89 魔法少女の覚醒
起きた瞬間、私の体が光に包まれていた。私の体に何が起こったのか分からない。
立ち上がった私は、試しにぎゅっと拳を握る。体の感覚が戻っている。そして貫かれたはずの胸の孔を埋めるように光が集まっていて、肉体が急速に再生していた。胸に手を当てると、既に体の損傷が見られない。服も含めて、完全に治っていた。ありえないことが、今私の体に起こっていた。
「何故だ! 生き返るはずがない。お前は己が確かにとどめを刺した。この腕がその体を、その心臓を貫いたはずだ。なのに何故……っ!」
そう、私は一度死んだはずだ。でも確かに私はここに立っている。呼吸をして、心臓が鼓動しているのを感じる。そして私は気付く。雷電の気配を感じない。
頭に手を伸ばし、確かめる。しかし、神獣合身の証である獣の耳はそこには無かった。
「雷電……そう、あなたは戻れなかったのね」
やはり雷電はいない。この奇跡はどうやら私にだけ起こったようだ。長年寄り添った私の相棒。もう、あの憎まれ口も聞けないのか……そう思い、少し寂しくなって胸のマジカルチャームを触る。そして変化に気付いた。私のマジカルチャームは魔力切れで輝きを失っていたはず。それが魔力が再び充電されたように、まばゆい輝きを取り戻していた。
雷電は消えた。でも、もしかしたらこの胸の中にいるのかもしれない。そう思うと、不思議と心が満たされていった。
「いや、それよりも……何故お前はさっきの己の一撃を受け止めることが出来た。お前程度の魔力で……何故だ!」
ゼドが叫び、腕を振り上げて襲い掛かってくる。おかしいわね。あんなに強くて怖かったはずなのに、今は恐怖を感じない。私は片手でゼドの伸ばされた手首を掴む。前の私では魔力差が大きすぎて、素手で触れることすら敵わなかったはずだ。でも、全く抵抗なく簡単に捕まえられた。
そして相手の勢いを生かしたまま進行方向へそのまま投げ飛ばす。軽い。ゼドの巨体が為されるがままに飛んでいき、地面に転がる。
「ぐっ、馬鹿なっ……!?」
ゼドは立ち上がるが、明らかに動揺していた。私だって今起こったことが自分でも信じられないくらいだ。明らかに今までの私とは何かが違っていた。
魔力が増えた? いや、違う。魔力の総量は以前とさほど変わりはない。だけど、何か別次元の力が私の体に巡っている。この力は……何?
「もしかして、これが……『覚醒』?」
以前、魔法少女仲間の天乃ひかりから聞いたことがある。魔法少女の力には、もう一段階上のステージがある。もしその力に目覚めたなら、この世の因果すら変えうることが出来ると。
それが……『魔法少女の覚醒』
私はそこまで考えたが、足元に良子ちゃんが倒れているのに気付いた。私はあわてて脈を確かめる。
(良かった……脈はある。体温もある。息もしている。怪我の程度はよく分からないけど……多分命に別状はないみたい)
私は心から安堵し、彼女の頭をなでる。よく頑張ったわね、本当に。
「……姿が変わったわけではない。むしろ元の姿に戻っている。魔力が増えたわけでもない……だが、何故二度も! 己の攻撃を捌けたのだ! 一体お前に何が起こったというのだ!?」
ゼドが叫ぶようにそう言い、再び私に向かってくる。私の足元には良子ちゃんがいる。戦いの余波が彼女に及ぶかもしれないと考えて、私は飛ぶ。そのままゼドの首根っこをむんずと掴んだ。
「ぐっ、貴様っ……なにを!?」
「ここじゃ危ないから、場所を移すわ」
ゼドを掴んだまま駆け出して、私は飛ぶように走る。速さはそんなに変わった感じはしない。私は魔法少女の中でも身体能力は高い方だったから、元々このくらいの速さで走れた。じゃあ、何が変わったというの? 考えると私の中で一つの解に行きつく。
――"絶対魔法"
私が良子ちゃんの魔法をそう名付けた。それと同じような力が、私の体に巡っているとしたら。
――魔法少女シュガーは、最初から『覚醒』していた?
ううん、これはあくまで私の想像! 結局のところ分からないし、そんなことより今はこいつの相手をしないと!
この異空間はひたすら殺風景な岩ばかりで出来た荒野が広がっている。私は1kmほど離れた位置でゼドを岩山に叩きつけた。
ドガラララ!
