96 伊勢観光~外宮~
車での長距離移動が終わり、銀色のハイエースは駐車した。
伊勢に来たメンバーは、私、むつき、キッカ姉、瀬良ちゃん、銀華と銀華のお付きである山本さんの人間6人と、クロモ、デン、チュースケの神獣3匹だ。
「いーせーだー!」
「いーせでーすわー!」
車から飛び出した瀬良ちゃんと銀華が外の空気を思いきり吸い、叫んだ。ホント仲良いなこいつら。
「はいはい、あんまり往来で叫ばないの」
私は子供のようにはしゃぐ二人の肩をつかんでそう言う。銀華は仕立ての良い西洋風のゴスロリっぽい服を着ており、本人が少女漫画に出てくるお嬢様のような容姿をしてるのもあって、とても目立つ。目立つと言えば常時魔法少女姿のむつきも目立つのだけど、今回はマントと帽子を外してもらい、代わりに私の地味めなカーディガンを着てもらっている。この子、全く自分の私服を持ってないのだから仕方ない。半身が腐ってるので肌色が悪いが、まぁそんなに目立たないだろう。たぶん。
「というか、結局あの調整者って人。結局伊勢のどこかに行けばいいかって言ってなかったよね」
「そうね……『伊勢に行け』としか言ってなかったものね」
「で、ここどこですの?」
周りをキョロキョロ見渡して言う銀華。目の前にはまっすぐに石造りの街道が伸びており、人の往来も多い。両脇に店が建ち並んでおり、休日なのもあってそれなりのにぎわいを見せていた。銀華の問いに山本さんが答える。
「伊勢神宮ですよ。伊勢に来たらここに参らないと始まりません」
伊勢神宮。簡単に言うと、日本の最高神である天照大御神を祀る日本一有名な神社である。
「ふむ、外宮だな。伊勢参りではまずここを先に参るのが習わしだ」
白い仔犬が周りを見渡しながら言う。犬が喋るなんて異様な光景ではあるけど、デンみたいな神獣の声は普通の人間には聞こえない。キッカ姉ちゃんが少し困ったような顔をして言う。
「調整者の子が言ってたのは、本当に『伊勢神宮』の伊勢なのかしら?」
「伊勢と言ったら伊勢神宮。たぶんそれで合ってるんじゃないか?」
「でも伊勢神宮とひかりんって何か関係あるんすかねー?」
瀬良ちゃんがぼやく。そう、私たちはただ伊勢観光をしに来たのではない。突然現れた『調整者』を名乗る兎面の少女に、『伊勢へ来い。天乃ひかりが待っている』とか言われて来たんだった。でもその居場所がアバウトすぎる。伊勢ってそれなりに広いよ。するとクロモがふよふよ浮きながら、どこか確信を持って言う。
「たぶん、いるよ。そんな感じがする」
まぁ、それなら別にいいけど。
私たちは伊勢神宮の外宮へと進む道すがら、「豚捨」というのれんが掛かっているお店で昼食を取ることにした。
「ほら、るるぷにも載ってますわ。お食事するならまずここですって!」
旅行雑誌片手にはしゃぐ銀華。完全に観光気分である。銀華が勝手に注文し、全員牛丼を食べることになった。いや、お嬢様が牛丼て。私はのほほんと微笑んでいる老紳士、山本さんに質問する。
「……あの、山本さん。銀華って本当にお嬢様なの?」
「はい。間違いなくお嬢様ですよ。それも日本でもかなりの名家の」
「なんか一般的なお嬢様のイメージと剥離しているような気がするんですが」
「ふふ、東京にいた頃はこんな姿は見られませんでした。きっと皆様と一緒にいて少し羽目を外しているのでしょうね」
東京都民だったのか、銀華。なんで吹津みたいな中途半端な田舎にいるのかね?
「東京にいたんですか。なんでまた吹津町に?」
「さて、その理由は話してくれませんね」
山本さんも知らないのか。何でだろう? 銀華の謎は深まるばかりである。気になった私はもう一つ質問を投げかけてみる。
「あの、東京でも銀華は普段からあんなゴスロリの格好を……?」
「いえ。元々趣味でこっそり集めていたみたいですが、人前で堂々と着るようになったのは高校卒業後に吹津町に来てからですね。通っていた学校は社交の場でもありましたから、流石にわきまえてたようです」
学校が社交の場って。まぁ、お嬢様学校ならそんなこともあるのか。というか今さらっと高校卒業とか言ってたな。18歳以上は確定か。車を運転してた時点で知ってたけど、やっぱり年上なんだなぁ……敬語とか言った方がいいの? でも今更って感じがするし。
「東京の学校って一体どんな……」
「ちょっと良子さん! せっかくのわたくしの奢りなのだから、食事に集中しなさい! この牛丼すごく美味しいんだから!」
私の質問を遮るように銀華が言う。はいはい、分かったよ。あまり詮索されたくないこともあるもんね。私は話をやめて大人しく牛丼を食べることにした。一口食べると、濃厚!って感じの味がした。甘いタレと肉自体の旨味が多くてとても濃厚な味がする。牛丼なのにイメージが違う味。いい肉で牛丼作るとこんな味するのか。
「……おいしい」
むつきがはぐはぐと肉を食べながら言う。個人的に、ゴスロリ少女が牛丼食べてるのもそうだけど、むつきが牛丼食べてるのもかなり違和感ある。むつきってハンバーグ好きだし、割と肉食だよね。ゾンビだから?
