78 黒翼との戦い⑦
老朽化した教会の中で、神父服の男ーーノアと赤いドレスの少女ーーフィアーが鏡を見ていた。鏡にはゼドと菊花の戦いの映像が流れており、変身したゼドと満身創痍の菊花の姿を見て、ノアは残念そうに呟く。
「ここまで、ですかね。まぁ、あれだけ魔力量の差があってゼドさんをこの状態にまで追い込んだだけでも驚嘆すべきことなのでしょうが……」
一方、フィアーはゼドの異形の姿を見て驚いたような声を上げる。
「変身したの? 何なの……あいつのあの姿は?」
「魔力を全解放した姿ですね。ゼドさんは普段かなり抑えてたんですよ。今の状態になるとキッカさんとは軽く100倍の魔力差があります。これはどうあがいても無理ってものです」
100倍と聞いてあぜんとするフィアー。まるで巨像とアリの戦いだ。
「何なの……あのゼドって、どこまで強いのよ。魔王の六翼かなんか知らないけど、上級悪魔でもここまでの差があるの?」
「ゼドさんは元々強かったですけど、15年の年月で更に強くなっています。かたや年齢を重ねることで劣化する一方のキッカさん。分かりきっていた結果です。何度やっても変わらないでしょう」
そう言ってノアは少しつまらなそうに目を細めた。
「少しは期待していたんですけどね。『今度こそ』何か違う結果になると……」
そう言いかけて、ノアは固まる。
「……これは、まさか『彼女』が来る? 誰が呼んだ? こんな流れは今までなかったはず。まさか、もうアレの意識が目覚めたのか?」
「ねぇ、さっきから何を言ってるの?」
独り言をブツブツと言うノアに対して、不審に思ったフィアーがつっこむ。が、そんなことまるっきり気にしてないように、くるりとノアはフィアーの方を向くとにこやかに笑い、その手を取るのだった。
「高みの見物はもう終わりにしましょう! フィアーさん、今から現場に向かいますよ!」
「ふえっ? な、何よ急に」
ノアは持っている傘を何もない空間に線を引くように走らせると、空間が裂けて異空間への入口が出来た。そのまま戸惑っているフィアーを引っ張って中へ進んでいく。
「さぁ、どうなるか楽しみですね……シュガーさん」
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ぐおん!
菊花のもとに振り下ろされる無情なる鉄槌。もう体が動かない菊花は自分の命がついえるそのときを待つことしかできなかった。
そのとき、全ての音が消えた。
振り下ろされるはずの腕が振り下ろされず、菊花は戸惑う。視界に映ったのは、振り下ろされる直前で止まったゼドの腕。
「これは一体……」
戸惑う菊花の腕に、冷たいものが触れた。
「キッカ……はやく……」
ぐいっと有無を言わずに引張られる腕。そこにはむつきがいた。
「くっ……あまり保たない……」
「むつきちゃん、これは?」
「時間を停止させた……」
「時間を……停めた?」
「うぐっ……」
むつきが苦しそうにうなり、胸を抑える。むつきのマジカルチャームがしゅうしゅうと音を立てて、黒煙をあげている。その様子を見て、菊花は心配でたまらなくなった。マジカルチャームがあのような状態になるのは見たことがない。
「そのチャームどうしたの! どれだけ無茶な負担かけてるの!」
「……私のことはいいから」
「良くない!」
菊花の言うことを無視し、ボロボロになった菊花を背負い、歩くむつき。その表情は明らかに苦痛に満ちており、泣きそうな顔になっている。
「むつきちゃん、私を置いて逃げなさい」
「……駄目。貴方がいないと、駄目」
「どうしてそこまで……」
「今回のでよく分かった。貴方は私よりはるかに強い。実力的にも、精神的にも、良子を支えられるのは貴方しかいない……から」
むつきは菊花を抱えたままゼドから10mほど離れて荒い息を吐く。時間停止中は相当負荷がかかるのか、うまく体が動かない。
「時間が……もう……ならせめて」
むつきが手を振るうと、ゼドの頭上の何もない空間から黒い剣が数十本現れて浮かんだ。
「殺戮空間・黒……」
その瞬間ゼドに向かって落ちる黒剣。停まっていた時間がカチリと動き出した。時間停止の魔法が解けると同時にむつきの体にかかっていた負荷が軽くなり、走れるようになる。
ズガガガガガ!
空中に浮かんでいた数十本の黒剣が激しい音を立ててゼドに命中した。
「はぁ、はぁ……今の、うちに……」
ぐっと踏み込み、菊花を背負って走り出すむつき。しかしどん、と壁にぶつかる。
「どこへいく?」
威圧するような低い声が響く。ぶつかったのは壁ではなく……
「何をしたのか分からんが、小細工をしてくれる……」
「ぐっ……」
ぐい、とむつきの胸倉を掴んで吊り上げるゼド。むつきが背負っていた菊花は地面に投げ出された。
「お前も死ぬか?」
そう言い放つゼドの顔に、ばしんと靴が飛んだ。菊花が靴を投げて飛ばしたのだ。一瞬拘束が緩んだ隙に、菊花はむつきが掴まれていた胸ぐらを服ごとびりっと破り、力ずくでむつきを奪還する。
「投げるわよ」
「あっ? ……え?」
そう言い、片手でむつきを持ち上げる菊花。覚悟を決めなさいと言わんばかりの笑顔だった。そして肩までかつぎあげたむつきを……
ぶおん!
「い、いやああああ!?」
そのまま槍投げの要領で投擲した。投げられたむつきは悲鳴をあげながら遠い空の向こうへ飛んでいく。それを見て、満足気に微笑む菊花。
「まだ動けたか」
「……正直もう限界。だけど動ける方法が分かったのよ。むつきちゃんに教えられるなんてね」
菊花の胸にあるマジカルチャームがブスブスと煙をあげている。先ほどの時間停止中にむつきのマジカルチャームと同じような状態だ。
「……なるほど、これは捨て身ね。でも、それでいいわ」
無いところから魔力を絞りだすような感じ。自分の命の炎が燃え尽きるような感覚。見様見真似だが、多分むつきがやったのはこんな感じだろう。これをした後自分がどうなるかは分からないが、今はこれでいい。動けるだけでいい。
ただ、もう槍は出せない。今日の分は既に使い切っている。菊花の魔法は単発の威力が非常に高い代わりに使える回数を犠牲にしているからだ。
つまり、もう素手で戦うしか手段が無い。問題ない。実は格闘もそれなりに自信がある。
「ふん、最後まであがくか」
「最後? 誰が決めたの?」
「何?」
既に肉体も魔力も限界を越えている菊花だが、ここにきて揺るぐことはなかった。堂々とその暴威に相対していた。
「ここで最後なんて来ないわ。私が勝つから」
「フハハハハ! そうでなくてはな!」
菊花は絶望を口にしなかった。この状態でも勝機を探していた。
(たった一つだけある。それは魔法少女の『覚醒』……どうやって起こるのか分からない。もしこの状況で起きたとしたら、都合が良すぎるかしら? ……それでも賭けてみるしかない)
こんなときに頭に思い浮かぶのは、仏頂面の義妹、良子の顔。死んだら彼女は絶対に私を許さないだろう。菊花はフッと笑い、目の前の悪魔に殴りかかった。




