65 黒翼のゼド
山の上の寂れた教会。長い間人が住まなくなって荒れ放題になっていたが、最近になって悪魔が棲むようになったという噂がまことしやかに流れている。
そんな教会の祭壇に紅い服を着た少女が腰掛けていた。自らを恐怖と名乗る少女は、誰もいない長椅子の並ぶ空間に話しかけた。
「結局、2人しか釣れなかったわねぇ。この街の魔法少女って3人いるって言ってなかった?」
独り言のように聞こえたが、いつの間にか神父服の男…ノアと呼ばれる人物が長椅子に座り、彼女の話を聞いていた。ノアはにこやかな笑顔のまま、声だけは神妙な感じでうなづきながら返した。
「警戒して姿を現さなかったのかもしれませんね」
「ちょっと不自然すぎたのよねぇ。いきなり街中で同時発生なんて」
「まぁ、それはそうですけど、掃討されるのが早すぎたって言うのもあります」
フィアーはあのときの光景を思い出す。あのときノアが出した手駒の悪魔は20体ほどであったか。それがあの槍の魔法少女一人に一蹴された。
「雑魚じゃ相手にならなかったわねぇ。あいつ何者なの?」
「あれはかつて魔王様を倒した魔法少女の一人ですよ」
「じゃああいつが『稲妻のキッカ』?」
「ええ、そうです」
15年前の戦いには、フィアーは参加してなかった。だからキッカとは直接的な面識は無いのだが、名前だけは知っていた。魔王ブラックモアを倒した五人の魔法少女……それぞれが『太陽』『灼熱』『守護』『水龍』『稲妻』の二つ名を持つ魔法少女たちのことを。
「『稲妻のキッカ』……確かに雑魚相手には強かったけど、あれがホントに魔王様を倒したの?」
「ふむ、貴方にはどう見えました?」
「肝心の魔力が貧弱すぎよぉ。あれじゃ上級悪魔には通用しないわねぇ」
フィアーはつまらなそうに髪をいじりながら言う。
「あたしはねぇ、魔王ブラックモア様の配下じゃなかったけど、あの方を尊敬してたのよ。『恐怖の大王』と呼ばれて全世界で怖れられたあの方を。それを倒した人間がどんだけ強いのかと思ったら、あの程度かぁ」
「ほぅ、それは聞き捨てならんな」
教会の講堂に重厚さを感じさせる低い男の声が響く。ゆったりと歩くように、巨体の男が姿を現した。ノアはくるりと振り返ると、楽しそうに声をかける。
「おや、来たんですねゼドさん」
「――誰?」
突然現れた身の丈3mの大男。フィアーはその体躯と凶悪な面構えに警戒を抱く。その様子を見たノアはフィアーに説明をする。
「"魔王の六つの翼"……かつて魔王ブラックモアに翼を与えられた最も強い悪魔たちがいたことを知ってますか?」
「知らないわ」
「彼は『黒翼のゼド』。かつての"六翼"の中で唯一生き残った悪魔ですね」
その説明を聞き、フィアーはゼドを挑発するように見上げる。
「……へぇ、負け犬ってわけ?」
「戦ってもいない臆病者にとやかく言われる筋合いは無いな」
「あたしの実力も知らないくせに、生意気な!」
フィアーがキッと睨めつけるが、ゼドは意に介さないようだった。
「小物だな……ノア、他にもこういうヤツらがいるのか?」
「さぁて。今のところはゼドさんとフィアーさんしか来てませんね」
「ふん、くだらんことだ。こんな小物がいくらいたところで、何にもならん」
「なんですってぇ……!」
「試してみるか?」
ゼドは凶悪な面構えでニタリと笑うと、身体から魔力を放出してフィアーに威圧をかけた。
「ぐっ……くぅぅ!」
この威圧は単に自分の魔力で相手を抑えつけるだけで、殺傷力に乏しい。しかし、フィアーはただ放出されただけの魔力に抑えつけられて、身動きが取れなくなっていた。必死に抵抗しようとするが、魔力のあまりの重さに息をすることすら出来なくなってくる。
「んむっ……っうぅぅぅぅぅ!!」
「もういいでしょうゼドさん、あまりやると潰れてしまいます」
「うん? 己からするとこいつも敵みたいなものなんだが、お前が庇う必要あるか?」
「んー、ないですね。でも役者が減ると面白くないですよ」
「ほう」
ゼドが威圧を解く。その凶悪な面構えは何か楽しんでるようにも見えた。プレッシャーから解放されたフィアーは息切れを起こし、荒い呼吸を繰り返す。
「まぁいい。己はお前の生死に興味はない。命拾いをしたな」
「ハァッ……ハァッ……! なんなのよぉ……この化け物は……!」
「あれが“魔王の六つの翼”の力ですよ。上級悪魔の中でも更に別格の存在です」
「当時の魔法少女たちはあんなのを相手にしてたっていうの……」
へたりこんだフィアーを横目に、肩をこきこき鳴らして誰もいない天井を見上げるゼド。彼の脳裏には、かつての2人の魔法少女との熾烈な闘いが思い浮かんでいた。
「あれから15年……己はあいつらに敗れたときからずっと己を鍛えていた。『稲妻のキッカ』、そして『水龍のセラ』。今度は必ず勝つ」




