59 みちかの異空間⑤
私はいびつに歪んだ廊下を歩いていた。廊下で黒い人とたくさんすれ違うけど、むこうは私という異物の存在を完全に無視してたので、私も無視した。こいつらの相手なんかしてられない。
私はちょっとイライラしながらクロモに尋ねる。
「ねぇ、まだ本体は見つからないの? クロモ」
「んー、やっぱり分かんないなぁ……なんでだろ、生まれたての悪魔は考えなしに魔力を放出するから分かりやすいはずなんだけど」
「役立たずね、この魔力センサー」
私が抱きかかえてるクロモの体をむにっとつねって引っ張るとよく伸びた。クロモは何考えてるのか表情からあまり読み取れないんだけど、珍しく考えてる感じだ。
「……もしかして、前提が間違っていたのかもしれない。この眷属の数だと500よしこ以上の魔力があると思ってたけど、そうじゃないのかもしれない」
「というと?」
「逆の発想だよ。でもそうなると……なるほど、段々分かってきたぞ」
うん、私はわからん。というかその単位使うのやめろ。私はクロモのツノを掴んでぶらぶらと前後にゆする。
「あばばばばばばば」
「御託はいいからとっとと教えろ」
「えーと、ヒントそのいち。もしかしたら思ってたより弱いのかもしれない」
「だーかーらーもったいぶるなって」
「ちょ、いたいいたい!羽引っ張んないでって!」
しかしまぁ、私にも心当たりが無いわけではない。というか、とっくに分かってるのかもしれない。私は適当な教室の扉をガラッと開けて入ると、中では授業中だったのか生徒役の黒い人が、全員席に座っていた。そして教卓のところに、3メートルくらいの巨人と顔だけ黒く塗りつぶされた少女がいた。
適当に開けても遭遇するのか……この空間は本当に夢のようなご都合主義だ。今回の少女の背は小さくて、小学校低学年くらいに見える。
ースバラシイ。カノジョハ ガクネンデユイイツ ヒャクテンヲトリマシタ。ミナサン ハクシュ!
パチパチパチと黒い人達が拍手をする。全身から開いた気持ち悪い目が少女を凝視していた。
ーカノジョハ タイヘンナドリョクカデ ウンドウモ ベンキョウモ スバラシイセイセキデス
ーミナサンモ リッパナカノジョヲミナラッテ ガンバッテクダサイ
気持ち悪いくらいの褒めっぷりだ。対して黒い人達は拍手を送りながらも気持ち悪い目で少女を睨む。嫉妬しているような視線だ。少女はその視線にビクッとなり、縮こまった。褒められているが、まるで晒し者だ。これはこれで嫌なシチュエーションだ。
私はつかつかと教卓に近付いて、白いステッキを少女の鼻先に向けた。少女が驚いたように一歩後ずさる。
「ねぇ、鬼ごっこは終わりにしましょ」
そう言って私は少女を睨む。少女は震えながら、小さく口を開く。
「どうして気付いたの……?」
「やっと普通に喋ってくれたわね、みちか」
「良子ちゃん……」
少女は私の名を呼んだが、今の私の姿はシュガーのままだ。どうして気付いたの?はこっちの質問だが、まずは彼女の疑問に答えなくちゃね。
「あれだけ気付いて欲しいってサイン出しときながら、それは無いわ」
「そう……ね」
彼女は私の前にずっと現れてた。最初から分かっていたことだ。彼女がみちかであり、そのまま本体だということに。クロモが気付かなかったのは、魔力の大小にとらわれすぎてたから。眷属より弱い本体なんて、彼女らしい。
「その様子だと、意識ははっきりあるみたいね。みちか」
「……わからない。自分で自分が分からない」
彼女は頭をぶんぶん振り、否定した。
「嫌な思い出ばかりぐるぐるまわって、閉じ込められてるよう。今の私が自分なのか、自分じゃないのか分からない。今だって、良子ちゃんが話しかけてこなきゃ、こうして喋れてたかどうかも分からない」
「みちか……」
「はやく終わらせて。こんなのイヤだ。嫌な気持ちで頭の中がぐるぐるまわって、分からなくなる。このままじゃ……私が良子ちゃんを傷つけちゃう!」
彼女はぐしゃぐしゃに泣きながら、懇願するように言った。意識が保てるかどうかの瀬戸際なんだろうか。私は彼女に向けていたステッキをすっと降ろして、彼女に質問した。
「ねぇ、みちか。どうしてこの姿の私が佐藤良子だと分かったの?」
「分かるよ……だって、」
――友達だもん
そう彼女が言うと、彼女の周りには黒い人が囲っていた。憎しみのこもった目で見つめながら、一斉に腕を振り上げる化物たち。
「三度目のっ、正直ぃぃぃぃぃ!」
私は彼女をガバっと抱き寄せる。幸いにも、彼女の体格は今小学生くらいだ。私の胸の位置に頭がくる程度には小さい。胸にはさまれたクロモがぎゅぅっと変な声を上げるが知ったことじゃない。私はそのまま、上からかぶさるように彼女を庇った。
ダァン!
化物たちの腕が振り降ろされ、大きな音を立てて私の背中に命中する。でもそんな物理攻撃、私に通用しない。そして私の下敷きになった彼女は傷一つない。
「今度こそ、守ったわよ」
私は彼女に対してにっこりと笑った。これがずっと心残りだった。ずっと、無力感を感じてた。でも……抵抗くらいしたっていいじゃない。
彼女は、最後にこう言った。
ありがとう
彼女の顔の黒い塗り潰しが一瞬だけ晴れて、初めて表情が見えた。泣きながらも、すごく美しい笑顔だった。
私がその笑顔に見惚れていると、彼女を中心に黒い渦が起こった。黒い人や巨人たち眷属の体が黒い渦に巻き込まれて溶けていく。私は渦の風圧に突き飛ばされて転がった。
黒い眷属達だけではない。教室の机や椅子も、というか学校全体が巻き込まれて溶けていく。そして、渦の中心にいる彼女の体に全てが集まっていく。
「良子のバカ! 弱いうちにやっつければよかったのに!」
クロモが私をバカ呼ばわりして怒る。それもそうだろう。魔力を感じない私でも、彼女に尋常じゃない力が集まっているのが分かる。でも後悔はない。やりたいようにやってスッキリするのが私のやり方だ。
「一箇所に集まる? 好都合じゃない。私はずっとあいつらを叩き潰したかったのよ!」
今まで数が多くて無視するしかなかった気持ち悪い黒い眷属たち。ずっとストレスたまっていた。やっと暴れられる。
「私たちの戦いはこれからだ!」
……うん。勢いで叫んだけど、これ駄目な台詞だなと直感でわかった。
残念ながら、まだもうちょっとだけ続くんじゃよ




