にゃんは王都の空に打倒おっさん!を誓う
翌日、あたしたちはお城を出た。
刺客たちはもちろん連れていくよ。
グルグル状態のまま大柄でグロテスクな魔物に担がれた奴らは、顔色が真っ白になってたけど気にしなくてもいいらしい。
ソルハさん曰く、連中が今までしてきた事に比べたら、こんなのお仕置きのうちにも入らないんだって。
あたしたちがお城から離れると、待ち構えてたように、音もなくお城は崩れていった。
多分そうなるだろう、とソルハさんに言われていたので誰も驚きはしなかったけど、安藤さんはまるで目に焼き付けるかのように、崩れていくお城をジッと見つめていたのだった。
魔王の城があった森の出口辺りで、あたしたちは二手に別れる事になった。
ユトさんとソルハさんは一足先に王都に戻ってやることがあるらしい。
それはどうやら昨日の会議の時に打ち合わせ済みだったみたいなんだけど、あたし全然聞いてなかったんだよね。
ちょっとだけ名残惜しい気分になって、珍しくあたしから擦り寄っていったらここぞとばかりにモフられた。
気づいた高田君が救出に来てくれなかったら、あたしの自慢の毛並みがボソボソになってたかも。
くそぅっ!もう近づいてやんないんだからね!
安藤さんはというと、ゼスさんとアイシャ王女の話で盛り上がってた。あたしもそっちに混ざればよかったよ。
あたしたちがここまで乗ってきた馬もどきは、馬より力が強く持久力があるらしい。
見た目は馬の方が優美なので、貴族や騎士達は馬に乗る。馬もどきは荷馬車を引いたり、見た目に拘らない冒険者が使ったりするのだそうだ。
今回勇者様ご一行は実を取って、馬もどきに乗っていたって事かな。
如何にも皆らしいと思った。
その馬もどきで駆けていった二人を見送ったあとのあたしたちは、まだ夕方だったけど、休む事になった。
これからは人目につかないように、夜に紛れて移動するんだって。
確かに魔物を引き連れて、しかもグルグル巻きの人間を4人も連れてたら目立ってしょうがないよね。
ユトさんがいないので結界は張れないけど、代わりにあたしたちの周りをグルッと取り囲むように魔物が見張りをしている。
落ち着かないけど、これはこれで少なくとも獣に襲われる心配はしなくていい。
あたしたちが乗っていく馬もどきも、魔物たちの輪の内側に入っている。
魔物を恐れないなんて、なかなか肝が据わってるよね。
だから冒険者たちに好まれるのかな。
王都までは極力人里や街道を避けて、森の中や荒野を進む。
食料の調達はゼスさんが請け負う事になった。
やっぱりほら、高田君や安藤さんじゃ顔立ちで目立つから。
刺客の4人は食事とトイレ休憩以外はずっと、魔物によって眠らされている。4人の世話はゼスさんと高田君が全部やっていて、安藤さんやあたしは、絶対近づくな、と言われているので何がどうなっているのかさっぱりわからない。
見て楽しいものじゃないから、と高田君も言うし、魔物に運ばれて移動中のグッタリと死んだように眠る4人をみると、自業自得とはいえしんどそうだな、とは思うけどあたしにはどうしようもないんだ。
そうしてあたしたちは2週間程の時間をかけて、王都へと辿り着いた。
魔王城へ向かう時はもっと時間がかかったらしいけど、帰りは浄化も何もないもの。ただ暗い時間帯しか移動できなかったのと、街道を避けたためにあまりスピードを出すことはできなかった。
先に出発したユトさんとソルハさんは、人目を気にする必要がないからもっと速い。
多分あたしたちの半分以下の日数で到着してる筈。
王都に着いたといっても、まさか魔物やぐるぐる巻きの人間を連れて街中を歩く訳にはいかない。
あたしたちは王都のすぐ外側、王都を見下ろす位置にある山の中で迎えを待っていた。
「いよいよねー、緊張するわ。私上手くやれるかなぁ」
言葉とは裏腹に、のほほんとした口調で安藤さんは言った。
「魔物の方は心配せずに、思いっきり派手にやればいい。但し、人間には気をつけろよ。切羽詰まると何するかわからん奴もいるからな」
高田君がそう返すと安藤さんは、ずっとゼスさんに引っ付いてる事にするわ、と笑った。
「でも、そしたら焼きもち妬いちゃう人もいるかもね」
ウリウリと、肘でゼスさんをつつく。
ムスッとした顔のゼスさん。
誰の話をしてるんだろ。妬いちゃう人って高田君?
