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にゃんに捧げる復讐の脂汗

何かを探してキョトキョト動く王の目は、大司教と近衛師団長のあいだをさ迷う。

「エ、エデル。…マヌエル」

途方にくれたように、名を呼んだ。


「エデル…。大司教様のお名前ですね。そしてマヌエルは」

ソルハさんは近衛師団長を見た。

「閣下。あなたの「黙れぇぇ!」

ソルハさんの声を遮り、近衛師団長が叫んだ。

「訳のわからん話はもうたくさんだ!この魔物をどうにかしろ。お前は聖女だろう!!」

窓際から、安藤さんとあたしに向かって突進してくるおっさん。


うぎゃー、顔恐いっ!


安藤さんの腕の中、思わず目を閉じたあたしだけど、何の衝撃もなかったことでゆるゆると瞼を持ち上げてみた。


目の前に大きな背中。

ゼスさん!?


ゼスさんは、安藤さんに向けて伸ばされた近衛師団長の腕を片手で捉え、流れるような動作で足払いをかけた。

まるで人形のように、けれど人形にはあり得ない重量を感じさせる地響きを立てて、おっさんは床に転がる。

「そう簡単に、聖女さまと聖猫(にゃん)さまに触れてもらっては困りますよ。近衛師団長閣下」

余裕の笑みを浮かべるゼスさんに、おっさんはギリギリと歯を鳴らした。

「くそぅっ!お前は第二王女の護衛を馘になった筈だろう。いつまでもしゃしゃりでてきおって!」

「あいにく、オレはまだ馘になったわけじゃあ、ないですよ、と」

ゼスさんは捉えたままの腕を捻り、うつ伏せの近衛師団長の背に乗り上げる。

「ぐぅぇっ」


おっさんの悲鳴は美しくなかった。


ゼスさんはクルッと振り返り、ニッと笑ってあたしに言った。

「にゃん、猫パンチ一発かましとくか?」


??


あたしは一瞬考え、安藤さんにしがみついた。

嫌だよ、こんなおっさんに触りたくない。


嫌みたいよ、と苦笑する安藤さん。だって脂汗かいてて気持ち悪いもん。


「じゃあ、オレが代わりに仕返ししといてやるか」

そう言って、捻りあげた腕に体重をかけた。


ありゃ。さっきあたしを、小汚いってバカにした仕返しをしてくれるの?

やだ、ゼスさん。ステキすぎる!


「ぐあぁ、だ、第1部隊何をしているぅ!早くはいれぇぇ」

甲高く喚く近衛師団長の言葉に、けれど応じる者はいなかった。


「外に待機させてたあんたの部下たちなら、もう武装解除されて捕らえられてるぜ」


ゼスさんの言葉に、近衛師団長は彼の下で目を剥いた。

「な…、何だと!?第1部隊だぞ?」


武装解除?第1部隊??


「オレたちを反逆者か何かに仕立てあげて、あわよくばここで殺してしまおうと思ったんだろう?第1部隊はあんたのご自慢の精鋭部隊だもんな」


ゼスさんゼスさん、もはや『あんた』呼ばわりになっておりますよ。気持ちはわかるけどもさ。

密かに突っ込むあたしの心の声は、当然ゼスさんに伝わる筈もなく。

でもあたしの疑問は解消された。


つまり、あたしたちは、またしても命を狙われてたって事かーー。

王がやけにしつこく、魔王が倒されたかどうかを気にしていたわけだよ。

王や大司教なら、もしかして近衛師団長もだけど、神の祝福(まおう)を残したまま勇者や聖女を殺してしまったら、そのあとどんなことになるかなんて考えたくもないだろう。


という事は、だよ。

あの黒い馬。奴がいる間は高田君は無事ってことだ。

安藤さんはどうだろう?

安藤さんの対になる魔王はもういない。連中がそれをどこまで把握してるかはわからないけど、彼女が狙われる可能性はある。


気を引き締めなくちゃ、とあたしはゼスさんの背中に念を送った。

え?だってあたしじゃ何の役にもたたないし?





