にゃんが可愛すぎる件について
神様、一生に一度のお願いです。
今まで17年間数限りなく、真剣なお願いからつまらないお願いまでしてきましたが、ただの一度も叶えてくれませんでしたね。
でもそれはもういいです。ええ、恨んでなんていませんとも。
でも、私の命は今日で終わってしまうのです。
ですからこれが最期のお願いなんです。
今までの事は全部水に流しましょう。
だから最期のお願いだけ、何卒叶えてください!
神様、私は異世界で、聖女さま…に…
とある国のとある森の中、一匹の黒い猫ちゃんがニャーニャー鳴いておりました。
通りすがりの勇者様ご一行、猫の鳴き声を頼りに探すこと15分。
何故見つからない!あたしは、こーこーよぉぉぉ!!
助けてぇ!
「ほら、早く探さないと!鳴いてるだろう」
「そういわれても……声はするんだけどなぁ」
「どこだっ!返事をしろ!」
「まどろっこしい、探索魔法使えよ!」
「ま、待って…見つけたわっ!ここよ!」
白い光が茂みを照らし、
何やら混沌とした大騒ぎの中、黒猫は茂みの奥の穴ぼこの中から無事救い出されました。
「きゃあああ!可愛いわぁ」
聖女さまは見るなり、猫の可愛さに夢中です。
「見てみて、真っ黒!なのにお腹だけ真っ白なのよぅ!」
その猫が、
その猫こそが、
なんであたしやねんっ!!
ふざけんなデスよ、神様。
あたしは聖女さまになりたかったのであって、聖女さまに可愛がられたかったわけではないわっ。
勇者様ご一行による手荒いもふもふ攻撃の中、あたしは力一杯にゃーにゃーと叫んだ。
神様のばかーーっ!
騒々しい中、「…猫?」と一人呟いたのは誰だったのでしょうか?
「けど、何だって猫があんなとこにいたんだろう?」
そう言ったのは魔法使い。青いローブ。
「あそこは魔物の森ですよ。こんな可愛いなりをして、実は魔物だったりして」
クスクス笑うのは僧侶。白いダボッとした服に紫のサシュ。
「聖女様、いっちょ浄化してみたらどうだい?消えちまうかもよ」
と、恐ろしいことをいうのは武闘家。動きやすそうな上衣とズボン。
因みに職業は全部あたしの想像デス。
そしてあたしを抱えて離さない聖女様と、黙々と剣の手入れをしつつ時折あたしをチラ見している勇者様。
この5人が、勇者様ご一行だった。
5人は夜営をするらしく、夕食後の焚き火の回りで思いおもいに寛いでいた。
みんながゴツゴツした地べたに何か敷いて座っているなか、あたしは聖女様の柔らかい膝の上で撫でくりまわされている。
いやっ、もう、むはっ、うひゃ
聖女様は猫を飼っていたことがあるのでしょうか。
もふる手つきが半端ない。
そしてこの聖女様、気のせいでないレベルで去年同じクラスだった安藤さんに似てるんだよね。
こう見えてもあたしは、人様の顔を覚える事に非常に難のある頭の作りをしている。
一言でいえば、他人様の顔を覚えるのにとても時間がかかる。クラスの皆の顔と名前がやっと一致した、と思ったら学年が上がってクラス替えで泣く、とか当たり前だった。
あたしはどんどん人見知りになり、中学までは親友のかのちゃんが横で『3組の斎藤君だよ』とか『同じクラブの井上さん』だとか囁いてくれたおかげでのりきれたけど、高校が離れてしまったとき、あたしは全力で教室の壁を目指すことにしたのだ。
考えてほしい。自己紹介して笑いあった次の日、「えーっと、名前なんだっけ?」と聞かねばならないあたしの気持ち。
え?昨日名前言ったじゃん?という冷たい視線にさらされるあたしの気持ち。
メモをとれば?って思ったでしょ?
違うんだよ、名前は覚えられるの。でもその名前の人がどの人か覚えられないんだよ。しかも数人ならともかく、クラス替えとなるとクラスの殆どが入れ替わるでしょ。
去年、新入生だったあたしはクラス全員が知らない人だった。同じ中学から進学した数人は皆、違うクラスになったのだ。その時点であたしはなげた。
最初から名前なんて聞かなければ覚えてなくて当たり前。
ボッチ上等!教室の壁に、あたしはなる!
