88 回想、そして現在
私はただ、次々に浮かび上がる映像を見ていた。まるで独りぼっちの映画館に取り残されたような感じ。良子ちゃんと過ごした日々はあたたかいのに、それを見ているだけの私は胸をしめつけるような寂しさを感じた。
私はどこに行くのだろう。この映像が終わったとき、私はどうなるのだろう。
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自衛隊を6年間勤めあげ、もう私は24歳になっていた。自衛隊は2年間の任期制であり、3任期(6年間)が一つの区切りとされていた。これ以上自衛隊を続けるなら、昇格試験を受けて正規隊員にならなければいけないのだけど、これがなかなか狭き門である。多くは民間に就職していくこととなるのだが……私はどちらの道も選ぶつもりはなかった。
これは転機だ。私は一度は諦めた夢を再び追いかけることとした。つまり、学校の先生になるのである。
幸い無駄遣いしなかった分、大学へ行く金は自分で用意できた。今度は国公立滑っても私立でいける。
そんな感じで私立の教育学部に入った私は順調に単位を取得して、思ったより簡単に教員免許を取ることはできた。だが、教員免許は簡単に取れても、教員採用試験がかなりの難関だった。市ごとに試験があるのだが、なんせ倍率が7倍である。私は必死に勉強し、吹津市の教員採用免許の一次試験をなんとか突破した。そして二次試験は面接になるのだが……ここで禁じ手を使う。
つまりコネである。一次試験は実力勝負だが、二次試験はコネがある者が圧倒的に有利である。またしても中学時代の魔法少女仲間であり、この地域の有力者である風早さんに頼ることになった。
雷電がそんな私に向かって苦言を呈する。
「お前なー……受かる気しないからってまたコネとか、汚い真似を……」
「コネは悪くないわ! コネっていうのはコネクション! 人脈も実力のうちだし、コネを使うってのは信頼の顕れよ!」
「いや、風早のやつ明らかに困ってただろ……というか良子とかにバレたら失望されないかこれ」
「大丈夫よ! 良子ちゃんはとっても現実主義者だもの! きっと分かってくれるわ!」
「なんかこう、目的の為に手段を選ばないところとか、まるっきりお前の悪影響を受けてる気がする」
だって倍率7倍よ7倍。単純な実力で受かるなら私だってコネとか使いたくないわよ。でも一次試験は実力でよくても、二次試験は完全に面接官次第だし、運要素多いし、コネ強いし。そんな感じで受けた教員採用試験だけど、風早家のお墨付きというのが効いたのかあっさり受かった。
「念願の高校の先生になったわ! これで良子ちゃんと一緒に学校生活が出来るわ!」
「良子はまだ中学生だが……」
「あと2年もすれば高校生でしょ。待つわよ、私は」
そんなこんなで高校教師を2年続けて、良子ちゃんが高校生になった。が、ここで誤算が起きる。良子ちゃんが志望校を滑り、滑り止めの床野見高校に行くことになったのだ。
「破綻したな。お前の目論見が」
「うぅ……でも、まだ諦めないわ。だって床野見って毎年教員が途中で辞職や転勤をしてるもの」
「そう都合よく欠員が出るといいがな」
「うぅ~、神様~~」
「教員の辞職を願うとか、お前は邪神にでも祈ってるのか?」
私の願いが届いたのか、新学期始まって1か月ほどで床野見の教員が転勤し、人手不足になったところで私が代わりに教鞭を振るうことになった。しかも良子ちゃんのクラスの副担任である。
「……まじで邪神に願ったんじゃないだろうな? いくらなんでも都合が良すぎるだろ」
雷電が半ば呆れながら言うけど、神様でも邪神様でもどっちでもいい。私の夢がついにかなったのだ!
……で、そこからも良子ちゃんが魔法少女やってたりして結構色々あったんだけど。
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場面が切り替わる。私は魔女みたいな大きな帽子をかぶった女の子と対峙していた。彼女の名はむつき。良子ちゃんの友達の魔法少女だ。
「……あなたがこのまま魔法少女を続けると……近い将来、死ぬ」
突然、死を宣告されてしまった私は戸惑う。
「え……と、死ぬってどういうこと? 何でむつきちゃんはそんなことを知ってるの?」
そう問いかけると、彼女はむずがゆそうな顔をして下を向く。
「……これから話すこと、二人だけの秘密にしてくれるなら」
そう言って、むつきは自分の正体を私に明かした。
彼女の正体は、良子ちゃんの前の席の同級生、斎藤美智花だということ。そして未来から来たこと。だから魔王の復活も知ってるし、私が死ぬという未来も知っているということ。
正直、信じがたい話だった。だけど彼女の魔法、時空間魔法の存在を教えてもらったので納得できる話ではあったし、何より彼女自身が嘘を吐いているようには見えなかった。それほど切実で、必死な表情だった。
「それで、どうやって私が死ぬの?」
「……ある日、学校に悪魔がやってくる。そのとき良子は体調不良で欠席してて、あなたがその悪魔と戦うことになった。そこからは……詳しくは分からない。そのときの私はまだ魔法少女じゃなかったから。ただ、貴方が異空間に消えていった後、二度とあなたの姿を見ることは無かった」
「悪魔ね……普通に考えると、そいつが私を殺したってことになるわね」
並の悪魔相手なら負けるつもりは無いけど……そんなに相手が悪かったのかしら?
