85 抵抗
私がむつきと手を取り合ったとき、悪魔が拳を握りしめて動き出した。
「死ぬがいい、小娘」
どんっと地面を蹴る音は地面をえぐるほど重く、向かってくる速度は弾丸のように速い。まるで重戦車のようだ。この速度、私だったら避けられない。だから……
「むつき!」
私が彼女の名を呼ぶと、彼女はこくりとうなづく。一瞬にして目の前の景色が入れ替わり、悪魔の背後を取っていた。むつきが空間移動を使ったのだ。むつきの魔法は前兆無しに瞬時に発動するので、ちょっと戸惑うが、ともかく背後は取った。こっちが攻撃する番だ。
「むっ?」
悪魔も私が消えたのに気付き、立ち止まる。そしてぐるっと振り向いた。
「良子、あなたは初めて見る魔法かもしれないけど……『加速』するわ」
そう言うと、突然相手の動きがスローモーションのように遅くなった。大して私の方はステッキを振り上げてもいつもと変わらない速度。なるほど、これが『加速』か。つまり、こちらが加速すると相対的に向こうが減速するということか。
これがむつきの魔法……時空間魔法の「時間」の方の魔法か。
「うっ……」
「大丈夫、むつき?」
負荷に耐えるようにむつきの顔が歪んでいる。
「実はこっちの方はあまり得意じゃない……」
「そう、でも助かるわ」
つらそうだけど、せっかく作ってくれたチャンスなので有効利用させてもらおう。悪魔はさっきまで突進していたところで急ブレーキをかけたので、慣性の力がまだ残ってて止まれてない。こちらを振り向いたが、まだ臨戦態勢は取れていない。そこに私は突っ込む。むつきも私の服を掴みながらついていく。
「てやああああああ!!」
ごっ!
ステッキが悪魔の胸に当たる。悪魔の胸部装甲に穴が空いたが、やはり強い反発力を感じる。この手応えでは心臓まで届いていない。
「ぬう、貴様ァ……」
悪魔が顔をしかめ、声をもらす。それなりに効いてるのかもしれない。
本当は首を狙いたかったが、悪魔は3mくらいの巨体なのでとても届かない。もう一打加えたいが……そうこうしてるうちに横からパンチが飛んできた。むつきが私の首根っこをぐいっと掴んで後ろに飛ぶ。大袈裟なくらいに離れたが、スローモーションの一撃が風圧を伴い地面をごうっとえぐるのを見て、安全距離はかなり遠くにいかないと、と認識した。
継続して加速魔法をかけているむつきがしんどそうな顔をしながら言う。
「……時間魔法には欠点がある。1つは使用中の私の体に負荷がかかること。2つ目は他の魔法との同時使用が出来ない……ことは無いけど厳しいこと」
「空間魔法の方が得意なら、そっちで避けたりとか対応してもいいんじゃ?」
「普段ならそうしてる。でも空間魔法は空間の掌握が必要らしいから、相手の力が上なら無理矢理阻害されるかもしれない。対して時間魔法はそこまで邪魔されない……感じがする。たぶん」
たぶん、か。恐らくむつきはそれほど時間魔法を使ったことが無いのかもしれない。自分の魔法とはいえ、あまり特性を知らなそうだ。
「あの悪魔に私の空間魔法での攻撃は通じない。今回は時間魔法でサポートするから……良子が決めて」
「分かった」
私はステッキを握りしめ、スローモーションの悪魔に殴りかかる。一体今は何倍速になっているのだろうか? 時間魔法の効果はあまりに絶大で、スピードでは一般人より劣る私の方が悪魔より早くなってるくらいだ。これなら一撃入れられる。
「でやあああっ!」
悪魔が拳を引き戻す前にもう一度心臓目がけて一撃を加える。胸部装甲が壊されて、剥き出しになったところだ。これで終われっ!
ずんっとステッキが入り込んで、胸を抉る。先ほどより反発が小さい。完全に入った!と思った瞬間にガシッとステッキが掴まれる。ステッキを掴んだまま、悪魔が翼を広げる。ぶわっと風圧みたいなのを感じた瞬間、むつきが「うぐっ……」と苦悶の声をあげた。
「っ……また同じ箇所を攻撃か。その執念深さは立派だが、そう何度も食らうかァっ……!」
読まれてた! それになんか速度が戻ってる? 何された? 魔法が解けたの?
むつきが鋭い声で叫ぶ。
「逃げて、良子!」
ガツンと音がして、私は地面を転がっていた。攻撃されたの……?
