90 ひとつの結末
私とゼドの拳と拳が衝突した。
「ガアアアアア!!」
ゼドの巨体から繰り出す全身全霊の拳は、まるでトラックが正面衝突するような威力だ。初めてまともにぶつかったその威力は、覚醒した私でも腕が折れそうなほど痛い。目の前の巨大な拳の圧力に比べたら、私の拳などかよわくてちっぽけな存在に見える。だけど、負けない。絶対に、負けない!
「はあああああ!!」
力の限り叫び、足を踏ん張る。地面にめり込むほどに力が入った足から拳まで、一直線に力が伝わってくる。どうしようもない身長差のせいで相手は上で、私は下。体勢は私の方が圧倒的に不利。だけどゼド、お前は勘違いしている。パンチってのは、腕を力任せにぶん回せばいいってものじゃない。腕、肩、背筋、腹筋、腰、太もも、足の裏。体を全ての筋肉を使ってこそ、最強の威力が出るものなのよ!
……ビシィッ!
引き延ばされたように長く感じた一瞬。拮抗状態を保っていたゼドの拳に亀裂が走る。それを見て押し切ろうとした瞬間、私の足場にもヒビが入って崩れる。力が一瞬抜け、そのときを狙ったかのようにゼドが拳に全体重を乗せてくる。
「そのまま潰れろ! キッカアアアアア!!」
いや、私はまだいける。腰と背筋に力を入れろ。奮い立て! 体勢を崩すな! 私は絶対に勝つ!
相手の全体重を乗せた拳を、意地で押し戻す。私の腕もミチミチと音が鳴り、筋肉が千切れていく感覚がある。痛い? いや、既に痛みなんか感じてない。ただ負けないという気持ちだけある! 絶対に負けない!
バキィッ!!
致命的な音が聞こえた。ヒビが入ってた相手の拳が、砕ける。
「ぬ……っガアアアアアアア!!!」
だが相手はまだ退かない。砕けた拳をそのまま振りぬく。ここで気を抜いたら、そのままやられる……そう思えるほどの気迫。だけど私だって! 私の拳は、私だけのものじゃない! 消えてしまった雷電……倒れてしまった良子ちゃん……みんなの力がこもっているんだ!
「とりゃあああああああ!!」
私はわけのわからない奇声を発しながら、全力で打ち抜く。相手の拳の亀裂が、ビキビキと音を立てながら広がり、腕、肩までも破壊していく。
「ぐゥゥゥアアアアアアアアアア!!?」
この世のものとは思えないほどの苦痛の叫び声が響く。遂にゼドの右半身にまで亀裂が走り、腕を無くしたゼドが吹っ飛んだ!
ドガアアアアアアア!!
ゼドが岩壁に叩きつけられ、そのまま岩山を貫いていく。私も拳をゼドの体に突き立てたまま、どこまでも全力で叩きつける。これで終わらせる!!
……
…………
………………
そこには右半身を全て失い、顔も半分しか残ってないゼドが倒れていた。私はぜえぜえと肩で息をしながら、その悪魔を見下ろす。
「はぁ……はぁ……呆れた。まだ生きてるのね」
ゼドはまだ生きていた。体の半分を失いながらも。だがその目は遠い空を向き、既に戦う意志を感じない。半分だけになった顔で、ゆっくりと口を開くゼド。
「……何故だ。何故お前が……そこまで強いんだ」
何故、と言われても。
「何故、己はそこに辿り着けない……どうやったら、辿り着くんだ……」
うわごとのようにブツブツと言っているゼド。『覚醒』のことを言っているのだろう。そんなこと言われても私には分からない。どうやってこんな風になったのか。でも、なんとなくだけど、なんとなく分かる気もする。私はゆっくりと口を開く。
「私は一度死んだ。それで多分、そのまま死ぬ運命だったんだと思う。だけどね……」
あの日、むつきちゃんに死ぬって予言された。でもそう言われなかったら? インフルエンザにかかってた良子ちゃんが来てくれた。でも来なかったら? 分からない。だけど、『死ぬ運命にあった私』と『今の私』とじゃ、いくつも違うことが起きていた。
私があのとき、絶対に死なないと強く願った。その想いは……
「私、一人じゃなかったから」
きっと私一人じゃ、辿り着けなかったんだと思う。死にたくないって思った。そして絶対に死なせたくないって思った。そう強く願い、それが運命を変えた。私の為に、あの子達が来てくれた。それがとても嬉しかった。
それを聞いて、ゼドがつぶやく。
「そう……か。お前らしい。実にくだらんな……」
凶悪な顔をしたゼドがまるで憑き物が晴れたかのような穏やかな声で言う。
「……とどめを刺せ。もはや動けん」