「あの悪魔は、貴方が想像してるよりもずっと恐ろしい相手。貴方が魔法少女じゃなかったなら、襲われることは無かったかもしれない」
「だからむつきちゃんは、私に魔法少女をやめさせようとしてたわけね……」
「ええ。そしてあの悪魔が現れたら、私が代わりに戦うつもりだった」
覚悟を決めたような目でむつきが言う。だけどそれは……
「それはやめておいた方がいいわ」
「何故?」
「私に勝てない貴方が、私を殺すような強い悪魔に勝てるとは思えない」
「さっきのは……私が手加減してたからで……」
「本気で自重なしで戦ってたら勝てたと思う? 私も手の内を隠してたんだけど」
「うぅ……それは……」
私の言葉を聞いて、むつきの表情がかげる。確かにこの子は時空間魔法という規格外の魔法を使う。かつて出会った魔法少女たちの中でも、これほど反則的な魔法を使う子はいなかった。魔力量も私よりはるかに多いと思われる。でもいくら魔法が強くて魔力があっても、使うのは結局ただの少女だ。戦闘での反応、判断力がまだついていってないように感じる。戦士としては及第点。そこらへんは経験を積んでいくしかないと思うんだけど。
ともかく、私は彼女に対してはっきり言う。
「私は魔法少女を続けるわ」
「正気? 死ぬかもしれないのに」
「貴方の予言を聞いて、尚更やめるわけにはいかなくなったでしょ。大事な生徒を危険な目に遭わせるわけにいかないじゃない」
「でも……」
「要は倒せばいいのよ。大丈夫、なんとかなるわ。いや、なんとかするわ!」
そう言って私は彼女の手を取る。
「もちろん、貴方にも一緒に戦ってもらうわよ」
「う、うん」
一人じゃ無理な相手でも、二人ならなんとかなるかもしれない。それに彼女は戦い方を学べばまだまだ伸びる逸材と思うし。頑張るわよ! だってまだ、私は死にたくないもの!
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ここから一か月は良子ちゃんとむつきちゃんに修行をつけながら、魔法少女として一緒に活動した。とても楽しい時間だった。むつきちゃんに聞くところによると、前回も私は魔法少女であるシュガーに会って一緒に活動している時期があったらしいが、彼女の正体が良子ちゃんであることを知らずに死んだらしい。そんな未来もあったのかと思うと切なくなるが、むつきちゃんはどんどん運命が変わっているとも言っていた。
私も出来る限り空いた時間を見つけ、自分の魔法を研ぎ澄ませていた。これなら、死の運命も変えられるかもしれない。そう思っていた。
そして良子ちゃんがインフルエンザで欠席した運命の日が訪れた。
私はむつきと二人で戦いに臨んだ。きっと勝てると思っていた。でも、はっきり言って私の考えが甘かった。あの悪魔……ゼドにはどんな攻撃も通じなくて、命を賭した特攻ですら敵わなくて……
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ごしゃ
私の胸を貫く悪魔の腕。かすんでいく視界。私は最期に彼女の姿を見る。良子ちゃんの姿を。
手を伸ばそうとしたけど、届かなかった。私と良子ちゃんとの距離は遠すぎて。
血がどんどん流れていき、体温がだんだん冷たくなっていくのを感じた。私はゆっくりと目を閉じた。
それが最期の記憶。
そこから先は何もない。
ああ、そうか。私は死んだんだ。
もう映像が流れることもない。それで終わりなのだから。もう、光は閉ざされて、私は真っ暗な空間にぽつりと取り残される。
一人きりで……
……
…………
………………
だけど、映像は再び流れ出した。今までと違って、過去に見たことの無い光景。
(これは……どういうことなの?)
