8 三角帽子の少女
大型バスくらいの大きさのある冬虫夏草の悪魔が、私の振るった70cmくらいの白いステッキにぶつかり、体の半分が消し飛んでしまった。
「うわ、結構すごい勢いでぶつかったのに、何の反動もなかった」
物理で敵を倒したのに、物理法則を超えた何かが起こっている。もしかしてこれは魔法……なのではないだろうか? でも見た目は完全に物理である。
「よしこ!まだ終わってないよ!それは本体じゃない!」
クロモが警告をしたとき、体の半分しか残ってない悪魔の中から、大量の紫色のツタが溢れ出た。悪魔の本体は虫の部分ではなく、ツタだったのか!
完全なる不意打ちだった。勢いよく向かってきたツタがステッキを巻き取る。私は咄嗟のことに反応できずにまんまとステッキを奪われてしまった!
「しまった!」
「よしこ!あぶない!」
丸腰になった私の目の前に紫のツタが迫る!
ツタがしゅるっと胴に巻き付き……
「触手プレイ!触手プレイだよ!やったね!」
「うるさい!」
こんな危機的な状況においてもクロモはクズだった! ホントうざいなこの神獣! しかしステッキを奪われた私にはもう何もできない。このまま万事休すか!
……と思ったそのとき。
突然目の前の空間が歪み、紫のツタはそれに巻き込まれる。その歪みは一瞬で消えたと思ったら、歪みに巻き込まれた部分のツタも綺麗さっぱり消えていた。
途中でぷつんと切れたツタは力を失って、ずるりと私の腰から滑り落ちる。
何?一体何が起きたの?
そのとき、肩をトントンと叩かれた。後ろを振り返ると、魔法使いがよく被るような後ろが折れ曲がった大きな三角帽子を被った黒髪の少女がいた。
背は私と同じくらいで、腰まで届く長いロングストレートの子だ。
「ステッキ」
短い言葉で言うと、彼女がさっきツタに奪われたはずの私のステッキを渡してきた。
「あなたがやったの?」
三角帽子の少女は無言でこくりとうなづいた。目深に被った三角帽子で、顔を隠すようにしているので、少女の表情を伺うことができない。突然現れた少女に、クロモも動揺している。
「魔法少女……一体いつのまに。それに、今のはもしかして空間魔法……?」
空間魔法……あの空間の歪みは彼女が空間を操って作り出したとでもいうのだろうか。それっていくらなんでも強すぎない?
「あの、ありがとう……ございました!」
私がステッキを受け取り礼を言うと、少女はぷいっとそっぽを向いた。
「……礼はいい。それより早くトドメを」
「あ、はい。わかりました!」
前方を見ると、悪魔のツタの根本に紫色の球体が見える。あれが悪魔の本体か。「グアアアアアア……」と苦しげなうめき声をあげて、うにうに動いている。とても気持ち悪い。
私はステッキを握り、紫色の球体に突っ込んだ。破れかぶれになった悪魔が、残ったツタを私に向かって差し向けてくる。
「しつこい!」
私はステッキを大きく振り回し、向かってくるツタを粉砕した。めちゃくちゃでもいい!とりあえず当たれば粉砕できるんだ!
そして紫の球体の元にたどり着き、ステッキを突き刺した。おもいっきりブスッと。
「グオオオオオオオオオオオ!!」
悪魔の断末魔が響きわたり、球体がひび割れ、そこから闇がもくもくと漏れていく。とても不愉快で気持ち悪い声なので、早く終わらせてしまいたいよ!
「とりゃああああああああ!」
もっと深く、ステッキを球体に突き刺した。まるでケーキに入刀するかのように、抵抗なくずっぷり奥まで入ったので、トドメにぐちゃぐちゃにかきまぜてやる。これでどうだ!
