7 悪魔との遭遇
黒いビル群を薙ぎ倒し、そいつはやってきた!巨大な何かが良子をめがけて突進してくる!
「良子、真正面だよ!避けて!」
「ひっ、ひかれる!」
良子はとっさに横に走ると、巨大な何かはまるで暴走トラックのような勢いで良子がいた場所を走り抜け、爆風が良子の顔を打った。
「あ、あぶなかった……」
間一髪といったところか。いきなり轢かれるところだった。良子は態勢を整え、向かってきたそいつの姿を確認した。
「これが悪魔……」
それは虫だった。大型バスくらいの大きさの灰色の虫だった。そしてその虫に寄生するかのように、紫色の毒々しい色をした植物のツタが這っている。一言で言うと、でかい虫ってめっちゃキモい。
そのとき、胸元から苦しげな声が聞こえてきた。
「ぶきゅ……よ、よしこ……はなして……」
「あ、ごめん。潰してた」
ぶきゅうと変な声を上げるクロモ。
そういえば抱き上げたままだった。うっかりだったぜ、と思いつつクロモを離してやると、よろよろ飛びながら解説を始めた。
「ふむ、あの悪魔はセミの幼虫に似てるね。あの植物のツタはさしずめ冬虫夏草といったところかな」
「私、悪魔っていったら西洋風でコウモリみたいな羽のやつとかツノが生えたやつ想像してたんだけど」
そういって良子はクロモをジト目で見た。
「何でそこでボクを見るの!?」
「べーつーにー」
「ボクは悪魔じゃないからね!悪魔じゃないからね!!」
良子にとってクロモは怪しいマリモだ。悲しいことに、そもそも信用がないのである。今日会ったばかりだし。
話題を転換しようと、クロモは説明を始める。
「ごほん! 悪魔ってのは様々な姿で現れるのさ。特に未熟な悪魔は姿に規則性が無く、人間の精神によって姿を変える……」
「説明後にしてくれない? 戦闘中なのよ?」
「……ごめんなさいでした」
冬虫夏草の悪魔はギチギチと音を立てながら、標的の良子に向かって反転した。
「で、クロモ。どう戦うの?」
「ん?何か魔法使えば?」
「どうやって使うのよ」
「どうやってって……」
クロモは思い出した。魔法少女たちがどうやって魔法を使っていたかなんて、自分が知らないことに。
ただ漠然と変身すれば使えるようになると思っていた。ならば、こちらから言えるアドバイスはただひとつ!
「気合いで出すんだ!」
「根性論か!」
元魔王であったクロモにとって魔法を使うことなんて、息をするようにできることなので、感覚的なことは説明できない。割と行き当たりばったりなクロモであった。
「ほら、また突進してくるよ!」
「くっ、せめて何か武器が欲しいわ!」
そのとき、胸元のマジカルチャームから漆黒の闇の光が解き放たれた。闇は良子の目の前でかたまりを作り、やがて一本の白いステッキとなった。
「何?これを使えっての?」
良子はステッキを手に取ると、冬虫夏草の悪魔は突進せずにじりじりと距離を詰めながら、様子を伺いはじめた。
「警戒してる……?」
「よしこ、それは魔法武器だ。多分なんかできる」
「何かってなに!?」
悪魔は体から数本ほどツタを伸ばしてきた。ツタが良子に迫るが、ほうほうのていで良子は避けた。
ツタはバシンと大きな音を立てて、地面をえぐった!
「ひっ!」
「よしこ!ステッキの先端を悪魔に向けて、『ハイパーよしこビーム』って叫ぶんだ!」
良子は一瞬躊躇したが、まだ残ってるツタが向かってきている。この状況を打開する為に、わらにもすがる気持ちでステッキを握りしめ、無我夢中で叫んだ。
「ハイパーよしこビーム!」
…………
しかし何も起こらなかった!
その様子を見てクロモがケタケタ笑っている。
「ぷぷぷー! は、ハイパーよしこビームって!」
「あんたが言わせたんでしょーが!」
生死を分けるこの状況で、クロモはホントにクソ野郎だった。そうこうしてる間に、無情にもツタが良子に迫る!
「うわー!うわー!」
やけくそ気味にステッキを振り回す良子。ツタの先端が良子に触れようとしたその瞬間、振り回したステッキが偶然にもツタにぶつかった。
ばぢぃっ!
弾けるような音があたりに鳴り響いた。
「うわー!うわー!……ってあれ?」
気付けば、良子に迫った数本のツタは全部切れて飛んでいた。その様子を見てぽかんとする良子。
「ウギャアアアアアアア!」ツタを切られた悪魔がワンテンポ遅れて、人間の声に似た野太い悲鳴を上げた。
「うわ、悪魔って人間っぽい声出すのね。気持ちわる」
「よしこよしこ!そのステッキ、なんか攻撃力高いよ!」
「ほー、このステッキが……」
良子はステッキを見つめ、何か理解したかのようにうなづいた。
「……ステッキ本来の使い方じゃないかもしれないけど、ま、いっか」
「良子、何をするつもりだい?」
成人男性の腕と同じくらい太いツタが、ステッキに触れると何の抵抗もなく切れてしまったのだ。これはいけると睨んだ良子はニヤリと笑ってこう言った。
「魔法が使えないなら、物理で殴ればいいじゃない」
ツタを引っ込めた冬虫夏草の悪魔は、ギチギチと体を動かし、再び突進の態勢を取った。
「飛んで火に入る虫のごとし……ってそのまんまか。来い!」
ステッキを大きく振りかぶり、迎撃の態勢を取る良子。真正面から突進してくる悪魔を迎えうった。
力任せに振り回したステッキが悪魔の体に触れると、慣性の法則で勢いづいて、重量と運動エネルギーで大きく勝っているはずの悪魔側が一方的に消し飛んだ。