「そう……貴方は生きたいと願わないのね」
「己はそこまで強くない……お前のようにな」
「……分かったわ」
そのとき、天から2mほどの長大な剣が落ちてきて、私の目の前の地面にザクッと突き立った。どこかで聞いたことのある軽い声が響く。
「やっほー。よく生きてたねキッカ」
目の前にコウモリの羽を生やした黒いマリモが浮いていた。あまりに場違いな空気に、一瞬あぜんとする。
「……えっと」
「これは僕からのプレゼントだよっ! その名も、ハイパーよしこソード!」
「ハイパー……良子ちゃんソード?」
地面に突き立った大剣を指さし、空気を読まない神獣が言う。私はクスッと笑い、その剣を手に取った。
「ありがとう、使わせてもらうわ」
正直、半分だけになったとはいえ、槍を持ってない私がゼドにトドメを刺すには素手じゃ無理かなって思っていた。渡りに船だ。ズシッと見た目通りの重い重量が腕にかかる。剣の持ち方なんて知らないけど、両手でつかんでずずっと大上段にかかげる。
「さよなら……ゼド」
「ああ、さらばだ」
既に動けないゼドに対し、思いきり剣を振り下ろす。
ズン
肩口から入った刃は容易くゼドを両断し、心臓の位置まで切り裂いた。ずるりと崩れ落ちるゼドの頭。そのまま黒い粒子になって消えていくゼド。そしてそこには、黒く輝くデビルエレメントだけが残った。
(己は……何の為に生まれ、何の為に生きたんだろうな……そこに辿り着いたら、分かったのだろうか……)
もう姿が消えて、聞こえないはずのゼドの最後の呟き。風に乗って聞こえたその声は、とても寂しそうな印象を受けた。クロモにも聞こえたのか、彼が吐き捨てるように言う。
「……馬鹿が。悪魔は恨む。憎む。呪う。ただそれだけの存在だよ」
確かにクロモの言う通りだ。私が今まで戦ってきた悪魔はそうだった。私自身もそう思っている。でも、ゼドが消えていくときに思った。果たして本当にそれだけの存在なのだろうか。
「さて! お待ちかねの収穫タイムだよ! 上級悪魔のデビルエレメントだ! 今までとは比較にならないほどの魔力量が得られるはず!!」
コロっと態度を変えてクロモがデビルエレメントに上機嫌で近づいていく。その瞬間、地面が血の色に染まり、そこから大量の骸骨が現れて進路をふさいだ。
「へっ? なに、これ?」
クロモが呆気に取られてると、剣を持った骸骨がクロモに対して切りかかる。
「っ危ない!」
私はクロモをつまみ、後ろに投げ捨てて、骸骨の剣を大剣で受け止める。
「な、なにごとぉ!?」
素っ頓狂な声を上げるクロモ。骸骨たちの壁の奥に、赤い服を着た少女が現れた。
「悪いけど、これは貰うわよ」
そう言って、少女はデビルエレメントに手を伸ばす。
「えっ……魔法少女?」
「私はどうみても悪魔よ!!」
私が口にした疑問を、少女は即座に否定し、デビルエレメントに触れる。触れた瞬間、大量の魔力が少女に流れていく。
「あー! 横取り!!」
「ふん、あんたたちがこいつを倒してくれて助かったわ……ぐっ!?」
魔力を少女が吸収していくが、苦しんで肘をつく。
「くっ……ぐぅっ……」
明らかに許容量オーバーだ。大量の強い魔力が体に流れ込んでいる。きっと、吸収しきれてない。私は大剣を振るい、骸骨を横なぎに両断する。
「何してるの! 早くそれから手を引きなさい!」
「そーだ! 魔力泥棒め!!」
私が骸骨を蹴り飛ばし、少女に近づくと彼女はデビルエレメントをつかんだまま飛んだ。
「邪魔するなぁ!」
少女が手を振り下ろすと、血の色をした矢が降り注ぐ。私は大剣を振りまわし、剣圧でそれらを全て叩き落した。
「ひっ……! ば、化け物め!」
少女はかなり失礼なことを私に言って、怯えたようにデタラメに攻撃をしてくる。私はそれら全てをかわし、跳躍して彼女の背後を取る。
「えいっ」
そして剣の腹で彼女の背中をべちんと叩いた。
「あっ……がっ……」
落ちていく少女。地面に叩きつけられても、少女はデビルエレメントから魔力を吸収しつづけ、決して手放さなかった。
「いきなり現れて、色々と失礼な子ね。ルール違反にはちょっと教育が必要かしら」
倒した悪魔のデビルエレメントは横取りしちゃ駄目。そんなこと常識である。特に今回は、魔力をすごく消費したであろうむつきちゃんや良子ちゃんと分け合うつもりだった。それを無理やり横取りなんて……
