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92 ゼドの記憶

 山の上にある古びた教会の一室で、紅い服を着た少女は目を覚ました。


「……ここは」


 か細い声を上げて、起きてから初めての息を吸う。肺に空気が吸い込まれる感覚がする。もう、人間としての生などとうに捨てたはずなのに、未だに生を実感している。


 少女はどうやらベッドに寝かされていることに気付いた。誰が? いつの間に? そんな疑問を持ちながら、目が覚めてから天井の木の目をじっと見つめていた。汗をびっしょりと流していた。意識がまどろんでいるようで、天井の木の目が時折ぐにゃりと曲がるように感じる。


「……今の私は、本当に(あたし)なのかしら」


 少女は声を出す。こんなの、言ってみただけだ。こういう台詞が吐ける余裕があるなら、(あたし)はまだ自我を保っている。そうして、少女はようやく体を起こすことにした。

 すると、目の前で景色がぐにゃりと曲がり、いつの間にか神父服の男が笑顔を向けて立っていた。


「おはようございます。気分は如何ですか? フィーさん」


「……ノア、あんたか」


 彼女は自分をここに寝かせたのが目の前の男だということに気付く。ノアと名乗る男は常に笑顔を崩すことがないことから、一見して人が良さそうにも見える。だが、彼女には上辺だけのように感じられて、とてもうさんくさいと思っていた。だから助けてくれたことに対して礼を言う気は無い。どうせなにか企んでるだろうから。


「……はぁ、気分悪い夢を見てたようだわ。魔法少女ってズルいわね。こんな悪夢から保護されてるんだから」


「貴方もかつてはそうだったのでは?」


「……あんたが何を知っているの?」


「はて」


 わざとらしいキョトンとした顔をするノアを睨むフィアーだったが、何を言っても通じなさそうだと思ってはぁとため息を吐く。


「……お坊さんだったわ」


「何ですか?」


「ゼドの人間だった頃の記憶よ」


 ゼドのデビルエレメントを吸収したフィアーは、その悪魔の元となった原初の記憶を見た。悪魔は人間の負の感情から生まれる。その負の感情を抱くに至った負の記憶を、浄化という精神保護システムを持っていない彼女は、魔力の吸収と共に垣間見てしまう。それが、先程まで彼女が見ていた悪夢である。


善道導師(ぜんどうどうし)……と呼ばれていたらしいわ。いつの時代かよく分からなかったけど、戦やら紛争やらでとても不安定な時代に生きていたみたい。人が人を平気で斬り殺すような時代に、馬鹿みたいに善の道を説いてまわっていたご立派なお坊さんだったみたいねぇ」


「ふむふむ。そんな人物がどうしてああなったんでしょうねえ?」


 所詮他人事なのか、興味あるのかないのか分からないような適当な相槌を返すノア。フィアーはそんな態度に溜め息を吐きつつも、語り出した手前話をやめることが出来なかった。


「善道導師は生まれつき体格に恵まれた大男だったけど、決して暴力を振るうことなく、性善説を信じてひたすら善の道を説いてまわってたわ。そんな導師を慕う人間も多かったみたい。ある日、導師は道に倒れていた餓死寸前の山賊に食べ物を与えて救った。『生きていることに感謝し、これからは善の道に精進すること』ってその山賊に説いてね。山賊は改心して『これからは善行をします』って泣いて言ったわ。本当に、茶番劇よね」


「ほう。茶番……とは?」


「その山賊、命を救われた後に仲間を引き連れて導師のいた村落を襲ったの。その村にいた導師を慕う人間は皆殺し。改心なんてこれっぽっちもしてなかったのよ。導師が村に帰ってきたときにはもう手遅れ。大切なものは全て失われていた」


 フィアーはゼドの魔力を吸収していく過程で見た悪夢の内容をまだ鮮明に覚えていた。荒らされた畑、焼かれた家、ゴミのように打ち棄てられた人間の死体。無惨なものだった。


「そこから導師は狂ってしまった……いや、悟ったと言ってもいいか。導師は今までの性善説に基づく価値観や善行を積むことのくだらなさに気付いた。そして村を襲った山賊達を見つけて、素手で嬲り殺しにした。当時は平均身長160cmにも満たない時代の中で、導師は体格に恵まれてて2m近くある大男だった。勝負にすらならなかったようね。

 それから導師は暴力こそが絶対の価値観だと思うようになり、この世の悪を暴力によって駆逐しようとして、最期は囲まれて槍で突き殺されて人間としての生を終えて……ま、その末路があのゼドって悪魔ね」


「ふむふむ。『ぜ』ん『ど』うどうし、だから略してゼドなんですねぇ」


「どうでもいいことに着目するわね……」


 それにしても腑に落ちないことがある、とフィアーは思った。ゼドの魔力を吸収した時点では、あたしの持っている魔力よりゼドの魔力の方が大きかったはずだ。なのに、何故全ての魔力を私は受け取れたのかという疑問。

 浄化という保護システムを持っていないあたしでは、ゼドに意識を乗っ取られてもおかしくないはず。本来、そこで主導権争いが発生する危険があったはずだと。つまり、ゼドは望んで意識を手放して、大人しく吸収されたとでも?


「ゼド……あんたは、それで満足したの?」


 血と暴力ばかりに彩られた負の記憶の中で何故かキッカという魔法少女との戦いの記憶だけが耀いてみえた。ゼドに真っ正面から挑んで引導を渡して、フィアーをハエを落とすようにはたいたあの黄色い魔法少女(トラウマ)の……


「ふん、下らない。本当に下らないわ」


 フィアーにとっては、ゼドのこともキッカのこともどうでもいいことだ。重要なのはゼドを吸収して新たに力を手に入れたということ。


「あたしはそんな結末で満足しない。どんなことが起きようが、憎しみは絶対に忘れないわ。愚かな人類なんて、一人残らず滅ぼしてやる……!」


 新たな力を得た彼女は、これからどんな災厄を招くのだろうか……彼女を見ているノアはただ、にこにこと微笑んでいるだけだった。

【どうでもいいかもしれない裏設定語り】


フィアーの魔力が3800から55000(単位よしこ)にアップしました。どんだけインフレだよと思われますが、ゼドは通常状態で4万、黒翼態で20万の魔力があります。キッカさんはそんな化け物相手に魔力360で対抗してたし、神獣合身という切り札を使っても実は魔力4500までしか上がってませんでした。魔力=戦闘力というわけではありませんが、差が大きすぎると当然勝負になりません。


こういう魔力値は設定の中だけで存在するので、実際の戦闘で「馬鹿な!魔力20万だと!?」とか言う台詞は出てきません。出て来るのは「私より弱そう」とか「なんて凄まじい魔力だ……」とかいうあいまいかつ主観的な表現だけです。例外として、魔力感知力が異常に高い一部のキャラ(クロモとか)が「よしこ20万人分の魔力だね」と主人公を物差し代わりに使って魔力を測ることがありますが、大体推測みたいなもので正確な数値ではありません。


ちなみに吸収といっても戦闘で魔力を消耗した状態で撃破された後、最期にデビルエレメントが残るので、魔力20万の悪魔を倒したところで当然20万の魔力が全て吸収されるわけではありません。それでもフィアーさんは結構な魔力を貰えた方です。


ついでにもう一つ。ゼドの前身となった善道導師ぜんどうどうしというお坊さんですけど、生前から強い霊力を持っていました。こういう人物が死後祟ることで、特に強力な悪魔になることがあります。ちなみに善道導師は完全に架空の人物なので、元となった人物の由来は無いし、検索しても出て来ません。

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