84 感情
胸を貫かれたキッカ姉ちゃんを悪魔がモノのように投げ捨てた。地面に転がった彼女の体は、糸の切れた人形のように動かない。
もう、動かない。
私はどこか他人事のようにそれを見ていた。彼女に触れてみたくて、いつの間にか立ち上がっていた。少し距離が遠くて、よく分からなかったのかもしれない。ただ、彼女に触れたい。近くにいきたい。そう思って歩き始めた。
悪魔の体から黒いオーラが放出されて、新しい翼が生える。
「五枚目の翼! ふははは! やはりそうだったか! キッカを倒すことが次の段階への鍵だったか! 素晴らしい、素晴らしいぞ!!」
歓喜をあげる悪魔。私はそれをただ横目で見ていて……
なんか、むかついた。
「これで己は更に強くなった。もう少しだ。もう少しで、魔王に……」
がつん!
鈍器が響くような音がした。気付いたら私は悪魔に向かってステッキを力任せにふるっていた。悪魔の鎧に阻まれて、腕にじーんと衝撃が走る。
「小娘、貴様……!」
がつん!
もう一度同じ場所にステッキを思い切り当てた。また弾かれた。足りない、まだこれじゃ足りない。
「だああああ!!」
がつん!
わけもわからず叫びながら、腕が千切れそうなくらい、全力で殴りつけた。みしぃっと音がして、ステッキが鎧にめり込む。そのまま力を緩めずに、思い切りねじ込む。
「ぐっ、小娘がぁっ!!」
ごんっ!
突然、体にトラックがぶつかったような衝撃が走る。悪魔が腕を振るって私の横腹に一撃見舞ったようだ。私は衝撃と痛みを堪えてぎりぎり踏みとどまり、もう一度同じところにステッキを振るう。
ばきぃっ!
金属が割れるような音を立てて、鎧が砕けた。ステッキは、悪魔の腹の中に埋もれている。ぐりぐりと、体にねじ込む。
「ぐっ、うおおおおおお!!」
悪魔が苦悶の叫びをあげて片手でステッキをつかみ、ジリジリと押し返した。どんなに力を込めても、どんどん押し返される。地力の強さで相手が勝っていた。
「小娘が……死ねっ!」
悪魔は私の胸にがつんと掌打を打ってきた。ぎしっと肋骨が響き、肺を圧迫する強い衝撃が走る。
絶対倒れてやるもんか。
私はそのまま、もう一度ステッキを振る。だけど目の前から悪魔が消え、ぶんっと空振りしてしまった。一歩後ろに下がられたのだ。
私が勢いで前につんのめった直後、目の前に迫ったのは悪魔の巨大な拳。
顔はやばいと思った私は、避けるではなく、とっさに頭を下げておでこから「当たり」に行った。
がつん!
頭の中で花火が起きたような衝撃が走る。私は衝撃に押し負けて後ろに飛ばされた。
ぼふん、と後ろから誰かが抱きとめる。見なくても分かる、むつきだ。ぐわんぐわんいう頭を抑えながら、私はへたり込んだ。
「よしこ! 無茶しないで!」
むつきは普段滅多に出さない大声を出して、叱咤した。彼女は私を抱きとめたまま空間移動し、悪魔と一瞬で10mほどの距離を取った。
「良子、怪我はない? 頭は!?」
「大丈夫……おでこの頭蓋骨が一番厚みがあって硬いってどこかで聞いたから」
打たれた頭をそっと撫でると、ぬるっと血が流れていた。大丈夫じゃなかった。ただでさえインフルで頭痛気味なので、もはや痛みがあるのかどうかはよく分からない。しばらく経っておでこがじんじんと熱く腫れ上がってきた。内出血かな……痛い。骨大丈夫か? 大丈夫じゃなかったらこんなもんじゃ済まないか。
さっき腹と胸にも一発ずつ貰ったからさすってみた。痛い……けど、不思議なことに骨は折れてないと思われる。
ぐっと足に力を入れてむつきから離れて立とうとしたが、むつきが離そうとしなかった。痛む頭を抑えながら、くたりとそのままむつきに体重を預ける。
「うぅ……このくらいで……」
「良子……駄目」
悪魔の方を見ると、集中攻撃された腹部は裂けていて、私のおでこを打った拳の装甲が剥がれている。だが、依然として直立で立っており、むつきに体を預けている私と違って、まだ平気そうだ。だけど悪魔は自分の拳と私を見比べて、怪訝そうな顔をしてこちらを睨んでいた。
