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81 ノア

「どこですの、ここ? 菊花お姉様は!?」


 銀華が叫ぶ。私たちが空間移動で移動した先は戦いの場ではなく、西洋風の大きなお屋敷、そのエントランスホールであった。


「早かったですね。彼女ではやはり止められませんでしたか」


 ホールの中央に立った神父服の男が言う。むつきは状況が理解出来ずに困惑している。


「どうして……確かに飛んだはずなのに」

「ええ、空間魔法を使うのを確認しましたので、ちょっと介入してみました。こういうことされるのは初めてでしたか?」


 ニッコリと笑った男の顔は、普通に優しそうな好青年のように見える。だけど、この状況を作り出したのはこいつみたいだ。間違いなくこいつは敵だ。


「介入? そんなに簡単に出来るわけが……」

「もしかして貴方は自分の魔法に自信を持ってましたか? 私からすると、空間魔法はそんなに強い魔法じゃありませんよ」


 むつきの魔法はチートだと思っていたが、それをあっさり破る相手がいるなんて思わなかった。


「むつき、こいつがキッカ姉ちゃんを襲った敵?」

「違う。キッカと戦ってるのはもっと図体がでかくて、悪魔そのものみたいな男」


 むつきがぎろりとその男を見る目は、敵意に満ちている。


「あんた何者よ」

「ええ、貴方がたとは『はじめまして』でしたね。私はノアと申します」


 ノアと名乗る男がぺこりと礼をすると、その名を聞いたむつきが激しく反応する。


「ノア……『ノア』!」

「むつき、あいつは一体……?」

「あいつは……私の敵!」


 むつきが黒いステッキを召喚し、横に一閃する。ふるった先の空間が横薙ぎに避けていき、神父服の男に向かっていく。

 しかし、男が指でそっとなぞるだけで、むつきの攻撃が消えた。それを見て、むつきが驚愕に目を開く。


「なんだかよく分からないけど、加勢しますわ! 【グリッター・チェイン】!!」


 銀華が魔法を唱えるとノアの四方から鎖が生成されて、ノアを目掛けて伸びてきた。


「遠隔で生成できるのですか。なかなか器用ですね……ですが30点です」


 そう言ってノアはどこからともなく傘を取り出し、地面をこつんと突いた。すると鎖はコントロールを失い、ノアをスルーして互いに絡みついてしまった。


「なっ、なんで?」


 あっけに取られる銀華に、瀬良ちゃんが答える。


「空間の主導権を握られてるっす。おかげで魔法の発動が狂わされる」

「ご名答。流石はセラさんですね」

「うちとは『はじめまして』じゃないんすね」

「ええ、15年ぶりです」

「……妙な感覚っすね。覚えてるような覚えてないような」

「ふふふ。まぁそれは置いといて、ちょうどいいところです。少し見学していきませんか?」

「は?」


 親しげな友人に対して話しかけるような気軽さで瀬良ちゃんに話しかけるノア。そしてノアが手をあげると、空中に巨大なビジョンが浮かんだ。そこに映っているのは、四枚の黒い翼が生えた大男の悪魔と、犬耳をしたいつもと違う装いのキッカ姉ちゃん。


「キッカ先輩!」

「菊花姉様!?」


 その姿は明らかにボロボロで腕をだらんと脱力し、立ってるだけで精一杯のように見えた。私は、こんなになっているキッカ姉ちゃんを今まで見たことがない。


「あの姿はなに!」

「あれは神獣合身っす。一部の魔法少女しか使えない最強形態。キッカ先輩があれをまだ使えたのも驚きっすけど、使っても倒せない悪魔がいるなんて……悪夢にもほどがあるっすよ」


 悪魔の腕が力任せに降り上がる。キッカ姉ちゃんはそれを避けてカウンターに相手の腹にパンチをかますが、相手は岩のようにびくともしない。殴った手が痛むようで、苦痛に顔を歪めるキッカ姉ちゃん。その腕は血がにじんで、特に損傷が酷いのが見てとれた。悪魔は蹴りをすると、それもかろうじて避ける。だが風圧だけで吹っ飛ばされる。


「キッカ姉ちゃん!」

「あのような攻防を先程から続けてるのです。武器を失い、魔力も底をついたというのに。一発でもまともに攻撃を食らったらおしまい。逆に彼女の攻撃は全く効かない。本当によく頑張ってます」


 悪魔が吹っ飛んだキッカ姉ちゃんを追いかけ、追撃を加える。彼女は体を思い切りひねり、相手の太い腕を蹴って横に飛んで転がり、再び立ち上がる。腕だけではなく、足にも血がにじんでいた。そして拳を握りしめて、悪魔に向かって走り出す。