三人の少女が倒れていた。一人の少女だけがまだ立っていた。その少女は皮膚が裂けて、あざを作った痛々しい姿で、それでもステッキを握りしめている。私は彼女をよく知っている。魔法少女の姿に変身した……良子ちゃんだ。目の前にいるのは黒翼の悪魔……ゼド。何故か片腕が千切れていた。
ゼドが良子ちゃんに拳で殴りかかる。
(危ないっ!避けてっ!)
そう私は叫ぶが、声が出てこない。彼女は避けずに拳に当たる。吹っ飛ばされるかと思ったが、驚いたことに彼女は足を踏ん張って耐え忍ぶ。そしてステッキを振り回し、ゼドの腕の装甲を削る。ゼドは苦々しい顔をしながら、良子ちゃんの腹を蹴飛ばす。ステッキを振って体勢を整えてない状態の彼女は容易く吹っ飛んだ。だけど彼女は倒れてもよろよろと立ち上がり、再びステッキを握りしめて悪魔に対峙する。
(なにこれ……まるで捨て身じゃない)
彼女は肩で息をしており、既に満身創痍だ。再び悪魔が襲い掛かり、繰り返される攻防。ゼドが良子ちゃんを殴り、それを耐えて彼女はステッキを振るう。一体先ほどから何度繰り返されていたのだろうか。両者ともに損傷が多いが、ゼドの方は傷ついているのはほとんどが装甲で、肉体にダメージを与えているのは左胸と右腕のみ。対して良子ちゃんの方は服が破け、体のいたるところにあざや傷が見える。
(酷い……このままじゃ、彼女は……)
私はすぐそばに駆け付けたいが、体が動かない。いや、体の感覚が無いのだから、そもそも動かす体が無いのかもしれない。
(これは……目の前で私が見ているこれは……今起こってる現実なの……?)
何度か繰り返された少女と悪魔の身を削るような殴り合い。だんだんと彼女の攻撃は悪魔に当たらなくなる。ゼドが避けているのではない。彼女のステッキがあらぬ方向に振るわれているだけだ。もう、彼女を支える最後の体力も尽きようとしていた。
(どうして私は何もできないの? 今すぐ駆け付けたいのに、見ているだけで、私は……)
彼女の体が吹っ飛ばされて宙を舞う。地面を転がり、握りしめていたステッキも飛んでいく。彼女はそれでも立とうとしたが、バランスを崩してこける。
(良子ちゃん……どうして、そんなになってまで……)
良子ちゃんが虚ろな目で、こちらを見ている。倒れたまま、這うようにずりずりとこちらに近づいてくる。目の前に彼女の顔が見える。
「キッカ……姉ちゃん……」
消え入るような彼女の声。だけど私にははっきりと聞こえた。もう感覚の無くなったはずの体に、彼女の手が触れる。彼女の体温のあたたかさが、じわりと沁み込んでくる。
「……もっと……一緒に……」
良子ちゃんは、泣いていた。彼女の泣き顔を見たのはいつぶりだろうか。強がりな子だから、ずっと感情を抑え込む子だから。滅多なことで彼女は泣いたりしなかった。
良子ちゃんは涙腺の堤防が決壊したように、涙をぼろぼろに流していた。彼女の手が私を掴む。まるで赤子のような力だ。じわりじわりとあたたかさが伝わってくる。
「……いたかった……」
彼女のか細い声が途切れる。私は思い出す。中学時代、高校時代、自衛隊時代、大学時代、そして先生になってから……私の半生はずっとあなたと共にあった。
私はあなたを笑顔にしたいと思っていたけど、思えば私に笑顔を思い出させてくれたのはあなたの方だった。
あなたの存在が私を救ってくれた。あなたの為に生きたいと思った。愛しい、私の妹。
彼女の目がゆっくりと閉じていく。涙を流したまま。そんな哀しい顔をしないで。笑顔を見せて。だから……
私は――まだ死ねない。
悪魔がこちらに近寄ってきていた。悪魔は足を振り下ろし、彼女に最後のとどめを刺そうとする。
踏みつぶそうとするその瞬間、私の心臓がドクンと動いた。熱い血流が体を巡る。
がきぃっ!
気付けば私は上体を起こして、悪魔の踏みつけを腕で防いでいた。悪魔が驚愕の顔をして、後ずさる。私の体に何が起こったのかは分からない。でも体は動く。それで十分。私はゆっくりと立ち上がる。
「馬鹿な……お前は死んだはず……」
ふん、テンプレみたいな台詞を吐いてくれるわね。じゃあ私も返してやるわよ。すぅと息を吸い、大声で私は叫ぶ。
「愛する人の笑顔を見る為なら、私は絶対に死なないわ!」