あの様子だと私の魔法……キッカ姉ちゃんが名前をつけてくれた"絶対魔法"っていうやつ、少しはあいつにも通じてるみたいだ。見た目ただのぶん殴るだけの地味な攻撃だけど、キッカ姉ちゃんはすごいって言ってくれたっけ。
「良子……ここは一旦引こう」
「……やだ」
「……目的は達成出来なかった。もう犠牲を出したくない」
むつきが、倒れてるキッカ姉ちゃんを見て言う。分かってる。こんなのただのやつあたりだ。何の意味もない。それでも……
「キッカ姉ちゃんを連れて帰る」
「……良子」
たとえどうなっていたとしても、私は彼女をこのまま異空間に置き去りにする気はない。
悪魔が尋ねる。
「己はゼドだ。名を名乗れ、小娘」
「うるさい。名乗る気はない」
「下らん意地だな。ならば名も無い魔法少女のまま、己の糧となって死ね!」
どん! と地面を蹴る音がして、気が付くと一瞬で悪魔が目の前にいた。
「よしこ、危ないっ!」
むつきが素早く反応し、空間移動した。
直後、ごごうっ!と大きな音を立てて、私の立っていた場所にクレーターが出来た。悪魔が地面に拳を突き立てている。
私はむつきに礼を言う。
「助かったわ」
「うん……でももう逃げた方がいい。いくら貴方が丈夫でも、あんなの何度も受けたら死んでしまう」
むつきが私を強く掴んで言う。彼女の言うとおりだ。私の力じゃあいつに押し負ける。一撃じゃ死なないとしても、何度も攻撃されたら死んでしまうかもしれない。それにあいつは見た目デカブツなのにかなり速い。さっきは油断してたのか私の攻撃を受けたけど、もう警戒してるだろうし、普通にかわされるだけだろう。
だけど私にはスピードを補う手段がある。それは、目の前にいる彼女だ。
「むつき、私は戦う」
「……駄目。死んでしまう。お願い、逃げて」
「むつき、協力して」
「……ここで戦って何になるの? 当初の目的はキッカの命を救うことでしょう。でも、もう、キッカは……」
確かにそうだ。目的は達成されなかった。だからここは逃げるべきなのだろう。幸いなことに、私が見られたのは変身後の姿であって、逃げた後で変身を解けば、相手が特殊な能力を持ってない限りは追跡できない……と思う。
でも、それは私一人が助かる道だ。倒れている銀華と瀬良ちゃん、そしてむつき。彼女たちはどうなるか分からない。それにあの悪魔は人の命を屁とも思ってないだろうし、野放しにしておくのは危険すぎる。
というか、色々理屈を考えたけど、はっきり言ってそんなことどうでもいい。
「私は……許さない」
思わず口から出た言葉。許さない? 誰を? キッカ姉ちゃんを殺したあの悪魔のこと? いいや違う。
私は、この後に及んでまだ涙を流していない。目の前で大切な人が死んだのに。事切れたあの人を見て「モノみたいだ」と思ってしまった。
つくづく自分は冷酷な人間だ。普通泣くべきところだろう。心が何も感じていないのだ。これは私の心の欠陥なのか。
さっきはあの悪魔に怒りを感じて殴りかかったように見えたかもしれないけど、あれは嘘だ。私が怒っているのは、私自身だ。感情が死んだように動かず、いつまでも強固な理性が働いてる私自身に腹が立ったのだ。
……こんな私だけど、一握りの感情があるならば
キッカ姉ちゃんに触れたい。私の大切な人。もう動かないモノになってしまった人。触れて確かめたい。私が何を感じるかを。
ここで逃げたら、本当に心が死んでしまう。
「……死んだまま生きてるような人生なんて、それこそ死んでも嫌だ」
むつきは私の言葉を聞き、目を見張ったあと静かに視線を下ろした。うつむいたまま、少しの沈黙の後、ゆっくり口を開いた。
「私は良子が死ぬのは嫌……でも、命だけ助かっても、それは違うというのは分かる……」
むつきは私の手を握り締める。冷たくて、柔らかい感触。少しだけ震えてる気がした。
「私は、最期まで貴方と一緒にいる。今度こそ、最期まで」
真っ直ぐに私に向けてくる視線。その視線には、何が混じっているのだろう。覚悟なのだろうか、それとも過去の後悔か。
少し羨ましいと思った。そう感じることが出来る彼女が。




