58 みちかの異空間④
「悪い子になっちゃえばいいんだよ。頑張らなくていい」
私がそう口にしたのは、その少女が痛ましく見えたからだ。楽にしてあげたい。その一心でそう言い、手を差し出した。
だけど少女は悲しげに顔を振り、手を振り払った。
―だめ……だよ そんなことできないよ…
―悪い子には なれないよ……
「どうしてそんなに頑張るの?」
―みんながみてるから……
そう言って、怪我した足を振り上げてよたよたと走り出す少女。私が少女を追いかけようとすると、目の前に黒い巨人が出てきて阻まれた。
……邪魔!
私はステッキを振り上げ、巨人をたたこうとするが、その前に大きな手で、ひょいと私の服をつまみあげられた。私は足がつかなくなって空中に浮く。そしてそのままぽいっと投げ捨てられた。
なすすべもなくごろんごろんと地面に落ちる私。……弱点その2発見。いくら固くなっても、体重は変わらないということか。
私は起き上がり、再び少女を追いかける。巨人が通せんぼするがもう立ち止まらん! 私はステッキを前に突き出し、ダッシュで突っ込んだ。
ばきぃっ!と勢いのまま巨人の足を粉砕して前に進むと、少女が膝をかかえてうずくまっていた。
―いたいよ……もうやだよ……もう進みたくないよ
少女は泣きながら訴える。それを見ていた巨人がぞろぞろと歩き出し、少女の周りを取り囲む。体中に百目のごとくある目の視線は、全て少女に注がれていた。気持ち悪い目で少女を舐めるように見ていた。
巨人達の腕が一斉に振り上げられる。私は嫌な予感がして、少女の元に駆ける。だがその前に巨人の腕は振り下ろされた。うずくまった少女に対して。
ダァン!
大きな音が周囲に鳴り響く。少女がいたところに複数の腕が重なるように振り下ろされている。
私は呆然とそれを見ることしかできなかった。そして腕がゆっくりと上げられたそこには、潰れたような黒い体液を流している少女だった物体があった。
「どうして……」
わけがわからなかった。あの巨人たちはみちかの生み出した悪魔の眷属。そしてさっきの少女は……たぶんあれもみちかの生み出した一部。なのに、何故同士討ちのようなことをするのか。
……吐き気をもよおす光景だ。
「自傷行為をする悪魔か……救われないな」
「……どういうこと?」
「悪魔は負の感情から生まれる。憎しみや悲しみとかね。だいたいの場合は他人に向けられるんだけど、彼女の場合は違ったみたいだ」
「悪意が自分に向けられてるということ?」
「ま、そういうこと」
「それって……他人に対して無害ってことにならない?」
「いや、むしろかなりたちが悪い。あれは放っておくとろくな事にならない。経験上ね」
……言われなくても放っておく気はない。私は巨人達を見る。こいつらを最初に殴った私の判断は徒労にしかならなかったが、やっぱり殴って正解だったと思う。こいつらの存在は邪悪そのものだ。
私は巨人達の間をすり抜け、少女だったものを手ですくいあげる。もう原型をとどめてなくて、溶けていく黒いスライムのような物体になっていた。
すくっても、手をぼとぼとと落ちていく黒い液体。地面に染みを作っていく。これはみちかじゃない。悪魔が作り出したただのモノだ。そんなこと分かってるけど……
「そんなの触って大丈夫?」
「……平気よ」
巨人達は興味を失ったように、引き上げていく。相変わらず私に対する攻撃意志はないらしい。
……私はお前らを全部殴って消したいけどな。
だけど不毛だ。それよりも早く悪魔の本体を見つけてみちかを助けなくてはいけない。こんな異世界に取り込まれてちゃ絶対に駄目だ。
「クロモ、本体どこ?」
「分からないけど、やっぱり校舎内怪しいね」
「そうね」