安藤さんと高田君って付き合ってるのかな?そんな雰囲気はなかったけど、親しそうではあった。お互いの事、よく知ってるような…。
なんだろう、このモヤモヤは。
別に高田君はあたしのもの、って訳じゃないのに。
ずっと抱っこされてるから、あたし勘違いしちゃった?
あたしは何かを振りきるように彼の腕から飛び降りた。
一瞬、彼の腕があたしを追いかけたのを見たけど、なんだか戻る気になれない。
知らんぷりしてそのまま辺りを彷徨いた。
「にゃんーっ。迷子になるから、あんまり遠くに行かないでね」
心配そうな安藤さんの声には、尻尾を振りかえした。こうみえてもあたし、女子高生だよ、中身は。
迷子とか、………。
昼でも薄暗い、鬱蒼と繁る樹や草の奥は猫の視界をもってしても見通す事はできない。普段人など入り込まない奥の方にいるので道なども当然無く、傾斜の向こうが崖になっていてもここからでは気づきようがなかった。
今まで歩いていた森なんかとは明らかに違う天然の異様。
あたしは尻尾の毛を逆立てて、即座に安藤さんの元へ逃げ帰りましたともさ。
こんなところで迷子になったら大変だよ。あたしが現れた最初の森ですら、探してもらうの時間かかったのに。
その瞬間、ぶふっ、と吹き出したゼスさんのとこには当分行ってあげません。
煙が出るのはまずいからと火を焚けないあたしたちは、携帯の食料だけで過ごしていた。
安藤さんがいつも寝るときに使っている、薄いくせにやたら暖かいマントにあたしも一緒にすっぽりくるまれて、ただ待っている。
でも、何を?
考えたらあたし、この計画の事何も聞いてないんだよね。
あたしの役割なんてないよね?
あるならきっと、改めて個別で説明してくれる筈。
聖猫だから、わざわざ説明なんて不要、とか思われてないよね?
あたしただの猫だから!
応援以外は期待しないでね!
夕暮れを通りすぎて、夜の帷が辺りを覆った。
あたしたちは木々の隙間のほんの少しだけ開けた所に固まっていて、こんな場所にも月の光は平等に射し込んでくる。
僅かな月明かりと手燭だけで過ごすあたしたちは、突然頭上に差した影に驚いて暗い空を見上げた。
音もなく、月明かりを遮るそれは、あの日魔王城で別れた黒い馬だった。
「お前が一番乗りか」
高田君が微笑って手を差しのべると、奴は静かに空を駆け、降りてきた。
目を細め、彼の手に頭を擦りつけて甘えた仕草を見せる。
高田君は、お疲れだったな、と奴の背を軽く叩いてやっていた。
別に羨ましくなんかないよ。
それからまた暫くの時間が過ぎて、ガサガサッと茂みが音をたて、半月ぶりのユトさんとソルハさんが姿を現した。
どうやらソルハさんの探索魔法でここを探し当てたらしい。
「あーっ!みんな久しぶり。お互い無事で良かった」
「ここまでお疲れ様です」
ニコニコ笑うユトさんもソルハさんもいつも通りで、昨日別れたばかりのようだ。
にゃん会いたかった!、ってユトさんが満面の笑顔で近づいてきたけど、絶対触らせてやんない。
あたしの強固な抵抗に諦めたユトさんは高田君と話し始めた。
ソルハさん、ゼスさんも交えて計画通りとか、宰相がとか1/3がどうとかいってるけど、何のことだろう?
安藤さんも真剣な顔で聞いている。
あとであたしにもわかるように教えてくれないかな?