そんな悲愴な決意を固めた去年のあたしの癒しが安藤さんだった。
安藤さんは、壁なあたしと違いいわゆるクラスの中心的なお人だ。
そこにいるだけで、華やいでいらっしゃるお人だ。
そんなお人が、何故かあたしによく構ってくださった。
しかもこの安藤さん。誰かと喋るとき、相手の名前をよく呼んでくれるのだ。
「のりちゃん、みゃんちゃん、一緒にお昼たべよう」とか、
「みゃんちゃん、いぶちゃん、次、移動教室だっけ?一緒に行こ」とかいう具合だ。
みゃんちゃん、というのは安藤さんがつけたあたしのあだ名である。
ありがとう!安藤さんのおかげで何人もの名前と顔が一致したよ。林間学校の班分けも球技大会のチーム分けも乗りきれたよ。
いくらボッチの覚悟はしていても、本当にボッチだったらきっと辛かった、と思うんだ。
そして安藤さんのおかげでできた、顔を覚えたお友だち達が同じクラスになったので、今年もなんとか乗りきれそう…と思っていた矢先の事だった。
そんな大恩ある安藤さんの顔だけは、去年たっぷり心に刻みつけた、筈なのだ。
が、しかし。
今年クラスが離れてからさっぱり会っていない。いや、いくらあたしでも、一度覚えた顔は忘れないよ!?
ただ、アレだよ。髪型が変わって服装が変わると自信がなくなるだけだよ。
この聖女様は、あたしが覚えてる安藤さんよりも髪がのびてふんわりとしており、日本ではありえないショートなドレスの下にズボンという不思議な格好をしておられた。
こうなるともうあたしには無理だ。
せめて制服だったら、或いは会った場所が学校だったらあたしでも自信を持って判断できたのに。
聖女さまにモフられ、んにゃんにゃ言いながら、ぐるぐる考えていると、黙って剣の手入れ?をしていた勇者様がこちらを見てポツリと言った。
「安藤、そいつ嫌がってないか?」
安藤!きましたーっ!!
やっぱり安藤さんなのー!?
キラキラ目のあたしと安藤さんの視線が絡んだ。考えてることは全然違うけど。
「んん?嫌がってる、かなぁ?あんまり可愛いからつい」
嫌がっている訳ではありません。ただあんまり気持ちよすぎて悶え転がってるだけです。
あたしは、ナァオと鳴いた。いろんな意味を込めて。
すると、勇者様以外の野郎どもが色めき立った。
「聖女様、ちょっと私にもモフらせて下さい」
「えー、俺も俺も」
「じゃあオレも」
なんだよ、結局みんな猫好きかよ。
そして、断る!こう見えてもまだうら若き女子高生なのだ。男どもにそう簡単にモフらせるわけにはいかん!助けられた直後は油断したけどさ。
急に唸りだしたあたしを、安藤さんはヨシヨシと宥めながら、
「男どもは嫌ですってよ?こう見えてもこの子女の子なんだから、ほら?」
通じてる!?そして、どこ見せてんですか安藤さん!
そこ!勇者様もなんで顔赤くして背ける!?
「高田君は猫嫌いなの?」
勇者様は高田君という名前らしい。
どうやら名前から判断するに、勇者様と聖女様が日本から召喚されてきたのかな。
今更ながら何故にあたしが聖女様じゃなかったんだ?神様ひどい。
「嫌いってわけじゃないが…」
またチラリとあたしを見る勇者様。
そういえば、救出直後のモフり攻撃にも勇者様は参加してなかったな。猫、苦手なのかな?
あたしは安藤さんの膝から飛び降り、勇者様の方へテチテチ歩いた。
「あら」と安藤さん。
「「「ええっ!ズルい」」」と、その他3人。
だまれ、あんたたちはさっき散々モフったじゃないか。
驚いた顔でこっちを凝視する勇者様。
嫌なの?そんなに嫌なの?
