、連中は尊大な態度でこう言った。

「我々を誰だと思っている!その口の聞き方を改めんと後悔するぞ!」


……名前も名乗らねぇで何言ってやがる。


オレが疲れを覚えて黙り込むと、それを自分達に都合のいいように捉えたのか、更にこう言った。

「そうやってしおらしくしているなら、お前に特別に近衛師団への入団試験を受けさせてやってもいい。有り難く思え」


今の台詞の中のどこに、有り難く思える部分があったのかさっぱりわからん。

胸くそ悪くなってきたので、丁重にお帰り頂く事にした。

ただ残念なことに人間の言葉が通じなかった。やむ無く多少荒っぽくなっちまったが、先に手を出したのは向こうだしオレは悪くない筈だ。

傭兵なめんじゃねぇ。


「後で後悔しても知らんぞ!」

と捨て台詞を残し、足を引き摺りながら逃げていく男ども。

よく似た台詞を、ついさっきも聞いたっつーの。

ああ、本当に面倒くせぇ。


オレは宿屋へとって返して、食堂にいた女将に精算を頼んだ。

荷物はさっき持って降りて来てたから、前払いで払ってた金を残りの日数分返してもらうだけだ。

王都なんざ、サッサと出てしまおう。

なんなら国を出ちまってもいい。

暮らしやすいところなら幾らでもあるさ。


計算しながら女将はシミジミと言った。

「あんた、本当に優勝してたんだねぇ。あいつら近衛師団の第1部隊の連中だよ。あんな奴等に目をつけられたら厄介だから、早くここを離れたほうがいい」


言われずとも、そうさせてもらうさ。



精算が済んだその足で王都を出るべく、道を急いでいたオレの前に小柄な影が立ち塞がったのは、それからすぐの事だった。


頭からすっぽりフード付きのマントを被り、顔もスタイルもわからんその姿に何故か既視感を覚える。


そう。確かアイシャ王女がこれくらいの身長だった。

一旦そう思うとその肩幅も、マントの裾から見える足元も、その気配もアイシャ王女にしか思えない。

そして、さっき武闘会場で会ったときに感じた違和感は、何故かきれいさっぱり消えていた。



だが王女がどうしてここに?まさかこいつがさっきの連中の親玉なのか?


警戒するオレに、彼女はガバリと頭を下げた。

「お願いいたします。わたくしに護身術を教えて下さいませ」



「………。」


オレが黙って見ていると、彼女はフードに隠れた額を腕で拭い、その時にチラリと見えた口元は笑みをたたえ、拳まで握っていた。


お前、まだ依頼しただけでオレの返事も聞いてねぇだろ。何、やりきった感かもし出してんだ?


そして、王女の後ろで隠れているつもりらしい二人も、生暖かい目で頷くのはやめろ。





ーーーー話を聞く気になったのは、まさしく『気紛れ』としか言いようがなかった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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