作戦会議の時、ちゃんと聞いとけばよかったよ。
ともかくあたしに解ったのは、作戦の決行が明日の朝、という事だ。
安藤さんの、あたしを抱き締める腕に、恐らく無意識に力が籠った。
あたしは彼女の腕に頭を擦りつける。
あたしも一緒だから、がんばろうね。
そして、夜が明けた。
あたしは知らなかった。
その日の朝。
空が白みはじめた頃、辺境を皮切りにそれは始まった。
障気が凄まじい勢いで噴き出し、雲霞の如く魔物が発生した。
それは、今回魔物の発生が見られなかった地域だとか、勇者様ご一行が一度浄化した場所だとか、西も東も何も関係無く、四方の端から国中を輪のように取り囲んで、突然に。
早朝の仕事に出てきた辺境に住まう人々が仰ぎ見る山々や森、或いは草原。
そこに現れた異形の姿と余りの数に誰もが恐れおののき慌てる中、魔物たちは不思議な行動を取った。
騒ぎ、逃げ、隠れ、武器をとる人々を尻目に、翼を持つ魔物が待たない魔物を持ち上げ、空に浮かびだしたのだ。
次から次へと湧き出る魔物たちは仲間を抱え、辺境の空を埋めていく。
未だかつて聞いたことのない魔物たちの行動を、彼らは唖然と見守るしかなかった。
やがて巨大な雲に覆われたように、障気と魔物たちの姿で太陽が隠れた。
薄闇の中不安気に空を見上げる人々を置き去りに、魔物たちの大群は移動し始める。
王都へ向かってーーー。
そんなことになっているとは露知らず、あたしは例によって安藤さんの腕の中、国王と対面を果たしていた。
大広間みたいなとこで、これが所謂謁見の間ってやつ?正面の壇上に、豪奢な椅子に座っているのが多分国王。
ユトさんのお父さんの筈だけど、彼に似ているのは髪の色くらい?いや、でも……。
無理だわ。日本人の顔ですら区別がつかないあたしに、外人顔は全部同じに見える。
王の後ろ側、左右に控えているおじさんたちも似たような顔つきで、今は何となく見分けられてるような気がしてるけど、この部屋から一歩出た瞬間わからなくなるのは間違いない。
一度会っただけの人の、顔と名前が一致する人ってどんな造りの頭をしてるんだろう。
あたしにその才能、分けてほしい。
もちろんこのメンバーの中で、そんな情けない頭の持ち主はあたしだけで、安藤さんの横に片膝をつく高田君も、あたしたちの後ろに同じように膝をつき頭を下げているユトさんたち3人も、ちゃんと誰が誰だかわかっているようだった。
「無事、魔王を討伐したと聞いた」
王が先ず口を開いた。
そう。これは魔王討伐の報告なのだ。
山中で再会を果たしたあたしたちは、夜が明けると行動を開始した。
刺客の4人をユトさんが連れてきた男たちに任せ、黒い馬は山に居残り。
あたしたち、勇者様ご一行は王都に入り、ユトさんの案内で一軒の宿屋へ。
???と思ったら、どうやらお城へ向かう前に身支度をさせてくれるらしい。
安藤さんは、お風呂に入れる、って大喜びだったけど、一緒に用意されてた食事は殆ど食べられなかったみたいだ。緊張してるからだろうな。
あたしたちが準備している間にお城に連絡がいっていたらしく、揃ってお城の門をくぐると直ぐにここ、謁見の間に案内された。
それからかなり待たされて、あたしが飽きて欠伸をしだした頃に、ようやく王が現れたのだった。
王の言葉に頭を下げるあたしたち。
けれど、王は言葉を続けた。
「だが、魔王討伐と共に現れる筈の『祝福』の報告が未だ何処からも届かぬ。どういうことだ?」
まるであたしたちが嘘をついている、と言わんばかりの鋭い視線。
嘘じゃないよ?馬の魔王は『神の祝福』に戻ってるもの。
「それに、その小汚ない猫は何だ!」
王の右後ろのおっさんが怒鳴った。
ムカッ!
こいつ、もう『おっさん』でいいよね。あたしもちゃんと、安藤さんにお風呂に入れて貰ったんだから!タライだったけど。
その時、安藤さんがスッと立ち上がった。
ドーナツ状に広がっていた魔物たちは、猛スピードで王都をめがけその輪をどんどん狭めていく。
あちこちから新たに湧き出た魔物たちを次々と捲き込み、恐ろしい程の勢いで。
噴き出す障気で陰った空を埋め尽くす魔物たちの群が、目指す先が王都であると悟った人々は、不安気にいつまでもそれを見送っていた。
ここまで読んでいただきまして、ありがとうございます。