あんまり嫌がられると、猫の姿なりにショックなんですけど。
「安藤っ!」
とうとう泣きがはいって、あたしはシュルシュルっと安藤さんの膝に戻された。ああ、なんか落ち着く。
「高田君がそんなに猫、苦手とは知らなかったわ」
「猫が苦手ってわけじゃない。ただそいつがどうも…」
なるほど、猫ではなくあたしが苦手だと言いたいのですね。
あたしはふて腐れて、安藤さんの膝で寝転がったのだった。
魔王城への旅は順調に進んでいる、らしい。
あたしは当然のようにきっちりメンバーに加えられていた。
あんな場所でおいてけぼりにされても困るから、正直助かった。おいてかれそうになったら安藤さんにしがみついて離れないつもりだったけど、むしろ安藤さんが離してくれなかった。
もちろん理由はある。
定位置は安藤さんの腕の中。
どうやらあたしを抱っこしてると、安藤さんは絶好調らしい。
拾われた次の日に、わかったことだ。
召喚されてから調べられた安藤さんの、聖女としての力はそんなに強くなかったんだって。
それでもやり直すわけにもいかず、安藤さんとしては、
「無理矢理呼びつけたくせに失礼ねっ!」
と、怒りながらもどうする事もできないまま旅立ったらしい。
魔王を倒さないと日本に帰れないとか、ふざけんなって話だよ。
「にゃん、なんかコーフンしてる?」
腕の中で毛を逆立ててるあたしに、安藤さんがヨシヨシする。
大丈夫です、ちょっと人生の不条理に怒りが沸いただけです。
あたしは『にゃん』と呼ばれている。
安藤さんが、
「この子、誰かに似てる…と思ったらみゃんちゃんにそっくり~」
と、言い放ったからだ。
安藤さんがそういった時、勇者様こと高田くんはギョッと目を見開いた。
安藤さんは気づかなかったのか、
「ほらほら、なんかこう構って~ってオーラが出てて、構いに行くと一旦は逃げるんだけどこっちが引いたら、なんで逃げるの?って目で見て、心を許すともうデレまくりな感じ?」
安藤さん、そんな目であたしを見てたんですね。
そして、猫のあたしはそんな雰囲気をかもし出していたでしょうか?普通にしてたつもりなのですが。
「このにゃんは、デレた後のみゃんちゃんにそっくり!もうこの『あなたにお任せします』って感じがたまんない」
……なるほど、デレた後ですか。
安藤さんは、あたしの頭や背中を絶妙なタッチでモフる。
ああ、この感覚。言われてみれば安藤さんが、みゃんちゃんことあたしの頭を撫でるときと同じだ。
安藤さんはとにかくスキンシップが激しく、あたしは隣にいれば腕を組まれ、何かといえば頭を撫でられ、気づけばギウギウと抱き締められていた。
あれ?デレてたのはあたしじゃなく安藤さんでは?
首を傾げるあたしを余所に、安藤さんのみゃんちゃん語りは続く。
「みゃんちゃんはおっちょこちょいで、あわてんぼさんでねぇ、目を離すと何してるか心配で…」
そ…そこまで?
「私はいつでも『みゃん』って呼び捨てる気満々だったのに、みゃんちゃんはいつまでたっても何回頼んでも『安藤さん』って他人行儀なままで…」
だってみんな『安藤さん』って呼んでたし、そんな中あたしごときがクラスのマドンナ的存在の安藤さんを呼び捨てとか、おこがましいにもほどがあるでしょ?
そういわれれば何回か、呼び捨てでいいよ、って言われた気もするけど、無理無理っ、て流したような。そんなに気にしてたとは…ゴメン。
「こっちが『みゃん』で向こうが『安藤さん』じゃ温度差がありすぎるじゃない?だから2年こそは、と思ったのにクラス別れるし、別れたらみゃんちゃんそれっきり会いに来てもくれないし…」
だって余所のクラスまでわざわざ会いにいくとか、付きまとってると思われたら嫌だし。
「安藤から会いに行けばよかったんじゃないか?」
そう!それ!!高田君ナイス!
来てくれたら嬉しかったのに、安藤さんから!
「だって私から会いに行くとか、負けっぱなしじゃない」
つん、とプルプル唇を尖らせる安藤さん。
……なにか勝負してましたっけ?
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