にゃんがスゴすぎる件について
あたしを手にいれた聖女様の力は凄かった。
あたしが勇者様一行に拾われたのは、いわゆる魔物の森(魔物の数が増えすぎて人間が近づけなくなってしまった森で、魔王が復活して以来こういった森や荒れ地等が急増している)の中の1つだ。
勇者様一行は彼らを召喚したこの国の王都から魔王城に向かいつつ、途中の魔物退治をしたり、魔の障気が強い場所を浄化したりしているらしい。
魔の障気が強い場所をほっておくと、そこから魔物が増えていくのだ。
ところがこれが口でいうほど簡単じゃなかった。
聖女様こと安藤さんの浄化の力がそんなに強くなかったためだ。
浄化するためにとにかく祈る。祈って祈って祈りまくる。何にかは知らないが必死に祈る。
小さめの森を浄化するために1日がかりで、その間ほかのメンバーは襲ってくる魔物を相手に戦い続けなくてはならない。
聞いてるだけで、うわぁ…、と肩が落ちる。
と・こ・ろ・が・だ。
あたしを拾った日、魔法使い(推定)が張った結界の中で一晩身体を休めた勇者様一行が、いざ森を浄化しようとした。そしてあたしを抱きかかえた安藤さんがいつものように祈りだしたその途端、目映い白い光が辺りを覆い、キラキラと反射して飛び交い、それが収まったときには辺りには魔物の影も形もなかったのだった。
全員が呆気にとられた。もちろん安藤さんも。
最初は何が起こったのかわからなかったのだろう。恐るおそる辺りの様子を窺い、僧侶(推定)が探索魔法らしきもので確認した。
きれいさっぱり普通の森だった。
狐につままれたような気持ちで、次の場所に向かう。
半日、馬のような生き物に乗って着いた場所は障気が渦巻き、呼吸もしにくいような沼地だった。
大型の魔物が彷徨き、この規模だと合間に休憩を挟みつつ2日はかかった代物だ。
いつもなら、一晩休んで翌日朝から浄化を始める。
けれど安藤さんは、すぐに始めると言い出した。
「大丈夫!なんか力がみなぎってるの、いける!」
あたしを抱えた安藤さんは祈った。
瞬殺だった。
「凄いよ、にゃん!」
あたしに頬擦りする安藤さん。
でもそれって、あたしが凄いのか?
安藤さんはご満悦だったけど、あやふやなままでは先に進めない。
何かの間違いではすまないのだ。
「い~やぁぁ」
とごねる安藤さんからあたしを取り上げ、まずは魔法使い。あたしを抱っこして日頃よく使う結界を張ってみた。
「特にかわった感じはしないねぇ」
合間にモフる事も忘れない。くそっ気持ちよくなんかないぞっ。
もう1つ、攻撃魔法(電撃系だった)も試してみて僧侶にバトンタッチ。
僧侶はあたしを抱えて、炎の柱を出現させた。あれ?これって攻撃魔法?
えーっと、『僧侶』じゃなかったのかな。面倒だからもう僧侶でいいよね?ね?
やはり特に変わった感じはなかったらしく、あたしは武闘家のもとへ。
あ、僧侶は紳士でした。顎の下擽られただけ。
武闘家はあたしを片腕で抱き、少し身体を動かしただけで、すぐにやめた。
「動きにくい」
そりゃそうですね。あたしも一瞬でしたが振り回されてケロリンパしそうです。
こころなしぐったりしたあたしを、武闘家はでかい手でモフりだした。
うう、このまま寝てしまいたい。
「おい、やめろよ。なんかしんどそうだぞ」
口を出したのは勇者様こと高田君だった。
安藤さんは、おおっ!、て目で高田君を見ている。
「ああ、悪い悪い。次はタカダの番な」
武闘家はニッと笑ってあたしを高田君に押しつけた。
彼は一瞬手を引きかけ、落ちそうになったあたしを見て慌てて手を出し受け取った。
そんなにあたしに触るの、嫌ですか?
なんか嫌がらせしたくなるんですけど。
あたしは高田君の手首に顎をスリスリした。
「あ、高田君さわれたじゃない」
何故かちょっと悔しそうな安藤さん。
高田君はおっかなびっくりな感じで
あたしの頭に手をのばしてきた。
撫でるの?撫でる気なの?