「吾輩にも喰わせろ」
「ボクもボクも」
白い仔犬と黒いマリモがせがんでくる。うざったいなこいつらと思っていたら、そこにむつきが箸で肉を掴んで差し出した
「あの、私の……あげるね」
「う、うむ?」
一瞬、逡巡するデン。だが少しして、素直にむつきに向けて口を開けた。むつきがデンの口に肉を放り込む。むにゅむゅとゆっくり咀嚼し、嚥下した。
「うむ、美味いな」
「あ、玉ねぎ入ってるけど……大丈夫?」
「吾輩は神獣だ。犬と一緒にするな」
「そう? よかった……」
ちょっとぎこちないけど、なんだか微笑ましい光景。初対面でむつきのことをめっちゃ嫌ってたデンも、かなりデレてきた。まじツンデレ犬。
一方、クロモと私は。
「むつきは優しいよねー。で、良子。ボクには?」
「はぁ……」
なんだろう、クロモに素直に肉を与えたくない感情は。クロモは私の契約神獣であるけど、私はこいつをそんなに信頼してない。だってこいつ隠し事多いし怪しいし。
でもまぁ、別にいっか。私はクロモの口に肉を突っ込む。
「うらうら」
「も、もがが。乱暴! 乱暴なやり方だよそれ!」
いいじゃん。分けてあげたんだから、私優しいじゃん。
昼食を終えた私たちはいよいよ外宮に入る。伊勢神宮は内宮と外宮に分かれていて、内宮は日本の最高神である天照大御神を祀り、外宮では豊受大御神を祀っているらしい。私は一番物知りそうなデンに質問する。
「珍しいよね。内宮と外宮があるなんて。なんで?」
「元々伊勢神宮は内宮だけだったが、天照様がお食事の為に豊受様を呼び寄せたのだ。その豊受様を祀ったのが外宮。それが外宮の成り立ちだな」
「……お食事の為だけに外宮が出来たの?」
「まぁ……そうなるな」
つまりあれだ。豊受神は天照のお食事を用意する係なのだ。天照以外の他の神様って、わざわざ食事の為に神様呼び寄せたりしないよね? 日本の最高神って食いしん坊なの?
山本さんが伊勢参りの作法について説明する。
「伊勢神宮は外宮から内宮へお参りするのが習わしです。まずは手水舎で手と口をすすいだ後、第一鳥居の手前で立ち止まり、一礼。そして正宮に参拝し、次に第一別宮に参拝します」
「正宮と第一別宮って何?」
「正宮が神様のご神体が置かれている場所。第一別宮が神様の荒御霊を祀った場所です」
うう、知らない言葉がたくさん出てくる。不信心な日本人でごめんなさい天照様。
「荒御霊って?」
「荒い御霊だな」
「荒い御霊だね」
デンとクロモが答える。まんまじゃん。というか山本さんが話してるところに、人間には見えない存在が割り込むな。反応したら変に思われるでしょうが。
クロモがキョロキョロあたりを見て言う。
「それにしてもいっぱいいるねー神獣。悪魔の気配が見当たらないや」
「ホントっすねー。これが聖域って感じなんすねー」
はい。私には神獣がどこにいるか分からないんですけど。あんたら何見てるの?
「ああ、良子は感受性低いからね。見えなくても仕方がない。今周りにいるのは弱いのばっかりだよ」
「ふあー、良子ちゃんは見えなくていいっすねぇ。実際めっちゃいるんすけどね。ほら、頭に乗ってる。肩にもついてる」
え、どこ? どこにいるの? 思わず頭と肩を手で払う。
「あー、逃げてった。ていうかむつきちゃんやばい。ちょーたかってるっす!」
「うわ、そんな大量に……大丈夫か、むつき?」
虫か? 虫なのか神獣は? ちなみにむつきは私にはまったくたかってるように見えないが、ぱんぱんと顔を払いまくってる様子。なんか知らんけど涙目だ。
「うぅ……」
「全然取れてないですわよ」
銀華が指摘してむつきの顔をぱんぱんとはたく。でも私には全くわからん。キッカ姉ちゃんも首をかしげている。どうやら瀬良ちゃん、銀華、むつきは見えているの確定っぽい。残念ながら、私とキッカ姉ちゃんは感受性低い組らしい。そんなことしてると、山本さんが「おや、どうなされましたか?」と声をかけてきた。いかん、変に思われる。だけど銀華がふふんと笑って答える。
「ふっ、山本には分からない次元の話ですわ」
……いや、それ誤魔化せてるのか? でも山本さんは納得したように「なるほど。そういうこともありますね」と答える。深く追求しない老紳士素敵。
そんなこんなで外宮を参拝し終えたわけだけど……
「何もイベント起きなかったですわね」
銀華が呟く。うん、特に何もなく終了した。
「やはり内宮に何かあるのかしら?」
「ともかく、行ってみないとわかるまい」
そう言いながら境内から帰っていく面々。だけど、なんとなく気になってもう一度振り返ってみた。
なんか割烹着の優しげな女性が手を振っていた。なんか場違いな感じがする。割烹着って料理作る格好だよね。もしかして、お食事係の豊受神……? そう思っていると、いつの間にかその姿が消えていた。クロモが立ち止まって呟く。
「なんか……見られてたね」
「そうっすね……」
どうやら瀬良ちゃんも何か気づいてたみたい。やはりこれから行く内宮で何かあるんだろうか。そう感じさせる予兆だった。




