71 黒翼との戦い①
「キッカ。きみは魔法少女を続ける気なの?」
目の前の少女が問い掛ける。少女の見た目は幼さが残っているが、どこか達観しているような不思議な雰囲気を持っていた。
「もう魔王を倒したし、わたしたちの役目は終わったよ?」
これは15年前の記憶。魔王を倒した後に、あの少女と二人で交わした会話。
「もう決めたことだから」
「どうして? きみの強さは今がピークで、これから弱くなっていくだけなのに。もう、戦いなんて忘れていいのに」
少女はなおも問い掛ける。それに対して、菊花はゆっくりと頭を左右に振って答えた。
「私は臆病だから。守りたいものがあるから、守れる力が欲しい。たとえどんな力にだって縋りたい」
「他の人に任せることは出来ないの?」
「……できない。あの子は私が守りたいから」
菊花はかつて、悪魔に襲われて家族を失った。あのときに魔法少女の力があったら、と今でも悔やんでいる。だが、今は新しい家族が出来た。大切な、大切な妹だ。
魔王を倒したとはいえ、全ての悪魔が消えたわけではない。あの子を守れる力は手放したくない。
「ワガママだねー、キッカは」
「ええ、とてもワガママ」
キッカの出した結論を聞いて、少女は笑った。
「雷電のことは頼むよ。元気でねー」
「ひかりはこれからどうするの?」
「んー、疲れたからしばらく寝る。出来ればもう、この時代では二度と会わないことをねがうよー」
そう言ってその少女はひらひらと手を振って去っていった。その少女――当時最強の魔法少女、天乃ひかりと言葉を交わしたのは、それが最後だった。
あれから15年の歳月が流れた。ひかりのことは知らないが、当時一緒に戦っていた仲間達はみな魔法少女をやめて普通の人間として生きている。その中で菊花だけが、いつまでも魔法の力にしがみついて、戦い続けていた。
魔法少女としてのピークを過ぎた魔力は、年齢を重ねるごとにどんどん弱くなっていく。今では変身前の肉体では悪魔を見ることも感じることも出来なくなった。そして遂に宣告されてしまう。「このまま魔法少女を続けていると死ぬ」と。
だけど、菊花はそれでも魔法少女をやめることは出来なかった。目の前に、明確な危機が迫っているから。そして、奇しくも自分と同じく魔法少女になってしまった、良子のことを守りたいから。
今、目の前にいる鬼のような凶悪な面構えの大男――ゼドに連れられて来た場所は草一本も生えていない荒野だった。岩石砂漠みたいなその場所は、生命の気配一つしないのに、妙に臨場感のある戦いの場の気配が漂っていた。
ゼドはニヤリと笑い、口を開く。
「異空間だ。あのとき戦ったときも、こんな風景だった」
「そうね……懐かしいわ」
「懐かしい、か。己は昨日のことのように鮮明に憶えているがな。月日が経つのも早いことだ」
意外と落ち着いた調子でゼドが語る。菊花の記憶では、この悪魔はもっと荒々しく凶暴なイメージがあった。だが、今のゼドは落ち着いており、理知的な雰囲気すらする。それが逆に不気味であった。
「水龍の娘はいないのか」
「瀬良ちゃんなら、とっくに引退してるわ。魔法少女を続けているのは私だけ」
「そうか、それは残念だな……で、そいつは?」
「むつきちゃんよ」
「ほう、今の仲間か」
戦いの前に雑談に興じる余裕すら見せるゼド。やはり、あの頃のゼドとは違う。暴虐の化身で、嵐のように何もかも破壊していたあの頃とは。
「……さて、そろそろ始めるとするか」
「ええ、そうね」
菊花は槍を召喚し、構える。むつきに目で合図を送ると、彼女もこくりと頷いて包丁を構えた。雷電は二人の後方にいるが、臨戦態勢のままで相手を睨んでいる。
「いくぞ、キッカ」
ゼドは腕組みを解き、片翼の黒翼を拡げて両腕を振り上げて構えを取る。さっきまで穏やかだった魔力が、絶望的な威圧感と共に解き放たれる。
体にうちつけられる暴威に、思わず身を竦めてしまう。だから、菊花は目を閉じて、良子のことを思い浮かべた。そして目をゆっくりと開ける。震えは止まった。魔王を倒してからも15年間戦い続けた菊花にとって、あの子の存在が最強の魔法だった。
大丈夫、怖くない
私は絶対に生きて、またあの子の前で笑ってみせる
菊花はゼドを睨みつける。その目に映るのは、純粋な闘志だけ。菊花の目を見て、ゼドは満足気にニヤリと笑うと、地面を蹴って飛びかかってきた。同時に菊花も地面を蹴り、立ち向かった。
両者ともに、敵を打ち砕く為に己の武器を突き出した。菊花は槍を、ゼドは己の拳を。菊花の槍の穂先に、ゼドの岩のような拳がぶつかりあった。
がきん! と激しい音を立てて、地面に転がったのは無残に折られた槍の穂先であった。