私は校舎内に向かった。いびつな形をした正面口は開放されていて、そのまま入れそうだ。だけど、奥の方が暗くてよく見えない。
……まるで巨大な化物の口の中だ。
異空間に作られた校舎は、現実のような鉄筋コンクリートの安定した建築物ではなく、どこか不安を感じさせるぐにゃぐにゃとした形をしている。
この悪魔のイメージがぐにゃぐにゃしてるのか。
私は校舎を見て少し立ち止まったが、決断する。
入るか。
そして足を踏み入れた。
校舎に入ると流石に巨人はもういなかった。あのサイズでは中に入れない。代わりに、普通の人間の大きさをしたまっ黒い人があちこちを徘徊していた。
校舎内に入っても攻撃されなかった。そいつらも巨人と似た感じらしい。こちらから攻撃しなければ、無視される。
ざわざわと声が聞こえた。下駄箱に黒い人が集まって、声を発している。私がそれを見に行くと、話し声がはっきり聞こえてきた。
―カワイソー
―マタヤラレテル……
―ドウジョウスルワ
黒い人が見つめる先に、先ほどより成長した少女の姿があった。少女は黒い人と違って体は黒くなく、顔だけが真っ黒に塗りつぶされている。
少女の抱えてるのは汚れて画鋲が刺さった上履き……前同じことがあった。その状況のと酷似している。
「記憶を再現している?」
「だろうね」
だけどあのときより周りに人が多い。黒い人はやはりさっきの巨人と同じように体中に目があり、それが全て少女に対して、見つめられていた。
私は人垣をかきわけ、無理矢理彼女のところに行く。黒い人をなぎ倒しながら、上履きを持っている彼女の手を取った。
「私のを履け」
私は私の上履きがあったはずの下駄箱の中を開けた。あった。私はそれを彼女に渡す。彼女は驚いたように顔をあげて言う。
―でも……それじゃ貴方が……
「私は土足でいい」
そう言い切ると彼女の足を取り、無理矢理履かせた。どうせ悪魔の作った異空間だ。何をしても文句はあるまい。サイズは……うん、若干私のが小さい。入らん。いかん、だめか。
「よし、じゃあ早退しよう」
私は彼女の手を取り、外に出ようとした。彼女は私の行動に驚きながらも着いていく。
「良子、やりたい放題だね」
「これが記憶を再現しているとしたら、どうせ後の展開わかるもん。モンスター木村回避」
だけど出口に黒い人の人だかりがいて進路を阻んだ。
ミダシタ……
カエルナ……
ナマイキ……
黒い人が口々に憎しみを込めた声で言う。私は無言でステッキを振るって粉砕した。
「よし、何も問題ないな」
「ウン、ナンニモナイネ」
私がそのまま進もうとすると、みちかが私の手を引っ張って言った。
―やっぱりこんなのだめだよ……
「だめじゃない」
―だって、私はこんなこと出来るはずないもん……
「じゃあ無理矢理やらす」
私は彼女の手を引っ張ったが、彼女は動こうとしなかった。
「みちか……?」
―ごめんね
彼女は謝ると、黒い人が既に彼女を囲んでいた。彼女に向かって、一斉に腕を振り下ろす。
ダァン!
激しく打ちつける音と共に彼女が潰れた。私は彼女の手を握っていたが、腕一本を残して彼女は潰れてしまった。潰れた彼女は、黒い血のような液体を流しながら、さっきの少女と同じように動かないモノになった。
「……なんでよ」
私はもう潰れてしまった彼女に言った。
「もう少しで抜け出せるのに、なんでそうするのよ!」
「良子、これは悪魔が作り出した異空間の出来事だ。肩入れしちゃ駄目だ」
「分かってるわよ!」
私はステッキを握りしめ、土足のまま校舎の中に入る。クロモが言ってた通りだ。たちが悪い。
この悪魔は私に害意を持ってないからこそ厄介だ。自傷行為を続けて無自覚に不幸をばら撒き続ける。悪意が私に向かってくるならどんなに楽か。
……本体を探さなきゃ