「何か、あるんだろう?オレたちを殺そうとした理由が。この際だから、全部ぶちまけちまったらどうだ?」

ゼスさんは近衛師団長を押さえつけたまま、王に、次いで大司教に視線をやった。

答えは、ない。








王都から遥か遠く、魔物が飛び去ったあとも残された人々は緊張を強いられていた。

魔物と共に噴き出した障気が、衰える気配もなく空を覆い尽くしていたのだ。


新たな魔物が湧き出てくるのでは、と不安な面持ちで上空を見守る人々の前で、やがて『それ』は始まった。


人々は家の中に隠れた者を呼び、隣近所に声を掛けてまわった。


大人も子供も、年寄りも男も女も、声もなく空を、『それ』を見上げた。



今も、見続けている。








シンとした謁見の間に、大司教様、とソルハさんの声が響いた。

「私は貴方を尊敬していたのですよ。貴方がまだ司教ですらなく、孤児院へ慰問に来てくださっていた時から、貴方が教会の腐敗の元凶であると知るまではね」


ソルハさんの詠うような優雅な口調にあたしたちも、広間の隅っこの兵士たちも聞き入っていた。

「初めて気づいたのは、孤児院から貰われて行った仲間たちと連絡が取れなくなった時でした。全員ではありませんでしたが、見目麗しいと言われる子供に限って、養子となり貰われて行った先で姿を見せなくなる。慰問に来たときに、物色していたのでしょう?一体何に利用したのか、この場で答えてみますか?」


内容は全然優雅じゃなかったっ!!


「もちろん私は全て把握していますから、今ここで仰らなくても構いませんよ」

ソルハさんは口許を歪めて笑った。彼には似合わない笑み。

それだけに、押さえきれない怒りを感じる。

「そうして手に入れた金と人脈を利用し、今貴方が『薄汚い』と仰った男どもを手足のように使い、貴方は大司教の地位まで上り詰めた。そしてそれだけではあき足らず、今度は教主の地位をお望みになる」


大司教が、ふらふらと立ち上がった。

「お前は…、本当に目障りな奴だ。私が折角用意してやった養子先を逃げだし、いつの間にか名を変え、教会に潜り込んだ。どんな手を使ったのかレイアス教主に取り入り、世話係に収まった挙げ句、私の計画を悉く邪魔してくれたな」


「教会に所属したのは、行方不明になった仲間を探すため、ですよ」

ソルハさんは微笑んだ。

「15年かかりましたけれど、全員見つけました。無事に、とは申しませんが。そして貴方のお得意の、南方渡りの毒薬の密売ルートもね」


大司教は目を見開いた。

「な…!?ま、さか?」

「おや?そちらはお気づきではありませんでしたか?」

愕然とする大司教に向かって、小首を傾げる。

「痕跡を残さず、ジワジワと弱らせるザーハの毒。ええ、もちろんレイアス様はただの一滴たりとも口にしてはおられませんよ。そうして貴方が私をこの魔王討伐の旅に追いやり、安心しておられる間に、私の仲間たちが着々と証拠を積み上げ、この10日間で全てを調えました」

見蕩れるような笑顔を浮かべ、優雅に一礼してみせた。


「貴方はもう、お終いです」



ガックリと膝をつく大司教に背を向け、彼はもう一顧だにしなかった。



ソルハさんの、そんな壮絶な人生をあたしは知らなかった。

旅の徒然に聞いた彼の話は、苦労はしていても気の合う仲間との愉快なやり取りや、教会での不思議な体験。

面白可笑しく語られるそれらに、腐敗した教会への憤り以上のものは感じられなかった。


あたしは戸惑って安藤さんを見上げ、みんなを見回した。

安藤さんも、高田君も、ゼスさんやユトさんにも驚いた様子はない。


みんな知ってた?

もしかして魔王城での作戦会議の時に聞いてたのかな?