「ふふっ、貴方は本当に面白い行動をしますね。フィーさん」
気付けばその男は突然現れていた。神父服を着た中肉中背で、あまり筋肉のついてない体つきをしている男。いや、中性的な顔立ちをしていて、女に見えないこともない。神父服の男は赤い服の少女と私の間をさえぎるように現れた。
男はクスリと笑い、楽しそうに私に話しかける。
「しかし、驚きましたよ。まさか貴方が【カムイ】に辿り着くなんて。それは神の導きでしょうか。それとも貴方自身の力でしょうか。それともまた別の……」
何を喋ってるの? いきなり現れて。クロモが「なんだこいつ」と言った目で男を見ている。
「そんなことより、そこをどいてくれないかしら。ちょっと彼女に用があるの」
「ああ、そうですか。そうですね」
男は少し思案し、ぽんと手を打つ。
「では、逃げましょう」
「は?」
そう言って、神父服の男は少女の肩にぽんと手を置く。
「ほら、いきますよ。フィーさん」
「……え? う、うん」
少女自身もよく状況分かってないようだったが、とりあえずうなづく。
「ちょっと、待ちなさい!」
「待て、泥棒女!!」
私は彼らに手を伸ばすが、その手は空を掴んだ。一瞬のことだった。彼らの姿は、既に消えていた。
『……っと、危ない危ない。【カムイ】に辿り着いた魔法少女相手だと、流石に分が悪いですからね』
辺りに男の声が響く。だけど既に気配がしない。周りを見渡せど、どこにも見つからない。この声は魔法か何か……というかカムイとは一体何だろう。
「ちくしょう! 逃がした! デビルエレメント返せ!!」
クロモが悔し気に叫ぶ。彼らはデビルエレメントを持っていった。まんまと逃げられたということか。
「まだだ、声がするなら魔力の痕跡を辿って……」
『ああ、私たちを追う気ですか?』
「当たり前だ! この泥棒ども!」
『それより……いいんですか? もっと優先すべきことがあるのでは? 早くしないと、彼女は手遅れになりますよ』
そう言う男の声。私はハッと気付く。倒れてる良子ちゃん達のこと……そして、私は急いで彼女たちのもとに走り出す。
「あっ、キッカ! 何してるのさ! アイツラ追うよ!! ギッタンギッタンにしてやってよ!!」
「今それどころじゃないの!! 追いたいなら一人で行きなさい!!」
私が叫ぶとクロモがぽかーんと口を開けて呟く。
「えっ、キッカがいないと……ボク一人じゃ無理じゃね? ちょ、まってー」
ぴゃーと追いかけてくるクロモ。ふよふよしてて遅い。悪いけど、待ってられない。先に行かせてもらうわよ。
……
…………
………………
「ぜぇ……ぜぇ……速いよキッカ」
そう言ってクロモが辿りついた頃。私は良子ちゃん、銀華ちゃん、瀬良ちゃん、むつきちゃんの倒れてた4人を運んで一か所に集めていた。
良子ちゃんは大丈夫だ。体中にあざや擦り傷が出来て血も流れているけど、後遺症になるほどではない。インフルの方がヤバいくらいか。高熱を出しててとてもしんどそうだが、病院に連れて行けばなんとかなるだろう。
銀華、瀬良ちゃんは気絶しているが目立った外傷はない。軽い打ち身はしてるかもしれないが、息もしてるし、大丈夫そう。ただ、頭打ってたら分からないから、これも病院で診てもらおう。
問題はむつきちゃんだ。彼女は脈も無いし、息もしてない。そんなことは元々ゾンビみたいなものだから当たり前といえば当たり前だけど……なんというか、彼女の存在がそこに感じられない。本当にただの死体になったかのようだ。
クロモが覗き込んで言う。
「これは駄目だね。たぶん、もう動かないよ」
「……どういうこと?」
「ほら、むつきのマジカルチャームを見てごらん」
そう言ってクロモが指さした彼女の胸にあるマジカルチャームは、輝きを失って燃え尽きたかのように真っ白になっていた。前はあんなに爛々と黒い輝きを放っていたのに……
「魔力切れさ。普通なら魔力が切れたら魔法少女になれなくなるだけなんだろうけど……むつきの場合は違う。彼女は普通の人間じゃなくて、魔力で動くゾンビみたいなものだった。だから、魔力が切れるともう動かなくなるのさ」
「魔力切れ……もう動かない?」
「気にしなくていいんじゃないかな。ただの死体に戻っただけだよ。むしろこれが自然の状態なんだよ」
何言ってるの? ただの死体に戻った? これが自然?
