86 回想:井上菊花①
私の両親は火事によって亡くなった。
表向きはそうなっている。でも本当は違う。
私は見た。炎に揺らめく悪魔の影を。
私は聞いた。狂ったように甲高く響く悪魔の笑い声を。
私の家は全焼だった。火の気のないところから発生した不審火はあっというまに広がった。専門家も調査をしたが、結局原因は分からなかった。
分かるわけない。分かるはずもない。あの火事は悪魔が起こしたのだから。
火事に巻き込まれたが、奇跡的に一人生き残った私。あの火事のときに現れた白い犬が外に出してくれた。その犬が言うには、もう両親は助からない状態だったらしい。
白い犬は言った。自分が神獣だということを。そして私には魔法少女になる資格があると。
放心していた私には当初全く興味が無い話だったが、その犬が悪魔の存在を話し出したとき、私の心は強く動かされた。
あの火事のときに見た悪魔の影……
あいつだけは生かしておけない。
必ず、私の手で追い詰めて殺してやる。
そう思い、私は復讐の為にマジカルチャームを受け取り、魔法少女となった。
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(ここは……どこかしら。私は……どこにいくのかしら)
懐かしい記憶が当時の映像と共に鮮明に浮かび上がってくる。
(これは私が魔法少女となったときの記憶……何で今更……思い出さないようにしてたのに)
腕を動かそうとしたが、体の感覚がなかった。どうしようもない流れに流されていくような感覚。ただ、意識だけが覚醒していた。
(夢を……見ているようだわ)
自分の力じゃどこにも行けないことを悟り、ぼうっとする頭で私はただ流れる映像を見ていた。
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「おい菊花!無茶しすぎだぞ!!」
白い犬――雷電が私の身を案じて叫ぶ。私はそれに答えずに槍を召喚し、目の前の悪魔に対峙する。
「どうだっていい。私は悪魔を殺す。ただそれだけ」
私は槍を投げ、目の前の悪魔を滅ぼした。
異空間が現実の世界に戻っていき、私は変身を解く。
「……少し疲れたわ」
「当たり前だ。どれだけ連戦したと思っている」
「でもまたあの悪魔じゃなかった……」
「馬鹿が。本当にあのときに現れた悪魔が出たら、今のお前では死んでいる」
「死ぬとか死なないとか、どうでもいい。私はあの悪魔を殺す。それだけよ」
「はぁ……お前には仲間が必要だと思うがな。一人では限界があるだろう」
「仲間なんていらないわ」
私はそう言い捨て、家に戻った。
「おかえり菊花ちゃん、晩御飯はカレーにしたわ」
出迎えたのは優しい笑顔をした女性だった。私はその人の目を見ず、ただいまの挨拶もせず、いただきますも言わずに席に座る。
あの火事のあと、私は一人だけ生き残ってしまった。私には遠い親族しかおらず、その親族も高齢で私の面倒を見るには厳しかった為、私の行く先は決まっていなかった。そのままだと施設かどこかに預けられる予定だったが、私の両親の葬式に来た佐藤夫妻は両親の親友だったらしく、目を赤く腫らせながら私に言った。「行くところがないなら、うちの養子にならないか」と。
私自身は佐藤夫妻には小さい頃にしか会ったことが無く、あまり顔も覚えてなかったのだが、どことも知れない施設に預けられるよりはマシかと思い、その提案にうなづいた。
「どうかしら? 菊花ちゃんの口に合うといいんだけど……」
「…………」
私は無表情のままカレーを口に運ぶ。
「……どう?」
「……甘い」
もぐもぐと咀嚼しながらぶっきらぼうに答える。この人の作る料理はそこまで下手ってわけじゃないんだけど、全体的に味付けがすごく甘い。うちの母親は料理上手かったんだなっていうことを思い、比較していた。
「そっかぁ……蜂蜜とか入れたらいいって聞いたんだけど」
「入れなくていい」
「そういえばチョコ入れればいいって聞いたこともあるんだけど……」
「入れなくていい」
もぐもぐと咀嚼しながら、端的に答える。私はちらりと養母である女性のお腹を見る。6か月というところか。