ああもう、あの時ぼんやりしてたのが、ほんと悔やまれるわ。

安藤さんの腕の中、あたしはガックリと項垂れたのだった。





今や、広間は静けさに覆われていた。


窓の外には相変わらず魔物たちが蠢めいているし、頭上には奴も高田君もいる。


なのに。


広間の隅に呆然と固まる兵士たちも、国王も、押さえつけられたままの近衛師団長も、たった今の一幕に魅入られたように、動きを止めていた。


そんな中、ユトさんが口を開いた。

「近衛師団長閣下。この度の魔王討伐に私をご推薦下さったのは閣下だと伺いましたが、相違ございませんか?」

突然名指しで呼ばれポカンとしていた近衛師団長は、ゼスさんの下で身動ぎした。

「しがない魔力研究施設職員でしかない私に、そのような栄誉を与えてくださったのは、何故かとお訊きしても?」

床に這いつくばる男に向けられたこの言葉遣いは、不釣り合い以外の何物でもない。

そしてそんな丁寧な口調にも関わらず、なぜか喉元に刃物を突き付けられているような気がする。

ユトさんは獲物を狙う肉食獣のように、おっさんから視線を外さない。


助けを求めるように辺りを見回したおっさんが、壁際に貼り付いたままの王を見つけた。


「へ…い、そうだ!陛下だ。陛下が、誰か有望な者はいないか、と仰ったので、この国で最高レベルの魔力値を持つそなたを推薦したのだっ」

「…有望な者を魔王討伐に推薦し、向かわせた、と?最後には殺してしまうために?」

ぐぬぅ、とおっさんが変な声で呻いた。

「正直に言ったらどうだ?」

ユトさんは、おっさんの前にヤンキーのように座り込み、床と同じ高さのおっさんと目線を合わせた。

「邪魔者をまとめて始末するために、魔王討伐の旅に全員ぶち込んだんだろう?」

突然くだけたユトさんの態度と口調に、顔を引きつらせる近衛師団長。

「あんたの大いなる野望のためには、邪魔になるもんがまだまだ多すぎるよなぁ?」

ユトさんはにんまり笑った。でも目は笑ってない。

「3歳の王太子は、さすがに魔王討伐に向かわせるには無理があったか?」


え?どうゆうこと?

ユトさんの言葉が頭に染み込むのに、少し時間がかかった。


えーっと、それってつまり?


黙り込んだままのおっさんに焦れたように、ユトさんはため息をついた。

「なぁ、全部俺が言わなきゃなんないの?」




僅か3歳の王太子が、近衛師団長の邪魔なんて出来る訳がない。ユトさんは何が言いたいんだろう?


「じゃあさ、第2王女に結婚を申し込んでるって聞いたんだけど、それは本当なのか?」

ユトさんがそう言った途端、おっさんは、ぐあっ、と悲鳴をあげた。

「あ、すまん。つい手が滑った」

とゼスさん。

それって関節極めてるとこに、だめ押ししてる?


「そ、それがどうした。お前には関係無いだろうっ」

涙目で虚勢をはるおっさんに、ユトさんは容赦がなかった。

「お前バカ?関係大有りだから命狙われてんだろ。その場限りの出任せ、口走ってんなよ」


どうしよう。頭がこんがらがってきた。

第2王女って、ユトさんの同母妹って言ってたアイシャ王女だよね?ゼスさんの雇い主の。

アイシャ王女といえば、もうあたしの中では我が儘王女から可愛い王女にシフトチェンジしてしまっている。

その王女に、このおっさんがプロポーズしたってか?


あり得ん。


でもって、それでユトさんの命が狙われるの?


わからん。


ユトさんはゼスさんの方に顔を向けて言った。

「王女は断ってるんだけど、こいつしつこいらしいぞ」

「いつからだ?つか、何で昨日のうちに言わない?」

眉間に皺を寄せるゼスさん。

「申し込んだのは4ヶ月近く前。俺たちが王都を出発してすぐくらいかな?言わなかったのは、その方が面白そうだったから」

最後の方は、ニマニマ笑って小声で。


ゼスさんの眉間のクレバスが、よりいっそう深くなる。


「お前、そんな場合じゃねぇだろ?」

「悪い。ちょっと反応を見てみたかった」

そう言って、ギリギリと必要以上に力を入れているように見えるゼスさんの腕に視線をやった。


そんな二人の心暖まる?交流に水を差したのはおっさんの怒鳴り声だった。

「喧しいわっ!人の頭の上でペラペラとっ。いい加減放さんかっ!!」

おっさんは相当痛いんだろう。威勢のいい台詞とは裏腹に、涙目の赤い顔には脂汗が浮かび、身体はピクリとも動かない。

あれ、あたしだったらきっと、一瞬でギブしてる。さすがは近衛師団長と言うべきなのかな。


ゼスさんはおっさんの言葉に、驚いたことに素直に頷き手を離した。

「まあ、いいか。これだけしとけば聖猫(にゃん)さまも、あんたの無礼を赦して下さるだろう」


え!?ここまでが仕返しだったんですか?




ゼスさん……、半端ないです。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


新年最初の投稿です。

お正月そうそう、殺伐とした話が続き申し訳ありません。

一応これでも佳境に入っているので、終わりが見えてきたかなぁ。

でも、自分が信用できないので約束はしない。


次話もまた読んでいただけたら嬉しいです。

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