音を立てて崩れる岩山。崩れた岩をバァンと押しのけて、ゼドが姿を現した。ゼドは憤怒の形相でこちらを睨みつけている。
「いい格好ね、ゼド。どうやらあの子にこっぴどくやられたみたいね」
ゼドは右腕を失い、左胸に穴が空いている。黒い鎧もあちらこちらが破損していた。全部良子ちゃんがつけた傷だろう。
「私の妹は強かったでしょう」
「ふん、大したことはない。この程度の損傷など……っ!」
ゼドが5枚の黒い翼をバサリと広げると、闇の色をした魔力が溢れて、体を覆い始めた。そしてどんどん鎧の損傷が癒えていき、胸の穴が塞がれて、千切れた腕も再生しだした。全ての傷が治ると、ゼドがニヤリと笑う。
「……元通りだ」
傷が治るのか。再生能力も高いとか厄介な相手だ。
「何故今まで回復しなかったの?」
「優しさだな。あれだけ苦労して己に損傷を与えたというのに、こんなに簡単に癒えるなどと知ったら、絶望して最期まで戦う意思を保てないだろうからなァ?」
「ふぅん、優しさね」
腹が立つ理由だ。こいつは、あれほどまで戦った良子ちゃんをずっと見下していた。何様のつもりなんだろうか。
私は戦う為に槍を召喚しようとするが、出来なかった。私の投槍魔法の本数制限は一日7本。今日の分は既に使い切っている。本来は魔力ある限り何本でも召喚できる魔法だったが、あえて私は制限をかけるようになった。その理由は2つ。私自身の魔力量が少なくなってて無駄遣いできないからというのと、魔法はなにかしらの制約を課すことで、何故か威力が上昇するから(理屈は分からないけど)。そういう制約をつけているから、私は魔力に余裕があっても上限を超えて槍を召喚することが出来ない。そして、覚醒した今でもそれは同じらしい。
仕方ないか、と諦めて私は素手で構える。
「武器は使わないのか?」
「あいにく、品切れ中よ」
武器は無し。ついでに言うと私の使える魔法は投槍魔法以外には申し訳程度の電気攻撃しか使えないし、治癒魔法も防御魔法も大して使えない。魔力に余裕があった昔はもっと色々と使えたが、魔力が少なくなってからは槍一つで悪魔を屠り続けていた。つまり、槍を喪うと本当に身体能力だけで相手をしなきゃいけないのだけど……
「やっと対等になれた気がするわ」
ゼドも特に魔法を使わず、素手でしか攻撃してこない悪魔だ。つまり、今の私と条件は同じ。
「負ける気しないわね」
「言うではないか……!」
私はくいくいっと指を動かし、かかってこいと挑発する。ゼドが挑発に乗って襲い掛かってくる。以前なら近付くだけで吹き飛ぶくらいの圧力を感じていたのに、今は軽めの突風程度だ。
「ハッ!」
「当たらないわよ」
真正面から正拳が飛んでくるが、もう何度も見た動きだ。かがんでかわして相手の懐に飛び込む。そして相手の腹部に体重を乗せて肘鉄をかました。鎧ごとメコッと凹み、ゼドが苦悶の表情をする。
「ぐっ、まだだァ!」
ゼドがもう片方の手で横殴りの一撃をかますが、私はそれより先に蹴りを相手の膝に食らわして、そのままキックで上空に離れた。対人だったら膝のお皿が割れるかもしれない。これは効くでしょ。ゼドがふらつき、膝をついた。
「ぬうぅぅぅぅ、チョコマカと……」
「悔しい? まぁ、魔力差が無ければ元々こんなものよ」
魔力が少なくなった分、私は肉体を鍛えてきた。そのおかげか、本来なら魔力が少なくなると身体能力も下がるはずだが、成人を越えてからも身体能力だけは落ちるどころか伸び続けていた。はっきり言って、魔法無しの格闘で今の私に勝てる魔法少女なんて、日本中探してもそうそういないと思う。
それはそうと、私が与えたゼドの損傷は闇に包まれて、再び再生している。これでは埒があかない。
「お遊びはこの程度にして、全力でかかってきなさい」
私はあえてそう言い放つ。回復する魔力があるということは、まだ余裕があるということだ。何にしても、相手の魔力を削らなければ。
「……いいだろう。今のお前相手には、本気でかかるだけの価値がある」
「あら、やっぱり余裕を残していたのね」
5枚の黒翼をバサリと広げると、ゼドの筋肉が盛り上がり、体から黒い闘気が噴出される。ゼドが立ってるだけで地面がビシビシとひび割れていく。
「ぬああああああ!!」
ピシパシと小さな石つぶてが飛んできて、私の体を打つ。先ほどよりも更に強い魔力で、空気がびりびりと振動してるのを感じていた。そして、ゼドが一旦深呼吸して落ち着き、首をコキコキ鳴らしながら言う。
「……ゆくぞ」
筋肉は先ほどより大きく隆起して、抑えつけてたタガが外れたような強い力を感じた。それでも私は恐怖を覚えることは無かった。
ビュンッ!
目の前に蹴りが飛んできた。速くなっている。だが、対応できないほどじゃない!そのまま前に進み、ゼドの軸足をガツンと思い切り蹴る。
「ぐっ、このっ……!」
その瞬間に私の肩に蹴りが届いたが、それを腕で受けて堪える。軸足が揺らいで勢いが落ちているので、それほどでもない。
ゼドがよろめいた瞬間に腹に正拳を喰らわした。
「がっ、なんだと…」
「まだ!」
ドガガガガ!