「……違うな。己が狙っていたのはお前だ」
悪魔がそう言い、地面を見下ろす。その先に転がっていたのは、ふっとんで倒れているむつき。彼女のダメージ状態はマントで隠れてよく見えないが、その体はくの字に折れ曲がっていた。……状況を整理すると、攻撃されたのはむつきの方で、私は間接的に吹っ飛ばされたようだ。
「いちいち……ちょろちょろとうっとうしいぞ」
ゴミを見るような目でむつきを見下ろす悪魔。軽い一撃でも地面を割るような威力の攻撃だ。むつきがまともに受けたらどうなるか……想像したくもなかった。
むつきは腕を伸ばし、震えながら地面を掴むような動きをした後……体から力が抜けたようにがくっと姿勢を崩して動かなくなった。
私はそれを見て、頭が氷で冷やされたような寒気を感じた。悪夢を見ているようで、寒気が止まらない。見渡すと、むつきの他に瀬良ちゃんも、銀華も倒れていて、もう動けるのは私しかいなくなっていた。
私の認識の甘さがこの結果を招いたのか。
私がむつきの言うことを聞いて全力で撤退してたら、こうならなかったのか。
いや、そもそもこいつと戦おうとしなければ……
瀬良ちゃんと銀華もキッカ姉ちゃんを助けようとしてたけど、私が病気をおして行こうとしなければ無理に行こうとは思わなかったかもしれない。だって二人は私と違って魔力を感じることができる。あの悪魔の魔力は相当な恐怖だったに違いない。私の存在が退路を断ったと考えてもいいのかもしれない。
まとまらない考えが堂々と巡って呆然と突っ立っていたら、いつの間にか目の前に悪魔が立っていた。
「……こんな小娘が、黒翼体の己に傷を負わせるとはな……」
悪魔は自分の胸につけられた傷をなぞり、睨みつけるような目で私を見下ろしていた。私はそれをただ見ていた。
「……どうした? もう闘わないのか?」
私は答えず、肩の力を抜いてステッキを降ろした。詰みなのかな。これで終わりなのかな。そう思いながらも不思議と恐怖は感じなかった。ただ、こういう結果を招いたことに、漠然とした後悔を感じていた。
「……つまらんヤツだ、死ね」
そう言って、悪魔は無表情のまま腕を振りかぶる。
風圧を伴って悪魔の巨腕が振るわれる。
「……誰が死ぬか」
私は左腕を上げて拳を生身で受け止めた。鈍い音を立てて、重い衝撃が私の体を揺らす。ギシギシミシミシと腕が鳴る。痛い……でも痛くない!
「歯くいしばれ!」
大声で鼓舞するように自分に言い聞かす。私は気合で一撃を受け止めたあと、右手に握ったステッキを力任せに横に振るう。
適当に振ったステッキは悪魔の右腕に命中し、ばきゃっと装甲を割る。
「な……」
悪魔が驚愕の声を上げる。私は構わずステッキに更に力をこめる。装甲を砕いたステッキはごりごりと腕を削っていく。まただ、硬質な感触に当たって止まってしまう。骨か、これは。
「うううううううう!!」
構うか。そのまま全部砕く。腕の血管が熱く、切れそうになるくらい、力をこめる。歯がつぶれそうなくらい食いしばる。
ぶちぃ!
千切れたのは、悪魔の右腕だった。
「ぐがあああああああ!!」
初めて絶叫した悪魔。右腕はごろんと地面に転がり、傷口からは黒い瘴気が激しい出血をするように漏れ出る。やっと食らわせたと少し気を緩めた私の頭に、残った左腕での反撃が来た。がつんとそのままくらうと痛みと共に脳がめちゃくちゃ揺れたようなえげつない不快感を感じた。だけど、そのままでは倒れてやらん。
「ううううううううー!!」
声にならない叫びを上げながら、私はステッキを振るう。速度で劣る私には、相手が攻撃したときが唯一のチャンスだ。受け止めて、反撃する!
ステッキがばきぃっ!と悪魔の左腕の装甲を破壊。その瞬間悪魔は受け流すように腕を引いた。
悪魔が苦痛に顔を歪めながらにらめつけ、地面を蹴って距離を取った。右腕の傷口を抑えながら、悪魔が私に問いかける。
「貴様……何だ……何故そこまでして戦う……」
私はぜえぜえ言いながら、ふらふらする頭を抱えている。景色がぐにゃぐにゃして、なんかもう立つのも辛いし喋るのも辛い。
「……うるさい」
「貴様は……本当に魔法少女か」
うるさい。どうでもいいことを聞くな。
「その目を見るとどうしようもなくイライラする……不快な目だ。何を考えている。何故畏れない……お前も……キッカも!」
「うるさい!」
どうでもいい。私にも分からない。この行き場のない感情をぶつける相手が欲しいだけかもしれない。だから最初から言ってる。これは八つ当たりだと。
私は声の限り叫ぶ。
「とっととかかってこいデカブツ! 私を殺してみろ!」
そう啖呵を睨み返す。もう私には立ってるのもつらい。まともに歩くことすらおぼつかない。だから向こうから来てもらう。自分が死ぬかどうかなんて知ったことか。がらがら声だけど、声帯を酷使して叫ぶ。
「怖いのか! 今まで散々いきがっておいて! ちょっと腕がもげたくらいで、今更私ごときに逃げるのか!?」
もう何言ってるのか分からないけど、考えつくかぎり相手のプライドを刺激するような攻撃的な言葉を投げつけたつもりだ。すると悪魔から怒気と共に更に威圧が増してくる。こちらをありったけの憎しみを込めて悪魔が睨めつけてきた。
「……いいだろう。殺してやる。そこらに散らかってるボロ雑巾どもと同じようにな……」
挑発にかかった悪魔が空気を震わせながらこちらに向かってゆっくり歩きだす。ずんずんと重い足音が体に響く。ばくばくとうるさい心臓の音ばかり聞こえる。
私は肩で息をし、沸騰したように熱い体温を感じながら、にやりと笑いステッキを握りしめた。