今日まで普通に動いてたのよ。そして一緒に戦う仲間だった。今日も私と一緒に戦ってくれた。私が死ぬかもしれないというのに、ついてきてくれた。そんな彼女が動かなくなる。それって自然なこと?
むつきの服はあちらこちらが破けてボロボロだった。4人の中で一番損傷が激しい。骨も折れているかもしれない。とても酷い状態だった。こんなになってまで、戦ってくれた。
「いいんじゃないの? 結局キッカは生きてるわけで、他の3人も生きてる。あんな強い悪魔相手に、これって奇跡みたいなものだよ。だから元から死んでた人が死んだって……」
「……そう? 本当に……そうなの?」
淡々としゃべるクロモ。だけど私は納得できなかった。
そんな私の袖を、いつのまにか良子ちゃんの手が掴んでいた。起きてるのだろうか、それとも無意識なのだろうか。ぜぇぜぇと息をしながら、しんどそうな彼女は言葉を口に出来ない。
「そうね……分かってるわよ」
私はボロボロになったむつきの胸に手を当てる。
「この子はたぶん……私と同じね。死んでまで、生きようと思った。だから、奇跡が起きた。死体が動くなんて、並大抵の執念じゃないわよ」
そう言って、私は自分の胸にあるマジカルチャームを取り外す。そしてそれを彼女のマジカルチャームにそっと押し当てた。
「私はひかりや瀬良ちゃんと違って、魔力の受け渡しなんて苦手なんだけど……」
「何をする気だい? キッカ」
「こうするのよ!」
金色に輝く私のマジカルチャームから、光が流れていく。むつきのマジカルチャームに向かって。
「生きなさい! むつきちゃん!」
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気が付けば私は、何もない空間にぽつんと立っていた。
そして目の前には、見慣れた白い犬が座っていた。
「いいのか? これ以上魔力を注げば、お前は全ての魔力を失う。つまり、魔法少女じゃなくなるってことだ」
「うん……いいのよ、雷電」
私は白い犬、雷電に向かってそう答える。
「本当に後悔しないんだな」
「何を今更。そもそも私はもういい大人よ。魔法少女なんてやってられないわよ」
「そうだな、三十路で魔法少女とかもうギャグとしか思えな……いたっ」
私はぽかりと雷電を叩く。全く、本当に口の悪い相棒だわ。
「はぁ……しかし勿体ないな。せっかく『覚醒』までしたっていうのに」
「えー、そんなこと?」
「そんなことじゃないだろう。お前は最強の魔法少女になったんだぞ」
「いや、最強ってほどじゃ……」
「上級悪魔を素手でぶっ飛ばす魔法少女とか、お前以外にぽこぽこいてたまるか」
ぽふ、と雷電が犬ぱんちで私のほっぺを叩く。見た目通り、全然痛くない。
「そしてお前は……もう良子を守れなくなる」
「……そうね。でもいいの」
「そうか……そうだな。あいつはもう、お前に守ってもらうほど弱くない。それに……友達も出来た」
私はぽんぽんと雷電の頭を撫でる。雷電は少し寂しそうな顔をしていた。
「これでお前ともお別れだな」
「……逢いに来てくれてありがとうね、雷電」
私はぎゅっと雷電を抱きしめる。ふさふさの毛。いつもと同じ、あたたかいぬくもりを感じる。普段ならこういうの嫌がる雷電だけど、暴れずに為されるがままになってた。
「お別れなんて言えないと思ってた」
「ま、最後の最後だからな」
私は笑顔でいようとしたけど、気付けば涙を流していた。泣いてるのか笑ってるのか自分でも分からない。
「さよなら、キッカ。元気でな」
そう言って、雷電は光になっていく。私の腕をすり抜けていく光。その光が消えても、私の手にはかすかにぬくもりが残っている気がした。
「うん……さよなら、雷電」
消えていく最後、雷電は穏やかに微笑んでいた。私は忘れない。雷電と出会ったこと。魔法少女になったこと。全部……全部忘れない。