「妊婦は刺激物を取っちゃいけないって言うけど、大丈夫?」
「そう? 確かに聞くわね。菊花ちゃんは詳しいわね、ありがとう」
「……別に」
詳しいのは当然だ。私の母は妊娠していた。もうすぐ生まれるはずだった。私の妹になるはずだった。そんな未来は無くなってしまったけど。
「じゃあ私の分のカレーにはヨーグルトを入れるわ」
「……それはなんか違う気がする」
養父と養母は私に対してとても優しかった。どんなに私が突き放すような冷淡な態度を取っても優しくしてくれた。本当に善人がにじみでるような優しい人たちだった。
でも私はそれが嫌だった。私の両親とどうしても比較してしまうから。
そして、やがて産まれてくる子供に少なからず憎しみを抱いていた。優しい両親の元に生まれたこの子供はきっと幸せになるだろうから。
生まれてこなかった私の妹も、きっと幸せになるはずだったのに。
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(どうして今更こんなものを見せるの……)
流れる映像を見ながら菊花は当時を思い出す。
あのときの私はこんなツンツンしてたかしら? 恥ずかしい話だわ。
そうね……これからしばらくしてからだったわ。あの子と出会ったのは。
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「っ…! あ、あああの! 魔法少女の方ですよね! わ、わたしと同じ!」
悪魔を倒したあと、異空間が解ける前に水色の髪をした背の小さい女の子が話しかけてきた。その衣装は可愛らしくはあるが、明らかに一般人とは異質……つまり、魔法少女っぽい服だった。そして彼女の背後には、細長い龍のような生物の姿が。
私が無視して歩き出すと、その子は追いかけてきて、叫ぶように言う。
「ま、待ってください! いかないでぐださい!」
半べそをかきながら少女が私の服を引っ張る。私は振り返り、迷惑そうに答える。
「……なに?」
「あ、あのっ! わ、私は瀬良清美っていいます! お願いです! 私と組んでください!」
小学生のような小さな少女は大人しそうな印象を与える。普段あまり大声をだし慣れてないのか、やけくそのような大声。目を見ると必死としかいいようがない目をしていた。
「組む? どうしてあなたと? 初対面よね、私と」
私は突き放すように言うが、その子は袖を離してくれない。
「ずっと! ずっと探してたんです! 魔法少女の仲間! お願いです! 力を貸してくださいっ……!」
あまりに必死な形相に軽く引きながら、私はため息をつく。
「……どういう事情かしら?」
すると少女ではなく、隣にいる龍の神獣が代わりに答えた。
「……お恥ずかしい話ですが、この子は契約してから一体も悪魔を倒したことないんです」
「一体も?」
「ええ、そして既に2ヶ月が経ちました」
「すみません……その、一人じゃ怖くて」
私は少し目まいを感じながら言う。
「……そんなのでよく私と組むなんて言えたわね」
「ご、ご迷惑かけるのは分かってます! でも、決して邪魔しないようにしますのでお願いしまずぅ~!」
袖をつかんで離れようとしない少女。どうみても臆病そうに見える少女だが、ある意味すごく図々しい子だなと思う。
私はため息をついて言った。
「……ついてくるなら勝手にすれば。ただし、邪魔をしたら怒るから」
「は、はひっ! ありがとうございます!」
多少トゲのある言葉で返したはずだけど、少女は嬉しそうに言った。
「……あの、お名前はなんと呼べばいいでしょうか?」
「井上菊花」
「井上菊花……さん。あの、『キッカ先輩』って呼んでいいですか?」
「……好きにしたら」
そうして、私に初めての魔法少女の仲間が出来た。
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(これは瀬良ちゃんとの出会いか。結局、かなり長い付き合いになっちゃったわね。それにしても……あの子、当時は変な言葉遣いもしてないし、ニートでも無かったのに、なんで今はああなっちゃったんだろう……?)