すると球体がばしゅうううう!という音と共に破裂した。
「うわはっ!?」
びっくりしてしりもちをついてしまった。悪魔はそのまま段々薄くなり、消滅していく。いつのまにかツタも虫の体の残骸も消えてしまって、黒いビルに囲まれた殺風景な風景だけが残った。
「倒したの……?」
「うん、倒したね。それにしてもいくらびっくりしたからって『うわはぁっ!』は無いね、『うわはぁっ!』は」
「ウルサイダマレ」
余計な一言が多いクロモを黙らせて、私は三角帽子の少女にお礼を言う為に後ろを振り返った。
「あの、ありがとうございました!本当に助かりました!」
……ってあれ?誰もいない?
「なんかいつの間にか消えてたね。これも空間魔法かな?」
どうやら戦闘中にいつの間にか帰ってしまったらしい。一体何しにきたんだ彼女は……
「それよりもよしこよしこ!悪魔を倒したらデビルエレメントを回収するんだよ!」
「デビルエレメント?なにそれ?」
「ほら、悪魔の中から出てきたアレだよ!」
「あれって?」
クロモが指差す方向を見ると、おどろおどろしく煌めくエネルギーの塊みたいなのがふよふよ浮いてた。うわ、何あれ?呪われそう。
「あれを浄化して、正常なエレメントに戻すのが魔法少女の仕事だよ!」
「えーと、浄化って……?」
「マジカルチャームで吸収すれば浄化できるんだよ。さぁ!」
とりあえずエネルギーの塊みたいなのに手を突っ込んでみると、エネルギーが腕をつたって胸にあるマジカルチャームに吸収されていった。
「うわ、うわわわ」
そして全てが吸収されたとき、脳裏に映像が浮かんできた。
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リクルートスーツを着た男性が公園のベンチでうなだれていた。
面接であの受け答えはまずかったとか、どうしていつも上手く喋れないんだろう、とか悩みながら。しかしやってしまったものは仕方ない。とりあえず後は結果を待つだけだった。結果は電話で知らされるという。
プルルルル!突然バイブと共に電話が鳴った。彼は電話を受け取ると……
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「いや、どうでもいいから」
私は脳裏に浮かんできた映像を無視した。
「ん?どしたの?」
「なんか頭の中でショートストーリーが展開されてた」
「あ~、あれか」
ごほん、とクロモが咳をすると、彼は得意気に説明を始めた。
「さっき見たのは人間の負の記憶だよ」
「負の記憶?」
「悪魔ってのは人間の負の感情から生まれるんだ。その負の感情がデビルエレメントの素になり、悪魔へと変貌する。この異空間を見てごらん。背景に黒いビルがいっぱい。これ多分、会社的な何かにトラウマがあるんじゃないの?」
なるほど、さっきの映像はそういうことか。多分オチは入社試験に滑って悪魔が生まれたとかそういうのだろう。なんじゃそりゃ。
「すごくどうでもいい」
「うわ、良子が死んだ魚の目みたいになってる。どしたの?」
「めんどいし話したくない」
せっかく魔法少女やってたのに、余計なこと思い出してしまった。あー、そうだよね。高校すべったんだよね、私。あはは。
「多分あれだね。入社試験すべったとかで悪魔が生まれたんだね。そうなるとあの冬虫夏草みたいな姿をした悪魔が生まれたのも合点がいく。あれはセミになって飛び立てないまま、キノコに寄生されて一生を終えた冬虫夏草のごとき姿で……」
「うん、だまろうかクロモくん」
「なんで!?」
とりあえず悪魔退治は終わったので、変身を解除する私。いつのまにか異空間は無くなり、元の公園に戻っていた。
「とりあえず分からないことがたくさん出てきたので、家で話を聞くわ。ここは寒いから早く帰ろう」
「はいはい、よしこさまのおっしゃるとーりにー」
チャリにクロモを載せて、私はペダルをこぎ出した。
そのとき、公園のサラリーマンと目が合ったので軽く会釈して返しておいた。サラリーマンはすこぶるすっきりした顔で歩き始めた。
あれ?この人さっき頭の中で流れてた映像に出てた人じゃ……ま、いっか。帰ろう帰ろう。ここは寒い。