暫くさ迷わせた手を、遠慮がちに頭に乗せサワサワと撫でる。
なんか、顔赤いんですけど?
て…照れてるの?やめてー。照れながら撫でるのやめてー。こっちまで照れるじゃん。
お互い目をそらしあって照れてるあたしたちを、安藤さん以外の3人が生温かい目で見てたのだった。
「ほら、高田君も早く試してよ。そして早くにゃんを返して」
ブレない安藤さんに急かされ、高田君は左手であたしを小脇に抱えた。
ごめんな、って小さな声で囁いて、背中に背負ってた剣を抜いた。
実はあたしは高田君が剣を振るうところを見るのは初めてだ。
今朝も昼からも、安藤さんが一発で浄化しちゃったからね。
それをいうなら、あと3人の活躍するところも全く見てないんだけど、そこはそれ、同郷のよしみで高田君の格好いいところは是非見せて頂きたい。
高田君が右手で剣をブルンと振ると、刀身に金色の光がクルクルと巻きつくように広がった。
何これ、キレイ。
そして刀自体が発光するように光りはじめ、彼はそれを気合いを込めて沼地の向こう側へ放った。
刀身から放たれた光は煌めきながら飛び去り、遥か彼方の大きな木がビシリと音をたて、二つに裂けるのが見えた。
凄い…。
そう思ったのはあたしだけじゃなかったようだ。
魔法使いや僧侶、武闘家の口からため息がもれた。
「なんだそれ」
「異世界人の能力が増幅されるってことでしょうか」
「どうなんだ?勇者サンよ」
口々にかけられる声をただ呆然と聞いていた高田君は、ゆっくりとあたしを見た。
「あんたが!?」
いや、知らないんだってば。
最後は安藤さん。あたしを抱いてない状態で浄化を祈る。ここはもう浄化されちゃってるんだけど、試しにってことで。
暫し祈った彼女はイライラと首を振り、
「ダメだわ、全然ダメ。今までと一緒」
そして高田君の腕の中のあたしに手をのばし、
「にゃん、カモーン!」
あたしも、あんどぉさぁん、と鳴きながらその腕に飛び込んだ。
あたしと彼女が再会の抱擁を交わす横で、高田君はあたしがいなくなったあとの自分の腕をぼんやり見つめていた。
あの光は凄かったもんね。あたしもちょっと感動したよ。
そしてあたしを定位置に抱えた安藤さんが再び祈ると、たちまち辺りに白い光がキラキラ、キラキラ。
「これよこれ!今なら魔物が100万匹来ても負ける気がしないわ」
鼻息荒い安藤さんも可愛いっす。
「勇者の攻撃も凄かったけど、やっぱりこの浄化の光は圧巻だねぇ」
「王都のお偉方や教会の煩いのに見せて差し上げたいですね」
「このペースで進めば、すぐに王都まで噂が届くんじゃねぇか?あいつらが冷や汗たらす顔、見てみてぇな」
あたしは、ん?と小首を傾げた。
魔王を倒す旅が順調で、なんで偉い人が焦るのかわからない。喜ぶんじゃないの?
あたしの疑問に答えるように魔法使いが言った。
「俺たち勇者様ご一行の人気が高まれば、あいつらの足元はますますぐらついてくるからね。普段民の事も考えず好き勝手な事ばかりしてるからだよ」
僧侶も言った。
「私たちが手間取っていれば民の不平不満はこちらに向きますからね。連中にしてみれば、散々時間をかけたあげく魔王と共倒れになってくれたら万々歳ってとこですよね」
更に武闘家がニヤリと笑って言った。
「魔王を倒さねぇわけにはいかねぇ。でも俺たちの人気が高まるのも困る。考えたらあいつらも板挟みで辛いとこだな」
「ざまあみろ、でしょ。召喚された時のあいつらの失礼な態度、絶対忘れないんだから!」
ぷんすか怒る安藤さん。
ありがとうございます。大方の事情はわかりました。
安藤さんに耳の付け根をカリカリと引っ掻くようにモフられて、あたしはぐでぐでになりつつも頭の中で状況を整理した。
この国の政治は腐敗している。
国の上層部(王制?)も教会も私腹を肥やすのに必死で、民衆の不満が高まっている。
そこへ魔王が復活。魔物が増え、生活どころか生命が危険。
ますます民衆の不満が高まる。
国と教会の偉いさんが、慌てて勇者と聖女を召喚。
ところが、勇者と聖女にあっさり魔王を倒されては困る。二人の人気が高まると、比例して自分達への批判も高まるからだ。
魔王は倒してもらわないといけないけど、そこは時間をかけ民衆に「勇者達は何やってるんだ、さっさと魔王を倒せ!」と罵られる位がいい。
ついでに、勇者と聖女が生き残って、万が一にでも『英雄』と祭り上げられるのも困る。だから相討ちが望ましい。
と、そういう事ですね。
あたしが頭の中で、ふむふむと頷いていると、安藤さんがあたしをギュッと抱きしめて言った。
「それにしても、にゃんはすごいわ。まるで私のためにここに来てくれたみたいよ。聖女様ならぬ聖猫様ね」
そうなのですか?神様。
あたしは安藤さんのために、安藤さんの手助けをするためにこの世界へきたのでしょうか?