その後、二人で何度か悪魔を狩った映像が流れていく。私の魔法は本来後衛タイプなのに、あの子も後衛タイプだったから、仕方なく私が前衛になってたっけ。
正直、魔法少女になってから2ヶ月間ずっと悪魔を倒さずにイメトレばっかりやってたって聞いて全く期待してなかったんだけど、彼女の魔法の多彩さには驚かされたものだわ。
後で私よりずっと魔法少女としての才能があるって分かって、少し嫉妬したこともあったっけ。
それから、2年生の三人組とも出会って、一緒に闘うようになって……そう、その中の一人は特に異質だったわね。転校生で、一個下の学年なのに私よりずっと魔法のことに詳しくて……彼女からは色んなことを学んだわ。
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昼休みはテラスの日の当たりのいい場所を取って昼寝してるのが彼女の日課だった。私は彼女を揺すって起こして話しかけた。
「んー、んみむゅ……?」
「子どもを笑顔にさせる魔法ってないかしら?」
「んんー? いきなりぶっこんでくるね……」
眠そうな目をこすりながら答えたのは、どこか浮世離れした雰囲気を持つ少女だった。彼女の名前は天乃ひかり。最近一緒に組んで戦うようになった魔法少女で、2年生の三人組の一人だ。
「なんでそういうのわたしに聞くかなー?」
「詳しいでしょう、魔法」
「まーそーだけどー」
少し前に転校してきた彼女は、魔法少女や悪魔のことを色々知ってて、色々と謎が多い。ぼけーっとしているように見えるが、魔法少女の知恵袋ともいえる存在なのだ。
「えーと、精神干渉して無理やり笑顔にする魔法とか……」
なんか物騒なこと言いだした。
「いや……そういうのじゃなくて、もっと自然な感じで」
「多幸感をもたらす物質を脳内で生成する……?」
「いや、なんというか、こうキラキラと夢にあふれる感じの……」
「あー、幼児向けアニメとかでやってそうな感じの?」
「そう、そんな感じの」
「花咲じじい系」
「なんか一瞬で対象アニメから随分離れたわ」
私の理想は魔法戦士プリキュラとかがハートのエナジーを溜めて幸せにする系のアレなんだけど。
「あるはあるけどー、そんなのは自殺寸前に追い込まれた相手にしか使う気ないわー」
「そこまで条件厳しい!?」
「だって麻薬みたいなものじゃない?」
「はい分かった。却下で」
薄々感じてたけど、改めて思った。夢も希望もあったもんじゃないわ、現実の魔法少女は。
私がどうしようかと思案してると、ひかりはニマニマしながらこっちを見つめていた。
「えへへー、キッカは変わったねぇ」
「何がよ」
「ちょっと前まで『子供なんて嫌い。見てるだけでイライラする』とか言ってなかったっけ?」
「……言ってたかしら?」
「あとこういう風に人に色々聞きに来るとかもしなかったしねー」
「だって、聞かないと分からないじゃない」
「やっぱあの子? ホント、あのキッカをこんなに魅了するなんてどんな魔法使ったんだかねー」
そう、私がこんなことを聞きに来てるのは良子ちゃんのことだ。以前の私はどうかしてた。生まれるはずだった私の妹と勝手に比較して、逆恨みみたいな感じであの子に筋違いの憎しみを抱いてた。
でも、あの子の笑顔を見てしまったからかな。今の私は、もう一度、いや何度でもあの子の笑顔を見たいと思っている。
「まー、魔法に頼らないなら色々と試してみるしかないよねぇ」
「何がいいのかしら……」
「でんでん太鼓とか喜ぶんじゃないかな」
「また古風なものを持ち出すわね……」
「えー、楽しいよでんでん太鼓ー」
「……あんまり参考にならなかったわね。昼寝の邪魔してごめんなさいね」
そう言って私は立ち上がってテラスを出ていこうと思ったら、後ろからひかりに声をかけられた。
「相手を笑顔にするにはね。自分も笑顔にならないと駄目なんだよ。以前のキッカは目つきがきつくて怖かったけど、今のキッカは大分やわらかくなった。今度は笑顔を意識して、ね?」
「自分も笑顔……か」
「うん、そしたらきっと笑ってくれるよ」
その後私はでんでん太鼓を買って良子ちゃん相手に使ってみた。最初は喜んでくれたけど、なんか一日で飽きた。シビアな子だなと思いながらも、今度は笑顔の練習をしようと誓った。




