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へんたい  作者: 竹本金子
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第三話 痴漢


 そんな生活を続けていたある日、驚くような出来事が訪れた。


 いつものように女装をし、繁華街に繰り出そうと、最寄り駅から電車に乗車した時のこと。駅のホームで待っている時から、私のことをじろじろと見つめてくる初老の男性がいることに気が付いた。

 白髪交じりで背が小さく、鼻の下に特徴的な大きなホクロをもつ男だ。何度チラ見しても必ず私の方を見ている。

 私はその男にたしかに見覚えは無かったのだが、もしかすると、ただ私が忘れているだけで、実は顔見知りで、私の女装に気付き、正体を確かめようとしているのではないかと考えた。


 電車を諦め、今すぐこの場から立ち去ろうかとも思ったが、少し距離をとれば大丈夫であろうと、顔をふせながらホームの端に移動し、一番奥の車両に乗り込んだ。

 しかし電車が発車し、しばらくしてから周囲を見渡すと、なんとその男も私と共に、この車両まで移動し、乗り込んできていたことに気が付いた。


 まずい、と思い咄嗟に目線を外し、背を向けて手で顔を隠した。しかし背中越しからも、その男が私に徐々に近づいていることが分かった。


 そして、遂には私の真後ろまでやってきた。


 もうダメだ話しかけられる。そう覚悟した瞬間、その男はとんでもない行動に出た。


 そう、私に『痴漢』を働いてきたのだ。


 私に体をぴったりと寄せ付け、私の尻をそのごつごつとした掌で撫で回してきた。

 そして私に聞かせつけるかのように、耳元で荒く息遣いを立てる。


 私はあまりにも予想外の出来事に頭が真っ白になってしまった。

 なにせ私は、女性に成りきっている自信はあったが、決して美しい女性に成っているわけではなかった。

 元の容姿も美形というには程遠い作りになっているし、実際にここ数週間、男性に声をかけられたりなどということは皆無であった。

 そのため、私がまさか性対象として男性に扱われるなんて、思いもしなかった。


 一種のパニック状態に陥った私は、男性のなすがままにされてしまった。


 頭を落ち着かせるのに一駅分費やした。その間も男は、ずっと私の尻を撫で続けた。そして冷静になり、その男を注意し警察に突き出してやろうと思った瞬間、またも私は驚愕した。


 声が出せなかったのだ。


 私は決して臆病な性格ではない、普段からおとなしいものの、言いたいことは必ず口に出すし、それにより街中で他人と喧嘩になったことも幾度となくある。


 むしろ常日頃から、報道番組などで、痴漢の被害に遭いながら抵抗出来なかった女性の体験談などを見ては、「なんてまぬけな女だ」などと悪態までついていた始末だ。


 そんな私が、いざその状況になってみると、そのまぬけな女達と同様、声を上げることが出来無いでいる。


 男に対する嫌悪感と、公衆の場で卑猥な行為を受けている羞恥心とが入まじり、どうしても体が言うことを利かない。


 結局私は、目的の駅に着き下車するまで、痴漢に遭い続けた。降り際に耳元で男から「そんなに気持ち良かったのか、いやらしい女だなあ」と言葉を吐きかけられ、私はホームで涙ぐんでしまった。


 そんな出来事が起きてから私は、女装をして外出するのは控えるようになってしまった。


 しかし内に秘めたる女装願望は熱を引かない。


 結果的に私がとった行動は、外でするのではなく、日中、勤務時間中に警備室で待機している間、購入した桜葉女子高の制服を着用し、きっちりとメイクを施し、女子高生に成りきるというものであった。


 元々女装を始めたきっかけは、観察している女子高生達に近づきたいという願いから生まれたものだし、そのためにわざわざこの桜葉女子高の制服を購入したのだ。


 しかし、つい先日までは、購入したはいいけれど、さすがに勤務中はまずいだろうと、自分を抑制していた。

 この警備室に人が訪れることなどまず有り得ないけれど、絶対とは言い切れない。

 それに私の仕事は、緊急時に素早く出動し対処するものであり、その事態がいつぞや訪れるかもしれないのだ。


 しかしながら、女装での外出をやめてしまった今となっては、この欲求を代わりに果たしてくれるものが、どうしても必要になった。


 そして私は、結局この禁断の行為に手を出してしまったのである。


 もうこうなった以上ほとんど自棄である。見つかってしまったらその時考えればいい。私は出勤するとすぐにメイクをし、制服に着替え、双眼鏡をとり、いつものようにのぞきを始める。


 この時の高揚感というと、それはもう言葉に表せぬほどであった。


 長時間眺めていると、双眼鏡の先にいる彼女達と、警備室にいる私とがごちゃまぜになり、どちらが現実なのかがぼやけてくる。

 ついには、教室内での会話が、頭の中で幻聴として響き渡ってくる。

 夏の熱気に蒸れた汗の臭いや、彼女達が使っているであろう香水のきつい香りが、届くはずもない私の鼻の先に漂う。


 ここまでくると、もはや麻薬に近かった。


 私は夢中になった。食事もとらず、用も足さず、永遠と彼女達の世界に没頭した。

 一生このままでありたいと願った。

 宗教に嵌る高齢者や、ネットゲームの世界に全てを捧げてしまう若者のように、私もこの行為から抜け出すことなど二度と不可能で、やがて何らかの形で破滅に至るまで、永遠と続けていくのであろうと、本気で覚悟をした。


 しかしこの行為は、私が考えていたよりも到底早く、たったの二週間で終わりを迎えた。


 というより私自身が終わらせた。


 決して誰かに見つかってしまったとか、そのようなバッドエンドの類では無く、一生続けていきたいと感じた気持ちを、一瞬で冷めさすほどの感情が、たったの2週間で私の身に生まれたのである。




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