「何が彼女をああまでさせるのか。今までになかった変化で少し驚いたのですが……残念ながらもう終わりですね。彼女のチャームを見てください」


 言われたとおりキッカ姉ちゃんの胸のマジカルチャームをみると、煙を上げて燃えているようだった。


「金色に輝いていたチャームの色がだんだん薄くなっているでしょう? あの輝きが全て消えたとき、彼女の終わりです」


 終わり、というのは死ぬということだろうか。今まで実感がなかった誰かが死ぬという感覚。今、目の前で見せつけられて、氷が心臓に入り込んだような、ゾクリとした冷えを感じた。

 私は、心臓を抑えながら目の前のノアという男をにらみつける。


「通してもらうわ」

「通れませんよ」

「あんたが何様か分からないけど、お前の許可なんて必要ない」


 こいつが異空間での移動を邪魔してるなら、こいつを倒せばすぐに移動できる。こうなったら徹底的に戦ってやる。私はむつきにぼてんと体を預ける。むつきは察したのか、こくりとうなづいた。そしてむつきは私のステッキとよく似た、黒いステッキを取り出した。


「いける?」

「狭い領域なら影響は薄い。いける」


 銀華もハッと気付いた顔で「いけますのね!」と言い、細剣を一本だけ召喚して右手に装備する。うん、この子は分かってるのか分かってないのか知らんけど、なんとなく空気を読みそうだ。


「いきますわよ、罪深き者への裁きの鎖を!」

「銀華おぜうさま! 鎖は体に巻き付けて使うっすよ! 遠隔操作するにしても自分の肉体と繋がってるだけで、魔法はかなり阻害されにくくなるっす!」

「わかりましたわ!」


 瀬良ちゃんのアドバイスを受けた銀華が召喚した鎖を剣を持ってない左腕に巻き付け、そのまま走り出してノアに突っ込む。遠隔が駄目なら近接というわけか。しかしノアは動かず、接近を許した。


「【裁きの鎖―ジャッジメントチェイン―】!!」


 銀華の腕に巻き付いた鎖が伸びてノアに襲いかかる。ノアはにっこりと笑ったまま、霞のように消える。


「なっ!?」

「あれ幻覚っす! 映像を空中に映した時点で予想してたっすけど、投影みたいな魔法を使うみたいっす」


 即座に分析する瀬良ちゃん。誰お前、本当に今日は冴えてるんだけど。そして背後からコツコツと足音とノアの声が聞こえてきた。


「そんなに興奮しなくても、通してあげますよ」

「本当?」

「彼女の最期を見届けた後ですがね」

「ふざけるな!」


 銀華が激昂し、再び鎖を伸ばすが、それも届くと同時にノアが消えてしまう。そして今度は横に現れるノア。これはどう攻略するべきか。私は瀬良ちゃんに聞いてみた。


「本体が遠くから自分の姿を投影してるって可能性は?」

「近くにいるから空間の主導権を支配されてるんすよ!」

「ああもう、わずらわしいですわっ!」


 こうしてる間にも、キッカ姉ちゃんがどんどん消耗してるのが空中のヴィジョンからうかがえた。近くにいる……か。どっちにしろ私は魔力の流れを感じ取れない。むつきに一任する。難しい顔してたむつきが何かを感じとろうとしてる。瀬良ちゃんがこそっと銀華に指示をする。


「銀華おぜうさま。鎖をクモの巣のように張り巡らせることはできるっすか?」

「なるほど! わかりましたわ!」


 銀華が鎖を伸ばし、周囲に張り巡らせる。銀華の足下から、だいたい10mの放射状に広がっていく鎖の結界。だが、銀華がうずくまり、荒い息をつく。


「く、鎖が重いですわ……こんなこと、初めて……」

「相手の支配空間の中でこれだけ展開したら、負荷も尋常じゃないっす。だけど、その負荷は一定ではなく、強い場所と弱い場所があるっすよ。強い方に敵はいるっす」

「わ、よくわかりませんわ……」

「よく観察するっすよ。うちには分かったっす……こっち!」


 瀬良ちゃんが指示をした方向、確かに若干鎖の結界が緩い感じがする。むつきがこくりとうなづいて、その方向に私を連れて空間移動する。


「そこ、そのまま叩きつけるっす!」


 私は何もない空間にステッキを振り下ろすと、空間が切り裂かれてノアが現れる。避ける為に飛び退いたノアだが、ステッキはガッ!と腕をかすめた。

 ノアの右腕が少しばかり避けて、赤い血が噴き出す。私は血が流れたのにちょっと罪悪感を持ったが、ノアは特に慌てずに、自分の損傷を見てにこりと微笑む。


「ふふふ、切り落とされるかと思いました。怖いですねぇ」


 傷を負っても笑っているのは、もはや不気味である。痛いとかそういう感覚ないのだろうか。それか、笑う以外の感情がないとか。というか、血がボタボタ流れてるんだけど、悪魔って血流すもんだっけ?