猫として??
なにか納得できないものを感じるのは、あたしだけでしょうか?
そう思ってグルリと辺りを見渡すと、高田君と目が合った。
そうだ。高田君もあたしを抱っこしてると力が増すんだ。
この世界の人はあたしを抱っこしてもなんの変化もないのに。
……なら、あたしはきっと、この二人のためにこの世界へきたんだ。
最初の目的とは違っちゃったけど、この勇者様と聖女様の力になることで間接的にでもこの世界の人々を助けられるなら、それはあたしの望みと一致してるのかもしれない。
それが、あたしが存在した意味となってくれるのかもしれない。
と、そう思った。
そうしてあちらこちらを浄化し、魔物を倒しつつ旅を続けたあたし達は、3日を経て此処に至る。
今日は久しぶりの、あたしにとっては初めての宿屋だった。
男連中はまとめて4人部屋、安藤さんとあたしは1人部屋で、今は男部屋にお邪魔して作戦会議中だ。
猫を部屋へ連れ込むことについて宿屋側と一揉めしたんだけど、割増料金を払うことと、もし汚したりキズをつけたりした場合又別料金を払うということで話がついた。
部屋を汚すかも、という心配は全くない。この世界へ来てからあたしは何故か食事も水も、そしてトイレさえ必要ないみたいなんだ。
あたしも最初はあれあれ?と思ったし、みんなも心配してくれたんだけど、食べなくても飲まなくても元気だし、そこは聖猫様だからってことでみんな様子見してくれている。
ただ高田君だけは、いつまでも心配そうな顔であたしを見ることをやめないのが気になった。
あたしのこと、苦手なんだよね?
苦手と嫌いは違うと思っていいのかな?
小さめのテーブルの上に無理矢理大きな地図を広げて、僧侶が一点を指さした。
「ここが今居る町、アンサバです」
大きな地図の割と端っこの方だ。
あたしはお行儀悪く地図の上に飛び乗り、ど真ん中の四角っぽい印を前肢で突ついて僧侶を見上げた。
「そうそう、それが王都ですよ。私達はそこから来ました。ふふ、まるで言葉がわかるようですね」
それから街道添いに、或いは少し外れた処を点々と指しながら、現在地アンサバの方へ向かう。
「これが今まで浄化してきた処ですね」
凄い数だった。あたしが知ってるのは、この中のほんの一部だ。
……こんなにたくさんの場所をみんなで救ってきたんだ。
そう考えたら思わず鳴いていた。
大変だったんだね。あたしがもっと早く来てたら、もう少し楽に進めたのかもしれないよね。ごめんね……、って。
と、その時。
誰かの手があたしを抱き寄せた。
「あんたが来てくれたお陰で、今はとても楽になった。感謝している」
高田君だった。
なんであたしの考えてた事がわかったの?
そうだよ、とあたしを奪い取った安藤さんも言った。
「にゃんにはとっても感謝してるよ。ありがとう」
僧侶も、魔法使いも、武闘家も頷いている。
みんな、なんて優しい。
あたしはみんなの優しさに感謝すると共に、いい加減3人の名前を覚えようと決意するのだった。
読んでいただいてありがとうございました。