更に私は腹に乱打する。10発ほど打ち据えて、最後に蹴りで突き飛ばした。そのままゼドは飛んで岩山に叩きつけられる。叩きつけられた衝撃で岩山が崩れても勢いは止まらず、そのまま2,3つの岩山をぶち破った。
「失敗したわ……飛ばしすぎたわね」
彼方に飛んだゼドを見やり、そう呟いた瞬間、土煙をかき消して目の前にゼドが現れた。
「ヴガアアアッ!!」
獣じみた雄叫びを上げて突進してくる。私は地面を蹴って相手の肩に飛び乗った。そして無防備な頭に体重を乗せたかかと落としをする。ゴッと鈍い音が響いて頭蓋が沈み、ゼドが倒れる。
「さて……これでどうかしら?」
手ごたえは十分。間違いなくクリーンヒット。だけど私は少し距離を取りつつも、臨戦態勢を解かないまま立っていた。
「グガッ……まだだァ!!」
ゼドがよろめきながら立ち上がる。腹部の装甲が粉々に砕け散り、頭からは紫の体液が噴出している痛々しい姿だった。再び傷が再生しようとしているが、先ほどより再生速度が落ちている気がする。
「効いている……けど、まだ決定打とはいかないか」
どうも素手じゃ決定力に欠ける。もし今の私が槍を使えたら……と思うが、それを考えてもしょうがないか。この状態で、なんとかしないとね。
「……次で決めるわ。ありったけの力をぶつけてきなさい」
「ぐっ……」
「怖い? 今度は避けたりはしないわ。私も正面からぶつかる」
私は拳を引き、正拳の構えをする。
「最後は拳と拳、力と力の真っ向勝負よ」
今の私で出せる威力で倒せないなら、相手の力も利用すればいい。相手の攻撃力が高ければ高いほど、反発力も強いはず。相手の最大の攻撃を、真正面から打ち砕く。これは賭けであった。ここまでの戦いでまだ私は相手の攻撃をまともに受けていない。
格闘では完全に勝ってるから、このまま持久戦で潰すのが正解なんだけど、時間かかりそうなのが嫌だった。倒れてる良子ちゃん達を早く病院に連れていきたい。
「……認めたくないが、認めよう。何故だか分からんが、お前は新たな力を手に入れたようだ……そして、その力は今の己を上回っている……!」
そうゼドが言う。先ほどとは違って、鬼気迫るほどの真剣な声色。
「だがそこにお前が辿り着いたのなら、己もそこまで辿り着いてやる。そうでなければ、己の存在意義を失う。それは死と同じだ。ならば己は、全身全霊を以て……っ!」
ゼドが腕を広げる。空間を圧力で覆っていたゼドの力が、その体に集中していくのを感じる。
「ぬああああっ!」
ゼドが雄叫びを上げると、5枚の黒翼が霧散した。私は少し驚いて、「えっ?」と声を上げる。弱体化? もう限界?
……いや、違う!
奴にとっては黒翼は力の象徴。その全ての力が右腕に集まっている。それだけではない。更に全身を覆っていた鎧もバキンと弾け飛んで消滅し、その力も右腕に集まっている。
これは……ちょっとヤバいかも
「があああああっ!!」
黒い波動が爆風を生む。爆風の衝撃が私の体を激しく打ちつける。近くの岩山が崩れ去る。これはまるで歩く天災だ。良子ちゃん達と距離を離してて良かったと思う。
ゼドは元の姿に戻っていた。だが、鎧を纏っていたときより威圧感を感じる。ビキビキと筋肉が異常に隆起して、髪の毛が逆立ち、悪鬼のごとき形相をしている。防御を捨てて、全ての力を一撃に使うつもりだ。
「フウウウウ……」
ゼドが大きく息を吐く。
「今度こそ本当に全ての力を使い切る勢いね」
「今のお前にはこうでもしなければ勝てない気がした。感謝するぞ……己にここまでさせたのは、後にも先にもお前だけだ」
さて、さっきは逃げずに真正面からぶつかると言ったけど、どうするか……覚醒したはいいんだけど、いまいち覚醒の力の程度が分からない。次の一撃、今の私で本当に耐えられるか。
……馬鹿の考え、休むに似たりね。やってみなければわからない。それに、良子ちゃんならどんな相手でも真正面からぶつかる不器用な戦い方をするだろう。その方法でゼドを倒さなければ、本当に倒した意味にならない……そんな気がした。
「もう黒翼も鎧もいらん! ここで新たな次元の力を得る! そしてお前の力を! 全て上回ってやろう!! キッカ!!」
「いいえ、ここで貴方との戦いも終わりだわ! ゼド!!」
ゼドがこちらに向かってくる。それに合わせて、私も思いきり地面を蹴る。
「ガアアアアア!!」
「はあああああ!!」
私も雄叫びを上げて、最大速度で跳ぶ。ゼドが思いきり振りかぶり、右腕を突き出す。私もそれに合わせて右腕を突き出す。
両者とも最大の加速と最大の威力で迎え撃つ。はじけ飛ぶような轟音が大地を揺らす。拳と拳、力と力がぶつかり合い、爆発した。