「赤い血……あんたもしかして、人間?」

「さあ、どうでしょう?」


 ノアが笑ってはぐらかし、傷をひとなですると、傷が服ごと元通りになった。すぐ治るということか……つまり、浅手じゃ止められない。

 人間であろうが無かろうが、邪魔をする相手なら、殺す覚悟をしないと突破できないかもしれない。


「おやおや怖い目ですね……こちらも反撃してみますか。召喚しましょう、"蒼翼そうよく"の眷属」


 ノアの背後から10体のサメの頭をした魚人が現れる。それを見て、瀬良ちゃんが露骨に嫌な顔をする。


「うげ、なんか見たことある感じ……昔そういうサメっぽいのを操る悪魔がいたような気が」

「懐かしいですか? ちなみにこの眷属の名前はグラトニーシャークっていいます」

「悪魔の眷属ってシェアできるんすか?」

「さあ? もう亡くなった悪魔(ひと)のモノですし?」

「あんたホントに何者っすか?」


 ガジガジガジ!

 サメ頭があたりに張り巡らされた鎖を噛みはじめた。硬質な鎖がそのあごであっさり食い千切られてくる。


「た、食べ物じゃありませんわよ!」

「うー、これは相性悪いっす。サメくらいキッカ先輩がいたら雷で一掃できるんすが……」


 鎖を食い破り、どんどん銀華に迫り来るサメ頭ども。不味いな、こいつら潰さなきゃ……


「ついでに"緋翼ひよく"の悪魔の眷属も使ってみました」

「まだあるの!?」


 そう言って更に眷属を召喚してくるノア。空中から出てきたのはサッカーボールくらいの火の玉。なんか火の玉に顔があるような気がして気持ち悪い。それがたくさん!


 それらの火の玉は、私を無視して全部銀華に向かっていく。


「ひっ、なんでわたくしですの!?」

「銀華!?」


 思わず叫んだが、このままでは銀華がやられてしまう!


「むつき、飛んで!」

「駄目、足が……」


 むつきの足下にはいつの間にか植物のツルが絡まっている。


「それは"翠翼すいよく"の悪魔の眷属、アイヴィスフラワーの根ですよ。たまには使わないと、勿体ないですよね」


 空間移動封じか。やられた! そうしてる間に火の玉は銀華に向かって急降下していく。駄目だ、間に合わない!


「銀華おぜう! 下がるっすよ!」


 そう言って銀華の前に立ちはだかる瀬良ちゃん。何故ここで!? 死ぬの!?


「駄目ですわ、一般人! あなたじゃ死ぬようなものですわ!」

「舐めないで欲しいっすね! うちは腐っても元魔法少女! こういうときにこそ奇跡の力が湧いてきて……」


 瀬良ちゃん、まさか魔法が使えるとか!? そう言ったはいいものの、だんだん青ざめる瀬良ちゃん。おいまさか、これは……


「あっ、だめっすわこれ」


 駄目なのかよ!

 そして無慈悲にも、火の玉はそのまま二人にぶつかって炸裂する。


「銀華! 瀬良ちゃん!」


 私は、声を上げることしか出来なかった。二人が火の手に飲まれるのがあまりに呆気なさすぎて、現実感が無かった。


「どうして……二人が……」


 私一人が狙われてたら、あんな攻撃効かなかったのに……真っ先に狙われたのはむこうだった。頭が真っ白になり、呆然と立ち尽くす。


「大丈夫。二人の魔力は消えてない」


 そうむつきが言う。ぱっと顔をあげてむこうを見ると、爆炎が収まり、尻もちをついてる二人。


「はぅ、死ぬかと思ったっす」

「馬鹿! 実際死んでましたわよ!」


 二人を囲っているのは水のドームみたいなもの。あれは……誰の魔法? 囲っている水の壁を興味深くつんつんする銀華。


「何かしら、この水の壁?」

「あー、今は亡きスイちゃんが守ってくれたんすね……」


 そう言ってポケットから砕けた石ころを取り出す瀬良ちゃん。愛おしそうに石ころに頬ずりをする。あれはもしかして、マジカルチャームの残骸だったりするのだろうか。今は亡きとか言ってるあたり、相棒の神獣とは死に別れたとか……


「成る程、魔法は使えずとも……水龍の加護を受けた少女ですか」


 ノアが独り言をブツブツ言って色々思案してると、ドスッと物騒な音がしてノアが急に崩れ落ちる。そして妙に緊張感のない聞き慣れたウザキャラの声が響く。


「悪いねー。隙だらけだったから刺しちゃった♪」

「あー、げほっ……このタイミングで来ちゃうんですね」


 ノアの背中にこれでもかというくらいでかい西洋風の大剣が刺さって、腹まで貫いている。血がだらだら流れて、ノアが咳き込みながら、後ろを振り向くと、なんか見慣れたあいつがいる。


「よしこー。さっさとそこの雑魚片付けて、先にいったら?」


 そう言ったのはコウモリの羽を生やした黒いマリモのような生物、クロモだった。

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